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 翌週の週末。

 付き合いだした最初の週末と同じように、揚羽町駅の南口で待ち合わせした。結局、遊園地は無しになり、映画を見ることにした。


「1人で観た方が、集中できるし、遠慮なく舌打ちとかできるのだけど。まあいいわ。あなたがそこまでうのならば、一緒に観てあげようかしら」とミオが折れたのだ。


 別にそんなに映画を勧めたわけじゃないんだけど。試しに言ってみただけだし。


「万一、私が寝ていたら、そのまま寝かせておきなさい。観る価値のない映画だと判断した結果なんだから」


「俺も寝ちゃったらどうしよう」


「大丈夫、あなたが眠りそうになったら、私がすかさず制裁を加えて起こすから。そして制裁は回数を重ねるごとに危険なものとなっていくことでしょう」


「えっ、怖い」


 こんなやりとりもしちゃって。

 ミオと久しぶりのデート、楽しそうだなってちょっとワクワクしてた。

 そんな自分に、俺、ひょっとしてミオに恋してるのかもなんて思ったりして。

 そうだったらいいな。俺にもそんな感情があればいいなって、心の底から思った。


 待ち合わせに時間通り(2分前)にやってきたミオはモスグリーンのシックなワンピース姿。前髪をきちっと髪留めで止めてて、なんだかいつもと雰囲気が違っていた。


「オハヨ。すごい綺麗じゃん」


「相変わらず欠片かけらも心がこもっていないわね」


「そんなことないってば。ミオちゃんは俺に厳しすぎない?」


「安心なさい。私は全人類に対して厳しいから」


「俺、何様とデートするんだろう」


「彼女様に決まっているでしょう。さあ、思う存分、ときめきなさい」


 ははっ、と笑いで答えた。

 気落ちした内心を隠すように明るく、ほがらかに。

 ミオを見て、綺麗だなって思ったのは本心で。今日は楽しくなりそうって、ワクワクしたのも本当だ。

 でも、それだけ。ほかの女友達でも同じように感じるし、もっといえば男友達でも変わらない。

 結局、俺には恋愛感情なんていうものがないんだ、とあらためて思い知った。


「なにか忘れていないかしら?」


 地下街をウィンドウショッピングしながら歩いていたらミオが言った。


「えっ、なに? 俺、なにかミッションがあった?」


「お手」


「えっ、はい」


 ミオに向かって、犬みたいに手を差し出す。ミオがその手を握った。

 

「ちんちん」


「それはちょっと」


卑猥ひわいなこと言わせないで。この変態」


「なにそのマッチポンプ」


「ウィットよ」


「ぜんぜん、高尚こうしょうさを感じなかったよ」


「愚か者め」


「あっ、ちょっと高尚っぽくなった。ヤな感じだけど」


 ミオとの掛け合いはホント、楽しい。

 最初、ミオと付き合った時に考えていたよりも、十分すぎる充実した交際。

 なにも文句はない。


 映画館。

 観る映画はあらかじめチョイスしてあるし、それを伝えてもある。

 ちなみに、リクエストを聞いたときミオとこんな感じのやりとりがあった。


「なんでもいいわ。でも、そうね、私が1人では絶対に観ないような映画がいいわね。ラブロマンスとかホラーとか」


「じゃあ、ホラーにしようか。すごい怖いって評判なのがやってるよ」


「なぜ、ホラーなんて観ないといけないのよ。あなたは私をおびえさせてなにをするつもりなの? 大丈夫、俺が付いてるよ、とかやりたいの?」


「なんでもいいって言ったのに」


 結局、ラブロマンスを観ることに決めた。

 ラブ、一色って感じじゃない、娯楽要素の強いやつ。


 券を買って、ついでにポップコーンとジュースも買う。ミオは露骨にキョロキョロしていた。


「落ち着かないわね」


「あれ、映画館には来たことあるでしょ」


「小学生低学年の頃に両親と来たわね。母親は途中で退席して、外で浮気相手と電話してたらしいわ。終ったあと、両親が喧嘩して。とても悲しかった思い出がある」


 サラっと、すごく切ない想い出話を披露された。


「じゃあ、俺と楽しい思い出に塗り替えないとね」


 てっきり鼻で笑われるかと思ったけど。

 ミオは何も言わなかった。


 映画は、まあ、可もなく不可もなく。フツーに面白い感じ。女の子、こういうの好きそう、とか思った。

 ミオは舌打ちも眠りもしなかった。ポップコーンを食べてたら、睨まれたけど。


 終った後、ファーストフードのハンバーガーショップで昼食をとった。これはミオの提案。歩くの面倒くさいから、そこでいいじゃない、と目についたハンバーガーショップを指さしたのだ。


「俺は好きだけど。ミオちゃん、大丈夫? あんまり食べ慣れないんじゃない、ハンバーガーとか」


「むしろ、食べたことないわ。小学生の頃、テレビでCMを見るたびに行きたかったのよね」


「じゃあ、注文の仕方、知らないんじゃない?」


「店員さんが注文を取りに来てくれないの?」


「うん。最初にカウンターで注文するんだ」


 ハンバーガーショップで俺が一緒に注文を取った。ミオは隣で、コレ、とか、アレ、とか小声で俺に告げて。なんだかしおらしかった。

 そのままトレイを持って席についた。


「面白いわね」


「そう? でも、これで1人でも来れるね」


「あら、あなたが連れてきてくれるんでしょう? 彼氏さん」

 ミオがニヤっと笑って言った。


 無駄に不敵。


「うん。いつでもね。あっ、全部剥がなくていいんだよ」

 ミオが包装をすべて剥がそうとするのを止める。

「こうして、半分くらい開いてさ。かじるんだ」


 ミオが見よう見まねでハンバーガーの包装を解き、口をつける。なんか、小動物が木の実をかじるみたい。


「こうしていると普通の恋人同士のようね」


「恋人同士じゃん、いちおう」


「……そうね」


 変な沈黙。ミオはパクパクとハンバーガーをかじる。

 俺のスマホが鳴った。着信だ。


 ハンバーガー片手に出る。

 後輩の女の子からだった。何度か遊んだことあるんだよね。今、カラオケに来てるんですけど、先輩も来ませんか、って誘い。


「ごめん、ちょっと取り込み中でさ。またね」

 そんな風に断った。

 

