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第六章 白騎士は走る

「キアエル公爵、本日はどのようなご用件でしょうか」


いつもの訓練の時間、突然現れたキアエル公爵クロードの視線を遮断するために。

ダリウス将軍は敢えてアデルの前に立ち、用件を問い質した。


「私はアデル姫と話をしに来たのだ。 そこをどけ!」

「アデル姫は、これから我らとの訓練がございます。 どうか、お引き取りを」

「元は孤児院で育った孤児の分際で、神話に連なる高貴な血筋の私に楯突くか!」


ダリウス将軍は、その言葉に一切反応しなかった。 だが、アデルには聞き捨てならなかった。

自分を語るにあたって血筋が第一にくる人間に、ダリウス将軍の凄さは決して分からない。


「ダリウス将軍、下がれ」

「しかし、姫様……」

「俺のことは案ずるな、下がれ」


ダリウス将軍と兵士達が片膝をついて控えるなか、アデルとキアエル公爵クロードは遂に対面を果たした。 お決まりとはいえ、この男から向けられる視線はやけに気分が悪くなる。 さっさと話を終わらせるべく、アデルのほうから口を開いた。


「アデル・エテルティである。 キアエル公爵よ、いったい何用か?」

「アデル様、勝負を致しませんか? 私が勝ちましたら、ジェルのお取引を」


姫君に対してという以前に、まだ幼い子供に大人がする話ではない。

ダリウス将軍も兵士達も、唖然とするしかなかった。

お待ちあれ、と将軍が割って入る前に、アデルはこう言い放った。


「俺が勝ったら、ダリウス将軍に謝罪しろ。 そして、二度とここに立ち入るな!」

「姫様! ダリウスめごときの為に、なんという無茶を……おやめあそばせ!!」

「……ダリウス将軍、審判を。 兵士達は、俺達の周囲を囲んでくれ!」


公平性の確保のため、アデルの聖獣・キラムは一切手出ししない。

それ以外は、剣も魔法も制限を設けない。ルールに同意した上で、それぞれ左右に分かれて剣を構える。


純白の騎士服を纏い、銀の剣を構えた赤髪の姫。 人形のように愛らしくはあるが、それだけだ。力と体格に任せて押し切れば、あっという間に決着がつく。 剣を構えながら、クロードはにやりと笑った。


「始め!」


ダリウス将軍の合図で、両者が動きだす。 最初に仕掛けたのは、アデルだった。

両足に筋力強化を掛けた上で、クロードの懐に飛び込む。 速い、と動揺が隠せない相手の隙を逃さず、急所という急所を攻め立てる。たまらず後退した相手に合わせて後退したアデルは、掌に魔力を集めて解き放つ。アデルの炎属性の魔法と、クロードの水属性の魔法がぶつかり合い、その場に目を開けていられないほどの水蒸気が発生する。水の膜で自身を保護するクロードに迫る、騎士の影。


水蒸気をものともせず、光しか見えない代わりに気配を辿って走り抜けた白騎士は、剣先に魔力を込めて水の膜を貫き、遂にクロードの首を捉えてみせた。


勝者としてアデルの名が呼ばれた途端、兵士達の歓声が響き渡る。


「「勇敢な姫君に、女神の祝福あれ!」」


クロードとアデル、ダリウス以外の誰もが口々にアデルの勝利を喜び、祝福あれと口にする。

喜んでもらえるのは嬉しいが、このままでは話が進まない。

すっ、と片手をあげ制止の合図をすると、兵士達の声がぴたりとやんだ。


「キアエル公爵、約束は覚えているな? ダリウス将軍に、謝罪を」


クロードはそれでも、頑なに口を閉じたままだった。

姫と公爵の板挟みになって困惑するしかないダリウス将軍が気の毒になって、アデルは更に口を開く。


「ダリウス将軍は、幼い時に両親を亡くしてから、孤児院で育ったと聞く。 天涯孤独で、頼れる者もいない。 そのような状況にあって、将軍にまで登りつめた。 その苦労と努力がそなたに分かるか、クロード卿?」


クロードは黙ったまま。 それだけまだましだったが、アデルの目の前でため息をつく始末。

とうとうアデルは、小さな体から力を振り絞って大の大人を叱り飛ばした。


「ダリウス将軍と配下の兵士達こそ、王国が誇り、讃えるべき勇者達である。 勇者達への侮辱は、この俺への侮辱と同じと心得よ! 以後、二度とこのような事は許さぬ!」


 兵士達の歓声を上回るほど響いた厳しい叱責に、ぱちぱちと気の抜けた拍手が送られてきた。

拍手の送り主は、兵士のひとりから事情を聞かされて駆けつけたマーリンだった。 マーリンの顔を見た途端、魔法に掛けられたわけでもないのに、全身の力が抜けていく。

マーリンがクロードに何かを話している所で、アデルの意識は途絶えた。


次に目を覚ました時、アデルは魔法使いの棟の自分の部屋のベッドに横たわっていた。どういう訳かいつもの強化魔法がうまく掛けられず、視界はわずかな光がある以外、真っ暗だった。


「あぁ、よろしゅうございました」


穏やかに安堵する声でダリウス将軍がいると分かったアデルは、声がする方向に向けてそっと手を出してみた。 差し出した手を、両手で包むように握る手のぬくもりで、ダリウス将軍がそこにいると実感する。 マーリンやニーナを除き、アデルの異相を恐れることなく接してくれたのは、ダリウス将軍がはじめてだった。


戦いでは、性別も身分も関係ない。

アデルが盲目であると承知した上で、()()()()()()()生き残れるように、兵士達とともに鍛えあげてくれた。 それが、どんなに嬉しかったか。


「過労でございます。 暫くは、ご静養あそばせ」

「あまり休むと、体が(なま)るから嫌だ……。 もっと、強くなりたい」

「御年六歳で公爵を倒された姫君が、何を仰います」


 キアエル公爵クロードは、アデルとの勝負に敗北した。


その後の貴族にあるまじき見苦しい振る舞いは、勝負の結果ともども噂となって瞬く間に広まり、キアエル公爵家の汚点となった。 〈兵士の棟〉のみならず〈魔法使いの棟〉までも出入り禁止となったクロードだったが、それだけでは済まなかった。 マーリンとダリウス両名から事の顛末を聞いたディオクレス王から、王族に対する不敬を咎められて期限つきの謹慎を命じられたのだ。


この時点でエステル王妃への恨みはアデルへの恨みへと変わり、その後のアデルの人生を大きく揺るがすことになるのだが、今はまだ遠い話だ。


 キアエル公爵が謹慎に入って少し経った頃、ダリウス将軍のもとにキアエル公爵家からの謝罪文が届いた。 さすがにこのままではまずいと思ったのだろうな、と察したダリウスは、ひとまず謝罪文に目を通す。 そして、署名を見て仰天した。


『クロード・キアエル 代 イザーク・キアエル』


イザークといえば、キアエル公爵家の長男の名前だ。


アデルよりも三歳年上だそうだから、今は九歳か。長男のイザーク、イザークより一歳下の次男のシモンの二人ともが魔法における天賦(てんぷ)の才の証である聖獣持ちだと、キアエル兄弟が生まれた時には宮廷で話題になったのを覚えている。 だが、九歳の子供に自分の不始末による謝罪文の代筆をさせるとは……。 息子達がいくら優秀でも、父親がこれでは、家の繁栄を招くとはとても思えない。 招くのは、むしろ……と思いかけて、ダリウスは考えるのをやめた。


一介の武人に過ぎない自分には、どうでもいい話だったから。

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