8 入学
「なんとか間に合ったね~」
「そうだな」
入学式の会場に着いた俺とリリーは、受付を済ませ、会場に並べられた座席に座っている。
外見よりも会場の中はとても広く、前には大きなステージが存在する。会場の内装も凝っており、椅子さえなくなればパーティーでも開催できそうだ。
ビ―—————。
「あ、始まるみたいですね」
「ああ」
開始のブザーが鳴り止むと、ガヤガヤとしていた会場に静寂が訪れた。
「はーい、どうもー。入学者のみなさん、こんにちはー!」
「ようこそ」
少し待つと、ステージの上手側からマイクを手にした二人の女性が出てきた。
一人は短めの茶髪に、身長は俺よりも少し低いぐらい。服装は『学園』の制服、腰にはレイピアを携えている。なんだかテンションが高い気がする。
もう一人は腰まである黒髪に、身長は隣の茶髪の人よりも頭一つ半低い。服装は制服ではなく、黒のドレス。胸元にピンク色の花を付けている。彼女を見て、『お嬢様』という言葉が俺の頭に浮かび上がった。
「あたしはミカ・エピデンドラム。こっちのちっこいのはハンナ・バーベナル。この『学園』の生徒会長様だ」
「よろしく」
バーベナル生徒会長はエピデンドラムの紹介に合わせてゆっくりとお辞儀した。二人共、ゆったりしているようで全く隙がない。見ただけでかなり腕が立つと分かる。それだけで二人から目を離せなくなった。
「てことで、自己紹介はこの辺にして。さっさと入学式をやろーぜ」
「その前にトーナメントのことを話さないと」
「おー、そうだったな。えっと、トーナメントってのは、入学式の後に行う戦い。簡単に言っちまえば順位決定戦トーナメントだ」
「受付時に渡されたカードに書かれている数字が、あなたたちそれぞれの仮の個別番号。それを使ってトーナメントを組むわ」
そういえば、受付の時にいろいろ渡されたな。
俺はズボンのポケットに押し込んでいた紙を取り出した。そこには百二十三と書かれている。隣の席に座っているリリーは……………こっくりこっくりと船を漕いでいた。
放っておこう。
「一体一で戦って、強さを測る。そして、順位を決めるってもんだ。どうだ、簡単な話だろ?」
「……はあ、詳しい説明は端末に送るわ。後で見てちょうだい」
端末という、心当たりのない言葉が出てきた。
「それで入学式を始めるんだが。あー、めんどっちー式典なんかはしない」
「早速、トーナメント出場者を決める」
エピデンドラムの発言により、会場がざわつき始めた。
この後トーナメントがあり、そのトーナメントの出場者をこれから決める。つまり、今ここで選抜、ないし何かしらのテストがあるってことだ。入学式でそんなことをするなんて初耳だ。周囲がざわつくのも頷ける。
ステージ上では、その様子を見てエピデンドラムがニヤニヤと笑みを浮かべている。生徒会長は静かに佇んでいる。
「黙って」
バーベナル生徒会長がさっきよりも低い声で一言だけ発した。その一言により、ピタリとざわつきは収まった。魔法の予兆はなかった。『学園』の生徒会長は伊達ではないようだ。
「んじゃ、こっからの入学式について話すな。さっきも言った通り、これからトーナメント出場者を決める。理由としては全入学者でトーナメントをやると時間が足んねーからだ。あと、これは毎年恒例のことだからな。後から結果に文句とか言うなよ」
「逆にいえば、入学式さえ切り抜けたらトーナメントには出れる」
「うんうん。そーゆーことだ!」
つまり、トーナメントに出たければここからの入学式をどうにかしろと。
……ん? トーナメントに出られなかったらどうなるんだ?
「安心してちょうだい。トーナメントに出られなくても入学は、できる」
なんだ、入学はできるのか。
「トーナメントに出れなかったやつはトーナメントと同時進行で行うバトルロイヤルに出てもらう。そして、バトルロイヤルの成績によってクラスを振り分ける。AからEまであるクラスのうち、Aクラスには振り分けられない。Aクラスはトーナメント出場者のみだ。その後の成績によっては上のクラスに行けないこともないが……それには時間がけっこーかかる。とどのつまり、Aクラスになりたかったらトーナメントに出る必要があるし、授業内容の低いEクラスが嫌なら、今からの入学式を頑張ってくれ!ってことだ」
「あと、トーナメント出場者には特典付き」
クラスなんてどうでもいい。特典も興味はない。『学園』に入学できればそれでいい。
「えー、リュウちゃん。授業内容が低くてもいいのですか?」
視線を下ろすと、フェアがひょこりと巾着から顔を出していた。
「そんなんどうでもいい」
俺は授業が目的で来たわけではない。
「どうでもいいわけないので…………ちょっ、リュウちゃん!押さないで…………ッ!」
俺はフェアを巾着へと押し込み、ステージに意識を戻す。
「説明も大体終わったし、そろそろ始めますか。みんなさん、用意はいーかー?」
エピデンドラムがグーッと伸びをする。用意はいいかと、言われても何をするか言われて無いのだから用意のしようが…………ッ!
