12.駆け引き
機嫌よく酔っ払ってくれている父ちゃんは何か言いたそうに僕らを見るが、うちの母ちゃんと健二の母ちゃんに捕まえられて不満そうに呑み続けていた。おかげで僕はミクと並んで座り平和で幸せなひと時を過ごすことが出来ている。
だがその代償として二人きりとはいかなくなっていた。
「苺ちゃんはお兄ちゃんのことが好きなの? 優しいもんね」ミクはいつになく優しい雰囲気で声をかけている。
「おにいちゃんはいっつもいちごのことあそんでくれるし、お母ちゃんがいそがしくてもさみしくないようにって言ってくれるの。あとおとうさんがひげをごしごしするとおこってくれるからダイスキ!」
「そっか、やっぱりこよみは誰にでも優しくてカッコいい男子なんだね。兄妹なんだし今はそれで十分かな」なにやら含みのある言い方をしてから、僕へチラリと目をやるミクである。
きっと櫻子に対する僕の態度がいけないって話と繋げているのだろうが、僕にとってのアイツは凶暴な幼馴染でしかない、もしあいつが僕のことを好きだって言うなら幼いころからあんなに暴力的であるはずもないし、好意の裏返しでやってるとしたらそれはそれでイカレてる。
確かに好きな相手へなにかと突っかかるってのは定番の愛情表現かもしれない。でもそれだって程度問題だろう。誰もがラブコメ主人公のように、女子から暴力を振るわれることが好きなはずないんだから。
「おい、そこの二人、イチャイチャしてたら肉無くなっちゃうぞ? オレは遠慮なんてしないからな! まったく母ちゃんは呑んでばっかで焼いてくれないし、いっつもレキのおばさんばっかにやらせてみっともないったらありゃしないぜ」健二は酒癖の悪い母親が来ているのが気に入らないのだ。
しかし呼んだのはうちの父ちゃんだから仕方ない。そして毎度毎度口説き文句を並べて愛人になれとかバカなことを言っちゃ母ちゃんに殴られ、当然のように健二の母ちゃんにも殴られている。
「それにしてもビールなんてどこがおいしいのかさっぱりわからないね。健二の母ちゃんも酒好きだから大変そうだ。一番大変なのはおじさんだろうけどさ」
「父ちゃんはもう諦めてるよ。爺ちゃんが甘すぎるのが全部いけねえっての。後継いだわけでもないのに好きなだけもってけとか言ってさ。客はスーパーとかに流れてるし爺ちゃんとこなんてそろそろ潰れるだろ」
健二はそう言って、祖父が経営している酒屋の現状を嘆く。涼太の家と同じで個人商店はどこも大変なのだろう。それなのに娘がせがむと居酒屋に置いてあるようなビールのセットを持たせるのだから、孫に潰れそうだと思われても仕方ない。
その点うちの父ちゃんは、地元の工務店から仕事を貰って建築現場で電気設備を施工している固めの仕事だ。滅茶苦茶儲かるってこともないらしいけど、それなりに安定して稼げて家族不自由なく暮らせると言っている。
今日はさらにペンキ屋の小野寺さん夫婦も来ていた。こちらは母ちゃんの同級生夫婦だからかどこか遠慮がちである。アウトドア好きなので、うちの一台だけでは足りないとバーベキューセットをもう一台持ってこさせられたに違いない。
そんな親たちが今日は羽目を外して楽しんでいるんだから、子供の僕らが楽しまないでどうするといったところだ。健二と涼太は焼いてもらった肉を片っ端から食べまくり、ここぞとばかりに栄養を溜めこんでいく。
「ほら暦、揚がったから持っておいき。えっとミクちゃんは初めてなんだろ? 一番先に食べさせてやんなよ?」揚げ物をやっていた母ちゃんが声をかけてきた。赤く染まったテナガエビが香ばしい香りと共に皿に盛られ手渡され、急いでミクたちのところへ戻る。
「ほら食べてみなよ。最初にいくのが怖かったら僕も同時にパクつくからさ。苺は冷めるまで待ってるんだぞ?」僕はそう言って苺の分を寄せてからフーフーと大げさに息を吹きかけた。
「あら、私も熱いのは得意じゃないのよね。こよみにフーフーしてもらおうかな?」そう言って、箸でつまんだテナガエビの素揚げを僕の目の前へとかざしてきた。
「ちょっと…… 冗談にしたって恥ずかしくないのかい? 苺みたいにチビならまだしも、同学年にそんなことしてもらうもんじゃないだろうに」僕はやんわりと断りを入れた。
しかしミクは頬を膨らませ不満げな様子を見せてから一言――
「待ち合わせて突然告白してきた男子の言う台詞とは思えないわね。どっちが恥ずかしいことしてるのかって考えたら、これくらいじゃ仕返しにもならないわよ」
「なるほど、僕にも恥ずかしい思いをしろってことか。でもさ、してもらう側のミクも十分恥ずかしいだろ、コレ?」
「そうよ! だから勢いでさっさと済ませて欲しかったのに、これじゃまた私が恥ずかしいだけで負けっぱなしよ。どうしたらやり返せるのか考えておかないといけないわね」ミクはどうにも負けず嫌いらしい。
だがそんなことをしているうちにほど良く冷めてしまったので、結局初めてのテナガエビは三人同時にいっせーのせで口へと放り込んだ。
「すごい、本当にエビの味がするのね。当たり前なのはわかってるけど、それでもなんだか不思議な体験をした気分だわ。へえ、これがテナガエビなのね」どうやら気に入った様子で次々に口へと運び、ポリポリと小気味いい音をさせている。
僕はその様子を見ながら彼女の口元が気になって仕方なかった。少しぷっくりと膨らんだ下唇が、テナガエビを噛むたびにぷるっと揺れて、見てるとドキドキする。
「ちょっとこよみ? 女の子が食べてるところをそんな風にじっと見つめるのはマナー違反、いいえ、もう法律違反と言ってもいいわよ! まったくもう!」そう言ってたった今かじったテナガエビの残りを僕の口へと差し出した。
その行為に対し、僕は反射的に口を開けてしまい無事に口の中へと納められる。もちろん箸の先も一緒にだ。つまりこれは――
「あー、こよみったら私の食べかけを食べちゃった! それって間接キスよ!?」自分から差し出しておいて良く言う、と言いたいのをグッと我慢して僕は頭をかいた。
「あ、ああ、つい…… へんなことしてごめんよ?」そう頭を下げながら上目でミクをチラリ見ると、なんとなく満足げな表情に見える。つまりやり返してやったと思ってくれたのだろう。
「いちごもいちごもー」そんな僕たちの駆け引きとは無縁な妹は、仲良くしているのが羨ましいらしく、自分にもあーんしろとせがんだ。
「はいよ、あーんしな。ほら、熱くないから大丈夫だよ」僕が苺の口の中へテナガエビを放り込んでからふと顔を上げると、庭先に自転車を停めてこちらを睨みつけている櫻子が見えた。




