上
『ペトル』って知ってる?
意味はフランス語で花びらってことらしいんだけど。そうじゃなくて。
ええと、俺が高校2年の頃だから、2025年? たぶん、それくらい。
ある日、晴れた空から金色の花びらがたくさん降ってきたんだ。風に飛ばされたのが落ちてきたとか、そういう感じじゃなくてさ。
もう、すごい量だったの。空がキラキラ輝くくらい。
俺、その時、ちょうど体育やってて。
体育とかダリーな、とか思いながらグランドにいたんだけど。
クラスメートたちが空を見てザワザワしてるんだ。
「おいっ、ユウ、アレ見ろ、アレ。スゲー」
友達のミっちゃんが空を指さして言った。
それで俺も空を見たんだ。
そしたらホントにスゴかった。
空から光のカケラみたいなものがたくさん降ってくるんだもの。
ヒラヒラ、ヒラヒラ。俺は触ってみたくて。できれば何枚か持ち帰りたくて、手を伸ばした。妹にやったら絶対喜ぶじゃん。
だけど、花びらは俺の手が触れる前に消えちゃった。雪が解けるみたいに、スー、て。
これが一般に『ペトル』って呼ばれる現象。俺の学校どころか、世界中で同時に花びらが降ってきたらしいよ。
未だに、アレがなんだったのか分かってない。集団幻覚とか、奇跡とか、イロイロ言われたんだけど。
『ペトル』からしばらくは、そりゃーもう、大騒ぎだった。
あんな本物の不思議現象を体験したんだから、当然だよね。しかも、全人類がだよ。
テレビでもネットでもその話題で持ち切り。
なにより、『ペトル』ってのは、そのキンピカ花びら現象だけじゃなかったんだ。
『ペトル後遺症』ってのがあってさ。
『ペトル』の直後に、変なことになっちゃった人がたくさんいるわけ。
超能力みたいな? もっとスゴイのか。
少なくとも俺に起こった後遺症は超能力とはちょっと違ったよ。
花びらが空から降ってくるのが終わっても、みんな、空を見上げたままだった。
たぶん、まだなんか起こるんじゃないかなって、待ってる感じ。
ほら、映画を見終わった後のエンドロールの後に、たまにワンシーン入ってることあるじゃん。ああいうのないかな、みたいな。
俺、割とエンドロール始まったら帰っちゃう人なんだよね。
だから、なんだったんだろうな、1個くらい落ちてねえかな、なんて空から地面に目を向けた。
そしたら、なんか赤い糸みたいなのが俺の手から伸びてるのが見えたんだ。
1本だけピーンって。
んっ、なにコレ?
左手の小指から伸びてるそれ。ちょっと光ってて。触ろうとしても、触れなかった。
アニメとかのホログラフ? そういうのみたいに。
その糸をたどって見ると女子の方に伸びてるわけ。
ますます、さ、ナニコレ? だよね。
赤い糸は、女子の1人とつながってた。
それがミオ。景谷澪だった。
その糸は、すぐに消えちゃって。
たぶん、5分くらいだったんじゃないかな。見えてたの。
俺の『ペトル後遺症』はコレだけ。
『ペトル後遺症』については、ぜひ、自分で調べてみてよ。スゴイ、面白いからさ。
俺に起こったことなんて、ちっぽけなことだって思えるくらい、みんなスゴイことになってたんだから。
だけど、そのちっぽけなことが。
俺にとっては大きな出来事に変わったんだ。
◇
「あーあ、俺、なんも起こんなかったよ。マジ、損した」
ミっちゃんが言った。
ナツと一緒にスマホをノゾいてた俺はミっちゃんを見る。四角い顔がいつもより角ばってる感じがした。
ミっちゃんこと光藤武。デッカイ体でちょっと怖めな顔だけど、超いい奴。
制服の紺のブレザーを脱いでるのは暑がりだから。今も汗をダラダラかいてる。
「俺だって、大したことなかったよ。線、1本見えただけだもん」
俺は隣のナツから離れて言った。
さっきからナツがやたら近くてさ。距離感おかしいんだよね、ナツって。
「ユウは『赤い糸』だったんだよね。なんで、誰につながってるか見なかったのよ」
ナツ。猪原夏美が言った。
ダークブラウンのショートヘアの活発な子で、ちょっとだけギャル要素あり。
「だって、そんなのわかんないってば。なんか、赤いの伸びてんな、くらいだって」