 一応、レインでもう一言謝っておこうと、文字を打つ。


「彼女とデートと言えば良かったのに」

 ボソッとミオが言った。


 いつもはっきりと言葉をぶつけてくるミオには珍しい言い方。


「そう? じゃあ、レインにはそう打っとくね」


「女性だったの?」


「うん。後輩の子。この前、遊んだんだ。あっ、2人きりじゃないよ」


「どうでもいいわよ」

 ミオが目を細めて睨む。


 ぜんぜん、どうでも良さそうじゃないよ。


「あっ、ひょっとしてヤキモチ?」


「ええ。そうね。不愉快だわ」


「ミオちゃん、そういうの無いかと思ってた」


「……ふん」

 ミオが不貞腐ふてくされた。


 そっか。ミオはちゃんと前に進めるんだ。

 なんだか、ひどく寂しくて、それを誤魔化すためにからかったら、ほっぺをつねられた。


 デートの後はいつも通り、景山宅へ。

 付き合ってから毎週来てるから、すっかり慣れちゃった。


 部屋はそれほど散らかっていなかった。

 最初に来た時と比べると雲泥の差。

 洗濯物もまっていない。


「最近、綺麗にしてるよね」


「そうね。努力しているもの」


「俺が来る意味、あんまりなくない?」


「そんなことないわよ。行き届かないところは多いもの」


「そう? なら頑張ろうかな」


 掃除機をかけたり、洗面台や流し台のシンクを磨いたり、バスルームを綺麗にしたり。


 以前は俺が掃除する間、読書をしていたミオだったけど、今はソファで俺のことを眺めてる。品定めするみたいな。


「見張ってなくてもちゃんとやるよ」


「気にしなくていいわ。あなたがこき使われる様子を楽しんでいるだけだもの」


「そうなの?」


「ええ。将来的には毎日のように目にすることができるのよね。とても楽しみだわ」


「俺が主夫になることは決定なんだ?」


「ええ。あなたを外に出すと女とベタベタしてそうだもの」


「ミオちゃん……」

 言いかけて、そのまま言葉をみ込んだ。


 ミオの目が熱を帯びていて、なにかを伝えようとしているみたいに見えた。


 俺は逃げるように目をそらして、他愛のない話題に切り替えた。



 このままだとマズイな。

 ミオの気持ちと俺の気持ちが大きくズレてきてる。

 こんなことにはならないと思っていたのに。

 俺は止まったままなのに、ミオだけが少しずつ進んでいる。

 たぶん、これから俺たちのギャップはどんどん広がっていって、最後はひどいことになると思う。

 それなら、いっそう……。


 そんなことを数日、悩んでいたら、ナツからカラオケに誘われた。


「2人で?」


「クラスの子がほかに何人かいるけど」


 女子ばっかってことかな。

 ミオのことを思うと、あんまり女子と遊ぶのもよくないんだけど。せっかく、ナツが誘ってくれたしなあ。

 ナツは相変わらず不機嫌そうな顔で、目を合わせないし。


「いいよ」


「そっ。じゃあ、先行ってるから」


 場所は聞くまでもない。いつも俺たちが利用している駅前のところ。


「一緒に行けばいいじゃん」


「私と2人で帰るつもり?」

 ナツが驚いた顔をする。


 ケイちゃんは先に帰っちゃったし。

 ミっちゃんはリオと帰った。

 俺、さっきまでクラスの他の友達と話してたんだ。それをナツが待ってたみたい。

 てっきり、一緒に帰るんだと思ってたんだけど。


「なんかまずいの?」


「ユウがいいならいいけど。あんたの彼女的にはいいわけ?」


「別に気にしないよ」


 ナツが疑わしい目で俺を見る。

「あんたたち、本気で付き合ってるの?」


「付き合ってるってば」


「なんか、あんた見てると、そんな感じがしないのよね。テキトーっていうかさ」


「そんなことないってば。日曜日はいつもミオちゃんに会ってるしさ。おうちデートばっかだけど」


 ナツがクルっと背を向けて、さっさと歩き出す。

 それを追いかけて隣に並ぶ。


「やることはやってるのね、なんだかんだいってさ」

 ナツがつぶやくように言った。


「赤い糸の相手だし」


「あれ、信憑性しんぴょうせいないって言われてるんだけど」


「えっ、そうなの?」


「赤い糸を信じて告白したらフラれたとか。別れたとか、結構、あるみたいよ」


「へえ、そうなんだ」

 まあ、結局、『ペトル』がなんなのかも、分かってないし。『ペトル後遺症』のひとつ、赤い糸もこじつけみたいなものだったろうしね。


「ぜんぜん気にしないのね」


「まあ、ミオちゃんと付き合えたしね」


「そんなに、景山が好みなの?」


「うーん、一緒にいると楽しいよ」


 容姿のことは特に気にしたことないけど、性格的には好きだよ。あの自己中なところ。


「私と一緒にいるより?」

 ナツが小さな声で言った。


「ナツといるのも楽しいよ。最近、そっけなくて寂しかったけど」


 ナツは下を向いて黙っちゃった。


 学校を出て駅へ向かって歩く。途中で、ナツが足を止めた。

 振り返ると、ナツはまっすぐな強い目で俺を見ていて。


「ねえ、手つないでよ」

 震える声で言った。 


「それはダメ。一応、彼女いるからさ」


「そっか」


 それから、また俺たちは並んで歩き始める。いろいろと話しかけたけど、ナツのリアクションは薄くて。

 断ったの、まずかったかな、とちょっと後悔した。


 駅前に到着。

 スマホでナツが連絡をとり、部屋番号を聞いて、そちらに向かった。


 8人用くらいの部屋。壁にソファが3つコの字になっていて、あとはステージ。ソファにクラスの女子が5人いて、俺が入ると、すごい盛り上がった。


「ユウ、キター」


「こっち、こっち」


「ちょっと、なに勝手に決めてんのよ」


