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第七章 運命の出会い

 〈キアエル公爵の御乱心〉と名づけられた不名誉な噂は、二年経っても消えることなく、主に円卓会議で蒸し返されてしぶとく生き残っていた。 その噂に迷惑しているのは、噂の中心であるクロードというよりも、彼の二人の息子達。


特にクロードご自慢の跡取りである長男のイザークは、噂のはじまりの日から恥と不満が溜まるばかりだった。 アデル姫にではなく、醜態を晒した父クロードに対して。 母のジャクリーンは父の機嫌を取るばかり、弟のシモンは気が優しいせいで父の不機嫌に耐えるしかない。 父は口を開けばアデル姫の悪口ばかりだが、イザークにとっては憧れと尊敬の対象だった。


盲目をものともせず戦う御姿はまさに、女神の騎士。


手塩に掛けて指導した姫君の、事実上の初陣に興奮と感動が止まらないダリウス将軍は、方々でアデル姫を讃えた。 図らずも初陣の場を提供したクロードは「子供のくせに調子に乗りおって」と歯噛みして恨めしそうだったが、イザークに言わせれば調子に乗っているのは、父のほうだ。


神話の時代からして女神の従者に過ぎない分際で、父はどこを目指しているのか。

水の天使の祝福を受ける家系として、水に関わる事業の全てで活躍の場を与えられ、豊かな生活を保障され、民からの尊敬まで集めておいて、これ以上何を望むのか。 イザークには、それが分からない。


 更に分からなかったのは、アデル姫との決闘に負けておきながら、ダリウス将軍への謝罪をいつまでも実行に移さなかったことだ。 それを指摘しては喧嘩に発展、それを何度か繰り返した果てに「そこまで言うならお前が書け」というので、キアエル公爵家の紋章つきで謝罪文を代筆したら、父への反抗として代をわざと入れた事が後日ばれて怒鳴りあげられた挙句に、平手打ちを喰らう始末。


この時点で、イザークは父を父と思う事をやめた。


どうして、こんな情けない男の子供として生まれてきてしまったのだろう。


積もりに積もった鬱憤が、キアエル公爵家そのものへの嫌悪感に変わったイザークはある時、御付の従者を介してダリウス将軍に訓練への参加を願い出た。 貴族の子弟は父やお抱えの剣術指南役に剣を習うのが定番な貴族社会にあって、これは異例のことだった。 その意気やよし、と好意的に受け取ったダリウス将軍の後押しもあって、後に比翼連理(ひよくれんり)となる二人は、運命の出会いを果たした。


時にアデル八歳、イザーク十一歳。 お互いに、初対面の挨拶を済ませた二人。

アデルのほうは目に強化魔法を施しておらず、イザークを声と気配だけで知った。

晴眼であるイザークはアデルの姿を一目見て、この御方こそ今代の女神と悟った。


(うるわ)しきかな()女神(めがみ) (ひとみ)(あかつき)陽光(ようこう)のごとく 

(あざ)やかなりや薔薇色(ばらいろ)(かみ) (つき)(ほし)さえ(おぼろ)なる』


イザークがアデルと出会った後に作った四行詩が、当時の感動を物語っている。


イザークからの手合わせの申し出に応え、アデルとイザークがお互いに距離を取る。


アデルの片割れである蛇の聖獣・キラム。

イザークの片割れである白狼の聖獣・ロウル。


二匹の聖獣は一度だけ互いを見た後、それぞれの片割れの邪魔にならないように、離れた場所に控える。 二匹の視線の先で、アデルとイザークが同時に駆け出し、剣を交えていた。 剣ではイザークに軍配があがり、アデルの剣が弾き飛ばされる。


武装解除に成功して気が緩んだイザークの腹部に入った強烈な蹴りに、一瞬息が止まる。 剣がないなら拳とばかりに体術に切り替えたアデル。 対応が遅れたイザークは、されるがままだった。 筋力差にモノを言わせてアデルを投げ飛ばした時、今度こそ勝負あったと確信した。 ……はずだった。 いつかと同じように投げ飛ばされたアデルは、飛ばされる先に魔法で見えない壁をつくり、両足に強化魔法を掛けて、放たれた矢のように一直線に戦場に駆け戻る。


