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 学校に行ったら知り合いが片っ端から声かけてきた。


「彼女できたってマジ?」


「景山って誰?」


「お前、絶対、ホモだって思ってた」


 なんてね。

 俺に彼女できたからって、そんな驚かなくてもいいじゃんね。

 1年生にはまだ、あんま知り合い居ないけど、同じ学年と先輩たちには知り合い多い。

 人と話すの好きなんだ、俺。


「マジ、ユウのこと狙ってたんだけど」

 ギャルのアキナ先輩がギュっと抱き着いて言った。

 香水の匂いが鼻をくすぐる。


「ゴメン。でも、これからも仲良くしてね」


 さりげなく、アキナ先輩をがす。


「オメーはいっつもそれだよ」

 同じくギャルのヒトミ先輩。

「仲良しゴッコ好きだよなあー」


「うん。俺のモットー、みんな仲良くだもん」



 いろんなとこで立ち話してたら、教室に入るのが始業ギリギリになっちゃった。

 ヤバい、ヤバい。


 ケイちゃんとミっちゃんとリオとナツが俺の席のとこで話してて。

 俺が行くと全員違ったリアクションをした。

 ケイちゃんは超笑顔。ミっちゃんは笑ってるような怒ってるような変な顔。リオはちょっとにらんできて。ナツは超睨んできた。


「オハヨ」


 ケイちゃんにパシッと頭を叩かれた。

「お前、超普通なのな」


「別にフツーだよ。問題ある?」


「マジで付き合ったのかよ」

 ミっちゃんが言った。

「あれと」

 顎で窓際の席のミオを指す。


「人の彼女、あれとか言わないでよ」


 ミっちゃん、いい奴だけど、こういうとこ良くないよね。


 ミオもいつも通り読書している。こっちを見もしない。たぶん、というか、絶対、俺が来たこと気づいてないし。


「アリエナイけど」

 ナツが不機嫌声で言って、俺にぶつかりながら(ついでに肘打ちしてきた)席に戻った。


「ってか、相談とかしろよ」

 リオが言って足を踏んで、去っていく。


 2人ともヒドイ。


「まっ、あらためて景山には挨拶するか」

 ケイちゃんが言って、席に戻る。


「あのさ、お前、ひょっとして」

 ミっちゃんが言いかけたところで始業ベルが鳴った。

「また、後でな」


 だけど、ミっちゃんの話はこの日、結局、聞けなかった。

 まあ、だいたい分かるからいいけどね。


 付き合ったからってミオも俺も学校で話すようなことはなかった。超いつも通り。ミオは席で読書してるし。

 こっちはこっちで、誰かどうかと話してる。

 だけど、せっかくだから、お昼一緒に食べようかなって自分で作った弁当を持って、ミオの席に行った。

 なんか、スゴイ、みんなから見られながらね。


「彼女のミオちゃん。お昼一緒に食べない?」


 ミオは、タメ息をついて文庫本を閉じた。俺を見て、またタメ息。

 えっ、なに、そのリアクション。ちょっと切ないんだけど。


「私は昼食を食べないことにしているのよ。学校ではね」


「そうなの?」


 ぜんぜん、気づかなかった。


「嘘よ。今日はコンビニに寄ってくる時間がなかったのよ。あなたのせいで寝るのが遅くなったから、寝坊したの」


「ああ、それで、なんかヒドイ態度だったんだ。俺のせいじゃないと思うんだけどなあ」


「私の側で食べたいのならば、食べるがいいわ。飢えた私の顔を眺めながらね」


「購買でパン買ってくればいいじゃん」


「購買? そんなものは私が通う学校には存在しないわ。飢えて凶暴化した野良犬どもが群れをなす。あんな場所は購買ではないもの」


「じゃあさ、俺の半分あげようか?」


「あら、そう? なら分けてもらおうかしら。私はおかずだけ貰えればいいわ。あなたにはご飯を丸々残してあげる」


「そういう半分なの?」


「不服?」


「うん、すっごい不服」

 言いながら、弁当の包みを開く。


 もともと、ちょっと多めに持ってきてるんだ

 ケイちゃんとかナツとかがつまんでくからさ。


「あら、豪華ね。食べごたえがありそうだわ」


「それなりに美味しいと思うよ」


 ミオが目を細める。


「ずいぶんな言い草ね。作ってくれた人に対して失礼だわ。おかげで、今、あなたに対する私の評価が少し下がったわね。これは昨日のスタンプで上がった分を帳消しにするほどのマイナスね」


「そうなの? でも、コレ、俺が作ったから、別に良くない?」


 ミオの目が今度は反対にチョット開いた。


「あなたが作ったの? これを?」


「うん。うち、親死んじゃってるからさ。姉ちゃんが養ってくれてるんだけど。俺もできることしないとね」


 と、いったって、できることなんてタカが知れてるけど。親の生命保険で経済的には問題ないらしいけど。妹は大学に行かせてやりたいしね。


「以外だったわ。あなたは何不自由なく生きているように見えるもの。お気楽そのものという感じなのに」


「別に不自由してないよ。毎日楽しいしね」


 父さんと母さんが事故で死んだのは一昨年。もう、心の整理はついてるし。


「うちも母親はいないわよ。もっとも、こちらは浮気をして出ていったんだけど」


「へえー、結構前?」


「私が小学生の頃よ」


「もっとこの話しする?」


「別に必要ないわ。込み入った話をする仲でもないし。こんな話をしたところで楽しくもないもの」


「それもそうか。じゃあ、どうぞ」


 ミオの方に弁当を押しやる。


「好きなだけ食べて良いということね? なにひとつ遠慮することなくいただくわ」


 ケースから箸を出して、さっそくミオは弁当をつまみ始める。メインディッシュの唐揚げから。


「コレも自分で揚げたの?」


「うん。昨日の夕飯の残りだよ。妹が好きなんだ、唐揚げ」


「妹がいるのね。あなた、とてもシスコンの匂いがするわ」


「そうかな? でも、姉ちゃんと妹のことは大好きだよ」


臆面おくめんもなくそういうことが言えるのよね。大したものだわ。それとも、単に幼いのかしら」


「よくガキっぽいって言われるよ」

 ミっちゃんとかナツに。


 ふっ、とミオが笑った。本当にかすかに、なんか皮肉っぽく。


「本当の子供には子供に見えるのでしょうね」


「別に2人ともイイヤツだよ」


「それは精神年齢とは関係ないわね」


「そう?」


「ええ」

 言いながらもミオは3つ目の唐揚げに箸をつける。


 本当に遠慮がないなあ。


「朝から、ずいぶと話しかけられたわ。あなたのせいで」


「やっぱり? みんな、こういうニュース好きだよね。意外なカップルってやつ」


「あら、好意的な感じではなかったわよ。何人かははっきりと敵意を向けてきたし」


「そうなの? ゴメンね」


「まったく心がこもらない謝罪ね」


「うん。特に悪いと思ってないからね」


「この私に迷惑をかけたことに対して、もう少し罪悪感を持つべきだわ」


「ミオちゃんは面白いなあ」


「ウイットを利かせたつもりはないわよ」


「ミオちゃん、マジで、おかず全部食べる気?」


「そんな酷なことをするわけがないでしょう。私は慈悲深い女。きちんとブロッコリーは残します」


 宣言通り、ミオちゃんはマヨネーズをかけた小さなブロッコリーだけ残して、おかずを全部食べちゃった。すがすがしいくらいの自己中っぷり、嫌いじゃないかも。


「美味しかったわ。料理上手なのね。将来、良いヒモになることでしょう」


「ありがと。じゃあ、運命の相手であるところのミオちゃん、養ってね」


「言っておくけれど私の主夫になるのならばハードルは高いわよ。三ツ星レストラン並みの腕は必要ね」


「それ、普通にお店開いた方がよくない?」


「おい、とか、それ、とか、私は必要最低限の指示で済ませるから、並外れた推測力と記憶力も必要ね」


「わっ、昭和の父っぽい感じ」


「その代わり、あなたには何不自由のない生活を約束しましょう。私は民事専門の弁護士として人をさんざん言いくるめたり、金持ちに媚びを売ってたくさん稼いでくるわ」


「ミオちゃん、弁護士になりたいの?」


「ええ。私は弁護士の父を尊敬しているもの。さえない風貌ふうぼうでモゴモゴボソボソとしゃべり、中小企業の顧問弁護士をいくつか掛け持ちして、特に正義や理想とは縁もなく、地道に稼いでいる父をね」


