5.台風一過
夏休み中に鯉を釣り上げると意気込んでいた僕のやる気を削ぐためにやってきた台風は、天候が回復した後も荒川を茶色い濁流にしながらその爪痕を残していた。こんな時はもちろん水辺へ近寄ってはいけないと口うるさく言われている。
そんなわけで、天気はいいのだが大きな水たまりが多数できて、地面もぬかるんでいる河川敷を恨めしそうに眺める僕たちだった。
「なあレキ、しばらく鯉釣りってわけにも行かなそうだし、どっか涼しいところへ引きこもろうぜ?」暑がりな健二は、おでこに水筒を当てながら愚痴に近い提案をしてきた。
「涼しいってどこさ? 六年生にもなって児童館はちょっとなあ。図書館は宿題やってるやつがいそうで現実に引き戻されそうだし……」
「オレは図書館でもいいけどな。八月の中ごろに塾の学力テストがあるから少しは勉強しとかないとだし。中学受験なんてしないけど点数は小遣いに関わってくるからな。でも暦はどうせ関係ないんだろ?」涼太は文武両道のスーパー男子だけど親が厳しいわけじゃなく、あくまで自主的に努力して結果を出しているスゴイ奴だ。
「まあね、相変わらず小遣いなんて仕組みは一切ないよ。そろそろ父ちゃんの車を洗って駄賃を稼がないと夏休みを乗り切れないなあ。台風で汚れてるからチャンスなんだ」
そんなことを話しながら荒川を眺めていると、また、いつの間にかすぐ近くに人が立っていた。
「うわっ! 出やがった!」健二があからさまな嫌悪感を示したが涼太は特に気にしていない。僕はと言えば、顔がほころんだことが誰にもばれなかったことを祈るくらいには彼女の登場が嬉しかった。
そのミクはと言えば、健二の暴言にも顔色一つ変えず、意に介した様子もない。まるでその程度は子供の戯言だとでも考えているのだろうか。
だが彼女だって見た目は僕らと変わらず、年齢も十二歳だと言っていた。それに女子なんだからいつもいつも冷静とは限らないだろう。そんなわけで僕は軽く探りを入れてみた。
「や、やあミク、数日ぶりだね。台風凄かったから怖かったんじゃないの?」
「別にそれほどでもなかったわ。宇宙嵐に比べれば雨と風が強いだけだしね」
ちょっとくらい弱みを見せるんじゃないかと期待した僕はガッカリしたが、ミクの反応自体は面白いと感じていた。そもそも宇宙嵐ってのが本当に存在するのかも、一体どんな現象を表しているのかもわからないし、それが通ると思っているところも所詮は小学生女子ってところだろう。
そう考えていた僕が意外だったのは、涼太までもが神妙な顔つきでミクの話に聞き入っていたことだ。てっきり健二と同じくなんでも否定するもんだとばかり、今の会話もきっと笑い飛ばすだろうと思っていたのだ。
「やっぱり宇宙嵐に合うと大変なのか? 実は何年か前に地球上でも宇宙嵐の影響が観測されたことがあるんだぜ? その時は衛星通信が乱れたりGPSが使えなくなったりしたらしい」
「なるほど、きっと太陽フレアが発生してこの地表へも電磁波が降り注いだんでしょうね。一見何も無さそうな宇宙空間にだって放射線を初めとした様々な物質が飛び交っているし、危険もたくさんなのよ? こよみもわかった?」
「わかったかわからないかで言えばわからないけど、全く分からなかったかと言われると少しは分かったと答えるしかないな。それよりも涼太はさすが頭いいなあ。僕にはさっぱりわからないってのに」涼太が賢いことはわかっていたが、ミクと普通に会話が成立するほどだとは驚いてしまったし、はっきり言って嫉妬している。
「キミはりょうたと言うのね。このくらいの年齢で宇宙に興味を持つのはいい事かもしれない。将来調査が進んで本格的な入植が行われることになった時には、お互いの星の懸け橋として顔見知りが大使に任命されてるくらいになってたら嬉しいわね」
さすがにここまで来ると涼太は我にかえったらしく、口元をひきつらせながら軽くうなずくに留めている。当然健二は早く場所を移そうとブツブツ言っていた。
「僕らはこれから涼むのもかねて図書館へ行こうと思ってるんだけどミクも一緒に行かない? もちろん暇ならってことだけどさ」僕は避けたがっている健二の気持ちを理解しながらも勝手にミクを誘う。
『おい、なんで勝手に誘ってんだよ。絶対にコイツヤバいって』健二は相変わらず警戒したままだ。もしかすると、僕とどっこいの知能レベルだから、ミクが何を言ってるのかわからなくて不愉快なのかもしれない。
それに引き替え涼太は、ミクの突飛な言動に引き気味ではあっても健二ほど距離を取っていない。頭がいいからこそ偏見を持たないってのはありそうだ。
僕の場合は頭の出来で言えば健二と似たようなものである。なのにミクに対する態度が正反対、そしてその理由を自分で良くわかっていた。つまり僕は夏休みの間と言う限りある期日の中で彼女となるべく多く一緒に過ごしたいのだ。
『まあそんなに嫌わなくてもいいじゃんか。涼太も反対してないしどうせ図書館でダラダラするだけだしさ。それにほっといて熱中症にでもなったら後味悪いだろ?』はっきり言って屁理屈だったが、根がやさしい健二ならうなずくに決まっている。
『まあ図書館へ行って何するってわけでもないから別にいっか。だけど何かあっても俺には関係ないからな? レキが自分でなんとかしろよ』
『何かあったらって、図書館へ行くくらいで何かあるもんか。健二はいちいち考えすぎなんだよ。もっと気楽に行こうぜ』
僕と健二のこそこそ話はこれでカタが付いたので、ミクの意向をもう一度確認するつもりで彼女へ向き直った。