「でも、ウチらの方に伸びてたんでしょ?」
「たぶんね」
『ペトル』から、2、3日後のこと。
放課後、ファミレスに寄ってお茶してるとこ。
「クラスの女子の誰かってことだろ。運命の相手がさ」
これはケイちゃん。鈴木啓太。金髪をツンツン立ててるけど、ヤンキー気質、ゼロ。超面白いよ。
「片っ端から告っちゃったらいいじゃん。ユウなら、全員からオッケーもらえるんじゃね?」
「えー、そんなんヤダよ。俺、殺されるってば」
『赤い糸』が景谷澪につながっていたことは誰にも話してない。だってさ。『ペトル後遺症』のひとつ、『赤い糸』は運命の赤い糸って話でさ。
つまり、運命の相手と結ばれてるんだってさ。
こんなん冷やかされるの確実じゃんね。
「つーか、リノおせえな」
入り口の方を見てミっちゃん。
ミっちゃんはリノ、佐津川莉乃が好きなんだ。片思い中。
だから、赤い糸が見えたって話したら、俺のはどうだった? リノのはどうだった? なんてスゴイ聞かれた。
そんなん見えなかったてば。
「リノの話、マジだと思うか?」
ケイちゃんが言った。
「えっ、ケイ、信じんの? 嘘に決まってんじゃん」
ナツが言った。
「嘘なのか? 俺、結構信じてたんだけど」
ケイちゃんが不思議そうに首を傾ける。
俺たちのグループの中で『ペトル後遺症』になったのは、俺とリノの2人だけ。
これは後から知ったんだけど、『ペトル後遺症』になったのは千人に1人くらいだったんだってさ。
だから5人中2人がなるって、スゴイ確率だったんだけどね。でも、この時はそんな検証されてなかったし。
あと、リノがなったっていうのは結局、嘘だったからね。
「だって未来の自分が見えたなんて、嘘くさいじゃん。しかも、タワマン住んで、超セレブだって。イロイロ、盛りまくり」
「でも、『予知』ってのは、後遺症で本当にあったらしいぜ」
ケイちゃんがスマホをいじって、『ペトル後遺症』の症例が並んだページを見せる。
ケイちゃんは情報収集が大好きなんだ。本を読むのも好きだしね。
「いや、むしろ、お前がなんでリノ疑ってんのって言いてえけど」
ミっちゃんがナツをニラむ。
ミっちゃんはすぐ熱くなるからなあ。
「だって、なんか嘘っぽいじゃん。ねっ、嘘っぽくない?」
ナツが俺に振る。顔、近い。
「うーん、どうかなあ。でも、別にどっちでも良くない? 幻覚を見ただけだって説、俺、信じてるもん」
『ペトル後遺症』については『ペトル』によって幻覚を引き起こされたって説もあって。というか、普通に考えたらそうだよねって、結論になる。
「いや、お前は信じろよ。ペトルの力を」
ケイちゃんが言った。
「だって、幻覚と現実の区別なんてつかないってば。脳みそがさ、見せてるんだから。俺たちが見てるものだって、脳みそが処理してるわけじゃん」
「お前はホント、夢がない。覚めてる。つまらん。人としてつまらん」
「それ、言い過ぎじゃね?」
「お前にコンプレックスを植え付けて、生きづらくするのが俺の使命だ」
「なにそれ、ヒドイ」
俺とケイちゃんがそんなやりとりしてるところへ、リノが店に入ってくるのが見えた。
制服のグレーのスカートは、とびきり短くて。パンツ、見えるじゃんってくらい。
ブレザーははだけてシャツのボタンも胸元まで外してる。くるくる巻いた派手な金髪。
リノは相変わらず目立つなあ。
店内の男の視線が、おっ、て感じでリノに釘付け。リノはビジュアルいいからね。
「ゴメン、マジ、ゴメン」
リノは視線をいっぱい貼り付けたまま俺の隣にきた。あっ、そこ座るんだ。
6人席。ケイちゃんとミっちゃんがソファ側。真ん中のミっちゃんと俺が向かい合ってて、ナツは俺の左隣でケイちゃんと向かい合ってる。だから、ミっちゃんと俺の隣が空いてたわけで。
リノのことだからソファで、ぐでー、ってするのかと思ったんだけどな。
ミっちゃん、そのつもりでソファ側に座ったんだろうし。
「なんだったの?」
ナツが遅れた理由を聞く。
あとで行くから、ってことしか聞いてなかったんだ。俺たち。