「ぜんぜん、尊敬しているように聞こえないなあ」


 敬愛しているのは分かるけどね。


「そういうあなたには将来のビジョンはあるのかしら? ホスト?」


「俺、ホスト超嫌いだって。女の子泣かす、とかサイテーじゃん」


「あら、あなたもしょっちゅう泣かせてるじゃない。今朝も、教室で1人、泣いてたわよ」


「そうなの? 誰?」


「それは言えないわね。自分で聞いて回りなさい」


 さすがに無理でしょ。

 俺のことで泣いてた、とか聞いて回るの。

 どんだけ、自意識過剰なんだって話だよ。


「私なりに色々と考えたのだけど」


「えっ、なにを?」


「もちろん、明日からの私のお弁当についてよ。あなたが作ってきてくれるんでしょう?」


 一言もそんなこと言ってないんだよなあ。

 まあ、いいけど。


「うん、いいよ。食べたいものあったら言ってね」


「後でリストを送るわ」


「オッケー。そんなに期待しないでよ。俺、弁当にかけるリソース、そんなに多くとってないから」


 ふっ、とミオがまたしても皮肉っぽく笑う。


「面白いことを言うわね。私があなたになにを期待しているというの?」


「お弁当作ってくることかな」


「ええ、そうね。よろしく頼むわね。私はそのつもりで明日もなにも買ってこないから、もし、あなたが私の分を作ってこなかったら、さっそく私たちの関係性に危機が訪れることでしょう」


「忘れないようにしないとね。俺、忘れっぽいからさ」


「お肉が食べたいわ」


「オッケー。生姜しょうが焼きでいい?」


「お寿司も食べたいわ」


「お弁当だと無理。今度、回転寿司行く?」


「いいわね。陳腐ちんぷな映画を見たり、遊園地に行ったりするより気が利いているわ」


「遊園地楽しいじゃん。俺、ディストリーランド(海外の有名アニメ制作会社の遊園地)超好きだよ」


「あなたのことだから女の子とデートで何度も行っているんでしょうね」


「俺、女の子と2人で出かけたこととかないよ」


「なにそれ。あなた流のウイット? どこが面白いの?」


「マジだよ。俺、彼女いたことないし」


 コレ、ホント。

 付き合うとかよくわかんないし。誘われることは結構あるけどね。


「意外ね。とっくに交際人数が3桁に達しているかと思ったわ」


 ミオは本当に偏見たっぷりだなあ。


「だって。その気もないのに期待させたら悪いじゃん」


「これは恨まれて当然ね」


「そう? できるだけ傷つけたくないなって思ってんだけど」


「あなたじゃないわよ。恨まれているのは私のこと。みんなのアイドルをかっさらっていったのだもの」

 それからミオは、ああ、とつぶやいた。

 目を細めて俺をにらむ。

「あなた私を虫よけに利用したのね」


「女の子を虫呼ばわりしちゃダメだよ」


「不愉快だわ」

 それからまた、じー、と睨み続ける。


「毎日のお弁当じゃ足りない?」


「ええ、足りないわね。あなたの馬鹿みたいな自己満足のために私が面倒な目にあうのだもの」


「別れる?」


「今、私は値段交渉をしているの」


「お金を払った方がいい?」


 まるでサブスクだけど。


「私を失望させないで欲しいわね」


「ちなみにミオちゃん。朝食はどうしてるの?」


 ミオの厳しい表情がちょっと緩んだ。

 あっ、この線で当たりみたい。


「トーストで済ませているわ。時間がない時は食べないわね。父は私を起こしたらすぐに家を出てしまうし。1人分だけ用意するのも面倒だもの」


「じゃあ、俺が朝食のお弁当も用意しようか。サンドイッチかオニギリだけど」


「もう少し値段を吊り上げたいところね」


「夕食は無理だよ」


「そこまで望まないわよ。例えば、そうね。私は掃除が嫌いなの。けれど、私が掃除をしないと、父が1日しか休みがないにも関わらず、それを掃除のために使ってしまうのよ。困ったものね」


「日曜日がお父さんのお休みで、土曜日に掃除に行けばいいわけ?」


「あら、なんだか催促さいそくしたみたいで悪いわね」


「うん、ほぼ催促してたけどね。いいよ、それくらい。土曜日なら何時でもいいの?」


「父が帰ってくる夜までの間ね」


「じゃあ、午前中かな。夕方からバイトしてるんだ」


「あら、アルバイトしてるの? どんな職種? 特に興味はないけれど、一応、聞いておこうかしら」


「ただのファミレスだよ」


「そう。経済的には問題ないのではなかったかしら」


「俺の気分の問題。自分の小遣いくらい自分で稼がないとさ。かっこ悪いじゃん」


「そう? 私はなんら遠慮することなく、父から貰ったお小遣いで特に面白くもない読むか読まないか分からないような本を買ったり。別に好きでもないし、こだわりもないのに少し高級な雰囲気の喫茶店で紅茶を飲んだりするわよ」


「まあ、俺はそうなの」


 その後、ミオはさっさく、今週からお願いと、土曜日のプランを勝手に立ててしまった。

 昼近くに、揚羽町(このあたり一帯で一番栄えている街)の駅で待ち合わせ。回転寿司を食べて、ミオの家に。掃除をして帰宅。まさか、初デートで彼女の家に行くことになるとは思わなかった。


 弁当を食べ終わり、ミオの席から戻ってくると、早速、ケイちゃんとミっちゃんが寄ってきた。


「マジで2人で食ってんのな」

 ケイちゃん、超うれしそう。ニヤニヤがあふれてる。


「彼女だからね」


 ミっちゃんは無言で俺を見ている。リオの話、したいんだろうな。


「ミっちゃん、後で、話そうか」


「お、おう」


 そう返事をしたミっちゃんだけど、授業後の休憩はトイレ行っちゃったし。放課後もさっさと居なくなっちゃった。


 俺はミオとケイちゃんと一緒に帰った。

 ナツとリオはそれを見て、すごい睨んできた。


「お前のせいで当分ナツとリオが不機嫌だぜ」


「そうだね。困ったなあ」


「まったく困った感じじゃねえな。なんか、フォローしろよ」


「無理じゃない?」


 ケイちゃんが二の句が告げずに黙る。


 代わりに俺の右隣を歩いているミオが言った。

猪原夏美いのはらなつみ佐津川莉乃さつかわりのはあなたに好意を持っているのね?」


「まあ、たぶん?」


 ハッキリ、そうだ、って答えるのもなあ。

 自意識過剰っぽくてヤダよね。


「けれど、あなたを睨んだところでどうしようもないわね」


「まあ、そうだろうね。でも、しょーがないじゃん」


「だから、フォローしろよって。それぞれに電話してさ。気持ち的には、お前が一番だから、とか言ってやれって。『ペトル後遺症』の赤い糸が見えたから、お試しで付き合ってるだけだって」

