22.アップルパイとワッフル
「ねえグランマ? まさか覗いてたんじゃないわよね? 勉強の邪魔になるからこっそりのぞくとかやめてね?」
「そんなお行儀の悪いことしませんよ。それとも覗かれたら困るようなことでもしていたのかしら? アーラ、Knightさんも緊張しないでくつろいでね。Darjeekingは苦手だったのかしら? sugarもmilkもありますからね」
僕はつい先ほどの行動を思い返すと、とてもじゃないが平常心でいられない。あのままノックの音が無かったらきっとキスしてしまってただろう。しかも完全に口と口だったに決まってる。
それはミクもわかりきってることで、目の前に出されたアップルパイをフォークでつつきながら、微妙に気まずい状況をどうしようかと考え込んでいる様子だ。正面ではミクのおばあちゃんがニコニコしながら僕らを眺めている。
「こ、このアップルパイ変わってるけどおいしいですね。林檎がでっかいしシャキシャキしてるから食べごたえがあります。これが外国風なんですか? どこの国なのかまでは聞いてませんけど……」
「ふふ、こんなおばあちゃんの詳しいことを聞いても仕方ないでしょう? わたしはde Nederlandenにルーツを持つAmericanなの。ええっとJapaneseだとホランド系アメリカ人となるわね」
「ホランドって国の系統のアメリカって意味ですかね? 知らない国だけどこのアップルパイはとてもおいしくて僕は好きです!」僕がトンチンカンな会話を始めるとミクは黙っていられなかったらしく、おばあちゃんを押しのけるように口を挟んで来た。
「ホランドじゃなくてオランダのこと。こよみは別に知らなくてもいいんだけど、オランダと言うのは日本語なのよ? 日本を英語でジャパンって言うようなものと思えばまあそれほど違わないと思う」
「なるほど、オランダだったら僕も知ってたよ。もちろん行ったことは無いけど風車の国だろ? ってことはドンキホーテもオランダ人?」
「違うわよ、ドンキホーテはスペイン人よ? その頃のオランダはスペインだったらしいわ。つまりドンキホーテが風車へ向かっていくシーンは、オランダとスペインの戦争を表していて、著者はオランダの独立が叶うと予想してたってことになるんだって」
「へえ、そんな昔のことよく知ってるね。社会では習わないだろ? 全然馴染みがないもんなあ」
「まあ私もドンキホーテを呼んだ時にグランマから教えてもらったんだけどね」そう言いながら舌をペロッと出したミクだった。その仕草だけで僕はまた口元に捕らわれそうになってしまう。
「ミーちゃんったらわざわざそんなこと言わなければKnightさんにスゴイって思われたままだったのにもったいない。でも私も|de Nederlandenへは行ったことが無いのよ? 行ったことのある海外なんてCanadaとJapanとあと少しだけだから大げさに考えることはないわ。そう言えばお名前は? まだきちんと紹介してもらっていないものね」
「グランパが帰ってきたらと思ったんだけど遅いわね。ワッフルのせいで遅くなってるのかしら。まったく困っちゃうわねえ」
「アップルパイがあるのにワッフル買いに行ってるの? おじいちゃんが? まった、まさかそんなはずないよね。僕もたまにはバカじゃないってとこ見せないとみっともないからな」僕は考え込んでみるがさっぱりわからず、やっぱり自分はバカなのかと落ち込みつつあった。しかしそこで助け舟である。
『バウバウ』と異国風の鳴き声に続いて、なんてことはなく、普通にワンワンと聞こえた後に廊下を滑りながら走る足音が聞こえてきた。と言うことはワッフルと言うのは――
「そっか、ワッフルってあのツブレ顔の犬か、えっとパグだったよね?」
「ツブレ顔とはまたひどいわね。可愛らしいじゃないの。そりゃ美人とは言い難いかもしれないけど愛嬌があると思うわよ?」
「うんうん、愛嬌があるのは確かだね。でも犬なのに人間みたいな顔だから、人の中に入れば美人ってことになるのかもしれないよ? というかメスなの?」
「そうよ、私たちよりも年上だからもう犬の中ではおばあちゃんね。つまり老夫婦がおばあちゃん犬を飼ってるってこと。散歩に行くととにかくすぐ止まって休み休みだから時間がかかって仕方ないの。だからグランパも帰りが遅かったんだわ」
そう言ってる側からミクのおじいちゃんがリビングへと入ってきた。どうしたもんかと思いつつも、とりあえず立ち上がって会釈をしてみる。するとツルツル頭のおじいさんはにっこりと笑って「こんにちは」と一言だけ口にした。
「それじゃグランパも帰ってきたからちゃんと紹介するわね。こちらこの近所に住んでて最近お友達になった田口暦くん。とっても優しくて将来は私をお嫁にもらってくれるって約束してくれたの」
僕はその言葉を聞いて、口の中に何も入って無かったことにホッとした。それくらい虚をつかれてなにもかも吹き出しそうになったのだ。しかしそれを聞いた老夫婦はニコニコするだけでツッコミを入れてはこない。歳のせいなのか、それとも文化の違いなのだろうか。
もしうちの親が聞いたならどうなることかわからない。きっと大騒ぎで赤飯を炊くだとか親戚一同へ招待状を送るだとか言い始めて、すぐに電話くらいはかけ始めるだろう。うちの親はそれくらい悪ふざけが好きなのだ。
「み、ミク!? いきなり何を言っちゃってんの!? いや、別に否定するわけじゃなくて子供の僕らがそんなこと急に言い出したって困ると言うか信じないでしょ」
だが続くおばあちゃんの言葉は僕をさらに困惑させる。
「あらあらおめでたいことね。これなら生きてるうちにひ孫が見られそう」
それを聞いたミクは、頬を染めながら満更でもない様子で科を作るのだった。




