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荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~  作者: 釈 余白(しやく)
第三章:特別な夏休み

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23.望みと嫉妬

 ミクの言い出したことは僕の頭の中でぐるぐるとまわりつづけ、とてもじゃないがアップルパイを味わうどころではなくなってしまった。もしかしてミクは本当に大人になったら僕と結婚するつもりなんだろうか。


 僕も冗談で済ますつもりじゃないけど、さすがに何年どころかもしかしたら十年とか先の話なのに口約束でどうにかなるもんではないだろう。そもそもなんでミクはそんなに僕の事を信じられるのだろうか。


 部屋へ戻ってワークの続きに取り掛かっては見たものの、我ながら全く集中力が無くなってしまったと感じる。これでは予定通りに進みそうになく、こんなことではミクに落胆されてしまうかもしれない。


「どうしたの? さっきは随分驚いていたけど、もしかして勉強どころじゃなくなっちゃった? もしそうならごめんなさい、ちょっとふざけてみただけなのよ?」


「確かに驚いたってのはそうだけどさ。一番は疑問って言うのかな? ミクがそうやって僕を信じてくれてることが嬉しいんだけど、僕はちゃんとそれに応えるだけの言葉や態度を示せているのかが心配なんだ。自分が自分のことを一番信用できていないって感じかもしれない」


「そりゃあまりにも先のことだもの、絶対に心変わりしないとは言い切れるわけないでしょうね。私はそれでもずっとこよみのこと好きでいたいって思ってるわよ?」


「僕だってそうさ! ずっとミクと一緒に居たいってのはホントだし、その…… 将来は…… け、結婚だってしたいから釣りあう男になりたいんだ」


「未来のことを証明することなんて出来なくて当たり前。だから今はその気持ちを持ってくれてるだけで十分嬉しいな。正直言ってもう人と関わるのは嫌だって思ってたんだけど、夏休みにこっちへ来て少しは気分転換できたみたい。あのときも通りがかっただけなのに、なんとなく声をかけたくなってしまったんだもん」


「それくらい釣りが好きなんだなあ。こっちでは渓流釣りなんて出来なくてつまんないだろ? 僕はまだ釣りをやるようになってまだ二年目だし、渓流なんて図鑑で見たことしかない魚がいるってくらいしか知らないや」


 僕が正直に告白すると、ミクはなぜか僕のワークを丸めてこちらを突っつきながら渓流のことを教えてくれた。


「渓流だっていい事ばかりじゃないわよ? 歩き回って疲れるし、パパはやたら朝早く行きたがるから眠くて仕方ないしね。こないだみたいに仕掛けを投げてのんびり待つ釣りは初めてだったから楽しかったなあ。ゆっくり話す時間もあるから私は好き」


「色んな釣り方があるから世界中で盛んなのかもしれないね。僕もなんとか夏休み中に本物の鯉を釣り上げないとだ。あと二週間くらいしかないなんて信じたくないよ」


「それは鯉を釣るための時間が少ないから? それとも――」ミクはなにか言いたそうなところをぐっとガマンするように言葉を飲み込んだ。でも僕は、その言葉の続きを代わりに言いたくて仕方ない。


「ミクと一緒にいる時間が残り少なくなってきたから寂しいってことさ。それでも同じことを考えてくれてたならまんざら悪いこととも言い切れない気がするね」


「そうよ、今生の別れってわけじゃないし、ちょっと遠いかもしれないけど冬休みにはまた来るつもり。学校行ってないのに夏休みも冬休みも関係ないと思うかもしれないけど、そこは両親と約束して授業と同じだけの勉強をしてるんだからね?」


「誰も疑ってないっての。ていうか家で同じだけやるってすごいね。僕なんて学校へ行ってても勉強しているとは言い難いのに…… 授業中に別のことしてて叱られるなんてしょっちゅうだよ」僕は思わず余計なことを口走ってしまった。


「これからはそんなことじゃ困るんだからね? 一緒の高校へ行かれるように頑張ってくれるんでしょ? まあこれは別でも構わないって話になった気もするけど、こういうのは気持ちの問題よね?」


「もちろんこれからは頑張るさ。だからこうしてワークにだって初めて取り組んでるんだから。でもようやく半分終わったくらいだから先は長いよ」ミクからは今日中に終わらせるよう言われていたが、現実問題確実に無理なのはわかっていた。