 ケイちゃんが言う。結構、マジっぽい。


「イヤイヤ、ダメでしょ、それ」


 気持ちをもてあそぶだけだよ、そんなの。結局、後で傷つけちゃうし。


「じゃあ、アレだ。逆にもっとイチャイチャしたらいいんじゃね。景山とさ。手とかつないじゃったりして」


「あー、それありかも」


 その方が分かりやすいし、納得しやすいかも。うん、いいね。


「そうしようか。ミオちゃん」


「嫌よ、暑苦しい。なんで私があなたと手をつながないといけないのよ」


「えっ、だって俺たち付き合ってるじゃん。将来の話とかしちゃう仲じゃん」


「それとこれとは話が別ね。この私の手を握ろうなんて10年早いわ」


「そうなの? でも、俺の弁当食ったじゃん」


 それにケイちゃん吹き出した。

 隣で馬鹿笑い。


「お前ら、いいコンビだわ」


「だってさ。ミオちゃん」


「そんな顔で見ても手はつながないわよ」


 ケイちゃんは3人でどっか寄りたがってたけど、今日は俺、早く帰んないとなんだよね。妹のリンが早く帰ってくるからさ。

 ケイちゃんだけは駅が反対方向だから、電車ではミオと2人だけになった。


 小さな子供連れのママさんに席を譲ったら(隣ひとつだけ席空いてた)、ミオが感心した(彼女はまだ座ってる)。


「そういうことをするのね」


「えっ、別に普通じゃない?」


「私は席を譲ったことは一度もないわね」


「譲ったら、結構、気分いいよ」


「そういう勧め方をするのね。あなたのそういうところ、嫌いじゃないわよ」


「やった。じゃあ、手つなごうか」


「嫌よ。けがらわしい」


「ええー、ヒドイ」


 でも、こういうミオとのやりとり、俺も嫌いじゃない。


「あの人たちはあなたのこういうところを評価しているのかしら?」


「ナツとかリオのこと? うーん、でも、別に評価されるようなことじゃなくない? 犬のウンチが落ちてたら避けて通るとか、そういうレベルのことじゃない?」


 ミオが口に両手を当てた。顔を赤くしている。

 あれ、なに? なに? その反応。

 体が小刻みに震えていて、その振動が俺に伝わってくる。

 やがて、ミオが涙目で俺を睨んだ。


「なに、陳腐ちんぷな例えをしているのよ。吹き出してしまうところだったわよ」


「ああ、笑ってたんだ。ビックリした。なんかの発作かと思った」


「笑いの発作ではあるけれどね」


「ミオちゃんも笑うんだね。そういう感情ないのかと思ってたよ」


「あなたは私をアレキシサイミアだとでも思っているわけ?」


「えっ、なにそれ?」


「簡単に言うと感情の理解、表現が苦手な特性のことね」


「ああ、サイコパスっぽい感じ?」


「サイコパスは共感性の低さや良心の働きの弱さ、罪悪感の欠如などね」


「それで、実際のところ、どっちなの?」


「表に出さないだけよ。私は多感な女。そして、箸が転がっても笑える年頃」


「じゃあ、なんでいつもムッツリしてるの? みんな話かけづらいじゃん」


「私は警戒心が強いのよ。あなたのようにユルユルなセキュリティとは違うのよ」


「俺、そんなユルユルかなあ」


「泥棒が侵入し放題ね。でも、肝心の金庫だけは絶対開かなそうだけど」


 なんだろう。ミオのその言葉がなんか結構、引っかかっちゃって。おかげで俺の次に吐いた言葉も尖ってしまった。


「そういうミオちゃんは金庫自体が無さそうだけど」


 頬をつままれた。ギュっとねじられる。かなり本気で痛くて。電車内じゃなかったら悲鳴あげてたカモ。


「あなたの油分と皮脂ひしがついたわ」

 言ってハンカチで手を拭く。


「ヒドイなあ。赤くなってない?」

 つねられた頬を撫でながら言った。


「私を傷つけたあなたが悪いわね」


 それから俺たちはなにも話さなかった。

 しばらくして、俺の下りる駅が近付いて。

 俺はミオに別れの挨拶。


「月のない夜道を歩くときは気を付けることね」


「えっ、なにそれ。怖い」


「ただの気の利いた別れの挨拶よ」


「恐怖しか感じなかったよ」


「それはあなたの感性が鈍いからよ」


 駅に到着。

 俺が手を振ると、ミオは、ふっ、と鼻で笑い、鞄から文庫本を出して読み始めた。



 次の日。

 朝、教室に行くと、ミっちゃんに屋上に連れ出された。うん、例の話だろうね。


「お前、やっぱ、俺に気をつかったんだろ?」

 ミっちゃんが言った。


 屋上には誰もいないけど。風が強くて、ビュービューと音がうるさい。俺とミっちゃんの制服のスソがバッタバッタとはためく。


「それだけじゃないけどね」

 嘘ついてもしょうがないから正直に言った。

「でも、いい加減、このままじゃダメだなって思ってたから。リオだけじゃなくて、ナツのことも」


 2人の気持ちくらいは気づいてた。だから、『運命の赤い糸』は都合が良かったんだ。


「お前の気持ちはどうなんだよ」

 ミっちゃんが声を荒げる。


「俺、人を好きになるとかよくわかんないからさ」


「なんだよ、それ」


「ホントだよ。好きっていえば、みんな好きなんだけどさ」


 恋愛感情の欠如。アロマンティックって言うらしいよ。

 家族とか、近くにあるものは大切。それくらいしか俺には判別がつかない。これって異常なことなのかな?

 だから、誰とも付き合ってこなかったし、誘われても2人きりで会うようなことはしなかった。

 だって、こんなヤツと付き合って時間をつぶすの悪いじゃん。


 でも、もし、赤い糸が本物だったら。

 ミオと俺は運命でつながっているわけで。

 それなら仕方ないと思えた。ミオに罪悪感を抱かなくてもいいと、思えた。


「だから、ミっちゃん。俺に負い目とか、そういうのいらないからね」


 ミっちゃんは黙って俺を見つめて。

 それから去っていった。

 俺はしばらく屋上で強い風を浴び続けた。


 あっ、そうだ、ミオにサンドイッチ作ってきたんだった。

 急いで教室に戻る。


 窓際のミオの席に、なんか女子が集まってる。あれ、なんか、取り込み中?


 俺が近付くと女子たちは、さっ、とバラけた。なんにもなかったように話し始める。

 ミオは席で文庫本を読んでいた。


「おはよ。なんかあった?」

 声をかける。


「なんだかよくわからないけれど、あなたと別れろというような趣旨しゅしだったんじゃないかしら。いろいろ言ってて、今ひとつ要領を得なかったわ」


「へえ。困ったな」


「別にどうでもいいわ。むしろ、他人の不平を聞いていると、自分はなんて幸せなんだと思えて気分がいいわね。実にさわやかよ」


「わっ、性格悪いね」


「そんなことより、早く例の物を出しなさい。食べている時間がないじゃない」


「はいはい」

 言って俺はラップで包んだサンドイッチを渡す。

「こんなもんで足りる?」


「ええ、十分よ。一応、お礼を言ってあげるわ」

 言って、リオはサンドイッチをパクつき始めた。


 あっ、今のがお礼なんだ。


「じゃあ、ちょっといってこようかな」

 さっきの女子たちにちょっとひと言、言ってこようかな。一応、彼氏としてね。


「あら、どこに行く気? 彼氏として私が食べている間、娯楽を提供する役目があるでしょう?」


「えっ、彼氏って、そんなことしないとなの?」


「少なくとも私は彼氏にそういう役割を求めようと思っているわ。私は食べているからあまり相槌あいづちを打たないけれど、なにか面白い話をしなさい」


「無茶ぶりだなあ」


「あなたほどの男なら、面白い話のひとつやふたつ出てくることでしょう。期待しているわ」


 しかも、ハードル上げた。

 ホント、いい性格してるよね。

 俺はバイト先の先輩から聞いた話を披露。ミオは表情を変えなかったが、それなりには楽しかったらしい。


「60点といったところかしら」って言ってたからね。

 

 ミオを囲んでいた女子たちには個々にフォローしておいた。ゴメンね、って謝っただけだけど。でも、それくらいしかできない。


 一方、昨日に引き続き、ナツとリオは機嫌悪そうで。ぜんぜん絡んでこなかった。リオなんかは見せつけるみたいに、ミっちゃんとばっかり話してた。その方がうれしいからいいけど。


 昼休み。

 昨日と同じようにミオの席に行った。弁当を2つ持って。


「今日はなにかしら」

 ミオが言った。


 顔が少し緩んでいる。結構、期待してくれてるみたい。いや、そんな大した内容じゃないよ?


