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エデンの東に追放された民

作者: 和 弥生
掲載日:2025/10/04

昔、昔、ある島に男が流れ着いた。


男は嵐の夜に乗っていた船が難破して、命からがらこの島に流れ着いたのだった。


だれかがこの男の顔に水を流した。


男はそれで目を覚ました。


「あなたは誰ですか?」


水をかけたのは、その島に住む娘だった。


「あなたこそ誰や?みかけん顔やな」


男は、ここはどこの国だと娘に尋ねた。


「ここは『やしゅうの国』じゃ。この島は、〈おきのしま〉じゃ」


「やぽんですか?」


男は娘に聞いた。


「やぽん?なんじゃそれ?」


首をかしげる娘。


男は言うには、『やぽん」という国が世界の東の果てにあるという。


そこにはエデンの園を追い出された人々が、今でもひっそり暮らしてると聞いた。


「えでん。なんじゃそれは。寝ぼけてるのか。ま、いい。わいの家にこい。飯を食わせてやる」


娘はそう言うと波打ち際をすたすたと歩いて行った。


男は唖然とし、なんとかついてゆくが、足が上手く動かない。


娘が家に着いた。


男はその家を見て、なんともみすぼらしい家だと思った。


娘が戸を開ける。


「おっとー!変な男がおったけん、連れてきた!」


きよ!なんだ!その見すぼらしい男は?船から落ちたのか?」


中にいる男は言った。どうやら娘の父親らしい。


「私は、〈あゆたや王国〉から来た、宣教師のポールと言います。悪いが水をくださいませんか?」


漂着した男は服装はぼろぼろで、乱れた髪にひげ面の顔だった。


たどたどしい日本語ではあったが、あゆたや王国にいた日本人に教えてもらった片言の日本語だった。


「なんだかよく見ると、目が青いじゃないか!ひげも濃いし、髪の毛も〈とび色〉じゃないか。こいつは南蛮人だ!おい、清!なんでこいつを連れてきた!」


清の父は怒った。


「仕方ないじゃないか、死んでるかと思ったら、生きてたんじゃ。腹もすかしてるようだから、このままほっとけば死ぬ。ほっとけないじゃろ」


「そうか、仕方あんめい。おい男、するめでも食べるか?」


お椀に水を入れ、男にスルメを薦める親父。


「するめ?なんですか?」


父はスルメの姿干しを目の前に広げて見せた。


「こ、これは○×▽!○○、◆◆!」


「こいつ、なんて云った?お国訛りが激しくてわからんのう。ま食え食え!」


男は無理やりスルメを口に入れられた。


男に口にスルメを強引に入れて食べさせた。


咳を切らしながら、男は噛んでみた。


しかし、意外と旨い。


「お主は南蛮人のようじゃが、わしが行商にゆく港にも南蛮人がいる。どうじゃ、わしと一緒に港へ行くか?」


清の親父は海で取れた魚介類を港で売っていた。


男はここにいるよりましだろうと思い、二つ返事で了解した。


名前はポールという。


嵐の為に船が難破して、他の人とははぐれたらしい。


もしかしたら全滅したかもしれないと、語った。


その夜、わびしい夕飯を食べたあと、ポールは寝てしまった。


そこに清がやってきた。


着物を脱ぐと、せんべい布団で寝ていた男の懐に潜り込んできた。


男は叫び、飛び上がった!


「なんですか? 裸で!早く、服を着なさい!」


「ポールさん、私は父からの命令でここに来ました。今さら、恥をかかせないでください!」


清は涙を浮かべて、今夜添い寝することを懇願した。


ポールは、何もしないならいいと答えた。


この『やしゅう』という国は、本当にあの伝説の『ヤポン』なのだろうか?