(まるで、流れ星のようだ)


イザークが気ついた時には、いつのまにか地面に背中を預け、しとしとと降る〈慈雨〉に癒されていた。


アデル姫の属性は、炎と光だと聞いている。水属性とは壊滅的に相性が悪いはずだ。 それなのに、この水の量はどういうことだ。 水の天使の家系であるイザークが扱う水属性魔法と変わらない。


努力だけで到達したとでも?

そもそも、複数の属性の魔法を扱えるだけでも凄いというのに!


イザークはここで、アデルが養父のマーリン同様、全ての属性の魔法を扱える事を知った。

まだ属性ごとにムラがあるなんて補足、イザークの耳には入らない。


(化け物だ……)


困ったようなロウルの鳴き声で、意識が現実に引き戻される。

「くぅん……」と困惑気味に鳴いているロウルに注がれる、熱い視線。

アデルの桜色の唇からこぼれた「もふもふ……」という呟きを聞き逃さなかったイザークは、躊躇いなく自分の聖獣を差し出した。 最初はほんの少しだけ躊躇いがちに、嫌がる様子がないのを確認してからわしゃわしゃと豪快に、それでも優しくロウル撫でるアデル。 知らず知らずのうちに笑顔になった彼女を見て、イザークは先ほど一瞬でも化け物と思ってしまった自分を、心の中で張り倒した。


イザークには、金色の蛇の姿をしたキラムが恐る恐る近づく。 普通は逆ではないかと思いながらキラムの頭を撫でると、ロウルにはないひんやりとした感触が心地いい。 片割れ以外に撫でられた経験がほとんどないキラムは、撫でられてうっとりしている。


 普段ロウルを撫でる時の癖でキラムの顎の下を撫でていると、指に何かが引っかかった。

そこに触れられた途端、蕩けていたキラムの表情が一転、ぎょっとした。


「ぎゅ、う……!?」

「おや、失礼」


アデルとロウルは、この短い時間ですっかり仲良くなったようだ。 アデルを押し倒すようにのしかかったロウルが、アデルの顔をペロペロと舐めまわす。 あまりのくすぐったさにすっかり参ってしまったアデルの笑い声が、鈴の音のように響き渡る。


「別のもふもふも、おりますよ。 お許しをいただけるなら、後日連れて参ります」


本音を見抜いたロウルから呆れた視線を向けられたが、当のイザークは涼しい顔。

屋敷でギスギスした空気に耐え忍ぶことしかできない哀れな弟を連れ出す機会だ。

弟シモンの聖獣コカールの愛くるしい姿なら、我が女神の花のかんばせも、ますます綻ぼうというもの。


後日、イザークの仲介でアデルと対面を果たしたシモン。

自分の聖獣コカールがじゃれて飛びかかるのを当たり前のように受け止め、上半身全部で撫でるアデルの姿を見て、兄イザークが父を拒絶した理由を理解した。


「シモンの聖獣は、賢い犬なんだな。 人懐っこいのはロウルと同じだ!」


コカールに続けとばかりに突撃するロウルに、ちょっと待ってくれ手が足りん、から始まり、もう降参だ二匹とも俺の腹筋が壊れる、まで始終笑いっぱなしだったアデルを見て、キアエル兄弟の心はひとつになった。 もふもふの返礼として〈癒しのジェル〉の製造工程を特別に見せてもらったことで、兄弟の父親は最初大喜びだったが、工程に炎属性の魔法が必須だと知って、ますます身勝手な憎悪を膨らませていく。

同時に、キアエル兄弟の心はますます父親から離れていく。


勝手に見下して、勝手に挑んで、勝手に負けて、勝手に憎んで。

どこまでも身勝手な父クロードから離れられるものなら、今すぐ離れたかった。

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