49.始業式の後
新学期を迎えた最初の時間には夏休みの宿題提出があり、その後は自由研究の発表をすることになっている。そんな教室は久しぶりに集まった生徒たちによってざわざわと騒がしい。
そんな中、ひときわ騒がしい人物が一人――
「なっ! なんだってええ!? それは本当か!? 一体何があったんだ…… 田口が宿題をやってくるなんて信じられん。まさかお父さんが殴り込みにでも来ないだろうね?」
「先生さ、うちの父ちゃんをなんだと思ってるんだよ。確かにヤツはちょっとおかしいけど、宿題に関してはちゃんと説明してあるし、全部やってきたのも本当のことさ。だから疑うんじゃなくて褒めてもらいたいところなんだけどなあ」
「そうだな、悪かった。これから夕立が来るんじゃないかとか、それより台風かなんて考えてないからな? いつまで続くのかわからないが、気まぐれでなく継続してくれるなら先生は嬉しいぞ」
「なんか微妙に褒めてなくない? まあいいや、今までのこともあるし仕方ない。でもこれからは宿題なんて当たり前にやってくるつもりだし、授業だって真面目に受けちゃうから覚悟しといてくれよな」
「一か月続いたら気まぐれじゃないと認めてやろう。もちろんいい方へ期待を裏切ってくれることに期待しているからな。ところでまさか田口まで私立中学を受験するなんて言い出さないよな? 今年は人数が多くて戸惑ってるんだ」
担任の言葉に教室はざわつきを見せた。特に女子からは、櫻子が私立へ行くから暦も目指すのではないかと聞こえてくる。しかし当事者の櫻子はまったくそんなことが無いことを知っているため落胆の表情を見せている。
「私立なんて行かないよ。公立だって同じことやるのにもったいない。まあちょっと目標みたいなのができたから、学校の勉強くらいはしておいた方がいいのかもって考えただけさ」
「なるほど、ちゃんと考えがあってのことなら先生も協力しよう。これからは毎日宿題を出してやるからみんなも喜べよ?」
これにはブーイングが鳴り響き、勉強嫌いの面々を中心に暦へ向かって罵倒の嵐が降り注ぐ。だがそれは冗談だと訂正されたので教室はようやく平常へと戻って行く。
その後行われた自由研究の発表は、クラス投票の結果、二年連続で暦たち三人が優勝した。なんと言っても模造紙に描いた荒川とそこに住む魚たち、それに釣ったポイントまでが図解されている大作だ。
しかもポケット図鑑のような縮小版を全員へと配ったのだから気が効いている。そのことはよほどウケが良かったのか、投票結果ではぶっちぎりの大差をつけての優勝だった。
「これで九月は掃除当番なしだからおいしいよな。今年も会心の出来だったし当然の結果だけどやっぱ嬉しいぜ」資料をまとめて掲載文を考えた健二は鼻高々である。
「コピー代が痛かったけど、縮小版を作って良かったよな。ギリギリ買収じゃないってところがミソなんだよ。でも優勝と引き換えに、穴場の釣り場まで公開しちゃったのは失敗だったかもしれないなあ」全体のレイアウトや縮小版の作成を提案した涼太も、結果には満足しているようだ。
「でもこれで地元で遊ぶやつが増えたらちょっと嬉しいじゃん。岩淵水門や水元公園になんて負けてられないっての」すべての魚を描いたことでクラス中から称賛を受けただけではなく、六十六センチの鯉を釣り上げた武勇伝まで語ったせいか暦は興奮冷めやらぬと言った様子だった。
「アンタ達? これで勝ち逃げだなんて思ってないわよね。まだ秋の美術大会があるし運動会だって残ってるんだから。それに年末には全国一斉模試があるから涼ちゃんはコッチでも勝負だからね!」帰りしなに声をかけてきたのは五色櫻子である。
櫻子たちも友達数人で自由研究に取り組み、近隣のプリを網羅したマップを発表したが、当然のように男子からは総スカンだった。また、女子の全てがプリが好きなわけでも小遣いが潤沢なわけでもないことから得票は限られたものだった。
それでもよほど悔しかったと見え、さらなる勝負を提案してきたのだろう。だがその態度はなんでもかんでもケンカ腰と言うことは無くなっており、心境の変化を感じさせる。
「美術大会は望むところだけど、運動会は同じ組じゃないか。全国模試なんて僕には関係ないしなあ。そんなに勝負したいならミクとすればいいんじゃないの?」
「もちろんそっちも考えてるわよ。あの子の学力って涼ちゃんと同じくらいらしいじゃない? 本当かどうかわからないけどいい勝負になりそうね。これから勉強頑張るらしいレキは受けてみたりしないの?」
「だってお金かかるじゃん。数カ月で有料のテストを受けるに値するようになってるとも思えないし、今回はパスだな。中学に入ったらテストなんて嫌でもいっぱいあるらしいからそれで十分さ」
「高校はどこ行くとか考えてるわけ? アタシも同じとこ受けようかな…… 中学だけ女子校行けばママたちの面目は立つから、高校は自由に選んでいいって約束してもらえてるのよ?」