「なんだと思う?」
リノが俺を挟んで反対側に座っているナツに言う。
ぐいっとリノの大きいオッパイが俺の近くにきて。
谷間バッチリ見えちゃってますよ、リノさん。
「久山に告られた」
「マジか」
反応したのはケイちゃん。
クラスメートの久山君。別のグループで、どっちかっていうと大人しい感じ。
俺とケイちゃんはときどき、カラんだりする。俺とケイちゃん、クラスの全員とカラむからね。
その点、ミっちゃんはちょっと人見知りっぽくて。俺たち以外とは、あんま話さない。
「やるじゃん、久山」
ケイちゃん、大喜び。
「そういや、リノのこと、アレコレ聞いてきたもんな。なあ、ユウ」
「そうだっけ? 忘れちゃった」
俺、すぐイロイロ忘れちゃうんだよね。
「あの野郎、陰キャのクセに調子乗ってんじゃねえか?」
ミっちゃんが言った。顔、強張ってる。
「ないよねー。絶対無理じゃん。ていうか、久山ってどんな顔だっけ?」
ナツが言った。
ミっちゃんのご機嫌とってる。さっき、ちょっと危うかったもんね。
「地味だけど、顔、悪くないよー。てか、ウチ、結構、好き系」
リノが言った。あっ、ナツにマウントとろうとしるのかな。
「頭も良かったよね」
「頭いいよ、あいつ。それで? なんて答えたの?」
ケイちゃんが言った。
「ちょっと考えさせてって。即断るとか可愛そうじゃん」
「いやいや、保留する方が絶対、可愛そうだろうが」
「んなことないってば。即断ったら、あんたなんか、ムリに決まってんじゃん、てか、なめんな、みたいな感じなっちゃうし。考えさせてって言われたら自分に自信持てるじゃん。悩むくらいのとこまでいったのかなってさ」
「えー、ソレ、ないって。フツーにサラっと振っちゃった方が絶対、お互いのためだって」
ナツが言った。リノと俺を挟んで話すんだけど、おかげでこっちも体くっつきそう。
「気もたせて、可愛そうじゃん」
「そっかなー。ユウはどう思う?」
リノもさらに身を乗り出して。おかげでオッパイが俺の腕のとこにギュッって押し付けられた。
ホント、大きいなあ。
「どっちも間違ってないんじゃない? でも、リノのやり方の方があとで気分いいかもね。うわっ、俺、サイアク、超黒歴史、とか思わなくて済むじゃん。一歩、前進できたカモ、みたいな?」
まっ、どっちもしんどそうだけどね。
「でしょっ。ユウも告られたら、そうしてるよね」
「ああ、ユウの真似してるのか」
ケイちゃんがやっと納得したみたい。リノっぽくないと思ってたのかもしれない。
「俺はじっくり考えたい派なの。だって、アリとかナイとか、分かんないじゃん」
「でたでた。真剣に考えてますよ、ポーズ。お前、時間をかければ考えてるって思ってもらえるだろうって、浅い考えだろ」
「えっ、マジで考えるよ。このあいだもD組の深山さんに告白されたとき、マジ、3日間くらい考えたもん」
2週間くらい前に、1年の時、同じクラスだった深山早苗に告白された。
「はっ? 聞いてないけど」
ナツが言った。
「なにそれ? 深山って、誰?」
リノが言った。
「また告られたのかよ。お前、ホント、どういうことなの? なんなの? マジで」
ケイちゃんが言った。
あっ、つい名前だしちゃった。
マズったなー。
「深山ってブスじゃん。どうしてイケるって思ったわけ。馬鹿なの? だいたい……」
ナツの頬を指でツンと突いた。
ナツがビックリして俺を見る。俺もジッとナツを見つめる。
「そういうのやめよ」
ナツが勢いよく顔を背けた。なんか、ゴニョゴニョ言ってる。
ちょっと空気、悪くしちゃったかな。なんか、楽しい話題ないかなー。
「つうか、さっさと断れよ、リノ」
今まで静かだったミっちゃんがグイっとテーブルに身を乗り出して、リノに顔を近づけて言った。
真剣な顔。
「えっ、うーん、じゃあ、明日断ろっかな」
リノが言った。
◇
「そういえばさ、あんたも『赤い糸』見えたって言ってたよね」
姉ちゃんが遅めの夕食を1人ダイニングテーブルで食べながら言った。
さっき会社から帰ったばっかで、スーツ姿。