 弁当を渡す。

 焼いたウインナー(別にタコさんじゃないけど)と、昨日の残りのポテトサラダ。大根とシイタケの煮物。


「あら、このポテトサラダ、あなたが作ったの?」


「うん。どう?」


「なぜかとても美味しいわ。不思議ね」


「やった。煮物は?」


「シイタケ苦手なのよ」


「そうなの? じゃあ、今度は違う煮物にしようかな」


「あなた、あの人たちになんて言ったの?」


「あの人たちって、ミオちゃん包囲網の?」


 ミオがそれに口元を押さえた。

 また顔を赤くして小刻みに震える。


「変なことを言わないで。吹き出してしまうところだったじゃない」


「えっ、今の面白かった? 笑いのツボが変なとこにあるね」


「そんなことはないわ。あなたの言い草が陳腐なのよ」


「エキセントリックなミオちゃんに言わたくないけどなあ」


「失礼ね。私は孤高なだけで奇矯ききょうなわけではないわ」


「その2つって両立できるじゃん」


「そうかしら?」

 ミオが首をちょっとだけ傾けた。


「別に、大したこと言ってないよ。ゴメン、って謝っただけだもん」

 ミオちゃん包囲網の話ね。


「そうなの? あなたが滝本京子たきもときょうこと話すところを見ていたけれど、彼女、顔を赤らめていたわよ」


「ホントだってば。じっ、と目を見てさ。ゴメンねって。超真面目に」


「ちょっとやってみなさいよ」


「えっ、ヤダよ。別にミオちゃんに謝ることないもん」


「なにを言っているの。謝ることだらけじゃない」


「例えば?」


「いつも私からレインをしているわね」


 昨日の夜はオヤスミのスタンプが。今朝もオハヨウのスタンプがきた。ただスタンプを使いたいだけなのかと思ってたけど。


「ほかには?」


「朝食を持ってくるのが遅かったわ。おかげで、私はとてもお腹が空いてしまったわ」


 ミっちゃんと話してたからね。

 それなら、と俺は箸を置いて、真面目な顔でミオの黒い瞳を見つめた。


「ゴメンね」


「私の見ていたところだと、もう少し近距離からだったわね」


「そんなに顔、近かった?」


「ええ」


 ミオに顔を近付ける。

「ゴメンね」


 ふっ、とミオは鼻で笑った。

 それから食事に戻る。


「なになに? その態度、地味に傷つくんだけど」


「嘘を言いなさい。あなたがこの程度で傷つくわけがないでしょう」


「俺、結構、繊細だよ」


「なにも面白くないわよ」


「笑わせようとしてないんだよなあ」



 そんな感じで俺とミオの交際は順調? に進んでいって。

 ついに土曜日。デートの日となった。

 揚羽町駅の南口改札前に11時十分前に到着。そのまま改札前で待ってると、白いシャツに黄緑色のスカート。黄緑色のベレー帽というかっこうのミオがやってきた。


 ブンブン手を振ったけど、ミオは無視。俺のことなんて目に入らないみたいだった。

 けれど、ちゃんとまっすぐに俺のところに来て、上から下まで2回くらい視線を往復。


「なに? 服、変だった?」


「どうかしら。男性のファッションになんて興味がないもの」


「じゃあ、なんで見たの?」


「前を歩いてた女性の2人組があなたのことをカッコイイとか言ってたのよ」


「そうなの?」


「あら、可愛くない反応ね。そんなの別に慣れてます、みたいな感じかしら」


「深読みしすぎだよ。へー、と思っただけじゃん」


「王者の余裕というやつかしら」


「これ、俺、どういう反応したら正解なの?」


「素直に喜んだら可愛げがあるんじゃないかしら。マジで、とか。やったー、とか」


「じゃあ、次はそうしようかな」


「ところで、私はまだあなたから褒めてもらっていないわね」


「すごく可愛いよ、ミオちゃん」


「心がまったくこもっていないわ」


「本心から思ってるけど」


「つまり、あなたは私の私服姿を見ても、まるで心が動かされなかったということね。お互い様ですけど」


「じゃあ、いいじゃん」


「そうね。ただ、次からは一言目に私を褒めて欲しいわね。私の気分を良くするために」


「ミオちゃんは露骨に要求するなあ」


 2人で並んで繁華街を歩く。

 休日だから人がいっぱいだ。ミオは何度も人にぶつかりそうになったり、転びそうになったり、はぐれそうになる。

 そのたびに、俺が腕をつかんでかわさせたり、支えたり、見つけたりした。


「ミオちゃんは人込み苦手なんだね」


「言っておくけれど、私はそれを欠点だとも弱点だとも思っていないわよ」


「そうなの? でも、もう少し慣れた方がいいんじゃない? それとも、手、つなぐ」


「あなた、さては図ったわね。私と手をつなぎたいがために、今日のプランを立てたのでしょう?」


「あれ、計画立てたの俺だっけ?」


「私よ」


「じゃあ、違うじゃん」


「仕方がないわね。衝突したり、転んだりして、怪我をするのもつまらないし。手を出しなさい」


 俺が手を出すとミオが俺の親指をつかんだ。


「痛い、痛いよ。なに? なにこれ?」


「仕方がないから、しぶしぶ、あなたと手をつなぐことにしたんじゃない」


「親指が折れるって」


「この程度で折れるわけがないでしょう。せいぜい、捻挫ねんざするくらいよ」


「ちゃんとつなごうよ。その方が楽だからさ」


「そうやって、私と接触する範囲を広げようというのね。いやらしい」


「あっ、ミオちゃんて結構、自意識過剰?」


「いいでしょう。そこまで言うなら、つないであげるわよ。気合を入れてエスコートしなさい」


「エスコートって」


「あなたは紳士とは程遠い男ね」


「別に目指してないからいいけど」


 手をつないで歩く。ミオは体温が低めなのか手がヒンヤリとしていて、気持ちよかった。


「どっか見ていく?」


「本屋を見たいわね。けれど、まずは昼食かしら。お寿司なんて、本当に久しぶりだもの」


「そうなの? 俺、こないだ友達と行ったよ」


「ずいぶんと豪勢な暮らしをしているじゃない。高校生の分際で」


「そうかなあ。バイト代入ったし。たまにはいいかなって」


「まさか、おごったの」


「うん。ケイちゃんもミっちゃんもメチャクチャ食べたよ」


「意味が分からないわ。自分の時間を使ってアルバイトをして。そのお金で奢るなんて」


「俺が食べたかったからだし。みんなで食べた方が美味いじゃん」


「人と食べようが1人で食べようが味覚は変わりません」


「じゃあ、得られる幸福感を共有できる、みたいな。コストが3倍でも幸福感が3倍なら別にいいじゃん」


 それにミオは顎に手を当てて考え込んだ。なにがそんなに彼女を考え込ませることになったのか分かんないけど。


 俺たちは黙って全国チェーンの回転寿司屋へと向かった。手をつないでね。

 そういえば、女の子と手をつないで歩くなんて初めてかも。あっ、妹とは結構、手をつないでるか。でも、アレはノーカンだよね。


 まだ時間が早かったせいか回転寿司屋で待ったのは10分くらい。前に来た時は30分くらい待ったから上出来。

 無事、カウンター席についたところでミオがやっと口を開いた。


「あなたは幸福感を共有するのが好きなのね」


「えっ、そのことずっと考えてたの?」


 前に姉ちゃんが言ってたことの受け売りなんだけどなあ。


「面白い考え方だと思ったのよ」


「そう?」


「ただ、共感はできないわね。私は他人にあまり興味がないもの」


「じゃあ、ミオちゃんはなにに興味があるの?」


「本を読むのは好きよ」


「うん。よく読んでるよね」


「映画を見るのも好きよ」


「そうなんだ。じゃあ、今度、観に行く?」


 なんか映画に否定的なこと言ってたから嫌いなのかと思った。


「嫌よ。なぜあなたと映画を観ないといけないのよ。邪魔じゃない。映画は1人で集中してみるものよ」


 あれ、あっさり拒否られた。


「でもさ。始まる前のワクワク感とか。終わった後の感動とか、共有できるじゃん。無責任に批評し合ったりさ」


「あなたは誰と観に行くのよ。一応、私が初めての恋人なんじゃなかったかしら?」


 ミオが疑わしそうな目で俺を見る。

 でも、それ、マジなんだけどなあ。


「友達とか、先輩とか」


「ワイワイガヤガヤとしていて、さぞ迷惑なことでしょうね」


「そんなことないけどさ。でも楽しいよ」


「言っておきますけど。私はあなたの友人関係と付き合う気はないわよ。紹介なんてしなくていいから」


「そうなの? でも、結構、もう紹介しちゃってない?」


 ほら、2人で廊下を歩いてるときとか、友達と会ったら、俺の彼女って、ガンガン紹介しってたからさ。


「あらためて、そういう場をもうける必要はないと言いたいのよ」


「オッケー」


 ミオは食べる寿司をすごく吟味ぎんみしてた。

 回転寿司とはいうものの、今はもう回してなくて、タブレットで注文すると流れてくる仕様。昔、家族で来た時はいっぱい流れてたんだけどな。


 ミオはサバとかイワシとか貝とかを注文。

 ちょっとだけ、うれしそうに口に運んでいた。ゆっくり咀嚼そしゃくする。


「なによ。私をじっと見つめて。不愉快ね」


 そこまで言わなくても良くない?


