18.ウルトラマンになる
呆けると言うのはこういうことなんだろう。今まで言葉だけ知っててもどんな状態なのかなんて考えたことなかったけど、いざ自分が体験する立場になったら一瞬で理解できた。
つまり今の僕は、なにもする気が起きないし考える気もしない、でも寝ているわけではないような状態だ。かと言って無気力なのとはまた違い、まるで夢の中にいてなんでもできるような気分、意味不明に力があふれてくるような気もする。
「あのさ、スキありっていうか好きだよ? 今のってミクも僕を好きってことでいいんだよね?」
「もうっ、そんなの言わせないでよね!? でもひとつだけ、こよみってだじゃれのセンスは無いみたいだからあまり変なとこでへんなことを言っちゃダメだからね。あー暑い暑い」ミクの顔は心なしか紅潮しているし、僕も顔が熱い。
その浮ついた気分を何かから隠すかのように、また花冠造りへと取り掛かり一心不乱に編んでいくと、少し小ぶりの立派なティアラが出来上がった。
「すごいすごい! 随分と器用に編んだものねえ。花が三段になった花冠なんて初めて見たわ。普通はこうぐるりと一周してるだけじゃない?」ミクは興奮気味である。
「僕は母ちゃんに教わったと言うか叩き込まれたんだけど、これしか知らないんだよね。まあでもなかなかの見栄えだろ?」
「うん、こんな素晴らしいものを贈ってもらえるなんて幸せな花嫁だわ。お返しがほっぺにキスだけじゃ足りなかったわね」
「全然全然! そんなことないさ、貰いすぎなくらいだよ!」どうもペースがつかめなくなっている僕は、ドギマギしながら答えるのが精一杯だった。
そこへ涼太が戻ってきた。思いのほかいっぱい集まってしまったゴミは、遊歩道との間にまとめて置いて来たらしい。健二も後からやってきて大汗を手で拭っている。
「マジで暑すぎだから日陰に行こうぜ。これじゃ熱中症になっちまうよ。水分も取らないと危ないぞ?」
「そうだな、ミクは平気かい? ペットボトルじゃもうぬるくなってるだろ。僕の麦茶はまだ氷入ってるからこっち飲むといいよ」そう言って肩にかけた水筒を揺らすと、辛うじてカラカラと個体の音がした。
「確かに今日も暑いわ。少しだけ貰おうかな。優しい旦那さまの気遣いだものね」もう完全に主導権はミクのものである。
「ひゃー余計に暑くなるからやめてくれー! ついさっきもあんなにべたべたイチャイチャしてたのにまだ足りねえのかよ。マジでレキはヤバすぎだからふりん? とかしないよう見張っててやらないとだな」どうやら健二には見られていたらしい。
「遠距離恋愛っても限度があるからなあ。さすがに宇宙は遠すぎるぜ。暦はウルトラマンにでもならないと簡単には会えないぞ?」涼太はもちろん本気で言っているわけではないが、ウルトラマンってのは悪くない表現だ。
「そうだなあ、ウルトラマンになればすぐに会いに行けるし、ミクが困ってたらすぐに助けられるもんな。よし、がんばろっと」
「頑張ってウルトラマンになれるなら、指パッチンしただけで宿題が終わっても不思議じゃないぜ。あーあー、そんな世界になったらいいのによ」やはり健二は宿題が進んでないらしい。
「それじゃ明日は宿題でもやったらいいんじゃないの? 毎日遊んでたら終わらないわよ? 図書館なら涼しいし勉強していれば怒られたりもしないでしょ?」ミクの提案に渋る健二だが、背に腹は代えられないと言ったところか。
肩を落とす健二のことをのんきに笑ってると、ミクは呆れたようにため息をついてから僕を諭すように小言を言ってきた。
「こよみも笑い事じゃないわよ? 宿題をやらなくていいかどうかはおうちの方針だけど、ある程度の勉強はしないとね。旦那様がお馬鹿さんじゃ私は胸を張って誰かに紹介することも出来ないわ。それくらいわかるでしょ?」
「ぐむむ、確かにそうだけどさあ…… まあ自由研究はちゃんとやるし、ワークくらいはやっておこうかな。将来ミクに恥をかかせちゃたら困るからね」
「それがわかったなら明日は宿題の日ね。図書館で待ち合わせたらいいかしら? 私も教えられるところは見てあげるから二人とも頑張りなさい」頑張らないといけない面子から除外されている涼太はニヤニヤと気楽そうな雰囲気だ。きっと残りは日記帳と自由研究くらいなのだろう。
「でもオレは明日行こうと思ってるとこあるんだよなあ…… せっかくこれも見つかったしさ」健二はそう言って四葉のクローバーを目の前に掲げた。
「おいおい、まさかまたかよ。今度は誰だ? いつの間にそんなことになった!?」涼太の口調は完全に呆れたものだ。そして僕も同意である。
「いつだって誰だっていいじゃねえか。とりあえず明日は家まで行ってみるから図書館はパスな。どうせ自由研究は図書館で出来ないし、お前らだけで行って来いよ」
「ちょっと? 状況がわからないんだけど、一体四葉のクローバーと明日の予定になんの関係があるの?」ミクの疑問は当然である。
「いやあ、実はさ、健二ってめちゃ惚れっぽいんだよ。そんですぐ告白しようとするわけ。でもその前に何かに願掛けしたくなるらしくてさ。今回はきっと四葉のクローバー見つけたから決心がついたってとこだろ」僕は今までさんざん振られてきたことを含めて説明した。
「なるほどね、顔に似合わずロマンチストだわ。健二の恋がうまく行くことを祈っているわね」本心で言っているのかはわからないが、僕と涼太は絶対にうまく行かないと確信していた。
「いやあムリムリ、絶対にうまく行かないって。いつもそうなんだけど急すぎるんだよ。そんな深い付き合いでも無かったり、接点がそうなかったりする相手ばっかなんだもんなあ。今回だって偶然すれ違ったからとかそんなだろ?」涼太は過去を振り返って今回の結果も決めつけている。
「でもさ、昨日も僕らと遊んでたし今日も昼から一緒だろ? 今回の相手は一体誰なんだ? 朝のラジオ体操で一緒とか、それとも新聞配達でもして遭遇したとか?」僕が茶化すと健二はもじもじしながら顛末を白状した。
「いやあ、相手は美咲なんだけどさ、昨日の夜にサイゼリで会ったんだよ。んでちょっとだけ立ち話したんだけどアイツって結構カワイイじゃん? 学校外では結構女らしいカッコしてるのも意外性があって良かったよ」
進藤美咲はガッチリ体型のソフトボール女子で、お世辞にもルックスがいい方ではない。だが快活な性格と抜群の運動神経で女子の中では人気者な気がする。
「そ、そっか、美咲な。見方によっちゃかわいいかもしれないな。まあ頑張れよ?」
僕と涼太は、明後日になって落ち込んでいる健二を想像しながら苦笑いした。その様子を見て何かを悟ったのか、ミクは僕たちの背中を突っついて頬を膨らませたのだった。