ソファにゴロンと寝転がって、ナツにレイン(超有名SNS)を返していた俺は手を止めて、姉ちゃんを見る。
ついでに俺の足に座っている10歳の妹の凛をよいしょっと、どかす。
いい加減、足痛いって。妹はゲームに夢中(ネンテンドー、スエッチ)。
「見えたよ。自分の分だけだけどね」
なんか、自分以外の『赤い糸』も見えた人がいるらしいよ。スゴイね。
「なんか、うちの会社でも1人見えた人がいるんだけど。その人、プロポーズしたらしいよ。その『赤い糸』で結ばれてた相手に」
「えっ、でも、『ペトル』なんて、ついこのあいだじゃん。早くね?」
「ビックリよね。で、相手もオッケーしちゃったんだってさ。前から、いいなって思ってたんだって」
「へえ。良かったじゃん」
「あんた、ホント、煮え切らないわね。あんたも、もう少し、真剣に考えてみたら? その、運命の相手のこと」
「えー、考えてるよ。一応」
「一応じゃなくて。ちゃんと考えなさい。あんた、それでなくてもチャラチャラして
軽そうに見えるんだから。変な子に捕まるより、運命の相手と一緒になった方がいいに決まってるでしょ」
「そんなに軽そうに見えるかなあ」
「見えるわよ。ねっ、シオン」
姉、ゲーム中の妹に振る。
「超見える」
シオンがスエッチから目を話さないで言った。俺の足からどかされて、ソファの下に直座りしてやってる。
「なんか、ホストっぽい」
「やめてよ。俺、ホストとか超嫌いなんだから。女の子可愛そうじゃん。マジで」
せっかく自分のことを好きなってくれた子を罠にはめるなんてヒドすぎ。どーいう神経してんのって感じだよ。
「真面目なのよね。こんな見た目なのに」
姉が俺の顔を見てしみじみ言った。
「それ、褒めてんの?」
「別に。ただの指摘」
「褒めてよ」
スマホが鳴った。
あっ、リノから着信だ。
俺はスマホを持って自分の部屋へ。
その後、リノと30分くらい電話した。なんか、告白されたことについて相談みたいな内容だったけど。結局、よくわかんなかった。
後半、ぜんぜん、関係ない話してたしね。
話してるうちに眠くなっちゃって。
ヤバっ、皿洗わないと、姉ちゃんが洗っちゃう。そう思って、なんとか通話を終わらせたとこまでは覚えてる。
その直後、寝落ちしたっぽい。
朝、起きて、キッチンヘ行ったら、やっぱり姉ちゃんが皿洗っちゃってて。
そのままにしといてくれていいのに、って思った。仕事で疲れてるんだからさ。
皿を洗った後、3人分の朝食を作りながら、昨日、姉に言われたことを思い出す。
家事するの結構、好きなんだよね。イロイロ考えられるから。
やっぱ、『赤い糸』、マジ、運命の糸なのかな。俺、景山澪と結婚するのかな。じゃあ、早めに付き合った方がいいのかな。
だって、もう結婚する相手が決まってるならさ。くっついちゃった方がいいじゃん。
これから俺とか景山澪を好きになる人だっているかもだしさ。
クラスメートの景山澪の姿を思い浮かべる。
制服をきっちり着こなしていて、見るからに真面目って感じ。小柄で、たぶん身長は150センチないんじゃないかな。
でも、顔が小さくて手足が長いから、チンチクリンって感じじゃない。
黒髪黒目。なんか、ほら、人形っぽい。外国のじゃなくて、日本のひな祭りにでてきそうなやつ。
表情も薄いっていうか。いつも何を考えてるのか分からないような無表情だから、より、そう思うのかな。一重のちょっとつり上がった目はキツそうな感じ。
いつも1人で本を読んでるか、スマホをいじっている。
景山澪と始めて話したのは去年の秋だったかな。
クラス、別々だったし接点もなかったからね。
放課後、ケイちゃんとミっちゃんとゲーセンで遊んでたら、景山澪を見つけた。しかも、他校の男子になんかカラまれてて。ナンパかな。
景山澪は無視してるんだけど、相手、しつこい感じ。なんか、たち悪い奴らっぽかった。
ケイちゃんとミっちゃんはなんかレースゲームで対戦してて。
俺は1人で景山澪に近付いた。
助けるってほどじゃないけどさ。
