35.いつもと違う朝
大騒ぎした次の日は寝坊しがちなんだけど、今日はそんなことはなくいつもより早いくらいに時間に目を覚ました。というか本当に寝てたのかすら定かじゃない。
「おにいちゃんもうおきてるの? いっしょに朝ごはん食べるのひさしぶりー」
苺が部屋へ飛び込んできて失礼なことを言う。そしてその後ろには――
「おはよ、こよみはちゃんと眠れた? いつもは朝食時に起きてこないらしいのに偉いじゃないの。私は枕が変わっても平気みたいだからぐっすりだったわ。ね、苺ちゃん?」そう言いながら、母ちゃんの短パンとTシャツを着たミクが顔を出した。
昨晩はあまりにも遅くなり、ミクが眠くてどうしようもないと言いだした。どうやら普段、八時頃には布団へ入るらしい。
大人たちは全員酒を飲んでしまっていたので車で送って行くこともできず、もちろん僕が自転車に乗せて行くわけにもいかないので、結局家へ電話して許可をもらい、うちに泊まっていくことになったのだった。
「ちゃんと寝たは寝たけど二度寝できるくらいにはまだ眠いよ。それにしても苺が自分の部屋で寝るなんて初めてじゃないのか? まあ一人じゃないからまだまだ赤ちゃんだけどな」
「苺は赤ちゃんじゃないもん! おにいちゃんのバカー!」そう叫びながらミクの手を引いて行ってしまった。
完全に目が覚めてしまった僕は残念ながら二度寝は出来ず、それでもミクと一緒に食卓を囲むと言う幸せを堪能すべく席に着いた。しかし一等席である膝の上は苺に占領されている。
「ミクちゃんゴメンね。重かったらぶん投げちゃっていいから。まったく甘えん坊で仕方ないよ。ほら苺、いつまでも膝に乗ってたらお姉ちゃんがご飯食べらんないだろ? アンタは自分の席で食べちゃいなさいよ?」母ちゃんが叱ると、苺はようやく膝から自分の子供椅子へと移った。
「食べ終わったらまた抱っこしてあげるからね。ちゃんとご飯たくさん食べられるかな? ふふ、私は一人っ子だから妹ができたみたいで楽しい。これって義理の妹ってことよね」
僕は危うく豆腐を飛ばしそうになり、慌ててお椀を下ろした。まったくミクの発言はいつも唐突で驚かされてしまう。だけどちょっと嬉しく思ったのも事実だから責めるつもりはなかった。
「なになに? 二人はもうそう言う関係なわけ? まあ視線の交わし方で大体わかっちゃってたんだけどさ。ミクちゃん? でもくれぐれも騙されないようにだぞ? 暦も大概女癖悪いからねえ」母ちゃんはなんでこう余計なことを言うんだろう。
「なに言ってんだよ。父ちゃんじゃないんだから女癖悪いなんてことないだろ。それに僕はまだ小学生なんだよ? まったく…… 冗談で言っていいことと悪いことの区別くらいつけてくれってんだ」
「なーんだ、お母さんの言ったことって冗談だったの? 私はてっきり櫻子ちゃんの他にもそう言う相手がいたのかと思ったんだけど違った? こよみって学校でもモテてるって言ってたもんね」
「そんなことないって。雑談ついでに言ったことなんだからいちいち覚えてなくていいのに……」
「でも女子的にはモテない男子よりも人気の男子の方が魅力的に映りがちよ? ねえお母さんもそう思いますよね?」
「そうねえ。うちの人もそうとうモテてたから目立ってたし、だからこそアタシも魅かれたって面は確かにあるね。それに相手がいる男を専門に狙う女ってのも想像以上に多いんだよ。おっと、アタシは違うからな?」
「朝からどんな会話だよ…… とにかく僕を父ちゃんと一緒にしておかしなことを吹き込むのは止めてくれ。ミクも母ちゃんの言うことを真に受けないこと。苺は―― まあ関係ないか」
「なんでなんで苺はかんけいないの? なんでなかまはずれにするの? ねえおしえてーおかあちゃんなんで?」
「んもう、暦が余計なこと言うから苺の『なんでなんで』が始まっちゃったじゃないか。アンタ責任取んなさいよ?」
「ええっ!? 僕のせいなの? 下らない話をし出したのは母ちゃんだろ? 苺もうるさいから黙ってご飯食べな。食べ終わったら三人で公園でも行こう。ミクもいいかい?」交換条件のようなやり方はあまり褒められたもんじゃないが、今は苺の目先を変えてやる必要がある。
「公園でなにするの? こないだの続きとか?」またもや不意打ちを食らった僕は言葉が出ない。しかし――
「ほら、他にもタコがいる公園があるって言ってたじゃない? ここからは近いのかしら?」ミクは僕の記憶にないことを言いだし、ホッとするやら困惑するやら。いったいどう答えればいいんだろうか。
「とりあえず一回家に帰ってからもっかい待ち合わせした方がいいんじゃない? おばあちゃんたちが心配してるかもしれないじゃん?」
「全然心配なんてしてなかったよ? もうさっき電話かけたんだもん。二人とも五時には起きてるからね。好きなだけ遊んできていいって言ってた」やはり老人の朝は早いようだ。
「苺はこうえんいきたい! はやくごはんたべちゃおっと」苺はミクにすっかり懐いており、まるで本当の姉妹のように見えてきた。
「じゃあアタシはその間に洗濯して昼寝ができちゃうかもしれないねえ。暦はホント親孝行だよ。昼はお好みでも焼いてやろうかね」
「ずいぶん気前がいいじゃん。とかいってまた肉無しなんじゃないの? キャベツだけとかマジ勘弁だから」
「昨日の残りもんがいろいろ半端に残ってるからさ。ミクちゃんはお好み焼き食べられるかい? 嫌いなもんがあったら遠慮なく言ってちょうだいな」
「好き嫌いは無いので大丈夫です! お好み焼きを家で焼いてみんなで食べるのって憧れだったから楽しみ!」知らない人が聞いたらどう思うだろうか、なんて心配してしまうような発言である。
「やっぱ親は適度に暇なほうがいいかもしれないね。立派な親でも忙しくてあんまり構ってくれないのは寂しいだろ?」僕は念のためフォローするつもりで問いかけた。
するとミクはうなずきながら笑い、母ちゃんのほうをチラリと見ている。その視線に釣られて僕も目をやると、そこには腕組みをしながら睨みを効かせた母ちゃんがいるではないか。
「アタシだってそれなりに忙しいってんだよ! 専業主婦だから暇ってことはないんだからね。わかったらホレ、さっさと遊びに行ってきな。十二時になったら帰ってくおいで」そう言って僕の尻を平手打ちすると『パアァァン』といい音が鳴り響く。
「こよみのお尻ってすごい音がするのね。今度私にも叩かせてよ」もちろん冗談で言っているのはわかるんだけど、もしかしてミクも母ちゃんみたいに暴力的な主婦になってしまうんだろうかと、気の早すぎる心配をして不安になる僕だった。