 なんか、すごいハイテンションの中、俺は真ん中に座らされた。なに、コレ。

 女子と遊ぶことは結構あるけど。さすがに6対1は初めて。


「歌って、歌って」と勝手に曲を入れられて。マイクが回ってくる。


 選曲は俺がよく歌う曲。

 そのまま歌いだす。女子たちが踊り出す。

 隣のメイとアカリに抱き着かれたり。ミサにほっぺたにキスされたり。なんか、ブレザー脱がされて、そのブレザーをくんくん嗅がれたり。

 なんか、えらいことになった。テンション高すぎ。


 これ、さっさと逃げた方がいいかも。


 1曲、歌い終わって(ネクタイも外して、ボタンも3つ目まで外されてた)、俺がマイクを置くと、メイがそれを手にした。


「ユウ君、大好き。超好き」

 いきなりの告白。

 メイの顔は真っ赤だ。


 次にアカリにマイクが渡って。

「1年の時から、ずっと好きだった。マジだよ」


 それからミサ、レイカ、ユズとそれぞれマイクで告白ししてきて、最後にナツにマイクが渡った。


 ナツは目を閉じると、ひと言だけ。

 好き、と言った。

 重い重いひと言だった。


 それから目を開く。強い眼差しで俺を睨む。


「ねっ、ユウ。あんたさ。景山のこと、本気で好きなの? 赤い糸が見えたから付き合ってるだけじゃないの?」


 どうしよう。好きだって嘘をつくことは簡単だし、それが1番いいんだけど。なんか、それは気が進まなくて。

 彼女たちの気持ちに対して、嘘で答えちゃいけない気がした。


 俺は、ちょっと躊躇ためらってから、 回ってきたマイクを手にした。

 女子たちは俺が答えるのを静かに待っていて。

 俺は正直に話すことにした。


「赤い糸が見えたから付き合ったのは本当だよ。ミオちゃんのことは嫌いじゃないし。好きだけど。恋愛とかじゃなくてさ。俺、誰かを本当に好きになったりできないんだ。だから、さ。俺なんかと付き合って時間を無駄にしたら、ダメじゃん。こんな俺なんか好きになっちゃ、ダメじゃん。ミオちゃんにはちゃんとそういうこと話してあってさ。だから、割とドライな関係なんだ」


 言うと、俺はみんなの顔を見たくなくて、顔を両手でおおった。

 なんで、俺、こんななんだろう。

 今まで、ずっと思っていたことが、一気に押し寄せてきた。

 誰々のことが好き、そんなことを言う友達たちが、うらやましかった。人を好きになる気持ちが分からなくて、告白されるたびに困った。


 ユウはモテていいな、って友達から言われるたびにさびしさを感じた。

 うらやましいのはこっちだよ。夢中になれるくらい好きな人ができるって、サイコーじゃん。超楽しそうじゃん。


 可愛い子だな、とか綺麗な子だな、って思うことはあるけど。それが好意に結びつかない。モテそうだなって、思うだけ。

 いい子だな、優しい子だな、そう思うことはあるけど。かれるわけじゃない。ただ、なるほどな、って思うだけ。


「ユウ、あんた、やっぱり、景山と別れなよ」

 ナツの声が近くでした。マイクを通さない生声。


 手をどけて目を開くと、ナツがすぐ隣にいて、俺をのぞいていた。


「それでさ。遊びまくったらいいじゃん。みんなとさ。女子喰いまくってさ。見た目通り、チャラチャラしたらいいじゃんか」


「なんだよ、それ。そんなん、相手に悪いじゃん。そんな風にされて、いいのかよ」


 女の子に優しくしよう。親切にしよう。できるだけ泣かさないようにしよう。これが俺の指針で。

 だから、赤い糸がミオとつながっていたのは本当に都合が良かったんだ。本当に。

だけど、そのミオでさえ進み始めていて。


「なめんな」

 ナツが言って、ヘッドバッドするみたいにキスをしてきた。


 ナツのリップでヌルっとした唇はそのまましばらくくっついていて、離れるときはがすみたいにゆっくりとだった。


「こっちはこっちで勝手に楽しむっていうのよ。あんたの心まで欲しがったりしないわよ」

 ナツのタンカはすがすがしくて。


 俺は思わず、ナツを抱きしめていた。



 屋上。

 朝から天気が悪くて、今にも雨が降り出しそうな黒い雲が空をおおっている。そろそろ季節は梅雨つゆに突入。

 嫌な時期だよね。


「そう」

 ミオがやっとそれだけ言葉を返した。


 放課後。屋上にいるのは俺とミオだけ。

 ナツたちとのカラオケの2日後。

 俺はミオに別れを切り出した。


「一応、理由を聞かせてくれるかしら?」

 ミオの表情は変わらない。基本的にポーカフェイスだから、普段通りに見える。


「うん。俺さ。やっぱり、みんなと仲良くしたいんだよね」


「私と付き合っている間も、十分そうしていたように見えたけれど」


 ミオはあっさりと俺との関係を過去のもへとしていた。ビックリするぐらい切り替えが早い。


「うん。そうなんだけどさ。もう、変に頑張るのやめようかなって。こんな俺でもいいなら、みんなの望む通りにしようかなって。その方が喜ぶならさ。そっちの方がいいじゃん」


「自分を受け入れてくれるなら、誰とでも相手をしようってことかしら? 節操のない方にかじを切るのね」


「そうだね。でも誰も傷つけないようにって、頑張るより、そっちの方がいいかって思えたんだ。たぶん、最後はあきれられて離れてくと思うけど。それでも、さ」


 ミオは鼻を鳴らした。

 それから鋭い目で俺を睨む。


「軽蔑するわ。心底。さようなら」


 ミオは一度も振り返ることなく、足を止めることなく、屋上から出ていった。

 赤い糸がつないだ関係も、これで終わり。

 発展性も進展性も将来性もない恋人関係だったけど、俺は楽しかったよ。


 そのまま俺はしばらくぼんやりと黒い空を眺めていた。雨が頬に当たり始めて、ようやく校舎内に戻る。


 傘、持ってきてないんだよな。誰か、入れてくれるかな?