本国イスパニアでは一度は発禁されたが、アジア征服のブームで今や、東へ東へと宣教師たちがヤポンを目指していた。


この男、ポールもその一人だった。


しかし、ヤポンの正確な地図は本国にない。


場所も分からない。


とにかく、明に渡り、大型船に乗り込んだ。


この船に乗れば、東の海上に島が見える。


そこから島づたいに行けば、必ずヤポンに着くと現地の漁民に聞いた。


「私はこの国で神の教えを説く。エデンの園を追い出された民たちは、いまだ主の声も知らず、迷える子羊のように違いない。ここの親娘のように!」


男は、朝目覚めると、清はいなかった。


海出ると、清の父親が船を出していた


「いくぞ、ポールさん!」


小型の船に櫂を持った姿で、招き寄せる父親。


ポールは持ちものは何もなかったが、十字架と聖書だけは持っていた。


その聖書と、仕立て直してくれた洋服を来て、船に乗り込んだ。


清が夕べのうちに直して、洗濯をしてくれていたのである。


船が砂浜から離れてゆく。


清が手を振っていた。


「ポールさん、娘に手をつけなかったと言うのは本当かい?」


「いったい、どういうつもりですか?神への冒涜、ふしだらです!」


「ふしだら?そんな言葉、いつしった?ま、いいか。島には男がいないんじゃ。若い男はみな、大きな村や港にいって、残るは年寄りばかり。わしはおっかぁが死んでから、あの娘を一人で育ててきた。しかしわしも年だ。あいつに面倒をみてもらう時期に来た。だから子供が欲しい。娘がこの島を出て行った。そうなるとわし、一人じゃ」


「だから?」


「だから、子種が欲しかった。娘とあんたの子供をさ」


そういう清の父親の言葉に、ポールは驚いた。


自分は神に仕える身。


女性には手を付けない。


しかしポールは何にも云わなかった。


船が港に着いた。


青い目をした異国の人間を見て、村人たちが集まってきた。


「そいつは誰じゃ!信助しんすけさんよ!」


村人の一人が船を縄で引き寄せながら聞いた。


「わからんが、昨日、島に流れてきた。南蛮じんじゃ」


「おー!南蛮人! なにしにきたんじゃ?」


ポールが村人に答えた。


「私はポール・スミスと言います。この国に、紙の教えを説きにきました」


「神の教え?こっちにだって、神さまはいるぞ!この国には八百万の神様がおるけん!」


「やおよろず?」


ポールは思った。


『ヤハウエ』のことか!やはり、ここはエデンの東。


名前は少し違うが、神の名前を知っていた。


「神様のいる場所を教えてください」


ポールは、神様を見たいと思った。


わがイスパニアでは主の像はあるが、神の姿はない。


しかし、この国の神様は姿形はあると言う。


好奇心が湧いてきた。


その神様とやらを見てやろう!


ポールはがぜん、この国に来たことに意義を見出した。


村人が案内してくれると言うので、彼について行った。


山の麓に連れられてやってきた所に、おおきな柱が組んでった。


「これは何ですか?」


「これは、とりい。ここをくぐると、神様の体の中と同じ。神域だ」


「神の体?」


これが?体だというのか!?


まったく理解できなかった。


村人が神殿まで100段はあろうかという階段を登る。ポールもぜいぜいいながらついてゆく。まるでモーゼがシナイ山に登って、十戒をもらったように。


ポールの足はしびれていた。


「もう、限界だ」


村人が階段を登りきると、大きな石の桶のようなものがあり、水が満々と満たされていた。村人が指さして言う。


「あれじゃ。その前に身を清める為に、そこで手と口を水で流しなさい。」


ポールは驚いた!


石の桶の上におどろどろしいひげを生やした生物の口から水が流れていた。


これは、へび?


いや、ドラゴンか


まさか、悪魔信仰なのでは?


やはり来てはいけなかったのか?


蛇にそそのかされて、その蛇を神だと思っているのか?


村人は手と口を清めると、ポールにも同じことをするように促した。


仕方なく、ポールは従った。


そして神様のいる社やしろに向かった。


社の前に着くと、村人は手を叩いた。そして、


「今日は特別に見せてやる」と言って、祠の扉を開けた。


「あれがご神体じゃ」と言うと、頭を2度下げ、手を二度叩いた


ポールも同じようにしろと言われ、従った。


しかし、ポールの目先にあるのは丸い光った形のものが置いてあるだけだった。


あまりの質素な佇まいに少子抜けしてしまった。


あれが、ご神体?鏡なのか?


