ACT.3 Chap.3
Chap.3
そろそろと部屋に戻ってきた流惟が真っ先に見たのは、かつてないほど不機嫌な顔をした那由多だった。彼は流惟のベッドに腕組みをしながらその長い足を組んで座っていた。それはまるでモデルか俳優のように実に格好が良かったけれど、―――だからこそ、恐ろしい。
「あ……、ただいまー、せんせ」
「―――流惟、」
殊更明るい声音に那由多は立ち上がると、つかつかと大股で、ゆっくり流惟に歩み寄る。
「あ、あの、ごめんなさ―――」
謝ったが勝ち、とばかりに慌てて頭を下げようとする流惟は、皆まで言い終わらぬうちに那由多に頬を引っ張られた。
「ひ、ひぇんひぇ?」
「俺の言葉をもう忘れたのか」
怒鳴られるかと思ったけれど、存外静かな声で那由多は言った。流惟は動かない首を振って彼の顔を見る。
「どれほど俺が心配したと思ってるんだ」
「ほ……ほふぇんははひ」
しゅんとして謝ると、ようやく頬をはなされる。流惟は両手で頬をさすりながら、恐る恐る彼を見上げた。
「まったくお前は、昔からすぐ無理をして」
「ごめんなさい。……でも、わたし、もっとあの人を知らなくちゃいけないって思ったから……、」
流惟の言葉に、那由多の眉がピクリと動く。
「それで。何か分かったのか、あの化け物について」
「サイプリスさんは化け物なんかじゃないもん。先生のことも褒めてたし」
「何の話をしているんだよ……」
那由多はあきれたように溜め息を吐き出して、眉間にしわ寄せた。けれども纏う空気は一瞬にして柔らかくなる。
「先生は何か見つけたの?」
「ああ、」
那由多は部屋に入るよう流惟を促しながら頷いて、眼鏡のフレームを指でツイと押し上げた。
「三階の一番奥の部屋は、研究室のようだったな。ただしアナログな器具ばかりだったが」
「研究室って、何の?」
「それは分からん。ひととおり見ただけだったからな。医療器具も思いの外揃っていたが……あいつは自分が医者だと言っていたか?」
那由多に問われた流惟は、そういえば自分のことばかり話してサイプリスのことは聞いてなかったなと思い至る。彼が何処の国の人なのかさえ聞いていないのだ。
もう一度ちゃんと話さなくては、と考えていると、那由多がベッドに腰を下ろしながら流惟を手招きした。素直に彼の前に立てば、両の頬に手が伸びてくる。また引っ張られるのはごめんだ、と流惟は慌てて自分の頬を押さえた。
那由多は呆れたように、ばーか、と笑いながら流惟の手の上から己の両手を添えて、彼女の瞳をしっかりと見据えて口を開く。
「もうじっとしていろなんて言わない。言っても無駄だろうし。だからせめて、俺に一言言え。お前に何かあったら、親御さんに合わせる顔がなくなる」
「……何かあったら、ちゃんと先生を呼ぶようにします」
「よし。いい子だ」
「また子供扱い!」
白い歯を見せた那由多に、流惟はむうと口を尖らせた。
「流惟が心配だから言っているんだ。子供扱いなんてしてない。そもそも、」
流惟の前髪をかきあげて額に触れた那由多の指は、静かに彼女の髪の生え際の、うっすらと残る傷跡をなでた。肌の上を滑る指がくすぐったい。
「子供だと思っていたら、こんなところに来るのも反対したよ」
穏やかなバリトンの声は耳に心地が良くて、流惟は先程の憤慨さえどうでも良くなってしまった。
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