27.初めての……
僕たちは顔を真っ赤にして立ちすくんでいた。そしてその正面には、店内からやってきたスーパーの店長さんと、最初に声をかけてきた店員さんが立っている。
「ごめんね、てっきり証明写真機の中で遊んでいるんだと思ってしまったんだ。まさか小学生が本当に写真を撮っているなんて思わなくてねえ」
「本当にごめんなさい。写真代は私が弁償するから許してね。もう一度撮って行ってもいいし、さっき出てきたのでも満足ってことならお小遣いにしてお菓子やジュースを買って行ってもいいわよ?」
「はい…… ありがとうございます…… あの…… もっかいは……」僕はうまく返答ができずきちんと伝えられずにいた。
「こよみ? もういいから…… 早く行きましょ? ね?」ミクも似たようなもので落ち着きがない。
「すいません、遊んでたわけじゃないとわかって貰えたらいいんです」僕はなんとかそれだけ口にして自転車へと向かう。もちろんミクもだ。
「それじゃあまりに申し訳ないからこれは受け取って、ね? おばさんのお願いだからこれで勘弁してもらったって思いたいのよ」店長さんはそう言って僕の手を掴んで五百円玉を握らせてきた。
「なんかすいません…… ではいただいていきます……」何度も断るのはかえって良くないことだと聞いたことがあるし、ここは遠慮なく『弁償』してもらい、僕たちは自転車へとまたがった。
少し進んだところで僕はミクへと合図をし、来た道とは別の路地へと入る。その先にある公園で一休みし気持ちを落ち着かせたかったのだ。
今日も天気が良く、さすがに走り回って遊んでいる子供はまばらだ。これはこれで都合がいいとも言えるし、ちょうどいい具合にタコの中には誰もいなかった。
「ちょっと座ろっか…… 今の僕にはピッタリの場所さ。まったくトンだタコ野郎だよ、僕ってば……」
「そんなことないよ! 元はと言えば私がいけないんだもん…… 外から声が聞こえたから思わず動いちゃってさ。写真失敗しちゃった…… から……」
そう言ってポシェットからさっき撮った写真を取り出した。四回の内、最初の一回は二人とも笑顔で頬をくっつけているベストショットだ。そして二枚目は驚いたミクが半分くらい画面の外へ出てしまっている。
問題は次の三枚目だった。
「これ…… 明らかに…… それに感触も……」ミクは顔を赤くしながら口元を押さえている。
「うん…… こんなのが初めてのになっちゃって…… ホントにゴメン…… いくらののしられても構わないと思ってる……」僕は弁解の使用が無く、おでこを押さえつつただただひたすら謝るだけである。
しかしミクの表情は決して怒っているなんてことは無く、どちらかと言えばむしろ嬉しそうに見えた。そりゃ僕だってある意味では嬉しいし叫びだしたいくらいな幸せ気分なのは間違いない。
とは言え、ファーストキスがアクシデントによるものだった事実をどう受け止めればいいのだろうか。これは正直言って重大な悩みどころである。しかもそれが証明写真付となればなおさらのことだ。
「ま、まああれだよ、おでこがぶつかって痛い思いもしてるんだし、ここはおあいこってことで丸く収めることにしよ? だから許してくれるかい?」僕はそう言ってミクの顔を横目で見つめる。
「べ、別に怒ってなんかないし…… そりゃシチュエーションとしては望まない形だったかもしれないけど、嫌だとか後悔してるとかはないから…… むしろ私は嬉しかったんだけどこよみはそうじゃないの?」ミクの言葉は、聞くまでも無い質問をすることで僕の感情をわざわざ揺り動かそうとしてるように感じた。
何のためにそんなことをするのか理解できているわけじゃないけど、今頭に浮かんだこととミクが望んだことが同じだとすればそういうことなんだろう。
「そんなわかりきってること聞かないでくれよ。もしここが無人島だったら、僕は人生最大ボリュームで叫びたいくらいの気持ちなんだからさ。今も心臓がドキドキしたまま気になって仕方ないんだ」
「気になるなら…… ――いいよ?」その台詞は、まさしくタガを外すのに絶大な効力を発揮した。タガがなんなのかはわかってないけど、その言葉の意味するところは間違いなく現在進行形で体験中である。
肩が触れ合うほどすぐ近くにいるミクへ向き直ると、彼女はゆっくりと目を閉じていく。今度こそちゃんとした思い出になるようにカッコよく決めるんだ! そう意気込んだ僕は、生唾を飲みこんだりもせず真っ直ぐに目的の箇所を見つめた。
それはほんの数秒の出来事だろう。両肩を優しくつかんでから首を少しだけ傾げるようにすると、おでこをぶつけることもなく目的を果たすことができる。こんな時に父ちゃんの指導が役に立つのはいまいましいが少しだけ感謝してやろう。
ぷっくりと膨らんだミクの唇は、その見た目通りに弾力があって柔らかい異次元の感覚だった。さっきははっきり言ってよくわからなかったが、今は完全に意識のしっかりした状態でしたことだ。
さっきぶつかってしまったおでこには珠のような汗が浮かんでいるが、それはきっと僕も同じことだろう。つまりはこの真夏に、風通しが悪い遊具のタコの中で身を寄せているなんて普通じゃないとも言える。
「あれ? だれかいんじゃん。なあそことおるんだからじゃましないでくれよ」苺と同い年くらいの男児が通路の向こうからやってきた。
「にいちゃんとねえちゃんはこいびとなのか? いちゃいちゃしてたのか?」さらにその後ろからはませたガキが続いている。
「あーこんなとこでふたりでいるなんてあやしー。ちゅーしたの? ねえちゅーしてたの?」今度は女の子が現れて核心に迫るようなことを言ってきやがった。
「うるさいぞチビ共! 僕らは夏休みの宿題について相談してたんだよ。うるさいから戻れ戻れ! ほら、見えないところで止まってると親が心配して帰ろうって言われちゃうぞ、それでもいいのか?」
「あー、おにいちゃんったらはずかしいんでしょ。ちゅーしてたから? ねえそうなんでしょ? ねえねえ」まだ小さいくせにませた女の子がやたらとしつこい…… すると他の子たちも調子に乗って後へと続く。
「もっかいしろよ、ほらしてみせろってば。ちゅーう、ちゅーうっ!」
「ちゅーうー、ちゅーうー、いちゃいちゃちゅーう」
「やかましい! まったく、これだから下町のガキは下品で嫌なんだ」と自分も通ってきた道を棚に上げながら舌打ちをするくらいしか対抗手段がない。
「ミク行こう、ここはもうダメだ……」恥ずかしそうにうつむいているミクの手を取りタコの中から逃げるようにはい出た僕たちは、再び自転車へまたがって走り出した。