村人に聞いてみる。


「鏡が神様なのですか?」


「そうだ、あれが神様だ」


ポールは一種のカルチャーショックに陥っていた。


この国に正しい信仰を広めなければ!


階段を下りながら村人が尋ねた。


「どうだ、清められたか?」


「きよめる?とは、どんな意味ですか?」


「きよめるとは、あれだ、人は色々生きてると汚れてくる。つまり汚くなるんだな。すると運気も落ちる。だから、ここにきて、体を清め、心も清める。どうだ、すがすがしいじゃろ!」


「すがすがしい?」


意味が分からなかった。


「なんの意味ですか?」


「すがすがしいとは、神様の息吹を浴びて、身も心も軽くなったっていう意味じゃ」


村人が言ったか言わないかの刹那、


一陣の風が男の頬を撫でた。


すがすがしい?


ポールはこれか!と思った。


ポールはしばらくこの村に滞在することにした。


そして気が付いた。


この国には立派な神殿はなかった。


が、山の上に小さな神殿を作り、やまのかみと慕っている。


教義も何もない。


道徳観念は我々とは違うが、村では犯罪が全くなかった。


村人たちは、朝になると太陽を拝んでいた。


村人たちは、


太陽が神様だと言った。


鏡は太陽でもあるのだ。


ポールは思った。


私が教え導かなくても、ここの村人は太陽が昇ると仕事を始め夜になると寝た。


大きな戦もなく、平和そのものだった。


殿様という王がいるようだが、村人は会ったことがないらしい。


私は殿様という王の住む町に行きたいと思い、この村を出た。




何週間、何カ月かかったろうか?




やっと私は、王の住む都に着いた。




ここは王都らしく、商人や戦士と思われる刀を腰に巻き付けた人間を見た。


私はここでも神様の教えを説いたが、だれも聞いてくれなかった。


ひとりの男が私に語りかけてきた。


「神様ならここには沢山いるよ、なんていったて、このヤマトはまほろばの国。あしはらのみずほの国。やおよろずの国やからの」


なんだ、この国は。どれが正式名なのだ?


私は王が住む屋敷に行けると言う大通りに出た。


大きな塀で囲まれた門の前で、長い棒を持って立っている男に聞いた。


「王にあわせて下さい」


「なんと、恐れ多い!何人もスメラミコトには会えん!」


「スメラミコトという名前なのか、王は?」


「いや、違う。王に名前はない。スメラミコトとは、この国を統べる王という意味があるのだ。神様の御子孫でもあられる。特にスメラミコトは神の霊をおろしている。あらひとがみである!」


私は混乱した。


この国の王様は、神の子孫!


では、やおよろずの国の、やおよろずとは?


「八百万の神様がいるのだ。その頂点が太陽神、あまてらすおおみかみじゃ」


では、あの鏡は、あまてらすの分身だったのか!


「全国津々浦々、天照大神のご神体は祀られておる」


ポールはこの男のいったこと反芻して、考察してみた。


神はエデンの園からアダムとイブを追い出した。


しかし、アダムとイブの子孫は、ここに神の国を作った。


王様はアダムとイブの血筋を引き、すべての住民がこの王様に逆らうことはない。


この国の歴史に非常に興味を持った。


しかも他の国が攻めてきて、王様が負けたことは一度もないと言う。


明という国とはまるで違う。


彼の国は何度も王権が入れ替わっていた。


易姓革命という美名のもとに、前の黄帝は一族郎党虐殺されていたのをポールは知っていた。


「いったい、いつからこの国に王様はいたのか?」


役人らしき男に聞いてみた。


「それは神官に聞かないと私も分からない」


ポールは神の社があるから、そこに行けと告げられた。


ポールは言われた通り、大きな鳥居のある社へ向かった。


社の前にそそり立っている鳥居をくぐり、手や口を清め、社の前に立った。


作法は以前にやったように、二度お辞儀をし、手を二回打った。


そこに、白装束を着た老人が現れた。


ポールは思わず、聞いた。


「この国はいつ出来たのですか?神様をいつから祀っているのですか?」


老人はまったく表情を変えず、


「ワシはこの神社の宮司である。私の名は須賀といって、スサノオウの尊の子孫である。第246代続いてる。おそらく4500年ぐらいじゃろ」


低いが通る声で老人は言った。


「4500年!エデンの園を追い出された年は神学者によると6千年前ではないかと推測されている。もしかすると、本島にここはアダムとイブの子孫が1500年かけてたどり着いき、築いた国かもしれない!」


