29.サイクリング
涼太が退院してくるまでの間、僕らは珍しく単独行動となっていた。健二と二人が嫌なわけじゃないけど、向こうは向こうで美咲と一緒に過ごしてているらしい。そう言う僕はもちろんミクと一緒である。
夏休みのワークはすでに終わらせてもはや自由の身だ。ただ一つ残念なのは、宿題が終わったからにはミクの部屋で一緒に過ごす理由が無くなってしまったことだ。
あの日以来、僕たちの距離は明らかに縮まっており、宿題をする間も向かい合いではなく並んで座るようになっていた。それでもさすがにまたキスをするなんてことはなく、いたって健全に勉強をしていたのは間違いない。
夏休みも残すところちょうど一週間となってた今日は久し振りの曇り空である。天気予報では夕立の可能性はあると言っていたが、炎天下よりは大分涼しく感じて遠出にはもってこいの天候だった。
僕は父ちゃんから譲り受けた骨董品のようにボロイ双眼鏡を持ちだしていた。双眼鏡と水筒を首からぶら下げてミクと合流すると、今度こそ僕専用にあてがわれた自転車に乗って走り出す。
「こよみの新しい自転車ってスゴイ形してるわね。そんなのどこに売ってるの?」ミクは当然の感想と疑問を投げかけてきた。
「ビーチクルーザーって言うんだってさ。お下がりだから大分錆びてるけど、自分専用ってのはやっぱりうれしいよ。昨日の夜、父ちゃんの友達が持ってきてくれたんだけど、昔はこれが流行ってたらしいんだよね」
僕はそう言いながら、後輪についたサスペンションをギコギコと縮めて見せる。前輪だけが小さい変な形の自転車は、縦に長いハンドルがアメリカ映画のバイクみたいだし、サドルは細長くてなんとも言えない座り辛さだ。
「ビーチって言うことは海辺で乗るための自転車なのかしらねえ。とてもそんな風には見えないけど、個性的なのは確かだしこよみには似合ってるわよ?」
「一応褒め言葉だと思っておくよ。でもみんなで出かけるときに一人だけ電動ってのも気が引けたから良かった。というより、これって普通の自転車よりも遅くて大変なんだ」明らかにミクよりも足を速く回転させているのに進むスピードはほぼ同じで、作った人は何を考えているのかと首をかしげたくなる。
すぐ後ろからついてくるミクはこの間と同じでおばあちゃんの自転車だ。ちいさなママチャリと言えそうなごく普通の自転車なのだが、背が高いわけでもないミクにはほど良い大きさかも知れない。
図書館の前で待ち合わせていた僕らはいつものバス通りを通り、環七へ出てから十五分ほど走ってようやく尾久橋通りへと出た。ここまではやたらと赤信号に引っかかったので時間はかかってしまったが、その度に話ができるのでそれはそれで悪くない。
そんなのんびりペースだったので小一時間ほどかかって舎人公園に到着し、駐輪場へ自転車を停めると、バイク用のU字ロックで二台まとめてガッチリと鍵をかけた。
「随分と厳重ね。そのカギってすごく重そうだし持ち運ぶのも大変じゃない? 私のはちゃんと鍵が付いてるから平気なのに」
「これも一緒にもらったんだよ。変わった形してて珍しいから盗まれやすいんだってさ。こんなごっついカギまで貰っておいてちゃんと使わず盗まれたなんて申し訳が立たないから使うしかないね。それに自慢はできないけどうちの区って自転車盗難が東京で一番多いんだよ」
「へえそう言う事情があるなら頑張って持ち歩かないとダメね。でも自転車を停めた時に使うんだから歩いてるときには身軽になれるってことではあるのかな」
「それでもまだ水筒とこの古い双眼鏡があるけどね。でもないよりはマシだから我慢して使うしかないなあ。うまいこと見つけられるといいんだけど」
そういって僕とミクは手を繋いで大池へと向かった。
帰り道、幸いにも僕らは夕立に合うことなく帰り着くことができた。残念ながらオオタカは見られなかったけど、目的のカワセミには出会うことができてミクは大喜びだった。
「すごいわよね! こんな都心部でカワセミが見られるなんてホントスゴイ! でも茶色い方のカワセミはいなかったわね。頭にトサカが生えててモヒカンみたいなの知ってる?」大興奮のミクはまたもや都心部と言っているが、お世辞にもこの辺りは都会ではなく、どちらかと言えば二十三区で一番田舎なのではないかと思う。
「茶色いカワセミ? そんなの見たことないけどなあ―― もしかしてそれってヤマセミじゃないの? カワセミよりも珍しいし、山のほうにしかいないはずだよ」
「じゃああれは別の鳥ってことなのね。釣りに行ったときに川で見たことがあったからオスかメスのカワセミだと思い込んでたわ。カワセミのほうが断然綺麗よね」
「でもレア度はヤマセミのほうがはるかに高いよ。都内じゃとても見ること出来ないしさ。いつかミクと一緒に渓流へ行って見られたらいいなあ」
「それなら来年の夏休み、ううん、その前のゴールデンウィークに行きましょ! 県内の渓流は三月に解禁だからちょうどいいかもしれないわよ? 連れてってくれるパパ次第だけど」
「いいね! 来年にはミクの星まで行かれるように頑張るよ」僕は何の気なしに言っただけだったが、ミクは頬を膨らませてしまった。
「もう、その設定は終わったの。思い返すと恥ずかしくなってくるし…… 学校へは行ってみるつもりもあるから心配しないでね。でも…… 時々電話してもいい?」
「なに言ってんだよ、当たり前じゃないか。むしろ僕が電話したいくらいだし、毎日でも会いに行きたいくらいさ。出来ることなら父ちゃんに頼んで引っ越ししたいよ」
「ふふ、こよみったらホント大げさなんだから。でもうれしい、ありがとね」そう言って僕らは別れ際にキスのフリだけして帰宅した。