ほら、相手も退散するきっかけになるじゃん。引っ込みつかなくなるってことあるもんね。
だけど、俺が声をかける前に、その男子の1人(相手2人組)が景山澪の腕をつかんで。
景山澪が、それを振り払って。
ナンパ男子が景山澪を、調子乗ってんじゃねえ、みたいな感じで押して。
そしたら、景山澪が後ろに転んだ。そのままグッタリと動かない。
男子2人が、ヤベって感じで逃げてった。
「大丈夫?」
俺、結構、ビビりながら景山澪に声をかける。
そしたら景山はムクって感じで起きた。
「ええ、問題ないわ」
「頭打ったんじゃないの? 気絶してたみたいだけど」
だって、ホント、死んだみたいにグッタリしてたもん。
「していないわ、気絶なんて。鬱陶しかったから、こうしたらどこかへ行くと思ったのよ」
「あっ、演技なんだ。ビビった」
うまいこと考えるなあ、って感心してたら、景山澪は、じー、と俺の顔を見てきた。
なんか、すごい見てる。
「あなた桧山夕ね」
「うん。ユウでいいよ」
「昨日、斎藤岬があなたに交際を断られたと嘆いていたわ。席が近いから鬱陶しかったわね」
「ああ、ミサキちゃんのクラスなんだ。イロイロ考えたんだけど、俺、ミサキちゃんと付き合うのちょっと難しいと思ったんだよね」
「そうなの? 興味は全くないけど、なぜそう思ったのか教えて欲しいわ。斎藤岬は容姿は良いでしょう」
「ミサキちゃん、独占欲強いんだよね。あと、ちょっと口が軽いかな。たぶん、付き合ったら、2人してクタクタになっちゃうよ」
また景山澪が、じー、と俺の顔を見る。遠慮なく見るなあ、この子。
「そうね。確かに斎藤岬は口が軽いわね。ああいうタイプはトラブルを招くでしょうね。あなたみたいな八方美人には鬼門かもしれないわ」
「苦手ってわけじゃないんだよ。ただ、付き合ったらイロイロあるだろうなって」
「見た目の割にはキチンと考えているのね。驚いたわ。何も考えていない猿のようなのに」
「ヒドイ」
「だって、放課後にこんな場所に来るのだもの」
「それはそっちもじゃん」
「私にはやるべきことがあるもの」
言って、景山澪はシューティングゲームの筐体に座った。
それ、メチャクチャむずいヤツ。
昔っからあるシリーズで、好きな人はたまらないんだってケイちゃんが言ってた。
「シブいのやるじゃん」
「もう、ここにしかないのよ」
景山澪はそう言って、百円玉を入れた。ゲームが始まる。
景山澪の腕前は、ハンパなくて。えっ、画面、弾で埋まってるよ、ってとこを、スイスイくぐりぬけてく。
1回もやられず、ボムもつかわず、どんどん、ステージをクリアしていく。
そこへ、ミっちゃんとケイちゃんがやってきた。俺が景山澪をナンパしてるかと思ったんだって。
俺、ナンパなんて出来ないって。
景山澪とは、それから廊下で会ったり、Dクラスに遊びに行ったりした時に話すようになった。
軽くね。ちょっと話すだけ。俺、いろんな人とちょっとだけ話すこと多いから。
2年になって同じクラスになってからも、そんな感じで。
景山澪については、なんか面白い子だなあ、って印象。何考えてるのかわかんないけど。
『ペトル』で見えた赤い糸が運命の相手とつながっていたって噂を聞いてから。景山澪については、本当にいっぱい考えた。
でも、結局、情報不足。絶対、よくわかねえー、ってなっちゃう。だから、マイナスもプラスもなくて。すごく、フラットなんだ。
付き合ってもいいけど、付き合わなくてもいい、みたいな。
たぶん、告白されてたら、付き合ったかもしれない。せっかく、告白してくれたんだしって。
「まっ、あっちがイヤっていうカモだし」
話すだけ、話してみようと決めた。
景山澪に赤い糸のことをね。
◇
教室に入った時は、もうスッカリその気になっていたから、自分の席で本を呼んでいる景山澪にそのまま近付いた。
けど、ほかのクラスメート、メイとアカリに挨拶したら、そのまま話し込んじゃって。景山澪に要件を伝えることはできなかった。
ほら、込み入った話だし。教室だと話しづらいじゃん。
どっかに呼びだそうと思って。こういうとき、レイン交換してると楽なんだけどなあ。