「さすがにもう決めてるわけないだろ? でも生物に力を入れてるとこがいいな。できれば大学も行ってみたいって少しだけ思ってるしさ」
「レキが大学!? まあまだ時間はいっぱいあるし、これから頑張れば可能性は十分あるでしょうね。生物に力を入れてる高校がわかったら教えてあげるね」
「なんだ、バカにしないのか? 調子狂うなあ。それにその喋り方も普通の女子っぽくて気持ち悪いぞ? それこそ気まぐれでそんなことしてもいつまで持つんだか」
「本物の女の子なんだからいいじゃん。もう中学生になるんだし、いつまでも子供っぽくしてたら恥ずかしいでしょう?」
「上っ面を取り繕ってネコ被ってる方が恥ずかしいだろ。いつもと違うと調子でないんだけどなあ」
「調子でるっていうのはアタシに暴言吐くってこと? それはやらないように言われてるんじゃないの? 守ってなかったらあの子に言いつけちゃうからね?」
「いやいや、それでもちゃんと約束通りできるようにしっかり心構えして来たんだってば。それなのに櫻子がそんなだから拍子抜けってことさ」
「なによ、それってアンタの都合じゃないの。アタシは実験台じゃないの! まったく失礼しちゃう。それでも優しくしてくれるのは嬉しいけどさ―― じゃなくて嬉しいわ」
「今にもボロが出そうじゃないか。それでお嬢様学校なんて通えるのかねえ。まあどっちでも櫻子に変わりはしないんだから、僕は構いやしないけどさ」
「その言い方…… それが思わせぶりだって言うのよ。誰にでもそんなこというからややこしい話になってくるんだってことが、自分でわからないのがおかしいんだ―― わ」
「結局は文句が言いたいのか? 僕はなんの下心なくみんなに優しくしてるだけなんだからさ。それは褒められるようなことだと思うんだけどなあ。少なくとも父ちゃんはそれでいいって言ってるんだぜ?」
「それって本当に褒められることなわけ? アタシはそう思えないけどなあ。中学生になっても今みたいな態度取ってたらきっとひどいことになると思うよ? 中学三年の先輩たちなんて、もう大人に近くなってるんだよ? 絶対に勘違いじゃすまないっての」
「そんなの僕のせいじゃないだろ? 櫻子もそうかもしれないけど、男子の態度にいちいち一喜一憂しすぎなんだよ。別になんの意図も意味もないのにさ。男子に優しくされてそんな簡単に舞い上がっちゃう女子がいっぱいいることに驚きだよ。ひどい目にあうのは絶対に自分のせいだろ」
「それじゃなに? アタシがアンタになにか言われていちいち舞い上がってるって言ってるわけ? ちょっとさあ、思いあがるのもいい加減にしなよね。だいたいアタシに優しくすることなんて全然ないじゃん! そりゃ気持ちがたかぶることはあるけどさ? そんなのアタシからすれば当たり前の話だってもう分かってるくせに良くそんなこと言えるね! 別に何とも思ってない相手からならなにも思わないけど、レキに言われたらどんなことでも嬉しくなっちゃうんだから仕方ないじゃんか! それをなに? 簡単に舞い上がるだって? アタシだって恋心くらい抱くに決まってんでしょうが! それを言うに事欠いてアタシのせいだって――」
「―― おい櫻子…… まだ学校内だってこと忘れてないか?」興奮して声を荒げ叫ぶように暦を責めたてている櫻子をすかさず涼太が止めに入った。
恥ずかしそうにうつむく櫻子だったが、それでも言いたいことがあふれてしまっているらしい。諦めきれずに小声でぶつくさとなにやら言い続けている。
「ちょっと興奮しすぎじゃないのか? 僕は櫻子のことを言ったんじゃなくて、一般論として言ったまでだよ。それだって僕が男子だからその目線なだけで、もちろん逆パターンも多々あるじゃないか。ここにもいい見本がいるしさ」暦はそう言って健二へ視線を移した。
「バカ言うなよ、オレはちゃんと彼女持ちだぜ? なんだ? もしかして羨ましいのかよ。まあレキは遠距離恋愛で涼太の相手はストーカーだもんな。櫻子なんてこっぴどく振られてといて、その相手からひでえ扱い受けてんだからやってられねえっての」健二は毎度おなじみ空気を読まない発言をしている。
「バカっ! なんでわざわざ刺激するんだよ。櫻子? 健二のいうことは気にしなくていいからな? 暦のバカも下らねえことペラペラ言ってんじゃないよ。マジでそのうち刺されるんじゃないかと心配になるぜ」涼太は物騒なことを言いだした。
「そうよね、こんなバカの言うこと真に受けても仕方ないよね。どうせミクとは遠距離だからそうそう会えないんだし、慌てず自分磨きに精を出せばいいのよね。危うく元の木阿弥になるところだったわ」急に冷静になった櫻子は顔を上げて機嫌よく笑顔を見せている。
その様子を見て安堵する男子三人組は、ようやく今日は何をして遊ぼうかと相談を始めることができた。そこへ櫻子やその女子友達も加わってきて大所帯での相談が始まる。
その様子はこれまでも、そしてこれからも繰り返されていく光景だろう。




