表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うさぎ、取れません  作者: 櫻木サヱ
そのウサギは軽い気持ちでかぶられた

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

ウサギは業務の一環です

三枝恒一がウサギの被り物をかぶったのは、深い理由があったわけではない。

強いて言うなら、「そこにウサギがあり」「断る理由が思いつかなかった」からだ。


「三枝くん、今日いける?」


朝礼が終わった直後、日向部長がそう言った。

語尾が疑問形なのに、実質は決定事項であることを、三枝は二十八年の人生経験で学習している。


「いける、というのは」


「イベント。被り物」


そこで、部長の横に置かれていた段ボールが視界に入った。

側面にマジックで書かれている文字。


『ウサギ』


ずいぶん率直だな、と思ったのが第一印象だった。


「今日の商店街のやつ? 山本がやるんじゃ」


「腰やったらしい」


「昨日飲みすぎたって言ってましたよね」


少し離れたところで、当の山本が湿布を貼った腰をさすりながら、まったく反省のない顔で頷いている。


「というわけで、三枝くん」


部長は軽く手を叩いた。


「空いてるでしょ」


空いている、というのは業務スケジュールの話ではない。

心の余白の話でもない。

ただ単に、「今この場で断らなそう」という意味である。


「……何時間くらいですか」


「二時間」


二時間。

たった二時間、ウサギになるだけ。

三枝は頭の中で計算を始める。羞恥心、体力、社会的信用。

どれも致命的に削られるわけではなさそうだった。


「わかりました」


自分でも驚くほど、返事はあっさり出た。


段ボールを開けると、白くて、思ったよりもふわふわしたウサギの頭部が出てきた。

目は黒く丸く、口元はにっこりしている。

善意の塊みたいな顔だ。


「似合いそうですよ、三枝さん」


山本が他人事のように言う。


「まだ着てないけど」


「雰囲気で」


雰囲気で決められる人生でよかったな、と三枝は思いながら、更衣スペース代わりの会議室で着替えた。

スーツを脱ぎ、インナーの上からウサギの胴体を着る。

最後に、頭部。


被った瞬間、視界が一気に狭くなった。

音も、少しこもる。


「……あ」


声を出すと、くぐもった、妙に愛嬌のある音になった。


「いいですね」


「完璧です」


「写真撮っていい?」


三枝は返事をする前に、フラッシュを浴びた。


商店街のイベントは、予想通り、平和だった。

子どもは手を振り、大人は軽く会釈をし、誰も深く考えていない。

ウサギは、そこにいるだけで役目を果たす。


二時間後。

問題は、控室に戻ってから起きた。


「じゃ、お疲れさまでしたー」


山本が軽く手を振る。


「……あの」


三枝はウサギのまま言った。


「頭、外したいんだけど」


「どうぞどうぞ」


三枝は両手でウサギの頭を掴み、持ち上げようとした。

動かない。


「あれ」


もう一度。

少し力を入れる。

動かない。


「……あれ?」


笑い声が、背後から聞こえた。


「なに、まさか取れないとか?」


山本が言いながら近づいてくる。


「いや、そんなはずは」


三枝はもう一度引っ張った。

首のあたりで、何かが引っかかっている感触がある。


「……取れない」


その場の空気が、一瞬だけ止まった。


次の瞬間、山本が笑った。


「大丈夫大丈夫、そういうネタでしょ」


「ネタじゃなくて」


黒川が真面目な顔で覗き込む。


「構造的に見ると、確かに……ああ、なるほど」


「なるほど、で終わらせないで」


三枝の声は、ウサギを通してやけに穏やかだった。


「無理に引っ張ると危険かもしれませんね」


「危険って」


「首とか」


「首」


日向部長が腕を組んで様子を見ていたが、やがて一言、言った。


「取れないなら、今日はそのままでいいか」


誰も反論しなかった。


「え?」


三枝だけが聞き返した。


「業務、もう終わってるし。着替えは明日で」


「いや、でも」


「明日、対応考えよう」


部長はそう言って、会議室を出ていった。


残された三枝は、ウサギのまま立ち尽くした。


「……帰れってこと?」


山本が頷く。


「お疲れさまでした!」


そう言って、普通に頭を下げた。


その瞬間、三枝は理解した。

これは大事にならない。

そして、それが一番厄介だということを。


ウサギは、今日だけのはずだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