ACT.3 Chap.5
Chap.5
真っ暗な部屋に風が吹き込む。白いカーテンが揺れる隙間から、蒼い月光が部屋を照らしていた。
流惟は扉の近くに立っていた。ここがどこの部屋であるかは分からない。ただ、窓の傍らに立つ人影を凝視しているのだった。
月光がその人物の顔を舐める。艶やかな金髪、憂いを帯びた美貌。西洋的な顔立ちをした青年だった。見知った姿ではなかったが、流惟はその青年がサイプリスであると直感する。伏しがちな目や、雰囲気がそっくりなのだ。
青年は流惟のことを見ようともせず、ベッドの中の人物に目を向けていた。安らかな寝息を立てるのは、日本人の若い男性であるようだった。
突然、サイプリスが体をかがめて日本人の顔を覗き込み、その首筋に顔をうずめる。流惟が立っている位置からはそれが首筋であるかさえよく分からなかったが、耳元で何かを囁いているようでもあった。
(―――……え?)
流惟は目を丸くして二人を見ていた。声を上げたはずだが、聞こえていないらしい。
「……んー……? サイプリス……?」
青年が半身を起こす。サイプリスは答えない。
「まだ、夜中じゃないか……。寝かせてくれ」
寝ぼけた声で言う青年を、サイプリスは無言のまま縋りつくように抱きすくめる。青年は慣れているのか、泣いている子供をあやすようにサイプリスの背を軽く叩いた。
そんな動作から目を離せなくなっていた流惟は、はっと我に返ると、慌てて二人に背を向けた。なんだか見てはいけないものを見てしまったような気まずさが広がる。部屋を出て行こうとドアノブに手をかけた。
―――でも、あんな人、この屋敷の中にいただろうか?
流惟がそう思い直して振り返ったところに、青年のわめき声が響く。
「サイプリス……っ! 目を、覚ませっ!」
ひどく緊迫した声音に、思わず数歩歩み寄った。その鼻に届く、つんと錆びた臭い。
(―――……?)
何が起きているのか分からなかった。二人の体勢に変わりはない。サイプリスが青年を抱きかかえて首筋に口を寄せている。ただし先程までは聞こえていなかった、ずず……、と何かを啜るような音だけが、その静寂にまぎれていた。
(―――さ……、サイプリスさん……?)
流惟が立ち尽くしたまま声をかけるが、サイプリスには聞こえていないようだった。振り向くことさえ、ない。
何かを啜るような音だけが、いやに大きく、聞こえた。
いつまでそうしていただろうか。それまで絶えず鼓膜を震わせていた音が、なんの兆しもなくぴたとやんだ。
「―――……リョ、ウ? リョウ……?」
サイプリスがか細い声で呟く。青年が、彼の腕の中からずるりと床にくずおれる。
青年の胸元は、赤く染まっていた。
サイプリスはよろりと力なく後ずさって、不意にこちらを見た。
真っ赤に染まった口と、緋い雫の滴る顎。そして、だらしなく開いた口唇の向こう側にちらつく、
―――鋭い、牙。
「ぅ……、うあああああああああああ!」
「きゃあああっ」
流惟は自分の悲鳴で目を覚ました。
夢だ。とても生々しい夢。
心臓が早鐘を打っていて、あのサイプリスの―――吸血鬼の顔が脳裏から離れない。
「う……うあ…………あ……っ、」
呻き声がする。サイプリスの部屋からだ。
「サイプリスさん……?」
流惟は立ち上がって扉に歩み寄る。いつの間にかかけられていた毛布が床に落ちる。ドアがわずかに開いていた。
「大丈夫ですか?」
「来るなッ」
大音声に、流惟はその場に立ち竦む。夢に出てきたあの金髪の青年が、苦しそうに体を折ってもがいていた。
「でも……!」
「ルイ……ッ、今、すぐ……部屋に戻りなさいッ、早くッ」
「苦しいんですか? サイプリスさんっ」
「早く……逃げろッ」
サイプリスは流惟を突き飛ばす。
「流惟っどうした!」
声を聞きつけたのか、那由多が息を切れして駆け込んできた。
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