9.遺伝と言われても
今日は久しぶりの重装備だ。鯉用のリール竿にテナガエビ用ののべ竿を二本をサドルの後ろへくくりつけ、前かごにはタックルボックスを乗せてきた。
「それ前かごがデカくて便利そうだけど乗り心地はどうなんだ? カッコ悪いのは間違いないけどな」健二が余計なことを口にする。
「新しいの買ってもらうって話だと思ってたのにまさかそう来るとはな。でも電動ってのはちょっとだけ羨ましいな」涼太は他人事だと思って適当なことを言う。
確かに僕の新しい相棒は小学生向けとは言い難い。チビ助を乗せるための大型の前かごは荷物を載せるには都合がいいのは確かだ。だけど…… やっぱり母ちゃんと共用なのは泣けてくる。
しかも妹が保育園へ上がるまでは、学校が終わった後で自由に乗っていくことも出来ないだろう。それでも僕は、自転車が無いよりはマシだから我慢するしかないと諦めていた。
そんなわけで、今土手には健二のマウンテンバイクと涼太のロードバイク風な子供向け自転車と共に、でっかい子供乗せかご付きの電動アシスト付きのママチャリが停められている。
「あら、今日は全員自転車だったのね。こよみのは壊れてるって言ってたけどお母さんのを借りてきたの?」少し遅れてやってきたミクは、当然のように僕の自転車に率直な疑問をぶつけてきた。
「いやそれがさ、ついでだからって母ちゃんと共用のに買いかえられちゃったんだってさ。でも電動だから凄いよ。土手入り口の坂をスイスイだもんなあ」他人事だと思って健二は気楽なことを言ってくれる。
「なるほど、これが電動自転車なのね。遠くへ行くには便利かもしれないし良かったじゃない。それにみんなのと違って個性的でカッコいいわよ?」
「ええ? これカッコいいかなあ、ミクってばホントはそう思って無くて適当なこと言ってない? 少なくとも僕はちゃんとした自分用の自転車が欲しかったよ」
「まあそれはそうね。私も褒めた方がいいのかと思って言っただけだし。自分で乗るなら健二のみたいなマウンテンバイクがいいわ」確かに昨日のようなスポーツウェア姿のミクならマウンテンバイクが似合いそうだ。
「だから呼び捨て…… ちくしょう、もうどうでもいいか。やっぱMTBがカッコよくて土手でも走りやすくていいよ。涼太のチャリは早く走れるけど舗装路だけだもんな」
「そうだよなあ、俺も買ってもらう前に教えて欲しかったと思ってるよ。健二は兄ちゃんが詳しくて羨ましいぜ」一人っ子の涼太は、どちらかと言えば甘やかされて色々買ってもらうことは多い。でも自由に選べるわけではなく、大抵は爺ちゃんの意向が強く反映されるらしい。
「新品買ってもらって贅沢なんだよ。オレなんて自転車も釣り道具も、なんでもほとんどがお下がりだからな。その分小遣いを使わないで済むのは助かるけどさ」三人兄姉の末っ子で何でもお下がりの健二は当然のように涼太を羨ましがっている。
「でも二人とも自分の自転車じゃんか。父ちゃんが壊したくせに僕が我慢しないといけないなんて納得いかないよ。そのくせ苺にはなんでも買ってやるんだからなあ」
「こよみには妹がいるのね。苺なんてかわいい名前、しかも下の子なら可愛がられて当然なんじゃない?」
「でも見た目は全然かわいくないってば。ミクの方が何倍もかわいいと思うよ?」僕は本心でそう言ったのだが、ミクはなんとなく疑いの眼差しだ。
「ねえ、こよみっていつもこうなわけ? ちょっと女たらしが過ぎるんじゃないかと思うんだけど? 本当に小学生なのかしら」ミクの発言は僕にとっていい印象を持ってないように聞こえて軽くショックだ。しかも涼太がそこへ追い打ちをかけた。
「暦の父ちゃんは親世代では有名なナンパ男だったってさ。うちの母ちゃんが同級生なんだけど、中学も高校もずっと彼女いて二股とか普通だったらしいよ。僕が女だったら近寄らせないとか言ってたくらいだからな」