「いや、なんか可愛いなと思って。ほら、こういうのもいいじゃん。人が美味しそうに食べてるの見たら、なんかうれしいじゃん」


「そうかしら。あなたが食べているのを見ても、何ひとつ感じるところはないけれど」


「それは、ほら、ミオちゃんが俺のこと、なんとも思ってないからだよ。友達未満、知人以上みたいな」


 ちょうど寿司を口に頬張っていたミオが硬直して、それから顔を押さえた。あっ、なんかツボに入ったみたい。

 しばらくして、ようやく飲み込んだ後、ミオが俺の頬をつねる。


「痛い、痛いってば」


「せっかくの赤貝を吐き出してしまうところだったじゃない」


「ミオちゃんのツボはホントわけわかんないね」


「あなたがおかしなことを言うからよ。あなたが悪いわ。あなたのせいよ。あなたが犯人よ。あなたは犯罪者よ」


「わっ、最終的に犯罪者にされた」


「安心なさい」


「なになに?」


「あなたは知人ランクではかなり上位に位置しているわ」


「一応、恋人なんだけどなあ」


「あくまでも感情と距離感の問題よ」


「まあ、サブスクの彼氏だしね」


 ほら、毎日の朝食と昼食と週末の掃除でミオを雇っているらしいし。


「こういう関係なら結婚も悪くないかもしれないわね」


「うん、そうだね」


 ミオが、じっ、と俺を見つめる。今度はなんだろう。ミオの視線は結構、刺さるんだよね。心に。


「あなたは恋愛に幻想を抱いていないのね」


「うーん、俺、たぶん、恋愛とかできない体質なんだと思う。そういうの分かんないんだ」


「大抵の人がそうしているみたいに、ゴッコをすればいいじゃない。みんな、自分が恋愛しているんだと思い込んで楽しんでいるでしょう」


「ちゃんと恋愛している人もいるよ。それで苦しんだり、泣いたり。ゴッコでも、相手にそういう思いさせるの、イヤじゃん」


「誠実なのね」


「それは分かんないけど。だから、ミオちゃんみたいなの、ホント助かるよ」


「もし、私があなたのことを好きになったらどうするつもり?」


「えっ、そんな可能性あるの?」


「限りなく低いけれど、ないとは限らないわね」


「その時は、ええと、どうしよっか」


 たぶん、困ったなあ、って思うんだよな、俺は。

 だって俺は自分が変わらないことがなんとなく分かってるから。絶対に俺の中の相手への気持ちが友人以上に進まない。


「アロマンティックというそうよ。恋愛感情が欠如している特性のことを」


「うん。そうらしいね」


「なるほど。面白いわ」


「こんなこと話したのミオちゃんが初めてだよ。さすが彼女だね」


 ふっ、とミオは鼻で笑って、また寿司の吟味ぎんみに戻った。



 回転寿司を出た後は駅前に戻った。駅ビルに大きな書店が入っていて、ミオがそこに寄りたがったから。

 ミオはそこで文庫本を何冊か購入した。


「なんか、お勧めの本ある?」


「ないわね」


「冷たいなあ」


「あなたの趣向なんて分からないもの」


「じゃあ、ミオちゃんが読んだ中で一番面白かった本は?」


「なぜ、それをあなた教えなくてはならないの?」


「えっ、ダメなの?」


「一番面白かった本というのは私の中の特別よ。彼氏ごときに教えるなんてもったいない」


「ミオちゃんの中の彼氏の位置づけは、すっごく低いんだね」


「知人以上、友人未満ですもの」


「あれ、その言葉、気に入った?」


「運命の相手だけれど、気持ちの上では知人以上、友人未満。これ、割といいじゃない。快適よ」


 結局、ミオから、まあまあ面白かった本を教えてもらい、それを買った。

 まあまあ面白かった、だと、イマイチ、読む気になれないんだよなあ。


「買ったからには最後まで読むのよ。著者のあとがきまで余すところなく読みなさい」


「本とか読むの超ひさしぶり」


 ミオが心底見下げ果てた、みたいな目で俺を見る。


「ちゃんと読むよ」


「ええ、読みなさい。あなたにピッタリの本だから。サイコパスの主人公が破滅していくという、救いのない話よ」


「えっ、そんな内容なの?」


 ますます読む気が失せるんだけど。


「安心なさい。とても面白い物語だから」


 本屋を出た後、ミオの家へと向かう。

 電車は空いていたから、2人で並んで座る。


「言っておくけれど、とても散らかっているわよ」


「うん。大丈夫。覚悟しているから」


「下着の1枚くらいなら、お土産に持ち帰ってもいいわよ」


「えっ、いらないよ」


 足を踏まれた。グリグリと。


「痛いってば」


「あなたが、まるで私に性的な魅力がないかのごとく言ったのが悪いわ。とても不愉快よ」


「綺麗だと思うよ、ミオちゃんは。フツーにモテるでしょ」


「これでも中学時代には何度か告白されたわ」


「やっぱり?」


「付き合ったこともあるわよ」


「そうなの? ちょっと意外かも」


「実は最後までいったわ。肉体関係のことだけれど」


「おお、ますます意外。そういうの抵抗なかったんだね」


 ふん、とミオは鼻を鳴らして、そのまま黙り込んだ。

 俺は目を閉じてミオがセックスをする様子を思い浮かべた。なんか、あんまりイメージできなかった。

 そういう動画なら何度か見たことあるんだけどね。


 ミオの家の最寄り駅に到着。


「嘘よ」

 ミオが席を立つと同時に吐き捨てる。


「えっ、なんのこと?」

 追いかけて問う。


「私も一応、あなたが初めての恋人ということよ」

 ミオは振り返りもせずに言った。

 

