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第五章 企みは巡る

ダリウス将軍とマーリンの太鼓判を得た〈癒しのジェル〉は、臨時で円卓会議が開催されるほどの衝撃を齎した。 これがあれば、損傷を抑えて戦いに勝つことができると興奮が抑えられないダリウス将軍と、自分の愛弟子にして養い子の優秀さを証明する機会に恵まれたマーリンに、王と三公爵は驚かされるばかりだった。


「このジェルは、アデル姫が発案し、造られたものですじゃ。 兵士達の協力を得て持続期間を確認中の段階ですが、今の所二週間経っても効果が衰えておりませぬ」

「アデル姫は、前線に立つ我らを想いこのジェルをお造りあそばしたそうです。 目を患っておいでとはいえ、善き姫様にお仕えできて、我らは果報者ですな!」


からりと笑うダリウス将軍とは対照的に、三公爵、特にキアエル公爵クロードは引きつった表情だ。 ただ血筋が高貴なだけで、能がないと思っていたアデル姫のイメージが粉々に砕け散ったからだ。 以前の円卓会議で何が起こったか忘れていないマーリンは、その表情を見て更に笑みを深めた。 アデル姫について問われたマーリンは、笑顔を保ったまま、さらりとこう答えた。


「アデル姫におかれては、ダリウス将軍の要請で解毒効果付きの〈癒しのジェル〉の開発に忙しく、このマーリンめに代理を命じられました。 姫様には、煩わしいあれこれとは無縁のまま自由に才能を発揮していただきたいものですじゃ」


今までアデル姫を無視しておいて、今更取り入れるなどと思うな。

マーリンの真意に気がついた三公爵は、気まずそうに黙るしかできない。


「アデル姫におかれては、このジェルを教会に無償で譲渡したいとお考えです」


ジェルの製造に必要な材料を、国の事業のひとつとして調達すること。

製造法は、エテルティ王家の秘伝とすること。 マーリンを経由したアデルの願いをディオクレス王は聞き入れ、ジェルを納める容器に王家の紋章を刻む許可も与えた。 大司教は感激のあまり涙を流し、アデルと女神への感謝の祈りを捧げている。


ここで、遂に耐えきれなくなったクロードが抗議の声をあげた。


「そんなに素晴らしいものなら、製造法を明かすべきだろう!」

「何でも自分の思いどおりになって当然と思われますな、クロード卿」


マーリンは、クロードの抗議を冷たく切り捨てた。


 ちょうど今のクロードのように、製造法だけを聞いて後で高値で売りつけるような事に使われないよう、アデルはジェルの製造法を王家の秘伝にすると決めていた。 質の劣る類似品が出回ることを防ぐと同時に、ジェルに関する全てを自分とエテルティ王家の裁量で決定できるように。 ディオクレス王がそれを承認し、王家の紋章を刻印することを許可した以上〈癒しのジェル〉は王家のもの。 三公爵家が手出しできるものではない。 金の卵を産む鶏を目の前にして没収されたと悔しがるクロードを、マーリンは容赦なく追い込みにかかる。


「それとも、アデル姫への不敬を謝罪し、正式な取引をなさいますかな? キアエル公爵家がアデル姫への忠誠を誓い、後ろ盾となるなら、ジェルの製造に関与しても不自然ではないと思いますがのぅ……」

「誰が! 誰が、あのような化け物に、忠誠など……!」

「交渉は、決裂じゃな」


 仕えるべき王家の姫君を「化け物」呼ばわりなど、不敬でしかない。 不敬を見聞きしていながら、誰もそれを咎めない。 うわべでは姫様、王女様などと口にしていながら、心の中ではキアエル公爵と同じように思っているからだろう。 おそらくは、父王ディオクレスでさえも。 他人への悪意を隠そうともしないくせに、周囲には自分は清廉潔白であると主張したい。 そんな、人間のどす黒い部分を目にした気分のマーリンは、キアエル公爵を一切無視して笑顔で話を締めくくる。


「改良版の〈癒しのジェル〉が完成致しましたら、すぐにお知らせいたします」


 完成した暁には、どうかお引き立てを賜りますよう、というマーリンの宣伝から二週間後、解毒効果を備えた改良版の〈癒しのジェル〉が完成した。透き通った琥珀色の美しさもさることながら、傷口に塗布するだけで解毒と治癒ができるという夢のような効能は、貴族から民衆まで一人残らず夢中にさせた。 教会と軍には無償で提供し、民衆には低価格。 貴族には少し割高で売っているというのに、注文に対して材料が追いつかないほどに売れるとは、マーリンですら予想外の事態だった。


「炎属性の魔法がこんな風に役に立つとは、夢にも思わなかったな!」


魔法使いの棟で栽培したドクダミを、生まれ持った炎属性の魔法〈熱風〉で瞬時に乾燥させて〈慈雨〉で出した水で煎じたものを、治癒の魔法を重ね掛けしながら、植物性の保湿剤や増粘剤と混ぜ合わせる。

ひっきりなしに届く注文に背を押され、アデルが唯一苦手としていた水属性魔法の練度は、水の天使を始祖にもつキアエル公爵家に勝るとも劣らないほどに上がっていった。


ドクダミ不足を聞きつけた軍と教会の厚意で、ドクダミの栽培と提供を受けられるようになったアデルの顔には、心からの笑顔が浮かんでいた。


〈癒しのジェル〉で得た莫大な利益の一部を、アデル個人として教会に寄付したことで教会側からいたく感謝され、新しい薬を開発した時には効能の確認に協力するという申し出まで受けることができた。

もちろん、父王にも利益の一部を献上することを忘れてはいない。 誰もが、幸せだった。


ただひとり、〈癒しのジェル〉の取引そのものを拒絶されたキアエル公爵以外は。


何がなんでも〈癒しのジェル〉を手に入れたいらしいキアエル公爵が、民の一部に高額な代金を支払ってまでジェルを入手していることは、警備にあたっている兵士からの情報で、アデルとマーリンの耳に入っていた。 聞いた時はそこまでするか、と呆れたものだが、それで民の懐が暖まるのなら、それはそれでよかろう。 そう結論を出したうえで敢えて放置していた二人だが、業を煮やしたキアエル公爵が乗り込んでくるとまでは、さすがに想像していなかった。

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