10.スーパー女子
夕方になり陽が大分傾いてきたところで僕らは後片付けに入った。結局鯉は一匹も釣れず、二十五センチくらいのヘラブナが一匹釣れただけという、僕にとっては散々な結果だったと言えよう。
しかしテナガエビ組はかなりの釣果を上げていた。健二は得意なだけあって一人で二十匹以上釣ったようだ。涼太も十以上、僕も六匹でなんとか形になった。
「それにしても大漁ね。まさかこんなに簡単に釣れるとは考えていなかったわ。とっても楽しかった、ありがとね」そう言って笑ったミクの顔には夕陽が反射し眩しくて直視できないほど輝いている。
「いやいや、始めからこんだけ釣るやつはいないぜ? マジで凄すぎだろ。危なく負けるかと思ったくらいさ」テナガエビ釣りには相当の自信を持っていて、負けず嫌いな健二がここまで言うのは珍しい。
「だって健二がこっち投げろとかここに居そうだとか教えてくれたじゃない? 勝ち負けだなんて言うくらいなら教えないで自分が釣ればいいのに。みんなホントに優しいのね」
「べ、別に優しくしたわけじゃねえよ。地元に来たやつに嫌な思いさせるわけにはいかないからな、ただそれだけさ」
つまりそう言うところが優しいって言われてるんだが、健二はどうしても認めたくないらしい。普段はモテないとか愚痴をこぼす割りにはひねくれた発言も多く、僕からすればわざわざモテないように振舞っているようにしか見えない。
「でもそれを差し引いても十五匹以上釣るなんてただもんじゃないよ。竿捌きも手際も良かったけど普段から釣りしてるのか?」涼太の疑問はもっともである。僕も興味津々でミクの答えを待った。しかし――
「釣り自体は初めてじゃないわ。でもそれ以上はヒミツ、宇宙釣りのことを、地球人へそう簡単に教えるわけにはいかないもの」と、いつもの調子に戻ってしまった。
「僕もいつか宇宙で釣りがしてみたいもんだよ。いったいどんな魚が釣れるんだろなあ。やっぱ大物なのかな?」僕は純粋に興味を持っていた。もちろん宇宙魚ではなくミクが釣ったことのある魚の種類を現実的な話としてだ。
「まあそれはそのうち明かせるときが来たら、ね。それでもこの大量のテナガエビはどうするの? 食べるつもりなんでしょう?」ミクは話をそらしつつ疑問を投げかけてきた。
「持って帰ってから数日きれいな水で飼っといて、その後おやつに揚げてもらうんだよ。レキの母ちゃんはこういうのに抵抗ないからいつもやってくれるんだ。うちの母ちゃんは絶対無理だからなあ」
「うちは玄関先が店だからこういうのは出来ないんだ。だからいっつも暦の家に頼んじゃうもんな。今回も頼めるだろ?」
「もちろんオッケーさ。ちゃんと母ちゃんに確認済みだから心配するなって。明後日の昼にやってくれるって言ってたよ。なんならみんなうちで飯食えばいいじゃん。父ちゃんが休みだしバーベキューやってくれるよう頼んでおくからさ」
「なんだ、やっぱりお父さんのこと好きなんだ。でも私もお呼ばれしてしまって平気なの? 一度も行ったことないのにご飯までご馳走になるのは気がひけるわ」
「それは心配いらないけど、父ちゃんを見られるのは恥ずかしいかもしれない。マジで女子にはウザいはずなんだよ。事前にしつこくするなとは言っておくけど……」
「あはは、こよみが将来どんな大人になるのかがわかってしまうかもしれないから恥ずかしいのね。苺ちゃんにも会ってみたいし、明後日を楽しみにしてるわ」
そんな約束をしてから皆と別れた僕は、電動アシストの力で楽々な帰り道だ。そう言えばミクは歩きで来ていたけど家はどのあたりなんだろうか。まさか土手に宇宙船が隠してあるなんてことはないだろう。
まだそれなりに明るかったからいいけど、もっと暗くなってから帰る時にはきちんと送って行かないとダメだ。それが父ちゃんの言う真の男だからなんだけど、その言い分の正しさはともかく、真の男の意味はさっぱり分からない。
母ちゃんに言わせると、今時男らしいとか女らしいってのは古い考えで否定されがちらしいけど、それで父ちゃんがいい気分で稼いできてくれるんだから構わないそうだ。
だから母ちゃんも家事を頑張ってるふりをして、旦那を持ち上げているんだと常々言っている。でも本当はちゃんと頑張っているのを知ってるし、父ちゃんも持ち上げられてることをわかっていながらあえてノッテいる。
それを二人して僕へ暴露してくるのだから、何がしたいのかまったくわからない似たもの夫婦なのである。そんな親の教育が実っているのかわからないけど、僕は外見から想像するよりはるかに女子にモテるのは事実だった。
つまりそんな生き様を叩きこんでくれている父ちゃんも、若い頃は本当にモテたんだろう。母ちゃんがその争奪戦に勝利したというのはまんざら嘘ではなさそうだ。
これでもうちょっと考え方がまともなら尊敬も出来るのだが、どうにも自分勝手で困る。今回の自転車にしてもそうだ。僕の自転車を壊しておいて丁度いいから母ちゃんの自転車を買い替えるとか意味が分からない。
そんなことを考えているうちに家に帰りついた僕は、大漁だったテナガエビのバケツを下ろして外水道のところへと置いた。それから教わっていた通りに自転車のバッテリーを外して下駄箱の上の充電器にセットする。
「ただいまー! テナガエビ超大漁だよ。明後日の昼にみんな呼んだからね。父ちゃんもどうせ暇なんだろうからバーベキューやって欲しいんだけど大丈夫かな?」
「おかえり、父ちゃんは今風呂入ってるから一緒に入って来ちゃいな。そんで自分でお願いするんだね。ダメとは言わないと思うけど、テナガエビは大分取られちゃうかもしれないよ?」
「先にトロ船へ移さないとだから風呂は後で入るよ。そういや僕は六匹しか釣ってないからその分までって言っとかないとまずいな…… ところで苺は何してんの? 父ちゃんと一緒に入ってる?」
「そうだよ、後から行ってついさっき入ったばかりだからまだ出てこないよ。苺を気にかけるなんて珍しいけどどうかしたのかい?」
「最近友達になった女子が一人来るから喜ぶかなって思ってさ。ちょっと変わってるけど面白い子なんだ。テナガエビ釣りするのは今日が初めてだったのに十六、七匹釣ったスーパー女子さ」
「へえ釣りやるなんて珍しい。最近は櫻子ちゃんたちも来ないしモテ期が終わったのかと思ってたのに相変わらずやるもんだねえ。まったく余計なところだけは父ちゃんにそっくりだよ」
「それ褒められてないよね? モテるかどうかは別にしても、女子に優しくするのはいいことでしょ? でも櫻子はこないだ会った時も嫌な顔してたけどさ……」
「アンタが誰にでもいい顔するから気に入らないんだろうね。明らかにべた惚れだったのにその他大勢みたいな扱いしたらそりゃ怒るさ。女ってのは嫉妬深いっていつも教えてるだろ?」
「みんながみんな母ちゃんみたいにキツかったら困るっての。あーコワイコワイ」
僕は後ろから飛んできたスリッパを避けながら、もう一度玄関先へ出て行った。




