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マディソン村のアシュレイ

 その年、港町ナンツを襲った流行病で半数近くの人々が罹患し、その半数は帰らぬ人となった。


 アシュレイの母親と父親、そして治療師であったバーディンもナンツの土に還った。


 アシュレイは、近所の家に預けられたまま、両親が亡くなったのを、遠い山間の村から降りてきた祖父のマシューによって教えられた。


 アシュレイは、祖父の悲しそうな目を見た途端、両親の死を感じた。


 マシューは、幼い孫を抱きしめて、優しい口調で告げた。


「アシュレイ、お前のお父さんとお母さんは亡くなったんだよ」


「嘘だ!」と叫んだアシュレイだったが、真っ黒な影に覆われた両親を見た時から、助からないのではないかと怯えていた。


「お前は、私たちと暮らすんだ。マディソン村は山の中にある小さな村だけど、港町みたいな流行病はない」


 アシュレイが泣き止むまで、マシューは抱きしめてくれた。


「お爺ちゃん、お父さんとお母さんはどこにいるの?」


 流行病で亡くなった人は、簡単なお祈りだけでナンツの共同墓地に葬られた。


「そうだな。ここを離れる前に墓参りをしておこう」


 祖父に連れられて、共同墓地に詣でたが、アシュレイはここに両親が眠っているとは思えなかった。


「お爺ちゃん、家に行きたい!」


 祖父のマシューは、悲しそうに首を横に振った。


「流行病で亡くなった人の家は焼いてしまうんだよ」


 それでも、アシュレイが納得しないので、マシューは家の跡地へと連れて行った。


「家が無い! それに、桜も……」


 毎年、春になると薄いピンク色の花を咲かせていた桜の木が、家が焼かれた巻き添いになっていた。


「お母さんが大好きだったのに……あっ、こっちの枝は焼けていない!」


 アシュレイが見つけた焼けていない枝を、マシューはナイフで切り落としてやった。


「桜は根付きにくい木だが、持って行こう」


 アシュレイは、祖父に荷馬車に乗せられて、小さな家の跡を眺め、ナンツの町から去った。その小さな手には両親との生活の唯一の思い出となった桜の枝がぎゅっと握られていた。




 アシュレイは、祖父と山の中にあるマディソン村での生活に少しずつ慣れていった。


 ナンツの家から唯一持ってきた桜の枝は、祖父の家の横に根付き、春になると数輪の花を咲かせた。


「桜……お母さん!」


 アシュレイは、桜の花が大好きだった母を思い出し、祖父母に隠れて泣いた。


「もっと大きくなって前みたいにいっぱい花を咲かせるんだよ!」


 まだ華奢な桜の木に、アシュレイはそっと手を触れて願った。


「まだアシュレイはナンツの暮らしが忘れられないのかねぇ」


 祖母のアマンダも、息子夫婦の死を悼んでいたが、農家の暮らしは悲しんでばかりではやっていけない。


「アシュレイも学校に通うようになれば、友だちもできるし、村にも馴染んでいくさ。それにしても、桜が根付くなんて、珍しいな」


 力持ちの父や綺麗で優しかった母のことを忘れることはなかったが、祖父のマシュー、祖母のアマンダとの穏やかな生活は、アシュレイの傷ついた心を癒やしてくれた。


「ほら、アシュレイ! こうやって野菜を育てるんだよ」


 港町のナンツでも小さな畑を父親が耕し、家の横では母親が菜園を作って日々の食料の足しにしていたが、マディソン村では農家の暮らしだ。


「お婆ちゃん、この種からトマトが育つの?」


 アシュレイは、小さな種から真っ赤なトマトが出来るのが不思議だと祖母に尋ねる。


「そうだよ。アシュレイはお母さんの手伝いはしていなかったのかい?」


「食器を運んだりはしたけど、菜園には入っちゃダメだと言われていたんだ。小さい頃に草と間違えて苗を引いたから……でも、もう大きいからおばあちゃんの手伝いをするよ!」


 町暮らしの孫にこれから農村の暮らし方を教えなくてはいけないと、祖母は笑った。


「そうだね。アシュレイはもう大きくなったんだから、少しずつお手伝いをしなくちゃいけないね。まずは種を蒔いて、それに毎日水をあげるんだよ」


 アシュレイは、鶏に餌をやったり、卵を集めたり、牛や馬の世話も少しずつ覚えていった。


 すっかり農家の子どもになったアシュレイだったが、少しだけ違いがあった。


「ねぇ、お婆ちゃんには妖精は見える?」


 空を見上げて風の妖精が飛んだ跡の筋を指差しながら、アシュレイは祖母のアマンダに尋ねる。


「いいや、そんなの見えないよ。アシュレイはもうすぐ学校に通うんだから、いつまでも妖精の話なんか信じていたら、村の子どもに馬鹿にされる。それでなくても、お前さんは町育ちだと噂になっているんだから気をつけなきゃいけないよ」


 祖父のマシューの家の近くにも子どもがいる農家は何軒かあったが、ナンツの流行病を恐れたか、アシュレイと遊ぼうとしなかった。


 アマンダは、マディソン村の人々の変わったものを排除する田舎者根性はよく知っていた。


 息子がこの村の閉塞感を嫌い、港町のナンツで新生活を選んだのも仕方ないと思っていたのだ。


 でも、ここで生活していくには周りに馴染んで、目立たない方が良い事も孫に教えていかないといけない。


「見えるのに……でも、それを言っちゃあいけないんだね。お父ちゃんやお母ちゃんも学校で友達と遊びたいなら、言ってはダメだと言っていた」


「そうだね。お父さんとお母さんの言う通りだよ」


 亡くなった息子夫婦もアシュレイに言い聞かせていたんだと、アマンダはホッとした。


 どうも、町育ちの孫はここら辺の子どもと違うので、祖母として少し悩んでいたのだ。


「近頃の子育ては私の頃と違うのかと思っていたけど、良いことは良いし、悪いことは叱らなきゃね」


 働き者のアマンダは、孫のくるくるの茶色の髪を撫でながら、学校での注意をするのだった。


「学校では椅子にちゃんと座って、先生のおっしゃっることをしっかり聞くんだよ。そして、友だちとは仲良くしなきゃいけないよ。お前が大人になってもずっと付き合っていかなきゃいけないんだからね」


 アシュレイも、ここが小さな村で前に住んでいた港町のナンツとは違うのだとおぼろげに分かってきた。


 前の町なら子どももいっぱいいるから、気の合う子とだけ遊べば良かったのだ。


「そっか……子どもが少ないから、喧嘩したら遊ぶ子がいなくなるんだ……お婆ちゃん、分かったよ。俺はみんなと仲良くするよ」


 アマンダは、ちょっと孫が村の生活を理解したのかとホッとしたが、学校で大騒動を起こす事までは予測していなかった。


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