第三章 火種は円卓で燻る
国王と貴族、そして教会。
エテルティ王国を支える柱は何かと聞かれれば、この三本だろう。
女神の子孫である王家。女神に付き従った四天使の子孫である公爵家を筆頭とした貴族階級。 女神を信仰し、慈愛の精神のもと民の救済にあたる教会。信仰対象である女神の子孫にして、王国の最高権力者である王が、貴族と教会の間に入って均衡を保っていた。
ディオクレス王の御代になる前は、誇り高い貴族に相応しい待遇を受けられていたのに。ディオクレス王がエステル王妃を迎えられてから、何もかもがおかしくなっていった。神話に連なる尊い血筋でありながら、崇められるのではなく財産を搾り取られるだけの公爵家など、何の利益があるものか。
キアエル公爵家の当主クロードは、この国の要が集う円卓に着席しながら苦々しく思い返す。リファエル公爵家のエステル。 男児に恵まれず、王の寵愛に縋って辛うじて家を存続させた家の娘の分際で、王妃となったあの女は随分と好き勝手をしてくれた。 貴族を敬い、働いて税を納める。 それだけが民の存在理由だというのに、民の暮らしを考えてこれまでの税を減らし、天災や飢饉に見舞われた場合は税を徴収しないなど、気が狂ったとしか思えなかった。 上下水道整備で労力と費用を徴収された時の恨みは、キアエル家が浄化の役割を一手に担うことで高まった名声程度では晴らせない。
女にしてはよく整った顔と美声に魅了され、エステルの言いなりになっていたディオクレス王もどうかと思うが、エステルはもういない。
リファエル公爵家ともども、出来損ないの盲目の姫を産み落として息絶えた。
あれこそ女神の意思、実質的なリファエル公爵家当主と王妃の地位をいい事に王国を乱した悪女に相応しい最期だ。 その知らせを聞いた時、アデル姫の誕生にかこつけて飲んだ酒の味は、忘れられない。
悪女が消えた祝いに飲んだ酒の、美味さといったら!
これで全てが元通りと思ったら、ディオクレス王はすっかりエステルの虜。
王妃の死によりこれまでの政策を覆すことはなく、むしろ、強化する。
王家に納められる税を多少減らしてでも、教会への供給を増やすという。
ディオクレス王がいつも首から下げている〈不死鳥の涙の結晶〉が、あの女の魂に見えて憎たらしくてたまらない。 死んだ後まで王国に居座るのか、エステル。
「教会には王家に代わり、恵まれない民への救済を期待する」
「国王陛下の、御意のままに」
教会の代表者として円卓に招かれた大司教が、恭しく頭を下げる。
民や教会ばかり保護し、貴族の貢献を軽く見る王に、クロードは遂に口を開いた。
「国王陛下、あまり下々の者達を甘やかさないほうがよろしいのでは……」
「いかに貧しいからといって、甘やかしすぎるとつけあがるに違いありません」
王女様の目が不自由なのも、女神様からの警告なのでは……、と話がアデルの目に及んだ所で同じく円卓に着席していたダリウス将軍が目を見張り、賢者マーリンは冷ややかな視線をクロードに向ける。
「クロード卿! アデル姫に対し奉り、無礼ですぞ! いったい何を根拠に……!」
虎の咆哮かと思うほど猛然と食ってかかったダリウス将軍に、思わぬ方向から加勢があった。おろおろと状況を見守るばかりのカデルマ公爵マルセロと同様に、円卓に着席していたエレオン公爵サイラスが、皮肉たっぷりに口火を切る。
「リファエル公爵家が断絶した途端、自分こそが三公爵家の筆頭かのようにふるまう貴公が『つけあがる』と言われるか、クロード卿」
痛い所を突かれたクロードは、サイラスを抉るように睨みつけた。
辺境の開発程度しか能がない分際でという呟きを聞き逃さなかったサイラスもまた、無言でクロードを睨みつける。 本来、一番に怒りを露わにするべきディオクレス王が目を閉じて静観している様子に、これ以上下がりようがなかったはずの株がまた下がったマーリンは、ダリウス将軍以外誰も言わないならと、とんでもない事を言い放った。
「キアエル公爵。 貴公は、儂との決闘をご所望かのぅ?」
今日の天気を訊ねるかのようにのんびりしたその問いが、場の空気を一気に冷却した。
何故そのような話に、と困惑するクロードを、マーリンは更に追い詰める。
ついでに、親としての責任をすっかり投げ出しているディオクレス王も。
「何も不思議なことはありますまい。 アデル姫は儂の弟子、養い子なのじゃから。 子供を侮辱されて、平気な親などおらん。 儂は、あの子の為に杖を取ろう」
自分には聖獣がいないのにと、ごにょごにょと不満を漏らすクロードを、マーリンはからりと笑い飛ばした。 こんな決闘、相棒の大亀アガトスの力を借りるまでもない。
(しかしまぁ……強者になったり、弱者になったりと忙しい御仁じゃのぅ……)
本人の気持ちも考えず、都合のいい時だけアデルを持ち上げておいて。
都合が悪くなれば、あれのせい、これのせいと責任を押し付ける。
そんな事を、いつまで続けるつもりだろうか?
光・闇・炎・水・風・土。
この世界に存在する全ての属性が、六つの球体となってマーリンを囲むように漂う。
ダリウス将軍があげようとした制止の声は、威圧するように膨れ上がってはじけたマーリンの魔力にかき消された。
力の差がありすぎる決闘が始まってしまうのかと思われた、その時。
やっと目を開いたディオクレスが〈女神の剣〉の鞘で床を強く突き、音が部屋中に響き渡る。
その音だけで場を鎮めたディオクレスは、マーリンを静かに窘めた。
「大人気ないぞ、マーリン。 いつものそなたらしくない」
大きく肩を竦めつつ、魔力を収めたマーリン。
それを確認したディオクレスは続けて、この場を締めにかかる。
「水と土を比べて、どちらがより必要かと言い争う必要はない。 ただ、それぞれの役割を果たしていればそれでよいのだ」
ディオクレスの言葉で円卓会議は閉じられ、会議に参加していた者達はそれぞれの持ち場に戻っていく。 残ったのは、マーリンとディオクレスだけ。
つい先ほどの言葉がどうしても納得いかないマーリンは、今が好機とばかりに再び口を開いた。
「『それぞれの役割を果たしていればそれでよい』……何故その気持ちを、アデル様には向けてやれんのですか、国王陛下。 陛下はアデル様にとって、ただひとりの御父君なのですぞ……」
「……あれは、エステルの命を犠牲にして産まれてきたものだ」
「だから、アデル様を愛することはない、と……?」
返事は、返ってこなかった。
マーリンもまた無言で一礼して部屋から退出し、魔法使いの棟に戻る。
「おかえり、マーリン。 明日の授業のことなんだけど、作りたいものがあって……」
自分の意思とは関係なく冷たい視線を向けられ、父王から愛されることもない。
そんな環境でも、無邪気に自分を師と慕うアデルの姿を見たマーリンは、無意識に彼女を抱き寄せていた。
(この孤独な娘が大人になるまで、自分の命が続きますように)
そう、祈らずにはいられなかった。