 俺の初めての相手はナツだった。

 ナツも初めてだったから、お互い初めて同士だったってわけ。

 正直、性欲ってあんまり俺にはなくて。

 望まれても、最後までちゃんとできるか自信がなかった。それでも肉体的な快感はちゃんとあって。体もそれに反応して、なんとか役目を果たすことはできた。


 それからは、もう誘われるまま。経験人数はいつの間にか2桁になってて。だからなんだってこともないんだけど。

 いつのまにか、ヤリチン呼ばわりされるし。

 まあ、いいけどね。

 

 やっぱり男子からはちょっと嫌われ気味。特に、他のクラスとか、学年とかの男子からは睨まれることもよくあって。

 呼び出されて胸倉をつかまれたりとか。

 でも、まあ、その程度。怒鳴って、文句を言うくらい。

 結局、そういうのもパフォーマンスだからさ。


 リオからも何度か誘われたけど、そっちは絶対に断った。だって、ミっちゃん裏切れないじゃん。

 流されるまま、誘われるまま、ヤっちゃう俺だけど、彼氏のいる子とは絶対しないことにしてる。彼氏に悪いじゃん。


 梅雨が終って、夏がきて、夏も終わって。

 2学期が始まってしばらくした頃。


 ナツに言われた。

「あのさ。もう、こういうのやめる」


 ナツとカラオケボックスでエッチしたあと、駅のホームで。

 なんとなく、そろそろかなって思ってた。

 最近、2人きりだとナツはほとんど話さなくて。おざなりな相槌あいづちを打つくらいで。


「うん。そうだね。その方がいいよ」

 俺は言った。


「ただの友達に戻れるかな」


「俺はずっとただの友達のつもりだよ」


「……そうだね。あんたは……」


 たぶん、俺の人生はこういうことをずっと繰り返してくんだろうな。

 さびしいとも虚しいとも思わないから、別にいいけどね。



 秋になり、冬になり。

 その冬もようやく終わりになる。

 俺の生活は相変わらず、誘われるがまま。チャラい。遊び人。スケコマシ。いろいろ言われてるけど。

 変わったことっていえば、ミっちゃんが最近、俺たちとは話さなくなった。

 リオとは別れたみたい。理由は聞いてないけど、たぶん、リオが振ったんだと思う。

そのせいかな。


 俺とケイちゃんと、ナツ、リオでよくツルんでる。ナツはああ言ったけど、ときどき、思い出したように誘ってきて、エッチしてる。

 あの秋の駅のホームで終ったのは、たぶん彼女の俺への特別な感情。だから、今は、友達として寂しさを紛らわしてたり、暇つぶしだったり。そういう感じなんだと思う。


 ミオとは別れて以来、話していない。

 付き合っている間も彼女から近付いてくることはなかった。俺が近付かなければ彼女からは話しかけてくわけもなく。そして、俺は彼女に話しかける勇気がなかった。


 思ったより、ミオの捨て台詞は効いてる。

 軽蔑するって言われて、実は胸が痛かった。だから、彼女の前に立つのが怖かったんだ。


 それでも、ときどきミオの方に目がいってしまったのは、それだけ初めての彼女との想い出が俺の中で大きかったんだと思う。

 自己中心的なミオに振り回されてばかりだったけどね。


 終業式が終って。

 クラスのみんなでカラオケに行くことになった。今頃、みんな駅前に向かってるところだと思う。


 俺はまだ寒い屋上に1人立って、フェンスにもたれかかってスマホをいじってる。 

 寒いな。早く、来いよ。そう思いながら、なんだかソワソワと落ち着かない。


 昨夜、ミオから久しぶりにレインが来た。



――――――――――――

――――――――――――

明日、屋上に来て

――――――――――――

――――――――――――



 たったこれだけ。

 いつ、とか、なんで、とかそういうの一切なし。

 でも、俺、うれしかった。

 超楽しみだった。

 今だって、いつ来るか分からないミオを、もう30分近く待ち続けてる。


 別にミオに恋をしているとか。実は好きだったとか。別れて彼女の大切さに気が付いた、とかそういうことじゃないから。本当だよ。


 ただ、あの子と久しぶりに話せることがうれしかったんだ。これは友達としての感情。それ以上じゃない。


 ドアが開いた。

 俺は黒髪を風におどらせて一直線に歩いてくるミオを見た。

 相変わらず、足取りに迷いがなくて。すがすがしいほどブレない。


 ミオが俺の前に立った。2メートルくらい距離を開けてる。


「ずいぶん寒そうね」


「うん。30分くらい待ったからね。春なのに寒いよね」


「あれだけの言葉でよく来たわね」


「でも、ミオちゃん俺が来るって分かってたでしょ」


「ええ、あなたはそういう人だもの。詳細を聞いてこなかったのは、私が怖かったから?」


「うん。ミオちゃんには軽蔑されてるからさ。結構、怖かった」


 言いながら自分の表情が緩んでいるのが分かった。ミオとのこういうやりとり、本当に懐かしくてさ。


「そう。あなたにはいくつか言いたいことがあるのよ。本当はもう少し早く言うべきだったのだけれど」


「なに? 愛の告白?」


 ミオが鼻を鳴らす。懐かしいな、ホント。


「まず1つ。私、イギリスに留学するわ」


 リアクションがとれなかった。

 意外だったし、そんな話を俺にすることも予想外だったし。


「いい顔ね。交際をやめてから気づいたのだけれど、あなた、かなり魅力的な容姿をしているわね。人気があるのも分かるわ」


「ありがと。なんか、ミオちゃんからそんなことを言われるとは思わなかった」


 俺の声はちょっとかすれていて。

 ミオが留学することがショックだったんだ。

 おかしいよね。8ヵ月近く話してもいないのにさ。


「留学、どれくらい?」


「1年間よ。大学には1年浪人ということになるけれど。私は気にしないわ」


「大学入学後に留学したら良かったんじゃない?」


「その時には、その気が無くなっているかもしれないもの」


「ミオちゃんってなんだかんだいって、衝動的だよね」


「あら、今さら? 私は衝動的で刹那的な女よ」


「いつ、出発するの?」


「明日よ」


「えっ、明日。こんなとこでのんびりしてる暇あるの?」


「大丈夫よ。もう、準備はすっかり済んでいるもの。後は明日、寝坊しなければ大丈夫よ」


「その、頑張ってね」


 ミオは少しだけ笑った。

 優しく、微笑む感じで。それから、コホンとわざとらしく咳払いした。


「じゃあ、本題に入ろうかしら」


「留学の話じゃなかったの?」


 別に本題があるとは思わなかったよ。

 留学の話だけで、結構、ショックだったんだけどな。


「あら、あなたに留学の話する意味があるの? 今のはただの雑談よ」


「そうなの? ぜんぜん、そういう感じじゃなかったけど」


「この8ヵ月間、私なりに考えたのだけれど。あなた、私の気持ちに気が付いて別れを切り出したのでしょう?」


「えっ、なに? 気持ちって?」


「とぼけくなていいわよ。私があなたに好意を抱き始めていたことくらい気づいていたのでしょう?」


 俺は頭をかいた。

 うん、やっぱり、ミオは頭がいい。


「あなたにしてみれば困るものね。私だけが恋愛感情を抱いていったら。決定的な別れが起こるもの。いつか私があなたとの感情のギャップに苦しんで、あなたを憎む日が来るのが怖かった、そうでしょう」