ゾクリ、と俺の背筋に冷たいものが走った。『印』が激しく輝く。
伸びを終えたエピデンドラムが、ゆっくりとレイピアの柄に手を添える。
―――来る!
俺は急いで椅子に飛び乗る……ッ!
「そいや!」
レイピアが鞘から引き抜かれる前に、俺は寝ているリリーの肩を蹴り、もう一度跳躍。うにゃっ、とリリーの声が聞こえたが知ったことか。俺が宙に浮いたと同時に、エピデンドラムはレイピアを抜き、そのまま水平に凪いだ。音も無く、剣先の軌跡に沿って『波』が放たれる。『波』は会場をうねる様に進み、ほとんどの生徒を飲み込でいった。
それは、あっという間の出来事だった。
『波』の回避に成功した俺は、着地してから軽く会場を見渡した。かなりの人数が『波』を直撃で受けたようで、気を失っているものがほとんどだ。椅子に力無くもたれかかったり床に倒れていたりと、なかなかの地獄絵図と化していた。隣の寝こけていたリリーはというと、椅子からずり落ちてひどい体制で目を回している。意識はあるようだ。
俺は久々にかいた冷や汗を手で拭いだ。『印』が反応していなければ、俺も回避することは叶わなかったと思う。それほどまでに、エピデンドラムの抜剣は速かった。
「ふう、こんなもんかな」
ここにいるほとんどの生徒の意識を奪った張本人は、飄々とレイピアを鞘に納めた。
「……もう少し手を抜きなさいよ」
「これでも抑えたほうなんだぜ? ま、予想よりは減っちまったが、いーじゃねーか。ハッハッハー!」
エピデンドラムの言う通り、俺以外にも数人、『波』を回避したとおぼしき者がちらほらといる。
「それじゃー、とりあえず入学式はここまでな。今のを避けた、または無効化した人のみでトーナメントをする。オーケー?」
なるほど。残っているコイツらとトーナメントをするのか。
「うーん、だいたい十人前後か、なあ? 確認が終わるまでは待ってて―――っと、おっ?」
エピデンドラムがステージ上から人数を目算している時に、視界の端でスッと誰かの右腕が挙がった。 俺は身体をあまり動かさずに顔だけ動かして誰が挙げたを確認する。そこには、見覚えのある赤髪の少女が立っていた。
「いえ、十六人です」
「おや、君は誰だい?」
「ハルカ・ウィンターチェリーです」
「ハルカちゃんね。オッケー、オッケー。んで、その十六人はトーナメント出場者のことかな?」
「そうです」
「基準は何?」
「基準は意識の有無、魔力残量です。意識を保ったまま立っている者は十人。魔法でガードし、それでもなお魔力を多く内包している者が四人。また、そこの男性の隣の女性のように避けた方者も含め、合計十六人です」
ウィンターチェリーがこちらを指さしてきたことから、男性が俺で、隣の女性はリリーのことだと分かった。
「オッケー、説明ありがとう。どうだい、生徒会長?」
「……そうね、私はそれでいいと思うわ。十六人の魔力も『記憶』できたし」
「オッケー。んじゃ、入学式はこれで終わり。じゃあな~解散!」
エピデンドラムとバーベナル生徒会長は、元来たステージ袖へとはけ始めた。
他に連絡やアナウンスがない。本当にこれで終わりのようだ。エピデンドラムの『波』を回避した人達も動き出す。
……俺も出るか。
入学式も終わったので俺も会場から去ろうとした時、また『印』が反応した。
「『雷電』!」
俺の左斜め前に立っていた男が、魔法名と共に電撃を放った。電撃の照準はバーベナル生徒会長。しかし、バーベナル生徒会長は防ごうとも避けようともしない。ゆっくりとステージ袖へとはけていくだけだ。
……なぜ何もしない……?
電撃はそのまま突き進み、バーベナル生徒会長に被弾。爆発が起き、ドンッ!と会場が揺れた。
爆発の煙により、ステージ上が見えなくなり二人の状況が分らない。
「ハッハッハ! 所詮生徒会長といってもこんなものか!!」
魔法を撃った男がステージを指差し、何やら高らかと叫んだ。
「ふーん、悪くない。それにその意気込みも嫌いじゃない」
予想通り、ステージ上には無傷のバーベナル生徒会長と電撃を握り止めているエピデンドラムがいた。
「ど、どうしてだ! 確かに爆発したはず…………!」
「ああ、今の? あれは演出」
エピデンドラムはニヤリと笑い、手にした電撃を握り潰して、消した。
「遊んでないで行くわよ」
バーベナル生徒会長は何事も無かったようにステージ袖へと消えた。
「オッケー。じゃ、改めて解散!」
エピデンドラムもそれだけ言って、バーベナル生徒会長の後を追った。それを見た電撃の男は、悔しそうに舌打ちをした。
エピデンドラム、か。さすがは『学園』。ここなら強くなれそうだ。
俺は少しだけ期待に胸を膨らませながらゆっくりと会場を後にした。




