37.それぞれの宝物
僕くらいになるとこのくらいで機嫌を悪くしたりはしないものだ。なんと言えばいいのか、ひとまずは強者の余裕とでも言っておくことにする。とは言っても涼太も十分強者どころか、総合力では僕が格下と言ってもいい。
「なんだよ、三人一緒なのか? レキはそれでいいのかよ。まったくミクは気が利かねえなあ」健二は悪態をつきながらも嬉しそうである。
「いやいや、こういうのは同じ物の方が記念として心に残るもんだと思うぞ? 五年生の時にはみんなで箱根細工買ったじゃないか。まあ今は店のカウンターの上に置き去りだけどさ」
「まあなんで箱根細工なんて渋いもんにしたのかはともかく、お揃いってのは悪くなかったと思うよ? と言っても僕のも苺のおもちゃ箱に入ったままになってる気がする」
「へえみんなで同じ物にしたのね。地球の風習はなかなか興味深いわ」ミクの久しぶりの宇宙人ネタに全員が苦笑いをしたが、僕は一人違うことを考えていた。
『きっとイジメと不登校が原因で林間学校へは行ってないんだろう。それに今年の修学旅行も行かないのかもしれない』
だが今はそのことを追及する必要なんてないし、この話はさっさと終わらせてしまいたい。幸いそれほど不自然にせず話を切り替えられそうである。
「渋いっていうか民芸品ってことで言えば、このミクがくれたしおりもそんな感じじゃない? ミサンガとかに使うやつだよコレ。サッカー好きなやつがつけてて先生に怒られてたもんな」僕の言葉にミクはホッとした様子だった。
「やっぱりアクセサリーは怒られるよね。だからしおりにしてみたの。これを機にこよみも健二もいっぱい本を読んで賢くなってよ?」一言余計なミクだがそれも明日までだと思うと寂しさでおかしくなりそうだ。
そのしおりは、麻紐を平たく織って短冊状にしたものだった。本に跡がついてはいけないからと本体は無地なのだが、上に飛び出すように紐が付けてあってその先には革か何かを切ったものがくくりつけてある。
健二の二は緑色に染められた四葉のクローバー、涼太のは黄色と紫を組み合わせたサツマイモと、それぞれに合う工夫がなされていた。そして僕の分についていたのは当然のように黒銀色の鯉だ。
僕はしおりの部分を釣竿に見立てて、鯉を釣り上げる仕草をするくらいには上機嫌になっていた。なんと言ってもお手製ってのがうれしい。
対する僕らはと言うと、もちろんミクのようなこじゃれたセンスは誰ひとり持っていない。その先陣を切った健二は照れくさそうにポケットから何かを取り出した。
「すごい、これって本物のルアーじゃないの。高そうだし、大切なものに見えるけど本当にもらっちゃっていいの?」ミクは少々気が引けるようだ。
「いいんだよ、これは荒川で釣った魚以外の獲物だからな。最初は汚かったんだけど丁寧に磨いたらまあまあきれいになったんだぜ? 手作りじゃなくて拾いもんだけど別にイイだろ?」
「もちろん! きっと健二の思い出と手間が詰まったものなんでしょう? 大事にするわね、ありがとう」
それを見て慌ててポケットへ手を差し込むと、涼太が先に行くと僕を静止した。ちくしょう、先を越されてしまったと悔やんでも仕方ない。こうなったらもしかしないことを祈るしかない。
「えっと俺はだな―― こいつをやろう。月の石だから宇宙と関係あるし、相当なレアものだと思うぞ?」そう言って涼太が差し出したのは、一昨年くらいに河川敷で拾っためちゃくちゃ真ん丸な石だった。
「月の石って確かもっとゴツゴツして穴ぼこだらけだった気がするけど?」ミクは僕でも言えそうな当然すぎる突っ込みをしてくるが、涼太もそれは想定内だ。
「それくらい知ってるさ。上野の博物館で見たからな。でもこれは自然の石なのに真ん丸で満月みたいだろ?だから月の石ってわけ」確かにこれはビックリするほど真円に近く、上空へ掲げると月を見ている気分になれる代物である。
「確かにこれが地球人による作品でないとしたら驚くべき丸さね。すごくきれいだし喜んでいただいておくわ」涼太の宝物の一つだったはずだが、案外あっさりと受け取っただけじゃなく、どうにも奥歯に何か挟まったような物言いで気になってしまう。
「そうだな。もし宇宙人による作品だったとしても、そいつはきっと腕利きの職人だと思うぜ? だからこそミクに贈るってわけさ。オマエならそいつの謎に迫れるかもしれないだろってな」涼太はもっともらしく言っているが、つまり――
「だからどういうことなんだ? さっぱりわからないよ。月の石じゃないってのは僕だってわかってたけど、こんな丸い石珍しいって言って喜んでたじゃないか」
「その丸さがいくらなんでも丸すぎるってことさ。あの時はまだ三年生だったから考えなしで喜んでたけど、今になってみればこれは作られた何かの一部とか、まあそんなもんだと思うんだよなあ。でもなんだかわからないのも大切にしてたのもマジだから、いらないからくれてやるわけじゃないぜ?」