「ああ、その話まだ続いてたんだ?」


「なぜか、腹が立つわね。不愉快よ、あなた」


「そうなの? なんかゴメン」


 ミオは返事もせずにスタスタと早足で行ってしまう。手をつなぐどころじゃない。


「歩くの早いよ」


「ここは私のホームグラウンドよ。あなたと知り合いだと思われたくないのよ。察しなさい」

 ミオが背中で答える。


 知り合いどころか彼氏なんだけどなあ。

一応。


 駅を出て、大通りから裏通りへ入り、そのままズンズン歩いた。

 ミオは早足で歩き疲れたのか、歩くペースが遅くなった。それでも彼女の意志をんで、3歩くらい後ろを歩いた。

 昭和の妻みたい。


 小ぎれいなレンガ色のマンションの前で、ミオは足を止めた。


「へえ、いいところだね」


「別に褒めても何も出ないわよ。賃貸だもの。そういうことは物件の所有者に聞かせてあげなさい」


「ひねくれてるなあ。褒めなかったら褒めなかったで文句言うくせに」


「あら、だんだん分かってきたじゃない。その調子で、しっかりと私のことを理解して、察して、忖度そんたくして、私を快適にしなさい」


「俺の存在意義、それ?」


「むしろ、ほかに何があるのか聞きたいわね」


「癒されるとか? 元気になるとか?」


 ミオは鼻で笑った。

 いい性格してるよね、ホント。


 エレベーターに乗り、3階で下りる。

 景山宅は奥の角部屋だった。


 ミオが鞄から鍵を出して、開ける。


「あらためて言うけれど、とても散らかっているわよ」


「うん。大丈夫。覚悟してるから」


「洗濯物もまっているわ」


「そうなの? よく服もつね」


「多めに持っていれば1週間に1度洗濯すだけで済むでしょう?」


「1人暮らしの男の発想だね」


「合理的と言ってくれない?」


 ミオの言う通り、部屋はヒドイことになってた。シンクには洗い物が溜まってるし。いくつもある洗濯籠には衣類が山になって積み上がっていた。


 間取りは3LDK。ミオの部屋と父親の部屋。物置代わりの部屋。あとはかなり広いリビングダイニングキッチン。


「じゃあ、燃えるゴミの袋と燃えないゴミの袋ちょうだい」

 言って、さっそく掃除に取り掛かる。


 ミオは一応、最初は手伝って転がっているゴミを拾ったり、本を拾ったりしていた。

 10分くらいで飽きて、ソファの上で三角座りして買った文庫本を読み出したけど。


 一通り床を片付けてから掃除機をかける。その間にも洗濯機はフル稼働中。乾燥機つきのやつだから、そのまま乾かせばいいけど。量的に、絶対、終らない。

 リビングが片付いたところで俺はミオに提案した。


「洗濯、終らないからコインランドリー行ってくるよ」


「そう? 任せるわ」

 これで足りる? と千円札をくれた。


「大きな袋ちょうだい。それに入れてくから」


 洗濯物を大きな紙袋2つ分に詰め込んで、両手で持って部屋を出る。もちろん、1人で。ミオは読書に夢中で、声をかけても気づかなかった。


 マンションのそばにあるコインランドリーに洗濯物をセットして、また部屋に戻る。

 ミオは部屋を出る前と同じ姿勢で本を読んでいた。


 よし、次はキッチン周りかな。テキパキやんないと終んないや。


 たまっている皿を洗ってシンクとガスレンジ台を磨いて。

 その後、トイレ掃除と風呂掃除。


 父娘の共有スペースの掃除が一通り終わった頃には、洗濯物の第一陣が終った。

 残った洗濯物をセットして終ったやつを畳む。


「ミオちゃんの部屋も掃除した方がいい?」

 言ったけどミオは答えない。相変わらず本に夢中。


 何度か声を掛けたら、不愉快そうに顔を上げた。


「当然でしょう。父の部屋もお願いするわ」


「重要な書類とかあったらまずいんじゃない?」


「そう? それなら、父の部屋はいいわ。私の部屋だけ掃除しなさい」


「ミオちゃんも部屋に来た方がいいんじゃない? 気にならない? 男子がなにするか?」


「なにをするつもりよ」


「えっ、掃除だけど」


「じゃあ、いいじゃない」


 ミオはまた読書に戻る。

 信頼しているというより、単に興味がないだけなんだろうな。


 ミオの部屋は本があふれていた。シングルベッドと勉強机。あと、本。本。本。脱いである制服をかけようとクローゼットを開けたら、そこにも本が詰まってた。


 とりあえず、本はどうしようもないから、できるだけ面積を取らないように机周りに山積みにした。

 それから掃除機をかける。

 窓を開けて、部屋の換気をして。

 ハタキでほこりも払って。また掃除機をかけて。


 だいたい終ったところで、いい時間になった。あとはコインランドリーの洗濯物を回収したら終わりかな。


 リビングに戻るとミオはぜんぜん動いてないみたいに同じ姿勢で本を読んでた。

 特に声もかけずに部屋を出てコインランドリーへ。俺、結構、いい主夫になるカモね。


 乾いた洗濯物を持って戻る。ちょうど、隣の部屋から人が出てきた。大学生くらいの女性。会釈えしゃくして景山宅へ戻る。

 ミオの彼氏だって思われたかな。

 両手の洗濯物をスゴイ見てたけど。


「終わったよ」

 洗濯物を畳み終わり、それらをあるべき場所へと返した。後は、2回目の洗濯機が終ればオッケー。そこまでは見届けなくていいでしょ。


「あら、早いじゃない」

 ミオが文庫本から顔を上げた。

 読み終わったのか、別の本を読んでた。


「じゃあ、帰るね」


「ええ。お疲れ様。一応、お礼を言っておくわ」


「そこは一応じゃなくて、ちゃんとお礼を言おうよ。俺、超頑張ったよ」


「虫よけの報酬だもの」


「まあ、そうだけどさ」


 ミオはまた読書に戻った。

 駅までとはいわないけどマンションの外まで見送ってくれてもいいのになあ。


 まあ、いいけど。


 パンパンになった燃えるゴミ袋をいくつも抱えて部屋を出る。


 むしろ、これくらいドライな方が、俺も気が楽かな。



「デート、どうだった?」

 夕食時、姉ちゃんに聞かれた。


「フツーに楽しかったよ。ちょっと疲れたけどね」


 掃除頑張りすぎちゃった。

 でも、来週はそこまで大変じゃないと思う。


「えっ、お兄ちゃん、彼女できたの?」

 妹が大きな目をいっぱいに開いた。


 あれ、姉ちゃんから聞いてないのか。


「うん。できた」


「どんな人。写真は?」


「私も見たい、見たい」

 姉ちゃんも便乗した。


「写真ないよ」


「えー、なんで」


「絶対、嘘でしょ」


 姉妹が俺のスマホをとってきて無理やり認証させる。


 ちょっと、俺のプライベート。

 家族だからって、ダメだよ、そういうの。


「あっ、この人じゃない」

 妹が言ってナツが自撮りした俺とのツーショットを見せる。


「それ友達」


 また俺のスマホを2人してながめて、キャッキャと楽しみ。


「この子じゃない。メチャクチャ仲良さそうだし」

 今度は姉がスマホを見せる。


「それも友達」


「ええ? 友達がこんな風に抱きつくかあ?」


「仲いいもん」


 また、写真をあさる姉妹。

「てかさ、あんた、女友達多くない?」


「しかも、距離感変だよね」


 何度か、そんな風に写真を見せられた。

 ていうか、我ながら女子との写真多いなあ。

 だいたい、相手が撮って送ってくるんだけどさ。


「あっ、そこ、映ってる」


 クラスメートの女子2人との写真の奥にミオが映り込んでるのが見えた。


「えっ、どっち、どっち?」

 姉、大はしゃぎ。


「この子。景山澪さん」

 スマホの端を指さして言った。


「この子? なんか、真面目そうな子ね」

 姉が言った。


 小さく映り込んでるだけだから、それくらいしか言いようないよね。


「真面目な子だよ。ひねくれてるけどね」


「そうなの? 今度、紹介しなさいよ」


「そのうちね」


 ミオの家には行ったけど、俺がミオを連れてくる日はあるのかな。


 夜、寝る前にミオからレインがきた。



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あんまり部屋が綺麗になってたから父が驚いてたわ

見違えたわ

ありがとう

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 素直に礼を言われたら言われたで、なんだか居心地が悪かった。

 やっぱりミオはあれくらいの方がいいね。



 月曜日。教室に行くとミオが机の写真をスマホで撮っていた。


「おはよ、なにしてんの?」


「ただの証拠撮影よ」


 ミオの机には、ブスだの、チビだの、いろんな悪口がマジックで書かれていた。

 ああ、これを撮ってたのね。


「他は大丈夫だった?」


「下駄箱にゴミが入ってたわね。そちらも撮影済みよ」


「やっぱ、俺のせいかな」


「それ以外ないでしょう? とりあえず、先生に報告しておくわ。今のところ、私の私物に被害はないし。警察に届けられそうもないから」


「そうだね。俺も一緒に職員室行くよ」


「別に必要ないわ」


「いや、人数いた方が有利じゃん。あ、写真、俺にも送っといて。レインで拡散するから」


「それ、意味があるのかしら?」


「さあ。でもプレッシャーはかけられると思うよ。俺、友達多いしね」


 職員室に向かう途中、ミオの撮った写真を友達に送りまくった。

 あえて、コメントなし。



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 ナニコレ、彼女の?

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ヤバっ、イジメやん?

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 そんなレインが返ってきた。

 まあ、とりあえず、これくらいしかないよね、できること。


 職員室では、のほほんとしていた担任に、ミオが淡々と被害を説明。


「これってイジメですよね。私はとても衝撃を受けています。うちの父は弁護士なので相談してみようかと思っています。写真は撮ってありますから証拠は十分です」

 事実だけで押し込んでいく。


「あっ、俺、さっき、友達に写真拡散しまくっちゃった。もう、結構な人数知ってると思うよ」

 補足で付け足す。


 絶対、簡単には終わらせられないよ、ということをちゃんと説明しておかないとね。職員室で声を大にして。


「俺、他の学校にも友達多いから、スゲー広まってるかもなー」


 おかげで朝の職員室の議題に上がったらしく、さっそく各クラスで注意喚起がされた。

 これ以上は警察沙汰になるかもしれないこと。そうなった場合、学校側としても加害生徒に対して大きなペナルティを与えざるを得ないこと。

 今ならばミオも矛を収めてくれるそうなので、絶対にもうこれ以上の加害行為はやめること。


 効果があったのかミオへの加害行為はそれ1回で終った。

 ただ、クラスの女子はミオに対して無視をするようになったけどね。

 それについては、ミオはまったく気にしていないようだった。


「まったく気にならないわ。というよりも、あまり変わらないわね」


 そもそも、ミオ自身、自分が無視されていることに気づいたのは数日経ってからだそうな。

 ミオらしいけどね。


 そういうわけで女子からの攻撃はミオには通じなかった。もう少し、なにかフォローした方がいいのかな、と思いつつ、できることは特に思いつかない。

 ナツは不機嫌で俺をやたらにらんでくるし。リオはミっちゃんとベタベタしてた。


 相変わらず、毎朝、オニギリかサンドイッチを作ってミオが食べさせ。昼食は弁当を食べさせ。日曜日には掃除に行った。

 そんなルーチンが1ヵ月続いたところで、ケイちゃんに言われた。


「おい、彼女できたからって、付き合い悪いぜ」


「そうかな」


 確かに放課後はミオと一緒にさっさと帰っちゃうし、日曜日はミオの家に行って掃除してるから遊びにも行けないけど。


「そろそろ付き合って1ヵ月だろ。ナツなんて、いい加減、別れるわよって、毎日言ってんだから」


「別れないよ。仲良くやってるしね、俺たち」


「とにかく、付き合ってるアピールはもういいだろ? 毎日毎日一緒に帰る必要ねえだろ?」


「まあ、ね」

 ケイちゃんにはお見通しだった。


「じゃあ、ちょっとミオちゃんに聞いてみるね」


 さっそく、ミオに聞いてみた。

 予想通り、ミオの答えはあっさり。


「好きにしたらいいじゃない。けれど、日曜日の掃除はサボってはダメよ。朝食も昼食もかかさず提供なさい」


「じゃあ、放課後は一緒に帰らなくてもいってことだね」


「ええ。願ったりだわ。友人と立ち話する、あなたを待つのが実は面倒くさかったのよ」


「えっ、待ってくれてたことあったっけ?」


「ないわね」


 そういうわけで放課後はミオとは放れて、今まで通り友人たちと過ごすことになった。

 教室に残ってみんなと話したり。先輩の教室に遊びに行ったり。部活を冷やかしに行ったり。そんな感じ。


「それで、結局、どうなのよ」

 ナツが、ずいっと体を寄せて言った。

 ひさしぶりに近い。


 放課後、みんなでファミレスに来たところ。


「ミオちゃんのこと? うまくいってるよ」


「もう、最後までいったの?」

 自分で聞いた癖にナツの顔は真っ赤。


「ミオちゃんの部屋には毎週行ってるかな」


「おっ。景山って、超堅そうなのになあ」

 ミっちゃんが言った。隣にリオがいて、なんかイチャイチャしてる。超上機嫌。


「堅いのはユウもでしょ」

 リオが言った。


「でた、ユウ、ドーテー説。絶対、そんなことねーから」

 ミっちゃんが言う。

「女子は好きだよなあ。そういう、遊んでそうだけど、実は、みたいなの」


「男子だって同じでしょ。言っとくけど、女子は遊んでない子の方が、ヤバイこと多いんだから」とリオ。


 おかげで話題が変わってくれた。

 ミオのこと追及されなくて良かった。まだ手をつないだだけなんて言ったら、やっぱ偽装カップルだ、なんて言われそうだし。


 トイレから出たところでリオと出くわした。


「あのさ、ウチ、ミっちゃんとヤっちゃたから」


「えっ、そうなの?」


 やったね、ミっちゃん。

 なんて、思ったら、イキナリ、リオの顔が近付いてきて、キスされた。

 すぐに唇は離れて、リオはトイレに入っちゃった。


 あれ、どういうこと?