 お見通し。さすが。


「でも、みんなと仲良くやりたかったのはホントだよ。俺、チャラいからさ」


「必要ないわよ、そういうの。それで、どうだったの? とても楽しそうだったけれど」


「楽しかったよ」


「そう」


 沈黙。

 俺は、なにか責め立てられてるみたいな心地で。ミオが俺の本当に奥まで理解していて、俺の本心が出てくるのを待っているように感じた。


「……嘘だよ。そんなに楽しくないな。なんか、俺、いろいろ間違えてるのかなって。いつも思ってて。だけど、どうしようもなくてさ。どうしてだろう。みんなと仲良くやれて。求められるままにしてるのにさ」


 自分が笑ってるのか泣いているのか分からない。ただ、ずっと、この8ヵ月間、胸の中にあった黒いモヤが出ていったような気がした。


「当たり前でしょう。諦めてるからよ、自分を。苦しいに決まってるじゃない」

 ミオが言った。一歩、こちらに近付いた。


「だって、しょうがないじゃん。俺はこんなんだし。恋愛感情とか分かんねえし。浅く広くしか、どうしようもねえじゃん」


 運命の赤い糸。

 あれが本当だったら良かったのにな。

 運命をともにする相手なんて最高じゃないか。そうしたら、こんな孤独感にさいなまれなくて済むのにな。


「だから、私なりに考えたのよ。私たちの結末はどうすれば一番いいのかって」


 ミオは一体、なにを言ってるんだろう。

 俺たちの結末? 今さらそんなもの……。


「家族になりましょう、ユウ」


「えっ」


 馬鹿みたいな顔になってると思う。

 ミオの言葉はそれくらい突拍子もなくて。

 そして、胸に響いた。


「あなた、お姉さんと妹さんのこと、大切じゃないの? 彼女たちとも特別なつながりを感じない?」


「いや、そんなわけないじゃん。大切だよ。大好きだよ。当たり前じゃん」


 ありがたいことに俺は家族の絆はちゃんと感じられる。彼女たちを。いや、死んでしまった両親のことを大切に思える。特別だと思える。


「良かったわ。もし、あなたにとって家族までもフラットな存在だったら、私のプランは台無しだもの」


「プラン?」


 ミオがもう一歩近付く。


「ええ。あなたに恋愛感情が存在しないのは仕方がないわ。それはどうしようもないもの。それなら、その恋愛を飛ばせばいい。違うかしら?」


 俺は頭を振った。ミオが言っていることの意味が分かったのだ。どこまでも続く平坦な大地を一気に飛ばして、いきなりその先の都に到着しようってこと。


「結婚しましょう。私はこの8ヵ月間、ずっとあなたを見てきた。自分の気持ちもきちんと見てきた。そして、しっかりと考えたわ。だから、私には迷いはない。1年後、私が戻ってきたら結婚しなさい」


 最後にミオはもう一歩前に出て、俺と触れ合うほど近くに立った。下からじっと見上げる。

 俺の返事を待ってる。


「なんていうか。その、ビックリした」


「それで?」


「今、答えなきゃダメ?」


「答えなさい。私には時間が無いのだもの」


 ひょっとして、だから、今日、話をしたのか? 先延ばしにさせないために。


「その、まだ、頭が回らなくてさ。だから、うまく言葉が出てこなくて」


「口があるなら言葉は出るわ」


「結婚する。したい」

 言った直後に、自分で驚いた。


 それから、納得。

 うん、そうだ。それしかない。いや、それ以上がないじゃないか。

 視界がゆがむ。あれ、俺、泣いてる?