そんな言い訳を聞いたミクは口を押えて笑い始めた。とは言えバカにしているようには見えず、きっと数年前の僕たちが興奮して大騒ぎしていたことでも想像しているのだろう。
「涼太もありがとね。この『月の石』には沢山の素敵な想い出が込められているんだって感じたわ。これがお墓の一部でないことだけは祈っておくけど」
「あー、墓石ってのは考えてなかったな。まあ月の石でも古代人の碁石でもなんでもいいってことよ。珍しいことは確かさ」結局開き直った涼太である。
「最後はいよいよこよみの番ね。いったいどんな『拾いもの』を贈ってくれるのか楽しみだわ」ミクの発言は一見すると失礼極まりないのだが、ここまでの流れと、僕が涼太の先に出そうとしたことで見透かされてしまったようだ。
「なんだよ、僕はオチ担当みたいになってるじゃないか。だから先に出しちゃいたかったのになあ。絶対に涼太も察してただろ」僕が文句をいうと当然と言わんばかりに胸を張った。
「そりゃわかるに決まってるさ。俺らが誰かにあげられるもんなんてそうそう持ってないだろ? しかも手作りできるほど器用でもないと来たら、暦が持って来たものの想像はつくってもんさ」涼太は僕が持って来たものに見当がついているようだ。
「ああ、アレか。まあいいんじゃねえかな。マジもんですげえからな、アレはよ。もしかしたら家の一軒くらい買えるかもしれねえぜ?」相変わらず健二はいちいち大袈裟だし、涼太同様なにを持って来たのか察してしまったのだろう。
「だから幼馴染はダメなんだ。デリカシーのかけらもないじゃないか。まあ二人にあげるんじゃないし、ミクは見たこと無いんだから構わないけどさ」そう言って僕はポケットから拳よりも少し小さいくらいの包みを引っ張り上げた。
三人が三人とも荒川近辺での拾いものを贈ってくるだなんて、と思われなければいいけどと心配しながら手渡した。幸いにもミクがそんな小さなことを気にした様子はなく、ニコニコしながら包みを解いた。
「わあ、なにこれ!? 随分と磨かれててきれいね。涼太の月の石よりもよっぽど天然産って感じがするわね。大切そうに持って来たみたいだけど、本当に貰ってしまっていいの?」腕を差し出した僕を、ミクは覗き込むように見つめ最終確認を迫ってくる。
「なに当たり前のこと言ってんだよ。ミクへ渡すために持って来たんだから当然じゃないか。これが何だかは僕もわかってないけど、こんな透き通った緑色だからエメラルドみたいな宝石じゃないかな?」さすがに家一軒は買えないかもしれないが、うまい棒一袋くらいは買えるかもしれないとは考えていた僕だ。
それはいびつな形をしてはいるが、向こう側が透き通って見えるくらいに透明度の高い宝石だった。まあ本物の宝石をまじまじと見たことは無いのでよくわかってないが、キレイな石が宝石だと言うならこれもきっとそうだろう。
「これってこよみが磨き上げたってわけじゃないのよね? 始めからこんなだったの? こうやって光へかざすとキラキラってきらめいて凄くキレイだわ」ミクは片目をつぶって上空を見上げながら、緑色に光る宝石を通した視界を楽しんでいるようだ。
「もちろん掃除というか手入れはしたけどね。川の中で光ってるのを見つけて拾い上げたんだけど、最初は半分くらいセメントみたいにカチカチの土か砂ににおおわれてたんだ。でも部屋に置いといたらヒビが入ってさ。それからジーパンとかでこすってるうちに剥がれてピカピカになったってわけ」
「そっかあ、こよみの手間がかけられてるってわけね。それにしてもキレイなグリーンで癒されるわ。こんなステキなものを贈ってくれてホントにありがとう。大好きなこよみの大切を分けて貰えるなんてとってもうれしいことだよ? 元がなんだったかなんてどうでもいいことだって思えるもん―― あっ! なんでもない」
「元って? その宝石―― じゃないってこと?」僕の疑問は後から考えればバカバカしいことで、疑問を感じなきゃいけないのは自分のオツムの出来だった。
「えっと…… ううん、宝物の石だから宝石だと思うよ。少なくとも私はそう思ってるからこよみも気にしちゃダメ。こういうのは気持ちの問題だから」
「つまり、宝石じゃないってことは―― まあガラスってことになるんだろうな。さすがにプラッチックって感じはしないもん」半分ふてくされた僕から目をそらすミクを今度は逆に覗きこむと、一瞬だけ口をとがらせてキスの真似をした。
さすがに慌てた僕はすぐに顔を上げ、何事もなかったようにガッカリした様子へと立て直す。とは言っても本気で落ち込んでいるのが本当のところだ。
「これが何でできているのかは関係ないの。私はこよみが大切にしてたものをくれたことがうれしいんだからそれでいいじゃない。わかった? 私はこれがいいの!」
「そうだね。ミクが気に入ってくれたならそれで十分だよ。本物の宝石は将来ちゃんと贈るから待っててくれるかい? まあ今日の『宝石』は言うなればニゴイみたいなもんさ」
完全にオチ担当になったと自虐発言をした僕だったが、それでも我ながら旨いことを言ったもんだと心の中で自画自賛していた。




