身分を振りかざしてみる
ある晴れた昼下がり。木陰で読書をしていると複数の足音が近づいてきているのに気が付きました。顔を向けるとそこにいたのは私の婚約者、この国の第一王子エルネスト殿下でした。隣に1人の女生徒を連れています。どなたでしょう?
「エルネスト殿下、ご機嫌麗しく」
私は立ち上がって臣下の礼を執ります。
「ゾフィー、アンを虐げるのは止めるんだ」
挨拶もなく開口一番に怒鳴られてしまいました。驚きです。
「…何のことでしょうか?」
「惚けるな!」
「何のことやら心当たりがありません。その前に挨拶に対して返答もなく言い掛かりをつけるのはマナー違反ではなくて?」
「…ゔっ…話を逸らすな。それより身分を笠に着て他者を虐げることのほうがマナー違反であり、人としてどうかとしているぞ」
一瞬だけ怯まれましたが、再びがなり立てます。もう少し余裕を持たれれば宜しいのに。
「虐げたということに全く心当たりがありません。それとお隣の方はどなたですか?名前を存じ上げないのですが」
「惚けるのもいい加減にしろ。彼女はアン・フルーレ男爵令嬢だ。君がいつも嫌味を言ってると聞いた。それに女生徒皆で無視をしてお茶会に誘わないとも」
「ゾフィー様、謝って頂ければそれでいいです。私は貴女を許します」
「アンはなんて優しいんだ」
何やら二人の世界に入られて見つめ合っています。本当に何をしにきたのでしょうか。
「その方がフルーレ男爵令嬢なのですね。ところで、私は貴女に名前を呼んで良いと言ってません。レイドールと家名で呼んで下さい。それに嫌味だ無視だと言いますが、ご自分の行動を振り返って下さい」
「私が何をしたって言うんですか」
「まず第一に、スカートの丈が短すぎます。膝上までスカートを短くするのは、はしたないです。2つ目に走ったり、大声で相手を呼んだりと淑やかさが足りません。3つ目、婚約者でもない異性と触れすぎです。全てにおいてはしたない行動を取っているので皆様は注意しただけだと思われます。何度注意しても直らない方に関わるのは時間の無駄と皆様お思いになったのではありませんか?お茶会に誘わなかったのはマナーが不十分だったから呼ばなかった。ただそれだけでは?無作法ではお茶会が滞り無く行えませんもの」
「はしたないって平民では普通のことだし…」
「ここは貴族が中心の学園です。貴族のルールが用いられるのです。それに貴女は男爵令嬢。立派な貴族ではないですか。平民と同じことをしていては領地経営や国政は動かせませんよ。それと貴族のルールを学ばないのなら学園にいる意味もなくなりますよ。退学をお望みですか?それとも愛人志望で?」
「何故そんな意地悪ばかり言うんですか?」
「意地悪?私は本当のことしか言ってませんよ」
「いい加減にしろゾフィー。アンを悪く言うことは俺が許さん!それに、アンのことを知らないと言っておきながら詳しく把握しているではないか!俺に虚偽を申し立てて、ただで済むと思うな!」
そう言って殿下はフルーレ男爵令嬢の肩を抱き寄せ目くじらを立て私を糾弾してきます。
「存じ上げないのは本当です。どなたからも紹介されておりませんので。行動を把握していたのは殿下に侍る女子生徒がいると皆様から申告があったからですわ」
そう、婚約者が別の女性に熱を上げていると多くの方が申告してくるので、相手はどんな方か尋ねたら皆様が色々教えて下さったのです。名前は存じてましたが、どなたか迄は存じ上げなかったのよね。彼女の寄親から紹介された訳でも、親しい友人から紹介された訳でもないので話すのは今日が初めて。
あら?先程いつも嫌味を言われているって、さも顔見知りみたいなことを言っていたわね。どういうことかしら?