 笑ってるつもりなのに。


 ふっ、とミオが笑った。

「良かった。拒絶されたらさすがにショックだものね。これで良い気分でイギリスへ飛び立てるわ」


「次に会えるのは1年後なんだね」


「ええ。飛行機代がもったいないから帰らないわよ。手紙くらいは書いても良いけど」


「スマホ、持ってかないの? SNSで連絡取れるよ」


「あら、そうなの? まあ、できたらやってみるわ。あまり期待しないでね」


「うん。そうする」


「でも、そうね。手付金くらいは貰っていってもいいかしら」


「えっ、なに? 金取るの? マジで」


「私を一体なんだと思っているのよ」

 言ってからミオが顎をツンと上げた。

「あなたが思っているよりも、私はあなたに好意を持っているの。分かるわよね」

 挑むような目で俺を見る。


 ああ、そういうことか。

 うん。


 俺はミオの唇に唇を近付けた。

 柔らかい感触。その直後に、ミオがぐいっと俺の首に手を回してきて、そのまま俺の頭の位置は固定された。

 ミオのキスは初めてにしてはすごく情熱的で。積極的だった。


 ようやく唇が離れると、ミオは俺の胸に頭をつけて、なにかタメ息をついた。


「もう少し早く結論を出せばよかったわ。こんなに気持がいいんだもの。1年間我慢できるかしら」


 「俺は我慢するよ。もう、チャラいのやめるからさ。真面目になって、待ってます」


「そうしなさい。自分のためにね」


 強い風が吹いて、ミオの黒髪が舞い上がり、俺の視界を塞ぐ。

 ミオを強く抱きしめた。どこにも飛んで行かないようにね。



「ごめん、俺、もう、こういうのやめたんだ」

 俺の言葉にリオがすごく怖い顔になった。


「ナツとは何度もしてんじゃん。なんでウチだけダメなの? ミっちゃんとはとっくに別れてるって言ってんじゃん」


「もう、誰ともしてないし、する気もないよ」


 3学年に上がって。俺とリオは同じクラス。ナツとミっちゃん、ケイちゃんとは別のクラスになった。

 自然、リオと一緒にいる時間が増えた。

 よく2人で出かけようって誘われるけど、それはしっかり断った。

 俺にはミオがいるしね。


 だからってこともないんだろうけど。

 久しぶりに、ナツとケイちゃんと、4人でカラオケするって言うから来たら、リオだけで。

 いきなり、グイってせまってきたわけ。


「ナツばっか、ズルい。ウチだって、ユウのこと好きだったんだから」


「ごめん。でも、ホントにもうしないから。去年はちょっといろいろ特別だったんだよ」


「去年も、ウチはずっと断ってたじゃん」


「それはほら、ミっちゃんのことあったし」


「ミっちゃんとか、別に好きじゃなかったから。ユウをかせようと思っただけだから」


 そのままリオは泣きわめき。俺はひたすらなだめ続けた。スマホでケイちゃんとナツを救援に呼んだ。

 その後、リオはやけになったみたいに、すごいハイテンションだった。


「ねっ、この後、どうする?」

 トイレに立ったときにナツがついてきて言った。


「どうもしない。言ったじゃん。もう、そういうのはやめるって」


「私さ。やっぱ、ユウのこと諦めきれないんだ」

 しっとりした声でナツが言った。


「それはただのさびしさ。はい、この話はお終い」


 そんな感じで誰に誘われても断り続けた。

 だってミオに誓ったもんね。

 1年間、真面目にやるってさ。


 ミオはときどき、思い出したようにレインをくれる。多い時で1ヵ月に一度。来ない時は2ヵ月経っても来ない。

 向こうでもマイペースにやっているみたいだ。


 時間はどんどんと経っていって。

 夏を過ぎると教室の空気は受験勉強一色。俺のエンジンは中々かからなかったけど、ミオからのレインでそれも変わった。



――――――――――――

――――――――――――

私を待って浪人する必要はないわよ

ちゃんと勉強しなさい

ちなみに私は東京の大学にするつもりだから、あなたにもそれを望むわ

言いたいこと分かるわよね

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 一緒に住めってことだろう。

 結婚して、夫婦で大学に通うってことだろう。


 それからは本気で勉強した。

 ケイちゃんと一緒に放課後、図書館に寄ってさ。最悪、浪人してもいいけど。だけど、やっぱり、新郎としては大学生でありたいな。


 秋になり。

 冬になり。

 勉強勉強やってるうちに、いつの間にかミオが帰ってくるまで3ヵ月を切っていた。

 勉強の方の仕上がりも、まあ、なんとかかんとかって感じで。このままいけば志望校には合格しそう。


「お前、ホント、ズルいよな。去年はあんなに遊びまくってたのにさ」

 図書館で勉強を終えて、駅まで向かう帰り道、ケイちゃんが言った。


「えっ、なに? ケイちゃんも俺と似たようなもんだったじゃん」


「おい、女子喰いまくってたお前と、男ばっかで遊んでた俺と一緒にすんな」


「そこ?」


「そこデカいだろ」


「俺的には、あんま楽しくなかったよ。フツーにケイちゃんと遊んでる方が楽しかったし」


「えっ、なに? お前、俺のこと好きだったの? 俺に嫉妬させるために、女と遊びまくってたってこと」


「バレたか。好きだよ、ケイちゃん」


「おい、気持ち悪いから。マジで」


「ヒドイ」


 去年は本当にフラフラしてて。

 いろんな子と遊んだけど。なんだかんだで、ケイちゃんは俺に付き合ってくれた。

 だから、戻れたって気もするんだ。


「ケイちゃん、ありがとね」


「は? なに? いきなりなに? 怖いんだけど」


 そのケイちゃんとは志望校が同じ。模試の結果は俺の方が上だけど、ケイちゃんも十分合格範囲だ。


「大学行っても、一緒に遊ぼうね」


「絶対ヤダ。お前といると俺、脇役的な感じになるもん」


 ミっちゃんとは3年になってからますます距離が開いて、顔を合わせたら挨拶する程度。ナツにもリオにも彼氏ができて、ほとんど遊ばなくなった。

 ときどき、彼氏の愚痴を聞かされるけどね。


 冬休みが終わり。

 いよいよ、ラストスパート。

 教室の空気は張り詰めていて。クラスメートの顔も強張こわばっていた。

 俺もケイちゃんもさすがに余裕がなくて。

 毎日、毎日、早く終ってくれー、なんて願ってた。


 試験前日。

 ミオからレインが来た。



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へましないように

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 それだけ。

 だけど、それだけで十分だ。ミオらしくてさ。



 空港。

 人がすごくて、ミオが来てもわからないんじゃないか、なんて不安に思う。

 隣にいる、ミオのお父さんが頼りだ。


「本当に一度も帰ってこなかったですね」


 俺の言葉にミオの父が、うん、と短く答えた。寡黙な人だ。

 目元がミオにそっくりでちょっと目つきが悪い。小柄で痩せ型。


 昨日、ミオからのレインで父も迎えに来るから一緒に空港に連れてってもらえ、という指示を受けた。

 えっ、俺、ミオのお父さんとか、会ったことないんだけど。

 いきなりハードなミッションだ。



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大丈夫よ

父には話を通してあるわ

帰国したら結婚することをね

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 いや、大丈夫じゃないだろ。

 そう思いながらも朝、ひさしぶりに景山宅へ行った。

 ミオの父、貴一さんはミオと同じように無言で俺をじっと見つめ、それから言った。


「娘を頼むよ」


 いろいろすっ飛ばして結論が出た。

 そういうところ、ホント、ミオっぽい。


「はい。任せてください」


「君のご両親には話は通してあるのかね?」


「両親はすでに他界していますから。親代わりとなって育ててくれた姉と、妹には結婚することは話してあります」


「そうか」


 貴一さんの車で空港まで向かいながら、これからのプランを話した。いや、まあ、俺なりのプランなんだけど。

 だって、ミオとぜんぜんそういう打ち合わせしてないからね。


「君たちはもう大人だ。自分たちで相談して、思う通りにやりなさい」

 貴一さんはそんな風に言ってくれた。


 貴一さんは口数が多くないから、俺が話してばっかりだったけど。息苦しい感じはしなかった。なんだかミオに雰囲気が似ているんだ。

 やっぱり親子だね。


 ミオについていろいろ質問しまくった。

 小さい頃どんなだった、とか。家ではどんな感じなんですか、とか。

 貴一さんは質問をすると、しばらく間を開けてから、ちゃんと答えてくれた。


「しかし、ミオが結婚するとは思わなかった」


「まあ、マイペースですからね。ミオさんは」


「私とあれの母はずいぶんとひどい別れ方をしてね。それをミオに見せてしまったことを今でも後悔している。ミオは男女の愛情というものを信頼しないようなところがあってね。恋愛というものを侮蔑ぶべつすらしているように思えたんだ」