結局、景山澪に話しかけられたのは2限が終わった後の休憩時間。
ケイちゃんとミっちゃんが話しているのを見ながら彼女の席に近付いて。
「ねっ、放課後さ。屋上来てくれない?」
景山澪がゆっくりと文庫本から目を離して、顔を上げる。
「藪から棒ね。桧山夕」
「話があるんだ。別に明日でもいいよ」
「分かったわ」
景山はそう言うと、読書に戻った。
そのまま近くにいた大井君と話す。最近どう? みたいな感じ。
大井君、俺が景山澪を屋上に呼びだしこと聞いてたから、まさかな、みたいな顔してた。
そんなわけで、まあ、放課後。
ミっちゃんたちには今日はちょっとやることあるから、先帰っててって言ってある。1人、教室を出て、屋上へ。
途中、顔見知りと立ち話したりしつつも到着。
景山澪はまだ来てなかった。
そういや何時に来てって言ってないや。
まあ、いいか。そのうち来るでしょ。
スマホをいじりながら待つ。屋上には俺1人。これなら話しやすいね。
10分くらいで景山澪がやってきた。いつも通りのなにを考えてるのかわからない無表情。そういうとこ、クラスメートも話しかけづらいらしくて。
今のとこ、景山澪に話しかけてるのは俺とケイちゃんくらい。
「それで? 話というのは何? 桧山夕」
景山澪が言った。
「なんか、緊張するなあ」
「嘘ね。あなたのような人が緊張するわけないわ」
「スゴイ偏見。俺だって緊張するよ」
「それで? 要件を早く話してくれないかしら。私の時間が無駄になるわ」
「景山澪は『ペトル後遺症』、なんかあったの?」
「特になかったわ。そういうあなたは赤い糸が見えたんですんってね」
つまらなそうに景山澪が言った。
「良く知ってるじゃん」
「秋山明と椎名朱里が話しているのを聞いたわ」
「それでさ。俺、自分の糸しか見えなかったんだけど。その糸の先ってさ。景山澪につながってたんだよね」
「なるほど」
景山澪はひと言そう言っただけ。リアクション薄いなあ。
「だから、赤い糸が本当に運命の赤い糸なら、景山澪が俺の運命の相手なわけ」
「いちいち説明する必要はないわよ」
「どうしようか?」
景山澪は、例によって、俺の顔を、じー、と見つめる。
この癖、ちょっと怖いんだよね。なんか、心の中を覗かれてるみたい。
「驚いたわ」
景山澪が言った。
表情変わんないし。ぜんぜん、驚いた感じじゃない。
「そうだよね。俺もビックリだったよ」
「私が驚いたのは、あなたが私に決定権をゆだねたことよ。それはつまり、私と交際しても構わないと考えているということでしょう?」
「うん。別に大丈夫だと思うよ。というか、考えたけど、景山澪を拒否する理由がないんだ」
「あなたにしてみれば、そうなのね。客観的に考えればいくつもありそうだけれど。孤立していることや、コミュニケーション能力が低いところ。ファッションに疎いところとかね」
「別に、そういうの問題なくない?」
「あなは、そういうところを問題にするタイプだと考えていたのよ。だから、驚いたのよ」
「また、そんな偏見を。俺、性格第一だから。合わない子と付き合うのツライじゃん」
「確認だけれど。付き合うというのは交際ということね?」
「そうだよ。コーサイ」
「交際するということは、将来的に夫婦になることも視野に入れて、関係を育んでいくということね」
「ウーン、そこまで考えなきゃダメ?」
だって、結婚とか、ぜんぜんピンとこないし。
「それならセックスはどうかしら?」
「それも、そんときの盛り上がりじゃない? ヤルために付き合うとか、ないじゃん」
「もっと節操がないタイプだと思ってたわ」
「景山澪は本当に偏見が多いなあ」
「では、付き合いましょう」
すごく軽く、あっさりと、景山澪が言った。コンビニ行こうよ、みたいなノリ。
この子のこういうところ、結構、好きかも。なんていうか、サラっとしてるんだ。そう、ドライ。
「うん、そうしよっか」
俺もサラっと答えた。
「よろしく頼むわね。桧山夕」
「うん、よろしく。景山澪」