 なに? 今の。

 混乱しつつ、席に戻る。テーブルにはナツもいなかった。


「ナツ、帰ったぞ」

 ケイちゃんが言った。


「怒ってたもんね」


「っていうか、ショックだったんじゃねえの。やっぱり」

 ミっちゃんが言う。


「そういえば、リオとはどうなの?」

 リオはヤッちゃったって言ってたけど。


 ミっちゃんがすごくイイ顔した。

 言いたくて言いたくて、仕方ない、みたいな顔。


「おい、なにニヤニヤしてんだよ。ひょっとして、ミっちゃん……」


 ケイちゃんの言葉にミっちゃんが、ふふふ、と笑う。


 ああ、これはマジかな。

 じゃあ、リオのさっきのあれ、気持ちに整理をつけた、みたいなこと?


 ミっちゃんが白状する前にリオが帰ってきた。キスのことなんてなかったみたいにミっちゃんの隣にいって、肩を預ける。

 うん、仲良さそう。良かったね、ミっちゃん。



「ああいうのは感心しないわね」


 ミオに言われて、俺はなんのことだろう、と首をひねった。


 日曜日。景山宅。

 回転寿司は最初のデートの時だけで、後はデートするでもなく、景山宅に直行している。

 俺がね。ミオはずっと家にいるよ。

 毎回、どっか、出かけようって誘うんだけど、ミオはウンとは言わない。


「お互い、無駄なことはやめましょう。あなたと人込みを歩いてもなにも得るものはないわ」


「楽しい想い出とかは?」


 すると、ミオは鼻で笑う。


 そんなわけで毎週、景山宅でのおうちデート。今週から下校も別々になったから手もつないでないや。


 景山宅の掃除だけど。初回の大掃除以外はどうってことなく済んでいる。洗濯物は多いけどね。

 掃除を終えて、洗濯が終るのを待っている間、ミオとダイニングテーブルでお茶を飲んだ。

 あっ、淹れたの俺だよ。


三笠亜美みかさあみ藤本公佳ふじもときみかと、スキンシップしていたじゃない。彼女の前であんなことをするのはどうかしら?」


「スキンシップってほどのことかなあ」


 確かにアミちゃんと、キミちゃんと、あとケイちゃんとで話してたけど。別に、変なことしてないよ。


三笠亜美みかさあみに後ろから抱きつかれてたじゃない」


「えっ、あれくらい普通じゃない?」


藤本公佳ふじもときみかはあなたに胸を触らせてなかった?」


「ああ、そういえば、オッパイ触ったなあ。でも、あれ、わざとじゃないよ」


「わざとよ。藤本公佳ふじもときみかはわざと、あなたの手の動きを誘導して、あの不自然に大きい胸にもっていったのよ」


「そうかな? でも、別にそれくらい、いいじゃん。エッチな気持ち、ぜんぜんないんだし」


「あなたになくとも、相手にはあるのよ。最近、女子たちがあなたを見る目が飢えた野獣のようよ」


「なにそれ、怖い」


「冗談を言っているつもりはないわよ。あなた、なにかした?」


 ええ? 

 なんかしたかな?

 別に思い当たることないんだけど。


「もともと、女子たちは牽制けんせいしあってた感じね。あなたとの距離は近めだったけれど、抜け駆けにならないように気を付けていたようだったわ」


「そうなの?」


「あくまで私の感じたところだけれどね。私、そもそもあなたに興味がなかったもの。そこまで観察していないわ」


「俺にっていうか、クラスメート全員に無関心じゃなかった? ミオちゃん」


「そうね。否定はしないわ」


「ああ、ひょっとしたら、あれかも」


 俺はファミレスでナツにミオとの関係を聞かれて、毎週、家に行っていると話したことを思い出した。

 それをミオに正直に話した。ついでに俺のドーテー説が流れてることも。


「もう遠慮はしないってことかしらね。あと、私との関係を崩すつもりかもしれないわ」

 ミオが不機嫌そうに言った。

「これから、ますますスキンシップが増えていきそうね。せいぜい、食べられないように気をつけなさい」


「そうだね」


 ミオが、じっ、と俺を見る。無言。

 相変わらず凝視するなあ。ちょっと息苦しい。

 しばらくそうしたあと、ミオがささやくように言った。

「私ともスキンシップする?」

 

「なんで?」

 付き合ってるアピールなら、誰も見てない今、する必要なくない?


「冗談よ」


 相変わらず、ミオは良くわかない。そういうところが面白いんだけどね。


 ミオの予測した通り、女子がやたらくっついてくるようになった。俺も特に避けたりしないから(空気悪くなるしね)、抱き着かれても、膝の上に乗ってきても、もうお好きなようにって感じ。