「そうですね。そういうところあると思います」


「孫の顔は絶対に見れないと諦めていたよ」


「子供は、まだ先になると思いますけど」


「2人、いやできれば3人ほど頼む」


「えっ、はい、頑張ります」


 そんなやりとりもありつつ、空港へ到着。こうして、2人でゲート前に陣取って、ミオが来るのを待っているってわけ。


「そんな必要はないのに、どうもミオは倹約志向が強くてね。いや、単に合理主義なのかもしれんが」


「確かに、ちょっとケチ臭いところはありますね」


「ユウ君が息苦しい思いをしなければいいんだが」


「大丈夫ですよ。俺も結構、貧乏性なんで」


 そんな会話をしていると、またゲートに人が押し寄せてきた。

 さっき、飛行機が到着してたからね。いよいよミオが出てくるはず。


 1年ぶりのミオは、あの日屋上で別れた時とまったく変わっていないように見えた。あの直後だったみたいな感じ。

 モスグリーンのジャケットに濃い緑色のスカート。キャリーケースをゴロゴロと引きずっている。


ミオは俺たちの元へとまっすぐに来ると(相変わらずのポーカーフェイスね)、まず貴一さんに向けて、軽くうなずいた。

 貴一さんも、うなずき返す。

 

 えっ、おかえりとか、ただいまとか声かけようよ。


「私のフィアンセはどうだったかしら?」


「明るくて気遣いのできる青年だ。道中、楽しかったよ」

 

「そう。ユウなら適度に父さんを楽しませてくれると信じていたわ」


 えっ、そんなところで信頼されても。

 それからミオは俺に向き直る。


「おかえり、ミオちゃん」


「こういう時、言葉は不要よ。抱きしめなさい。そしてキスをしなさい」


「いや、いきなりハードル高くない?」


「これだから日本人は。少しは英国男子を見習いなさい」


「向こうは、そうなの?」


「さあ? あまり周りを気にしなかったから、良く知らないわ。友達もいなかったし。本ばかり読んでいたわね」


「留学した意味あるの?」


「こうして素敵なフィアンセに出迎えてもらえたわね。1年ぶりの再会なんて素敵じゃない」


 ひょっとして、ただそのためだけの留学なの? 


 そんな疑問が頭に沸いた。けど、質問の形をとらなかったのは、ミオが俺に抱き着いてきたから。

 顔を上げて、目を閉じる。

 うわっ、マジでキスするの?

 貴一さんの前で?


「早くしなさい。お父さんが見ているでしょう」


 いや、だから、やりずらいんじゃん。

 それでも、ほとんどやけになりながら、ミオの唇に唇を重ね。ミオはやっぱり、首に腕を回してきて。

 激しいキスになった。


「あの、失礼しました」

 本気で恐縮して、貴一さんに謝る。


 貴一さんの顔が無になってる。大丈夫なのか?


「父さん、例のものは用意してくれたかしら」


「ああ。用意してある」


 なに、例のものって?

 俺が疑問を口にする暇を与えずに、ミオは俺の手をとってキャリーバックをつかませた。

 反対側の腕に腕を絡めてくる。


「さあ、ラウンジでお茶でも飲みましょうよ。私はとても疲れたわ」


 空港内の喫茶店に入り、そこで一休み。

 俺と貴一さんが隣り合って座り、ミオが俺の対面に座った。

 貴一さんが鞄をゴソゴソとして、1枚の書類をテーブルに置いた。

 婚姻届だった。


「ありがとう、父さん。はい、ユウ、とりあえず書きなさい」


「今書くの? マジで?」


「こういうのは早い方がいいでしょう?」


「そういうもんでもなくない?」

 言いながらも、婚姻届に記入していく。


 まさか、いきなり書くはめになるとは思わなかった。


「帰りに出すわよ」


「でも、今日、日曜日だよ」


「婚姻届は特別窓口が開いてれば出せるのよ」


「そうなの? でも、俺、印鑑持ってないよ」


「押さなくても大丈夫よ」


「そうなの? ホントに?」


「今はITの時代だから印鑑なんて不要なのよ」


「IT関係あるの?」


「ユウはもう少し私を信じるべきね。5回に1回くらいしか嘘はつかないわよ」


「いや、それ多くない?」


 そんな会話をしながらも婚姻届を書き進める。ホント、まさか今日書くことになるとは思わなかったよ。

 なんとか書き終わる。


 それをミオがひょいっと自分の前に持っていき、サラサラと記入していく。


「提出って、市役所?」


「ええ、そうよ」


「ミオちゃん、なんでそんなに詳しいの? 実はバツイチだったりして」


「なに? 眼球、刺されたいの?」

 ミオがボールペンを俺に向ける。


「怖いよ」


「冗談よ。そんなことするわけないでしょう。あなたのよどんだ目が気に入っているんだから」


「ヒドイ。そこそこんでるよ」


 ミオが書き終わり、婚姻届は完成した。

 それから、ミオのイギリス生活の話をしばらくして(俺が質問しまくったんだけど)、帰途についた。


 途中、俺たちの住む地区の市役所によった。

 じゃあ、行ってくるわね、とミオが1人で婚姻届を持ってさっさと行ってしまったので、慌てて後を追いかけた。


 こういうの、普通、2人で出すものじゃないの?