「今日が初めての顔合わせなのに『いつも嫌味を言われている』ってどういう意味ですか?フルーレ男爵令嬢」
「貴女の取り巻きがしてるのよ」
「私に取り巻きはいませんよ。友人たちを悪く言うのは止めて頂きたいわ」
「言い訳は結構だ。君のような悪辣な女性とは結婚できない。ゾフィー・フォン・ディア・レイドール公爵令嬢、君との婚約は破棄させてもらう。そしてアン・フルーレ男爵令嬢と婚約する」
「まぁ、私たちの婚約は王命ですわよ。そんなに簡単に出来るものではありません」
「ふん。いまさら焦っても遅い。これは決定だ」
あまりな言いようですが、何を言っても聞く耳持たなそうなので一旦引きましょう。
「…承りました。私はこれにて失礼致します」
「待て!アンに謝罪しろ!」
「私は自分の犯していない罪に対して謝罪いたしません。失礼します」
今度は振り返らず立ち去ります。第一王子殿下が後ろで何やら言っておりますがフルーレ男爵令嬢が『私は気にしない。大丈夫』と言うと落ち着かれました。
私は足早に我が家の馬車の所まで行き、屋敷まで急ぐよう御者に伝えます。早くお父様に殿下から婚約破棄されたことを伝えなくては。
1週間後、私は両親と兄、弟と王城に招集されたので参内いたしました。通されたのは謁見の間ではなく、会議場でした。ごく内々でお話があるようです。暫くすると国王陛下と王妃殿下、エルネスト第一王子殿下、弟のフレデリク第二王子殿下、妹のリーゼロッテ第一王女殿下、宰相、宰相補佐が会議場へ入室してきました。入室時、エルネスト殿下から睨まれてしまいました。ですがここは気にせず陛下たちに最上級の礼をもって私はカーテシーで迎えました。
「面を上げよ」
「ご機嫌麗しく、国王陛下、王妃殿下、第一王子殿下、第二王子殿下、王女殿下」
お父様レイドール公爵が代表で挨拶をします。
「今回の招集は他でもない、エルネストとゾフィー嬢の婚約についてだ」
「1人の女生徒を虐めて追い詰める悪女を王室に入れる訳にもいきません。破棄すべきです」
「発言をお許し頂けますか?」
「よかろう。以後、発言を自由とする」
「公爵家としてはここまで娘を蔑ろにする婚約は容認できません。破棄を希望します。ゾフィーが輿入れる際の持参金の返還。冤罪を掛けての破棄なので慰謝料の要求をさせていただく。また、今後一切、第一王子殿下の支援、支持を取り止めさせていただく。ただ王家に忠誠を誓うのは変わりません。我派閥は中立派となります」
国王陛下と王妃殿下、宰相とため息を吐かれました。
「レイドール家とは繋がりを強めたい。そこで王女とレイドール公爵子息ゲオルグ(弟)と新たに婚約を結んではどうだろうか。また第一王子は廃嫡とし継承権を剥奪する。学院の卒業と同時に第二王子を立太子する」
「なぜ私が立太子しないのですか父上?!」
「決まっておろう。国の定めた契約を勝手に破棄しようとした愚か者に国政を任せられないからだ」
「そんな…」
「それからお前は懇意にしているフルーレ男爵の所へ婿入りだ。不貞を働いた相手と添い遂げられるぞ感謝しろ。王家とレイドール公爵家の婚約は新たに結び直すこととなった。新しい門出に幸あらんことを」
国王陛下の宣誓に皆頭を下げて同意を伝えます。無事、私の婚約はなくなりました。しかも慰謝料ももらえるとは嬉しい誤算です。
退出をしようとしたらエルネスト殿下と目が合うと近づいてきました。何でしょうか?
「おいゾフィー。お前一体何をした?」
「何も」
「惚けるな」
「身分を笠に着てと言われたので身分を利用して陛下に使者を送って婚約破棄についての殿下の認識を相談すべく謁見を願い出ただけですわ。あとはフルーレ男爵令嬢の学院の様子を王城の文官、騎士たちが調べてくれましたので、調査報告を見てどのような処分が下るかが決まったのだと思いますよ」
「そんな…」
小さく呟くとエルネスト殿下は床に蹲り心ここにあらずの様子で何事かを呟いておりました。
かくいう私も婚約破棄してしまったので新たな嫁入り場所を探すことになったのですが、国内では有力候補は軒並婚約しているので相手が見つかりません。どうしたものでしょう。でもゆっくりと探してみたいと思います。