ACT.4 Chap.2
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私は英国の王室付き軍人だった。階級は大佐。元来争いごとは好きではない性分ではあったが、順調に出世し、人並みの幸せは持っていた。日本に来たのは日露戦争が終結したばかりの頃―――仕事ではなくて、ほんのバカンスの気持ちだったのじゃないかな。この町に居住することにしたのだって、大した理由ではなかったように思うよ。今となっては、覚えてさえいないのだから。だが、軍人としての生活に疲れてしまった、という理由も多分にあっただろう。
私はこの町に来たばかりの頃は別として、出来うる限り人と接することを避けていた。言語の壁があったことはもちろんだが、私に向けられる好奇の色に、閉口してしまっていたんだ。この容姿だからね。けれども私は人が好きだった―――いつもいつも、屋敷で一番見晴らしの良い、この部屋の窓から町の人々を見ていたよ。
私がこの町に来てから十年ほどして、ふらり(・・・)とやってきたのが、リョウだった。小さな町だったから、医者は隣町にしかいなかったんだ。だから、彼はすぐに町の人たちからの信頼を手にし、一目置かれる存在になっていた。魅力的な男だったしね。
かくいう私もまた、彼の魅力に惹きつけられた内の一人だ。私とリョウは、いい友人になった。リョウは私を「外国人」としてではなくて一人の人間として扱ってくれた。私は多忙なリョウを度々晩餐に招いたり、時には診察の手伝いをしたこともあった。依然町の人間と接するのを極力避けていた私にとっては、彼といる時間は唯一の娯楽であり、同時に安らぎであった。
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ちょうどその頃からか、町には不穏な空気が流れ始めた。女学校に通う少女が、ひどい殺され方をしたのだそうだ。私はそれを、現場に立ち合ったリョウから聞いた。―――彼は、忙殺的な日々を送らねばならなくなった。通常の診察に加えて、その女学生の死因の解明を一手に請け負っていたから。私は見ていられなかった―――彼は食事どころか、睡眠さえろくに取っていないなどとやつれた顔で言うのだからね。何か私に出来ないことはないか、と訊いた私は、彼のためならばどんな苦労も厭わないつもりでいた。私は常から己ほど利己的な人間もないだろうと思っていたが、そのように献身的な考えを私に抱かせたのは、リョウによる精神的な救出に他ならないとも思っていたのだ。けれどもリョウは、君に迷惑は掛けられない、と言う。まったく水臭い話さ! 私がどれだけ彼に救われたのか訴えると、彼は照れを隠すように苦笑して、それじゃあ君の館に住まわせてくれないか、うちはどうにも手狭で、と肩をすくめて見せた。戸惑うのは今度は私の番だ。予想をしていたのは全く反対の事態だったこともあるが、私は自分でも御することの出来ない困った性癖を思って、答えに躊躇したのだった。
性癖、というよりは病気と言った方が適切かもしれない。
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その症状が現れだしたのは私が二十五の時だった。軍で訓練をしていた折に怪我をした部下がいてね。私は彼の傷口から滴る鮮血が―――何故だか無性に、飲みたくてたまらなくなったのだ。愕然としたよ。私にはそのような嗜好はなかったし、それが異常だとも分かっていたからね。私は知り合いの医者に秘密裏に輸血用の血を分けてもらって、自らの途方もない欲求を宥めていた。
秘密というものは、得てして隠そうとすればするほど何処からか漏れ出すものだ。私は次第に、部下たちに「ヴァンパイア」や「吸血将校」などと呼ばれるようになった。「啜血」はしても、断じて「吸血」したことはないのだけれどね。この症状は、どうやら精神が鬱状態になると発症するらしくてね。日本で暮らすようになってからは、ストックの血を飲んでいたんだが、それも底を尽きかけていた。
リョウのお陰で症状はずいぶんマシになっていたとは言え、万が一、発作が出ないとも限らない。私は、それが恐ろしくてならなかった。彼もまた、部下たちのように私を化け物扱いするのではないか、とね。リョウから町の人々に私のことが漏れ、町を追い出されるのを恐れたのではない。たとえ私が病気について告白しても、彼は決して口外しないだろうと信じていた。その頃にはリョウは私にとって、誰よりも信頼できる人間となっていたからね。―――そしてだからこそ、私は恐れたのだ。
私はさんざ迷った挙げ句、全て事情を話してリョウの病院の輸血用血液を分けてもらうことで、了承しようとした。リョウは、病院の血は与えられないと言った。代わりに俺の血をやる、と。驚きはひとしおだった。気味悪がられて当然だと思っていたし、最悪の場合、町を出ることも考えていたからね。
(―――俺を信じて打ち明けてくれたお前を裏切りはしない。お前は今この瞬間から、俺の患者だ。)
リョウは私の家に移ると同時に、私のために、人間の吸血行動についての研究を始めた。その頃から、町の女学生が更に殺害されることが続いてね。月に二、三回のペースじゃなかったかな。町は痛いほどの緊張をたたえていた。男たちは夜通しで巡回をし、女学生がいる家を中心に警備を固めた。それでも、犠牲者は増えるばかりだった。
吸血鬼がこの町のどこかで息を潜めているのだとまことしやかに囁かれるようになった。その上、疑心暗鬼が広がり、一度は私を受け入れた人々も私を避けるようになっていた―――リョウを除いて、ね。もちろん町の人が私を回避したのは「病気」の所為ではなくて、この金髪碧眼と言語のためだった。当時の私の会話にはまだ日本語と英語が混在していたからね。私はそう知っていたけれども、まるで化け物扱いをされている―――そう、軍にいた頃のように―――と気が気ではなかった。だけれど、リョウは私を支え続けた。それがなかったら、わたしはきっと折れてしまっていただろう。
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