「ところで、なぜ、あなたは私をフルネームで呼ぶのかしら? 少し不愉快だわ」
「えっ、だって、君が俺のことフルネームで呼ぶからさ」
「あなたは他の人を愛称で呼ぶことが多いわ」
「愛称で呼ばれたいの?」
「なんでも構わないわ。ただ、フルネームで呼ばれるのは少し不愉快ね」
「そうなの? じゃあ、ミオでいい?」
「呼び捨ては気に入らないわね」
なんでもいいって言ったのになあ。
「じゃあ、ミオちゃん」
「別に様付けでも構わないわよ」
「いやだよ。彼女なのに様付けとか」
「そう? 2人の関係性を示すには最適な呼称だと思うけれど」
「えっ、俺、彼氏じゃなくて、下僕かなんかなの?」
「似たようなものでしょう?」
「なんか、付き合うのイヤになってきたなあ」
「仕方がない。ミオちゃんでいいわ。桧山夕」
「あれ、そっちはフルネームで呼ぶんだ?」
「ええ。あなたをフルネームで呼んでも、私は不愉快にならないもの」
「なんかヒドイなあ」
「人間はすべからく自己中心的な生き物なのよ」
「まあ、いいや。慣れてるし。じゃ、レイン交換しようよ」
「レインというのは誰も彼もが使っているSNSのことね」
「そこ、確認いる?」
「私はレインとやらを使っていないもの」
「えっ、使ってないの? マジで」
「今、あなた、私を侮蔑したわね」
ミオが少し目を細めた。この子、ぜんぜん、表情変わらないから、なんかちょっと新鮮。
「あなたごときが、この私を」
「俺、スゴイ下に見られてない?」
「私はすべての人間に対して下に見るように心がけているわ。私をのぞいた全ての状況を俯瞰して見るために」
「自分をのぞいてたら、その俯瞰、意味なくない?」
「そんなことはないわ。私の自己認識はかなり正確であると自負しているもの」
「まあいいや。じゃあ、スマホ出してよ」
「スマホというのはスマートフォンのことね?」
「そこ、確認いる?」
「気にする必要はないわ。ただのウイットを利かせた言葉だもの。それをあなたが理解できなかっただけのこと」
「なに? ウイットって?」
「機知のことね。ユーモアよ」
「えっ、今のギャグだったの?」
ミオがいきなり蹴ってきた。
バシッと俺の足を。相変わらずの無表情で。
「なんで、俺、蹴られたの?」
「制裁よ。私は今、とても不愉快な気分になったもの」
「乱暴だなあ」
「そんなことはないわ。私は言葉の暴力は振るえど、物理的な暴力は決して振るわない。なぜなら暴力はなにも生み出さないから」
「あれ、じゃあ、今のは?」
「私が感情に任せて足を動かしたところに、たまたまあなたの足があっただけのことよ。要するに偶然の産物。事故と言えるわね」
「まあいいや。とにかくスマホ出してよ。これじゃあ、いつまで経っても帰れないじゃん」
ふう、とミオはタメ息をついて、ジャケットのポケットからスマホを出した。指紋認証してホーム画面にする。
レインは入っていたからアカウントを作らせる。ミオは無言で無表情で俺の指示通りに進めて、無事レインが使えるようになった。
やっと、レイン交換できた。
「ずいぶんと時間を無駄にしてしまったわ」
ミオが俺を見る。
「それに値する費用対効果は望めるのかしら?」
「なに、費用対効果って?」
「コストパフォーマンスのことよ。それくらい分かるわよね」
「ああ、コスパのこと? 最初からそう言えばいいじゃん」
すぐ難しい言葉を使うんだから。
分かりづらいよね。言葉は伝わってこそじゃん。
「知った風なことを言わないで。あなたに私の何がわかるというの」
「えっ、今、そんなリアクションなの? なんで?」
ふう、とまたタメ息をつく。
「これも、ウイットよ。理解できないのならば仕方がないわ」
まあ、こういうわけでミオと付き合うことになった。この後、2人で帰ったよ。
◇
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――――――――――――
寝るわ。
おやすみなさい。