「意外に進まないもんね。いくらなんでもおしゃべりしすぎなのかも。でも夏休み中には十分終わりそうで良かったわよ。いくら親がやらなくていいと言ってても、きちんと終わらせれば自信になるだろうし、今後も続けるきっかけになると思うよ?」


「そうだなあ、成功体験ってのは大切らしいからね。父ちゃんはそのせいでパチンコやめるのに苦労したらしいけどさ。苺が産まれてようやく改心したんだって母ちゃんが良く言ってるよ」


「パチンコなんてやるもんじゃないわ。あんなのイケない薬みたいな中毒性のあるものでしょう? こよみは大人になってもやっちゃダメよ?」ミクに言われるまでも無く、僕はやかましいところが好きじゃない。


「それは大丈夫、僕はゲーセンも苦手なんだよ。電子音がやかましくなってるのを聞くと、耳というか頭が痛くなってきちゃう。だからゲームもほとんどやらないし、うちにもそういう本体とか無いんだよね」


「まあ子供は外で遊ぶべきなんてことまでは言わないけど、家にこもってゲームやってるよりは釣りをしてる方がいいんじゃない? でもアレも嫌いなの? 櫻子さんたちの間で流行ってるって言ってたアレ……」


「アレってなんだっけ? なんか流行って―― ああ、もしかしてミクもプリ撮りたいの? まさか僕と!?」思わず声を上ずらせながら身を乗り出すと、それを押し返すようにミクは辞書を僕の顔へと押し付けてくる。


「ちょっとだけ興味があっただけ! 撮ってみたくないと言ったら嘘になるけどそんなにハマるほど面白そうには思えないなあ。でもその時々を切り取るのが写真なんだし、友達との時間を残しておきたい気持ちはわかるわ」


「そんなもんなのかねえ。僕には駄菓子屋で五百円使った方が有意義な気がしちゃうけどな。だって写真なんて見返すことないだろ? 今まで小さい頃の写真なんて一回も見たことないもん」


「でも私との写真だったら見返してくれたりしない? 無理にとは言わないけど、私はこよみと一緒に写した写真があったら嬉しいけどね」


「そりゃ僕だって嬉しいに決まってるし、起きてる間中はミクを見つめちゃうかもしれないよ? でもアレってホント小さいんだよ。大体切手くらいじゃないかな」僕は指先で四角を作りながらミクへと説明した。


「私もそれくらい知ってるわよ。田舎だと言ったってゲームセンターくらいあるんだからね? 残念ながらまだ撮った経験はないってだけ」


「ごめんごめん、全く知らないのかと思ったんだけどそんなことないのか。でも写真なら普通の写真のほうが大きくてちゃんと映るから良くない? もしかしたらまだフィルムが残ってるかもしれないから帰ったら聞いてみるよ」


「こよみの家にはカメラがあるの? ああそっか、きっとご両親が苺ちゃんをいっぱい撮ってるんでしょ」ミクの言ったことは当たらずとも遠からずといったところだ。


「カメラがあるってことでもないんだけど、母ちゃんがしょっちゅうフィルム付きカメラを買ってるんだよ。もちろん苺用なのは大当たりだけどね。フィルムの残りがあれば借りて来ちゃおう」


「だまって持ってくるとかじゃ無ければ嬉しいな。こよみと一緒に撮った写真があったら勇気を貰えるような気がするのよね」


「でもくれぐれも無理はしないでくれよ? 学校へ行ってなくたってミクなら学年飛ばす奴だと思えばいいんだしさ。海外では当たり前らしいじゃん?」


「飛び級のこと? 身の周りにはいないから本当に当たり前なのかまでは知らないけど、そうやってこよみが励ましてくれるのは嬉しいわね。でもなんで他人へそんなに優しくできるのか不思議だし、もしかしたらいつの日か私も嫉妬するようになってしまうのかもしれないなあって不安も感じちゃう」


「ちょっと、あんまり物騒なこと言わないでよ。普段から女は強くあるべきって力説してるうちの母ちゃんが喜んじゃったらどうすんのさ」僕は冗談交じりに言った。


「ええっ!? そっちなの? これじゃやっぱり怒られても仕方ないかもね」ミクの言い方には裏がありそうだったが、僕には何が言いたいのかさっぱりわからなかった。


 そしておやつの後、ワークを一ページも進めることないうちに夕焼け小焼けの放送が聞こえてきたのだった。


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