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ACT.1 Chap.1


Chap.1


空が、心なしか広く感じられた。時任流惟(ときとうるい)は成績表の入ったかばんを両手で抱えて、校門前の下り坂を一気に駆け下りた。頬に吹き付ける風が柔らかい。流惟は淡く微笑を浮かべて大きく息を吸った。


なんて気持ちのいい日なんだろう。思わず鼻唄を歌いながら踊り出したくなるのを堪えて、流惟は坂を下りきった曲がり角にある家に目を向けた。


叶医院。この団地唯一の病院で、規模は大して大きくはないけれど、腕は確かだ。医院長の那由多(なゆた)には、小さい頃から遊んでもらったりしている。

「那由多せんせぇーっ」

休憩時間なのか、窓の向こうのテーブルでマグカップ片手にテレビを見ている彼に、流惟は大きく手を振った。那由多が気付き、軽く手を上げる。流惟は嬉しくなってますます大きく手を振る。その拍子に、勢いあまって転びそうになった。



「ただいまぁ」

流惟は玄関の戸を開けて言った。その目に、靴箱の上の封筒が映り込む。宛名は時任流惟様、となっていた。手に取り引っくり返してみると、差し出し人の名前は書かれていなかった。

「誰からだろ?」

流惟は目を丸くして封を切る。中には二つ折りにされた紙が入っていた。それを抜き取る。薔薇の香りが鼻孔をくすぐった。

「ラブレターかな?」

自分の言葉にくすりと笑い、紙を広げた。


その顔が、笑顔のまま引きつる。


横罫の引かれた便箋の中央、黒く細いペンで書かれた文字は、ただ一言のみを綴っていた。


わたしを殺してください、と。


流惟は何度か目をしばたいてみたが、そこに記された言葉は変わらない。流れるような伸びやかな文字は、しかしどこか緊迫した感を彼女に与える。流惟は困惑した。

「えーと……何これ?」

嫌がらせだろうか?

思い、流惟は首を振る。少なくとも嫌がらせを受けるようなことをした覚えはないし、そんな相手もいない。取り立てて仲の悪い、気の合わない人も心あたりがなかった。


単なるいたずらだろうか。そうならいい。けれどなぜか、心の中に引っ掛かるものがあるような気がする。

「せっかく、明日から夏休みなのにな……」

流惟は溜め息と共にそう漏らした。

存外よかった成績のおかげで舞い上がっていた気分も、すっかり沈んでしまった。

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