 人気のない市役所。入り口を入ったところに、ちょっとしたカウンターがあって。そこに1人男性が座っていた。

 ミオが無言でカウンターに婚姻届を置く。


「よろしくお願いします」

 俺が言う。


 男性は、おめでとう、と笑顔で祝福してくれた。ちょっと彼と雑談。その間、ミオは文庫本を開いて読んでいた。

 ホント、マイペースだね。


「さあ、これであなたは私の所有物よ」

 市役所を出たところでミオが言った。


「えっ、俺、奴隷なの?」


「そんなわけないじゃない。もちろん、あなたがそういうプレイを望むのならば、私も対応するけれど」


「望んでないから、ぜんぜん」


「ともかく、あなたは私の夫よ。好き放題させてもらわよ」

 言って、腕を絡めてくる。


「なんか言い方がいちいちヒドイんだよなあ。そういえば、式はどうするの? 俺、金ないよ」


「どこかの教会でさっとあげてしまいましょう。参列者は互いの家族だけでいいわよね」


「そんな、飛び込みであげてもらえるもんじゃないでしょ」


「それよりも、ユウ、住居は決まったの?」


「うん。もう引っ越しは終ってるよ」


 晴れて、大学は合格した。東京都内にアパートも決めたし、あらかた引っ越しも住んでいる。


「それなら、私も今日からそこへ住むわ」


「えっ? いや、今日は普通に家族と過ごそうよ。いろいろ、準備とかあるじゃん。貴一さんだって久しぶりの再会なんだからさ」


「じゃあ、聞いてみるわ」


 結局、貴一さんはサラっとオッケーしたので、俺は姉にレインを送り、婚姻届を出したことと、今夜から東京の部屋で暮らすことを告げた。


 急すぎるだろ、もっと準備とかしろ、まあ、ともかくお幸せに、みたいな内容の長文が返ってきた。

 ごめんね、姉ちゃん。急でさ。


 俺たちはそのまま貴一さんに俺の新居まで送ってもらった。家電なんかも買いそろえてあるから、確かにそのまま暮らせるけどさあ。


「ミオちゃんの荷物はこれだけで大丈夫なの?」

 車のトランクからキャリーケースを出しながら言った。


「ええ、問題ないわ。私はあまり物は持たないことにしているのよ」


「本はたくさん持ってるけどね」


「最近は電子書籍ばかり買っているわ。私はITを実践している女なの」


「ITといえば、ITなんだろうけど」


 俺もミオもいまいちITがよくわかっていない。たぶん、そんなんじゃない、みたいな感じ。


「じゃあ、元気でな。ユウ君、ワガママな娘だがよろしく頼む」

 貴一さんはそれだけ言うと、さっさと車に乗り込んだ。


 プッと短いクラックションを鳴らして、行ってしまう。


 なんというか、ミオの父親だけあって、ドライなんだ。


「さあ、さっさと中に入れて頂戴。新妻をいつまでも待たせておくものじゃないわよ」


 ミオが言って俺を引っ張り、ベージュ色の外壁のアパートへと向かう。

 一応、オートロック。駅からちょっと遠いのが難点かな。


「てっきり、来年、ミオが大学に受かってから一緒に住むと思ってたんだけど」


「その割には良さそうなところじゃない」


「姉ちゃんに言ったら、どうせなら、最初から2人で住むつもりの場所を借りた方がいいって言われてさ」


 2DK。築年数は15年だけど、結構、綺麗だった。エレベータもついてるしさ。


 4階の角部屋の前に立つ。ここが俺たちの新居。

 鍵は実家の鍵と一緒にキーホルダーにつけておいた。おかげで俺の実家に取りに行かなくて済んだ。


「なにをもたもたしているの? 早く開けなさい」


 さっきからやたらとミオがせっついてくる。なんなの?

 ドアを開く。

 

 ミオが俺を押しのけて、中に飛び込み、トイレに入ってしまった。


 ああ、そっか。我慢してたんだね。


「大丈夫?」


「問題ないわ。いえ、ないこともないわね。まさか、今日、始まるとは思わなかったもの」

 ドア越しのこもった声。


「あっ、ひょっとして生理」


「すぐにピンとくるところが不愉快ね。この遊び人」


「この1年間、俺、超真面目だったよ」


「信じることにするわ。けれど、困ったわね」


「あっ、そうか、生理用品?」


「一応、持ってきているわよ。荷物にあるから、持ってきてくれない?」


 言われた通り、ミオのキャリーケースを開けて、それを探す。なんか、超適当に詰め込んであるなあ。ミオっぽいけどさ。

 海外製のそれっぽいものを出して、声をかけると、ドアがちょっと開いた。その隙間にねじりこむ。


「礼を言うわ」


「どういたしまして。俺、ちょっと夕飯買ってくるね。コンビニ弁当でいいかな?」


「ええ、お願い」


「ミオちゃん」


「なに? 今、忙しいんだけれど」


「これからよろしくお願いします」


 ミオが鼻を鳴らす音が返ってきた。ドア越しだから本当に小さな音だった。


「ええ、任せておきなさい。私がちゃんとあなたを幸せにしてあげるわ」


 俺の奥さんはなんかやたらと頼もしかった。


「ミオちゃん」


「なによ」


「好きだよ」


「友達として?」


「家族として……かな」


 相変わらず、ミオに恋愛感情があるわけじゃない。ただ、彼女がこの1年間特別だったことは確かで。

 彼女の存在に、彼女とある未来を、俺は待ち望んでいた。


「結構よ。私はあなたのことを男として愛しているから、積極的に楽しませてもらうけれど。ちゃんと受け入れるのよ」


「はい」


 答えながらも、ちょっと顔が熱くなった。

 これじゃあ、俺の方が新妻だよ。


「まったく、よりにもよって今日始まるなんて。これじゃあ、初夜が台無しじゃない」


 ミオのそんなボヤキを背中で聞きながら、俺は靴を履いた。


 とにかく、夕飯を買ってこないとね。 

最後までよんでくださり、本当にありがとうございました。

短編にするつもりが、長くなりすぎてしまい中編になってしまいました。


余談ですが、一年ほど仕事の都合でまったく執筆していなかったのですが、これと昨年投稿したもう一つの赤い糸事変は、その前に書いて眠らせておいた作品です。

最近、また細々と書いているので、今年は短編中編を投稿できたらと思います。

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