ポールは一人感動していた。


「なぁ、異国の人よ。スサノオウはアマテラスの弟なのじゃ。しかし二人の間には子供が大勢おる。だからアマテラスとスサノオウは、この国を作ったイザナギとイザナミの子供じゃ。お主の言う、アダムとイブかもしれんのぉ」


私は聞いた。そのイザナギとイザナミがどこから来たのか?と。


老人は言った。


「たかまがはら。じゃ」


たかまがはら?


エデンの園とは全く違うような気もしたが、その高天原は天にあるという。つまりこの地上にはない、神の国だと言う。


私は確信した。


ここはアダムとイブが発見した島。


しかし、疑問が生じた


ヤハウエとは、一人の神ではなく、ほかにも神は複数ではないかと。


神が人間を神に似せたとあるし、ノアの時代にも、神は複数いるのではないかという記述があった。


男女があってこそ、子孫が生まれる。


アダムとイブは、神様が作ったかも知れないが、少なくとも蛇が、子孫の作り方を教え、自ら生きることを伝えたのではなかろうか?


だからこそ、この国の神社には蛇が祀られている。


子孫繁栄のシンボルとして、蛇を祀っているのだ。


我々は悪魔だと思っていたが、蛇は神が人間に遣わした天使だったに違いない。


堕天使ルシファーは蛇だったのかもしれない。


そしてアダムとイブはエデンから追放されたのでなく、自ら目覚め、自ら冒険の旅に出たのだ。


そしてアダムとイブは夫婦になったのだ。


しかしわがヨーロッパでは蛇はドラゴンになり、生の営みを否定する宗教を我々は作ってしまったが、この国の人のように、蛇は命の象徴。水の流れを意味するシンボルでもあったのだ。


大気の流れを見て古代人はそこに蛇を見た。


神の息吹大地に見たのだ!


だが、なぜ我々は悪魔の使いと思ってしまったのか?




ポールはいつしか眠てしまっていた。




そして、目が覚めた。


眼下には地球が見えた。


青い地球がまぶしい。


しかし、そこはもう人が住めないほど環境悪化が進んでいた。


人々はわずかな人間を残して死滅してしまった。


また住める星を探して、我々はこの星を後にする。


そんな声が聞こえた。




目が覚めると、老人の姿はなかった。



また一陣の風が、ポールの肌を触ってゆく。


私が見た夢は、なんだったのか。


いつか、新しい星を見つけた時、この移住が神話になるだろう。


青く澄み切った青空に白く光る円盤が浮かんでいた。


すると急に超亜光速に加速し、消えた。


残るのは白い筋雲だけだった。


ポールには、それが白い龍のように見えた。


そして、甲高い声が聞こえた。


それは龍の鳴き声だったかもしれない。


ポールはよくわからなぬまま、あの漂着した島へ戻った。






清がポールを待っていた。




親父は喜び、二人は祝言を上げた。




沢山の子供が生まれ、やがて彼らは成長した。




時は立ち、日本では耶蘇教を信じる人が増えた。


やがてこの地域は大友宗麟という大名が支配した。


そして地域の少年たちをローマに送ることになった。


天正遣欧少年使節である。


当時セミナリヨにいた子ども達から4人が選別された。




正使・伊東マンショ(13歳)、

千々石ミゲル(13歳)、

副使・原マルティノ(13歳)

中浦ジュリアン(14歳)の4人。




その中の原マルティノだけは、武士の子ではなく、


庶民の子だった。


誰も、彼の出生を知らない


が、彼は選ばれたのである。


両親が耶蘇教だった。




それしかわからない。




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