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――――――――――――
やっとナツとの電話が終わったところで(なんかスゴイ剣幕で切られちゃった)、ミオからレインがきた。初めてのレイン。
あれ、まだ8時なんだけど。寝るの早いなあ。
可愛い猫のキャラクターのおやすみスタンプを送った。
そうしたら今度はリオから電話がきた。
みんな、情報速いよ。
もう俺とミオが付き合ってること知ってるんだもん。
ケイちゃんの友達が俺とミオが2人で歩いてるのを見て。ケイちゃんに情報いって。で、ケイちゃんから電話きて。
「うん、俺たち付き合うことになったんだ」
正直に『ペトル後遺症』の赤い糸について話した。実はミオとつながっていたこともね。
しばらく黙ったままだったケイちゃんがやっと言葉を出す。
「……マジか」
ケイちゃんからミっちゃんに話がいって、ミっちゃんも電話してきてさ。その後、ナツから電話がきたわけ。
それで、今度はリオの番。
電話に出ると、やっぱりリオもナツと同じように問い詰めてきた。
「ユウはそれでいいわけ? 好きでもない女と付き合って」
「うん。相手も俺のこと好きでもないから別にいいんじゃない?」
「『運命の赤い糸』なんて嘘だって言ってたじゃない」
「ウーン。考えてもホントか嘘か分かんないじゃん」
「だからって」
リオが言葉に詰まった。
「絶交する?」
リオのリアクションがない。電話の向こうで息を詰めているみたい。
「ナツはそう言ったわけ?」
「うん。絶交されちゃった」
「あんた、ナツとヤッた?」
「ヤルわけないじゃん」
友達なんだからさ。
それから、また沈黙。
「好き」
リオからいきなりそんな言葉が飛び出してきた。
「うん」
たぶん、そうなんだろうなって思ってた。
「絶対、ウチの方がユウに合ってるから」
「どうかなあ。俺、こんなんだからさ。たぶん、リオのこと傷つけるだけだと思うよ」
大切な友達だから。傷つけたくない。
でも、結局、今、傷つけてるのか? 俺の自己満足?
「ミっちゃんのこと気にしてるの?」
やっぱりリオも気づいてたんだね。ミっちゃんの気持ち。まあ、そりゃあそうか。
「それだけじゃないけどね」
でも、それも大きかったことは確かだけど。
「分かった」
言ってリオが電話を切った。
はあ、と息を吐いた。
なんか、こういうの疲れるなあ。
そう思ってたらミオからレインが入ってた。
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そのスタンプどうやって使うの?
すぐに教えないさい。
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さっきのスタンプ気にいったみたい。
なんか、ちょっと気分が軽くなった。
ていうか、結構、前にレイン来てたみたい。怒ってないかな。
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ゴメン電話してた
買ったんだよ
明日買い方教えるね
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すぐに既読がついた。ミオから怒った顔のデフォルトでついてるスタンプが送られてきた。
リアルでは無表情なのにレインだと感情豊かだ。
さっきの猫のシリーズで謝ってるバージョンのスタンプを送った。
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なに?
嫌がらせ?
私を羨ましがらせて楽しい?
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あっ、なんかヒネくれてる。
そんなに気に入ったならプレゼントしよう。
可愛い猫のシリーズのスタンプをミオに贈る。
そしたら、さっそく機嫌を直して可愛い猫でお礼を言ってきた。
「そんなに変じゃないと思うんだけどなあ」
ミオとのトーク画面を眺めながら、独り言。




