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2 誘拐(リリー視点)

「グロス。今回の獲物だ」


 どこか暗い場所に連れてこられた私──リリー・ホワイトライトは乱暴に地面へ投げ捨てられた。


「(痛ッ!)」


 声を出そうとしたが、出せなかった。

 呼気が口から漏れただけだ。


「(なんで……!)」


 精神的なものではない。今すぐに声を出したいのに、全く音にならないのだ。


 まさか、()()……?


「これはこれは、アレス殿。いつもご贔屓にありがとうございます。へっヘっヘ……」


 カツカツと足音を鳴らしながら背の低いローブ姿の男が現れた。男が近づくにつれて生ゴミのような悪臭が漂ってくる。


「おお……おお! これはこれは。なかなかの上物ですなあ、アレス殿」

「そうだろ? 高値で頼むぜ」

「へっヘっヘ、もちろんでございます。それでは査定させてもらってもいいですかな?」

「ああ、任せる」


 査定、なんのこと……?


 フードの男──グロスは私に近づき、ゆっくりと膝を曲げて屈みこんだ。


 何をするつもりなの……。


「それでは査定を始めますね、へっヘっヘ」


 ぬっと手を出したグロスは迷いなく私の胸元へ差し伸べ、服越しに私の身体を触ってきた。


「(いやっ!!)」


 私は体をできる限り動かして、ゴツゴツとした気持ちの悪いグロスの手から逃げようとする。


「動くな」

「(はぅ……ッ!)」


 しかし、大剣を背負った男───アレスが暴れる私の頭をガッシリと掴み、地面に押し付けた。

 万力で締め付けられたような痛みが頭部を襲う。私は激痛のあまり動けなくなってしまった。


「へっヘっヘ、ありがとうございます」

「早くしろ。それと、遊ぶのは後からにしておけ」

「……分かりました」


 アレスに注意されたグロスは査定を再開する。

 身体を舐め回すような手の動きは服の上からでもとても気持ち悪い。全身に虫唾が走る。

 一つだけ幸いなことに、アレスが注意して以降、胸や尻といった部分には触れて来なかった。顔や髪、四肢にキズがないかじっくりと見ているようだ。


「にしても、ほんとアレス君の魔法はこのためにあるような魔法だよな」

「いいよな、アレスは。魔法は()()がいるから羨ましいぜ」

「そう言うが、この『無音(サイレント)』はゴミ魔法だ。戦闘じゃつかいもんにならねぇからな」

「魔法の無い俺たちからしたら、一つでもあるだけで羨ましいんだよ。」

「そうだそうだ」


 触られている感触を紛らわすため外に意識を向けると、近くの木箱に座っている取り巻き二人とアレスの会話が聞こえてきた。


 やはり私が声が出せないのは、魔法のせいらしい。

 いったい、どうすればいいの……。


 手足は縄で縛られ、自力では抜け出せそうにない。声も封じられ、助けを呼べない。


 ―――怖い。


 不安になり、これからどうなってしまうか考えてしまう。最悪な考えが浮かび上がった。


 もしかして私、奴隷にされちゃうのかな……。


 グロスが奴隷商人ならば、さっきまでの話の内容にも辻褄が合う。今行われている査定も奴隷としての価値を測っているのかもしれない。このまま売られて、どこかの闇市に流されるのかもしれない。誰かに買われて、刻印契約を掛けられて、一生を奴隷として生きていくことになるのかもしれない。


 あれこれと考えれば考えるほど私の身体は怖張っていく。目頭が熱くなり、涙がポロポロと零れる。


 ─────私は、無力だ。


 叶えたい想いがあって『学園』に来た、そのはずなのに…………。

 何もできずに終わってしまう。昔と変わらない。思考が闇に呑まれ、心が黒く侵食されていく。

 ダメだと理解していても、私の思考は徐々に抵抗を止めていく。

 

 最後に悔いは無いか考えた時、心が大きく鼓動した。


 嫌だ。


 暗く淀みかけた私の心に小さな火が紅く灯った。

 そして、思い出す。決して忘れることのない、あの光景を。あの屈辱を。



 いやだイヤダ嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だっ!


 小さな火は消えることなく、燃え続ける。揺らめく紅い火は闇を寄せ付けない。


 諦めたくない、諦めたくない、諦めたくなんて、ないッ…………!


 心が叫ぶ。その都度、紅火の火力が増していく。心が張り裂けそうなぐらいに痛い。



 ──私は、まだ、諦めない。


「(誰か!助けて……!!)」


 私は声にならない声で訴えた。それが今の私にできる唯一の抵抗。

 哀あわれで無力な私の叫び。



 グァキィィンンン!!!



 突然、爆音が部屋に響き目先にある扉がバラバラに砕けた。暗かった部屋に、眩しい程の光が差し込む。


 いったい、何が…………。


「その子を返してもらうぞ」


 扉があったところに、一人の影が現れた。



 ◇ ◇ ◇



 俺は()()()()()()()()()で少女の居場所を特定し、その場所に到着した。

 そこは大きめな倉庫だった。金属性の壁には所々小さな穴が空いていたり、茶色く風化した箇所が見られる。今はもう使われていないことが察せられた。


「おい、フェア。確認だがここで合ってるよな」

「えっとー…………ッ! リュウちゃん! 急いでなのです! 早く! ここで正解なのです」

「分かった。フェアは頭隠しておけよ」

「はいなのです」


 巾着から頭だけ出していてフェアは、返事をしながら巾着に戻った。

 俺は忘れずに紐を引き、巾着の口を縛る。これでフェアが中から転げ落ちることはない。


「とりあえず、邪魔だなこの扉」


 俺は老朽化によりボロボロになっている目の前の扉を、思いっきり蹴飛ばした。


 グァキィィンンン!!!


 跳ね飛んだ扉は床に衝突して、バラバラに砕ける。壊れる音が部屋の中で反響する。

 うっすらだが倉庫の中が見える。部屋の中央に大剣を背負った男、その男に押さえつけられてる銀髪の少女、ローブ姿の男、合計三人を見つけた。


 ……当たりだな。


 確信を得た所で、俺は倉庫の中に足を踏み入れた。


「その子を返してもらうぞ」

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