上級魔法使い
王都サリヴァンのヨーク伯爵の屋敷は、お城より小さかったけど、どの部屋も洗練されていた。
アシュレイは、召使い部屋ではなく、師匠のカスパルの隣の部屋だった。
「こんな綺麗な部屋、落ち着かないなぁ」と愚痴る暇なんかない。
「アシュレイ! 私の師匠のヒューゴ様に挨拶に行くぞ!」
荷物を置いたら、カスパル師匠と一緒にサリヴァンの街に出る。
「すぐそこだから、歩いて行こう!」
馬車より王都の中が見えるから、アシュレイも歩く方が良い。と思ったけど、ヨーク伯爵の屋敷の周りは貴族の屋敷ばかり!
「お店とか無いのかな? お爺ちゃんとお婆ちゃんにお土産を買いたいんだ」
「それは後だ! 先ずは、挨拶しなくてはいけない」
まぁ、そのヒューゴ様が竜の卵の孵し方を知っているかもしれない。
卵が孵ったら、魔法使いを辞めて、農業をしたら良いと、アシュレイは考えていた。
「ここがヒューゴ様の屋敷だ。よく覚えておくのだよ」
近いから迷わないよ! とアシュレイは内心で文句を言う。
実際は、大きな屋敷が建ち並ぶ王都で、これから何回も迷うことになるのだ。
「ヒューゴ様にお会いしたい」
どうやら、門番はカスパルの顔を覚えていたようで、二人はすんなりと屋敷に入れてもらえた。
「カスパル様、お久しぶりです」
これが上級魔法使いでないのは、アシュレイにも分かった。ヨーク伯爵にも執事がいるからだ。
「ああ、ヒューゴ様に挨拶したいのだが、お目にかかれるだろうか?」
「ええ、丁度良いタイミングです。お伺いして参ります」
そう言うと、応接室に残して、執事は消えた。
「アシュレイ、くれぐれも失礼のないように!」
カスパル師匠に注意されて、素直に頷くアシュレイだった。
そこに、上級魔法使いのヒューゴ様が現れた。
「おお、カスパル! 元気そうで安心した」
白髪の長い髪を後ろで括っているお爺さんだ。アシュレイは、怖そうな上級魔法使いを想像していたので、ホッとした。
「ヒューゴ様、こちらが手紙に書いた弟子のアシュレイです」
そっと背中を押されて、アシュレイは慌てて頭を下げる。
「ふむ、ふむ、カスパルの弟子なら、私の孫弟子になる。そんなに緊張しなくても良いのだよ」
執事がお茶と美味しそうな焼き菓子を持ってきた。
アシュレイは、ヨーク伯爵に仕えるようになって、甘い物を食べる機会は増えたけど、こんなに美味しい焼き菓子は初めて食べた。
「美味しいです!」と素直に喜ぶアシュレイを、ヒューゴ様とカスパル師匠は微笑ましく見ていた。
「それで、自分の弟子を紹介したくて訪ねて来たわけではあるまい」
お茶を飲んでから、本格的に話しだす。
「アシュレイ、あの竜の卵をお見せしなさい。そして、卵を預かった時の事を詳しくお話しするのだ」
アシュレイは、いつも持ち歩いている肩掛けバッグから、竜の卵を五個取り出して、テーブルの上に置く。
「おお、これが竜の卵か!」
ヒューゴ様も初めて見たようだ。
「白く年老いた竜のリュリューにこの卵を孵すようにと頼まれたんだ。自分で孵せば良いじゃんと言ったけど、もう寿命が無いと……そして、俺を羽根でくるんで消えちゃったんだよ! この卵をどうやって孵したら良いのかわからないんだ! お願いします! 教えて下さい!」
最後は、立ち上がって頭を下げる。
「ふうむ……私も竜の卵を見るのも初めてだ。だが、もう少しお前をよく見せておくれ」
手招きされて、ヒューゴ様の前に歩いて行くアシュレイ。
「少し、見させて貰うよ」と言うと、肩に手を置いて、目を覗き込まれた。
「わぁ!」と思わず身体を引くアシュレイ! 強い魔力を感知したのだ。
「ふふふ、なかなか鋭いけど……少し我慢するのだ」
アシュレイは、竜の卵を孵したいと願っていたので、我慢して耐える。
「カスパル、この子は上級魔法使いの資質がある。竜から魔力を得たのか? それを使って竜の卵を孵すのか? ふうむ、少し考えないといけないな……」
手は離してくれたけど、アシュレイは不安だ。
「こちらに座りなさい。ヒューゴ師匠は、考え出したら長いからな……」
カスパル師匠の横に座ったアシュレイは、質問する。
「あのう、結局、竜の卵の孵し方は分からなかったの?」
「いや、ヒューゴ師匠は考えておられるのだ。竜から魔力を貰ったのも看破されていたぐらいだ。何か方法を考えて下さるだろう」
でも、そこから長かった。カスパル師匠は慣れているのか、本を読み出した。
「ねぇ、もう帰ろうよ」
アシュレイは、じっと座っているのが退屈になった。
「おお、失礼した! アシュレイ、竜の卵の孵し方は、何となく理解できたぞ!」
さっきまで銅像みたいに固まっていたヒューゴ様が突然話し出した。
「えっ、わかったの? やったぁ!」と飛び上がって喜ぶアシュレイ。
「竜の卵に魔力を注ぐのだ! その為に、老いた竜は、アシュレイに自分の魔力を託したのだ! 人間離れした魔力量だからな!」
「では、竜の卵に魔力を注げは良いのですね! でも、どうやって?」
困った顔のアシュレイ。
「それは、もっと修業をしなくてはいけない。アシュレイは、サリヴァンで上級魔法使いになる修業をしなさい」
「えええ、それは困るよ! ヨークドシャーにお爺ちゃんとお婆ちゃんがやっと落ち着いたばかりなんだ!」
困って、カスパル師匠に縋り付く。
「いや、ヒューゴ様の言う通りだ。ヨーク伯爵には、ヒューゴ様から話して下さるだろう」
「アシュレイ、それに西部はいずれ戦争に巻き込まれる。祖父母は、王都に避難させた方が安全だ」
驚いてカスパル師匠の顔を見ると、厳しい顔で頷いている。
「本当なの? あのサリンジャー伯爵を俺が助けたから、戦争になるの?」
「いや、サリンジャー伯爵は、西の大国カザフ王国が戦争の準備をしているのを知らせようとされていたのだ。それを知らなかったら、蹂躙されていただろう」
「でも……俺だけ……」
城には、大勢の人が働いている。ふと、友だちになったレオナールの顔を思い出した。
「兎に角、次代の上級魔法使いを育成するのが、シラス王国にとって一番重要だ! 祖父母は、私が責任持って世話をするから、アシュレイは修業に専念するのだ」
あっという間に、カスパル師匠からヒューゴ師匠へと変わって、困惑するアシュレイだった。