「しかもケンカも強くて、上級生の彼女に手を出して呼び出されても返り討ちにしてたんだってよ。うちの父ちゃんの同級生はそれで彼女と別れたことあっていまだに恨んでるらしいから相当だと思う」
「まったく、二人の親がそうやって吹き込むから話が大きくなってくんだろ? あんなのもうただのオッサンだし、酒癖は悪いし無精ひげはみっともないしいいとこなんて全然ないからそんなモテたっていうのも胡散臭いもんさ」
「そんなこといって、ミクがナンパされたらイヤだって言ってたじゃんか。ずっと前の運動会では葉山んちのいとこかなんかの女子大生をナンパして、観覧席で夫婦ゲンカしたくらいだからな」
「それは…… ただのバカなんだよ。自分の年考えろっての。それでも本当に浮気したりしてないところがまだマシってとこさ。誰にでも声はかけるけど成功はしないからね」
「それじゃこよみの軽薄なところはお父さんの遺伝ってこと? あまり褒められたことではないだろうけど、それでも親を悪く言うのは感心しないわ。お父さんがイケメンならこよみも将来期待できるかもしれないじゃない?」
「そうだよ、レキこそ贅沢なんだよ。女子にめっちゃモテるくせにさ。去年のバレンタインもチョコいっぱい貰ってたじゃん。うらやまだぜ」
「別に健二だってゼロじゃ無かっただろ? それに涼太には負けるさ。ほぼクラスの女子全員から貰ってただろ」
「あれはホワイトデーのお返し目当てだからなあ。そんなに期待するならたまには買いに来てくれたらいいんだよ。最近はケーキ屋だけじゃなくコンビニにも押されて売り上げが落ちてるって親がよく嘆いてるんだ」老舗和菓子屋の跡取りである涼太はこの歳で苦労を抱えて頭が痛いらしい。
くだらない話をしている間も用意は進み、まっさきに健二が立ち上がった。
「よし、出来たからオレは始めちゃうからな。お前らはしゃべってて手を止めるからいつも遅いんだよ」手際のいい健二は一人でさっさと水辺へ向かっていった。
「僕だってもう出来上がるさ。はい、ミクはこれ使って。エサはこのギョニソを米粒くらいにちぎってチョン掛けでいいから。当たりがあったら少し待ってしっかり喰わせてやった方が間違いないからね」僕は用意出来たミクの分を手渡してからリール竿の準備にとりかかった。
「先に使っていいの? ありがとう。そうだ、この間の秘密を教えてあげる。涼太が持って来た芋ようかんって、きっと使い方までは教わってないんでしょ? そのままつけると水へ入れてすぐ取れてしまうのよ? だからこうして地面へ延ばして少し乾燥させてから針につけるの」
「えっ!? もしかしてそれだけ? こないだは仕掛けもいじってたじゃん。あれはどういうことなのさ」
「アレは餌を乾かすのを待つ間に糸を縛ったところを丁寧に切っただけよ? 今もそうだけど縛った後の余分が長いままでしょ? それでも釣れるかもしれないけど、綺麗に処理した方が間違いないわ」そう言って僕の作った仕掛けを指差して指摘してきた。
「確かに…… もっと丁寧にやらないと魚にばれちゃうのかな? よしわかった、やってみる、ありがとうね」
「どういたしまして。女の子を褒めるのだけ丁寧でもダメってことね。それじゃ私もテナガエビ釣ってみるわね」そう余計なひと言を添えてから、ミクは健二に次いで岸近くのポイントへ仕掛けを投げ入れた。
「お手並み拝見ってとこだな。宇宙人かどうかはともかく、釣りをする女子って珍しいからどんなもんか興味あるよ」涼太の言ったことは僕も同じように考えていた。
ポロシャツに細身のジーンズと言うラフな格好でやってきたミクは、軽快に川辺を移動していて手慣れた様子だ。僕の好みからすると最初に会った時のようなワンピースが断然かわいく見えるが、釣竿を持って動き回るなら今日みたいな恰好がいいだろう。
釣りをするために服を選ぶ、そんな心構えを含めてクラスにはいないタイプの女子であることは間違いない。そしてそういうところもまた、僕の心を静かに揺り動かすのだった。




