28.見舞いで嫉妬
思いのほか元気だった涼太は機嫌よくシュークリームへかじりついた。いくら子供でも入院している友達への見舞なんだから手ぶらと言うわけにはいかない。
母ちゃんがそう言って持たせてくれたシュークリームと、健二の母親が実家からせしめてきた大量のジュースで、大分早めの快気祝いと言ったところである。大部屋なので他の人に迷惑がかかるかもと、ジュースをおすそ分けして媚を売るのも忘れていない。
『やっぱりこよみって少し変よ。大人に対して気を使うなんて子供じゃなかなかできないもの。そう言うのってお母さんの教育なの?』ミクはすぐ隣から耳打ちしてきた。
『どうだろう、はっきりとそうしろって言われてるわけじゃないけど、やかましい子供だってウザがられるよりも気に入られた方がいいだろ? だから大人のすることを真似してるだけさ。うちは嫁姑の仲がいいらしいけど、それは母ちゃんの立ち回りがいいからだって良く自分で言ってるんだよ』
『なるほどね。嫁姑問題なんてテレビドラマだけの話かと思ったけどそうでもないのかな。私も将来に向けて色々と勉強しなきゃいけないわね』
『そりゃいくらなんでも気が早すぎるよ…… 第一うちの母ちゃんならそんなの気にする必要もないさ』僕は思ったままのことを口にしてからハッとした。
『ふーん、将来の相手は私って決めてくれてるんだ。なんだ、へんに心配する必要なんてないってことか。ちょっとホッとできたかも』ミクはそう言って頬をオレンジに染める。
「おい、見舞いに来てまでいちゃいちゃしてるんじゃねえよ。オレだって今日は一人で来たってのに。まあ美咲とはこの後デートの約束してるけどな」
「バカ、声が大きいんだよ。しかもそんなこと誰も聞いてないっての。うまく行ったのは良かったけど舞い上がり過ぎも大概にしておけよな」涼太は一応健二を心配して言ったつもりだったがかえって逆効果だったようだ。
「これで相手が決まってないのは涼太だけになっちまったからなあ。普段から贅沢言って選り好みするからそんなことになるんだぜ? 何なら誰か紹介してもらうよう美咲に頼んでやろうか?」
「いやいやノーサンキューだ。俺は体育会系よりもインテリ系がいいんだ。櫻子なんて悪くないけどアイツはいろいろ問題があるからなあ」
付き合う相手の話題中に、涼太の口から櫻子の名が出たことに僕は驚いてしまったが、確かにコイツの好みからするとちょうどいい相手とも言えそうだ。しかしアイツには明確な欠点があって、あの暴力的な性格は大問題である。
「そうよね、彼女にはずっと思いを寄せてる男子がいるんだもん。それでもお見舞いには来たそうだったけど今日は都合が悪いんだって。残念だったわね」
「今日は全国統一学力テストの日だからなあ。俺も申込みしてたんだけどさすがに入院してたら受けられなくて残念だよ。どの教科でもいいから二ケタ順位に入れば爺ちゃんがこづかいくれるって言ってたんだけどな」涼太にとって勉強やテストはこづかい稼ぎの手段でしかないといったような発言で、それは僕や健二には到底無縁のセリフだった。
「そんなこと言ってるけど本当はご家族が喜ぶのが嬉しいんでしょ? 私も同じような感覚持ってるから何となく察しちゃうわ。でも自分のためにやってることで誰かを喜ばせることが出来るのはお得よね」
ミクと涼太がこうして意気投合するたびに、僕の心はチクリと痛む。理由はもちろんわかっていて単純で完全なる嫉妬だ。まったく情けないことに、僕は普段遊んでばかりな自分を棚に上げ、努力しているミクと涼太の同類でないことが悔しかった。
かと言って今から勉強に精を出すなんて考えられないし、すでに夏休みの宿題をやるだけで精いっぱいである。だがそんな心配をしているのは僕だけだった。
「どうしたの、こよみ? またヤキモチ焼いてるの? ふふ、こよみには悪いけどそうやって私を想ってくれているのがわかるのは嬉しいわね。なんだろ、私っていやな女なのかな」どうやらまた表情に出ていたようで、心の中を見透かされてしまった。
「いや、話に入れないのは僕自身の問題だってのはわかってるんだ。だからヤキモチなんて焼いてるつもりはないさ。ちょっとだけ悔しくて疎外感があるだけ……」それをヤキモチと言わずしてなんだのか。
ミクは全てを理解していると言わんばかりに僕へ体を寄せてきた。だがそれは甘えたりいちゃついたりするというよりかは諫めると言った態度だ。つまり僕の脇腹にミクは肘を押し付けて来てこう言った。
「あのね? 価値観が同じだから仲良くなれることがあるように、自分と違うものを持っている相手を尊敬したり憧れたりすることだって同じくらいあるのよ? だからこよみは自分自身が持っているいいところを伸ばしていけばいい。それだけで十分なくらいに魅力的なんだから考えすぎないの」
「またそうやって大げさな…… 僕はこの先ずっとミクに釣りあう男でいたいんだよ。キミのことに関しては誰にも負けたくないってこと!」と、つい声を荒げてしまう。
「わかったわかった、わかったからオマエラもう引き上げろよ。そろそろ午後の検診があるからな。シュークリームとジュースありがとな。来週には退院するんだからなんてことないさ」
「まあそうだな、あんまり長居すると迷惑かかっちゃうし、そろそろ行こうか。退院したら電話くれよ? そのころには夏休みももう一週間切っちゃってるけど自由研究の仕上げも残ってるんだからな」
「ある程度のとこまではオレがやっとくけど見栄えがいい方がいいもんな。やっぱ涼太がいないと困るんだよ」健二が涼太をよいしょしたが、その裏には別の思惑があるようだ。
「健二の場合は美咲とどこ行くかとか、何着ていけばいいかとか、相談する相手がいないと困るからだろ。そんなことで病院まで来るんじゃねえよ。朝は見舞いの時間外なんだからな?」
「ちぇっ、ばらすなって言っといたじゃねえか。涼太の口の軽さは筋金入りだから困るぜ」健二は照れくさそうに頭をかいた。
「筋金入りってどういうこと? まさか涼太も親御さんの地を受けついでいて口が軽いなんて言うんじゃないでしょうね?」ミクは僕を引き合いに出したとしか思えない発言をしたが、健二は大きくうなずいて説明を始めてしまった。
「そうなんだよ。涼太の母ちゃんは店に来る客と話して聞いたこととかを他の客にペラペラ話しまくるって有名なんだ。レキの父ちゃんと同じくらいの有名人なんじゃないか? まあうちの母ちゃんも手土産買いに言っちゃアレコレ仕入れてきた話をそこらじゅうでばらまいてるけどな…… おばさん族ってのはなんでこう世間話噂話が好きなんだろうかねえ」
「あはは、こよみのお父さんと同じくらいなんて言うからにはきっと相当おしゃべりなんでしょうね。でも大人になってからもみんな仲良しでホント羨ましいわ」帰るつもりで席を立ったはずなのに、べらべらと余計なことを話していた僕たちは、いい加減にしろと涼太に叱られようやく病室を出た。
ナースステーションには父ちゃんが迷惑をかけた看護婦さんがいて、僕に手を振ってきたので気まずい雰囲気になるし、エレベーターの扉があいたところで出くわした同い年くらいの女子を目で追いかけたのをミクにバッチリと見られるしと、見舞いに来ただけで散々な昼下がりだ。
きっと父ちゃんの遺伝だとかそんな話をしたせいもあるのだろう。機嫌を治してもらうのに随分と苦労する帰り道となった。