「なんか、お前、最近やたら女子とベタベタしてねえ。なんなの? 俺たちを敵に回したいの?」

 ケイちゃんに言われた。


「だって、くっついてくるんだもん。逃げるのも悪いじゃん」


「悪くねえよ。お前、彼女モチだろ」


「でも、不満がまって、ミオちゃんにいくよりもよくない?」


「その分、俺たちが不満一杯だけどなあ」


 うーん、難しいなあ。

 俺とケイちゃん、クラスの全員と話すし、基本、みんないい奴だから変なことにはならなそうだけど。

 教室の空気が嫌な感じになるのは困るな。



「あら、この煮物、美味しいわね」

 ミオが俺が作った弁当のおかずの筑前煮を食べて言った。

 昼食時。もう完全に定番化したミオの席でのお弁当タイム。


「口に合って良かった。炊飯ジャーで簡単に作れるんだよ」


「そうなの? いつも思うのだけど、そういう知識をどこで得ているの? 料理本? あなたが料理本を呼んでいる姿は想像がつかないのだけど」

 言った後に、案外似合うのかしら、と首をひねる。


「ネットだよ。料理のレシピがいろいろ投稿されてるサイトとかあるんだ。だいたい、そこかな。超便利だよ」


「そうなのね」


「うん。基本さえできれば、あとはネットが教えてくれる。便利な時代なんだよ、ミオちゃん。ITだよ。IT」


「なんだか馬鹿にされているような気がするわ。あなた私をアナログな人間だと思っていない?」


「だって、そうじゃん」


「私だってITの1つや2つできるわ」


 その発言がもうITじゃない感じなんだよなあ。


「アマンソ(大手ネット通販サイト)で買い物したことあるもの。父のパソコンでだけれど」


 ミオちゃんが必死にITっぷりをアピールした。なんか、けなげだ。


「その生暖なまあたたかい目はやめなさい。不愉快だわ」


「明日、何食べたい?」

 ミオが不機嫌になりそうだったから、話題を変える。


「そうね。お肉が食べたいわ」


「ミオちゃん、意外と肉好きだよね。豚肉?」


「できれば熊肉が食べてみたいわね」


「いや、手に入らないでしょ。俺も食べたことないよ。調理の仕方もわかんないし」


「ウィットよ」

 ミオが本当にわずかに笑みを浮かべた。


 最近ではこんな顔もときどき見られるようになった。馴染んできたのかな。



「たまには彼女と帰ったらいいじゃんか」

 吉沢君が言った。視線の先でミオが教室を出ていくところだった。

「1人でさびしそうだぞ」


 放課後の教室。

 俺とケイちゃん、吉沢君、あとミキとサトミで話してたとこ。吉沢君のお勧めの映画の話で盛り上がってたんだ。


「余計なこと言うな」

 サトミが吉沢君を軽くにらんだ。


「そうそう。彼女だからって、ずっとユウ君と一緒とか、ダメでしょ」

 ミキが言った。


「放課後、一緒に帰るのはやめようか、って話になってるから大丈夫だよ」

 吉沢君に笑いかける。


 吉沢君、ミキに気があるっぽいから、俺も一緒に帰って欲しかったのかも。というか、単に目ざわりなのかな。

 座ってる俺にミキが後ろから首に腕をまわして抱き着いてるってかっこうだし。


「ていうか、彼女がいるところで、女子とベタベタしすぎじゃね」

 吉沢君が言った。


 俺の後ろのミキ、それから隣に座って、俺の手をワシャワシャいじっているサトミを見る。


「いいじゃん。ユウ君はみんなの推しだし」


「1人ホストクラブ、みたいな?」


 ミキがぎゅっと俺の頭を抱き、サトミが俺の手のこうにチュッとキスした。


「お前、そのうち刺されるぞ」

 ケイちゃんが呆れた顔で言った。


 ミオもこういうのは感心しないって言ってなあ。でも、拒絶するほどのことでもない気がするし。基本、スキンシップ好きなんだよね、俺。

 よくケイちゃんにもミっちゃんにも距離近いって言われてたし。


 本気で好きになられたり、告白されたりするよりはいいのかなって思う。ちょっとおもちゃにされるくらいなら、可愛いもんじゃん。



 土曜日のファミレス。

 そろそろ夕食時が近付いて店が込んできたところだった。

 忙しくホールを行ったり来たりする。

 さっきから女性の6人組にやたら絡まれるんだよなあ。


 またそのテーブルに呼ばれたので、同じくホールに入っていたバイトのシン君にアイコンタクトしたら、首を横に振られた。

 仕方なく20代後半くらいの女性6人組のところへ。割と派手な服装。夜のお仕事の人たちかな。


 追加の注文をされる。ついでにいつバイトが終るか聞いてくる。


「今日は9時上がりです。まだ先は長いんですよ」


「じゃあ、終ったら、オネーサンたちと遊ぼうよ」


「ダメですよ。彼女に怒られちゃいますから」


 彼女の存在は誘いを断るのに便利。


「黙ってればいいじゃん。楽しいとこ、連れてってあげるよ」

 端の1人に尻を撫でられた。セクハラだ、セクハラ。

 その手を取って、ずいっと顔を近付ける。

「他のスタッフにこういうことしちゃあ、ダメですよ。退場させられますよ」


 尻を触ったオネーサンが色っぽい目で見つめてきたので、ちょっと見つめ合った。


 ちょうど別のテーブルで呼ばれたので、いいタイミングでそこから離れられた。良かった。


 その後も、オネーサングループからちょくちょく呼ばれたり、手を振られたりしたけど、なんとか帰ってくれた。

 店が混雑して、余裕がなくなって塩対応したせいかも。


「もっと毅然きぜんとした対応しないとダメじゃない」

 休憩中、社員の秋元さんに言われた。


 20代半ばの女性で、いろいろ助けてくれる。俺たちバイトの間で大人気の人だ。


「そうですか? でも、あんまり冷たいと反感買いそうだし。愛想は良くしないと」


「ユウはもともと愛想良すぎるんだから、そんなの気にしなくていいの」


「冷たい態度って苦手なんですよね」


 なんか相手を拒絶しているみたいでヤダ。


「誰でも受け入れてたら、身が持たないわよ」


「それはそうなんですけど。ていうか、中にしてくださいよ。俺、厨房の方が好きなんですから」


「ダメよ。君目当ての女の子がいるんだから。女の子が多いと、ホールも華やいで評判も良くなるじゃない」


「男女差別ですよ、それ」


「だって事実ですもの。あなたの容姿も能力のうちなんだから、うちのスタッフである以上は最大限に利用させてもらいます」


 そんなところへ事務所のドアが開いて、同じバイトのアヤちゃんが入ってきた。


「あっ、またイチャイチャしてる」


「してない、してない。フツーに話してただけだってば」

 秋元さんがあわてて俺から距離をとった。

「お願いだからそいうこというのやめて。マジで問題になるから」


 実際、そんなに距離が近かったわけじゃないんだけどな。体が触れてたわけじゃないし。


「よし、休憩交代。しっかり休んでね」

 アヤちゃんとハイタッチする。

 

 さて、あと2時間がんばろ。


 だけど、ホールに出た瞬間、ギョッとなって足を止めた。

 2人テーブルに見慣れた黒髪の女の子が座っているのが見えたから。

 ミオだ。


 偶然なわけはない。

 このファミレス、景山宅のある駅とは1駅違うところだし。

 前に俺のバイト先話してあるから、冷やかしにきたのかも。


 ミオが俺を見つけて手招きした。

 深緑のカーディガンに黒いスカートという服装。


「なになに、彼氏がカッコよく働いてるとこ見に来たの?」


 無言で俺を見る。上から下までゆっくり何往復か視線を動かし。


「馬子にも衣裳とは良くいったものね」


「わっ、珍しく褒められた。なんか変なもの食べた?」


「あなたの店では変な物を出しているの?」


「出してないってば。注文、まだでしょ? 決まった?」


「お勧めを聞こうかしら。今の私の気分にピッタリの料理を教えなさい」


「こういうこと言う客、面倒なんだよねえ」


「あら、言われたことあるの?」


「うん。たまにあるよ」


「なんて答えるの?」


「テキトー」


「それで怒られたりしないの?」


「怒られないし、だいたい喜んでくれるよ」


「女性?」


「うん」


「異性にモテると得ね」


「そうだね。やらかしちゃっても怒れらないし」


「恋人としてはどうかと思うわよ。他の女性に愛想が良すぎるのはね」

 目を細めて、にらむ。


「あれ、ひょっとしてヤキモチ妬いてる?」


 ふん、とミオが鼻を鳴らした。

「自意識過剰ね」


「あと2時間粘ってくれたら、送るけど」

 一応、言ってみる。


 ミオのことだから、なぜ私が2時間も時間を無駄にしないといけないのよ、とか断ると思うけど。


「そう? なら待っていてあげるわ。感謝しなさい」


「えっ、マジで待ってるの?」


 ミオがまた睨む。

「なにそれ? 馬鹿にしているの?」


「いや、ミオちゃん絶対断ると思ったからさ。ビックリした」


「仕方がないわ。夜道をうるわしい女性が1人で歩くのは危険だもの」


「麗しいって自分で言うんだね」


「事実ですもの」


 まあ、確かにミオは美人だけどね。


「本を読んで待つことにするわ」


「じゃあ、ドリンクバーも頼んだ方がいいかも。それ、俺がおごるよ」


「あら、素敵」


 まったく心がこもってないなあ。


 ミオはやたら俺を呼ぶこともなく、手を振ったり、アイコンタクトをとってくることもなかった。

 だから、バイト仲間もミオが俺の彼女だって気づかなかったみたい。


 後日、俺の彼女が来たことを話したら、みんな驚いていたもん。一緒に店を出たんだけどなあ。


 それはともかく、この日はそのままミオを家まで送った。ファミレスは駅前だったから、そこから電車に乗って。1駅先のミオの最寄り駅で下りる。


 久しぶりに手をつないで歩いた。ほら、デートは付き合い始めて最初の週だけだったし。ここ2週間くらいは一緒に帰るのもやめたしね。


 手を握ったとき、ミオは足を止めて俺を見上げた。


「なに?」


「別に。少し驚いただけよ」


「久しぶりだもんね。手をつなぐの。ドキドキする?」


「馬鹿じゃないの?」


「ミオちゃんの言葉はイチイチ胸に突き刺さるなあ」


「嘘言いなさい。なにひとつ響いていないクセに」


「そんなことないけどね」


 気のせいかミオの手は前につないだ時よりも温かい気がした。


 手をつなぐのは久しぶりだけど、昼食どきも日曜日に掃除に行くときも話してるから、会話がよそよそしいなんてこともなくて。そう、しっくり馴染なじんだ感じ。


 あと少しで景山宅のマンションが見えてくるってころで、ミオが言った。

「たまにはデートしてもいいわよ」


「えっ、ヤッター。じゃあ、遊園地とか行ってみる。ディストリーランド(有名海外アニメ会社の超人気遊園地)とかさ」


「高いんじゃないの? 私は無駄金を使うのは嫌いよ」


「それくらいは出すよ。バイトしてるしね」


「あなたが汗水たらし、客に絡まれて稼いだお金が私の享楽きょうらくのために消えるのね。そう思うと奢られるのも悪くないのかしら」


「なんかヒドイ」


「冗談よ。あいにく奢られるのは嫌いなの。そんなことで優位に立たれるのはごめんだもの」


「それは気の持ちようじゃないの? ほら、女の子はデートの時にメイクとかしないとだし。服だってお金かかるしさ」


「なぜ、私があなたのためにお化粧をしないといけないのよ。私は私が楽しむためにしか着飾らないわよ」


「お金持ってる方が出せばいいってだけだと思うけど」


 ミオはなんでもややこしくするなあ。

 もっと気楽に考えればいいのに。


「私、200万くらい貯金にあるわよ」


「わっ、すごい金持ち」


「父が生活費を渡してくるのだけど余るのよ。本を買うくらいだし。おかずが多いと作るのが面倒だから、料理は徹底的に手を抜いているし。お惣菜そうざいやお弁当を買いに行くのも面倒くさいから、昼食くらいしか買わないし」


「あれ、ひょっとしたら、お父さん、おかずが少ないから生活費が足りないと思ってるんじゃないの?」


「ああ、そういう考え方もできるわね。卵が先か鶏が先か、みたいなものかしら」


 結局、ミオのマンションについたので、デートの詳細は詰められなかった。

 別れ際、ミオが一度振り替えって、小さく手を振ったのが意外だった。

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