1 到着
俺はガタゴトと揺れる馬車の荷台に横たわり、澄んだ空を見上げていた。
青空がどこまでも広がり、真っ白な雲が点在している。さんさんと太陽が照りつける中、鳥が何羽か視界内を過ぎ去っていく。
気持ちのよい風が吹き、俺の髪を揺らした。
……寝るか。
「リュウちゃん! リュウちゃん! 見て見てなのです!」
突然の大きな声により、ぼんやりしていた意識が強制的に晴らされる。
「……なんだ」
「ジャーン!! どうですか? どうですか!?」
どうですか、と言われても……。
俺の目前には指輪サイズの花冠がふわふわと浮いているだけで、声の主はどこにも見当たらない。
「それより、少し静かにしろ」
「アイタッ!」
浮いている花冠のあたりにコツンと手刀を当てる。
「むー…………痛いのですー、リュウちゃん」
「ちゃん付けで呼ぶなと言ってるだろ」
「なんなのですか。プンプンなのです」
ちゃん付けの腹いせに、もう一度コツンと叩く。
「アイタッ!! もう! リュウちゃん!」
「うるさい」
「そんなことだとモテないのですよ!」
「はいはい。というか、姿見せなきゃ意味ないだろ」
「え……? ああ、忘れていたのです」
花冠の周辺がキラキラと光り、一人の小さな女の子が現れる。
「はい、これでどうですか?」
「ああ、見えてるよ」
彼女の名前はフェア・クローバー。腰まで伸ばした蒼銀色の髪に、手のりサイズの身体と背中から生えている二枚一対の羽が特徴だ。今も羽を使って音をたてずに空中を自由自在に飛んでいる。
『妖精』と呼ばれる種族の一人で、訳あって一緒に行動している。
「それでそれで、どうですか? これ!」
フェアは俺の鼻先ギリギリまで近づき、草冠をアピールしてきた。
ここで無視すると余計に面倒なことになることは今までの付き合いで分かりきっている。
とりあえず褒めておくことにしよう。
「ああ、いいんじゃないか」
「えへへ、ありがとなのです。でも、いつかその言葉を心から言わせてみせるのです!」
フェアは笑顔を俺に向けてから楽しそうにその辺を飛び回った。
どうやら『聴かれて』いたらしい。
それからガタゴトと馬車に揺られること数分後――――。
「あ、リュウちゃんリュウちゃん。もしかして、あれですか?」
いつの間にか眠っていた俺はフェアの声で目を覚ました。ゆっくり起き上がってフェアが指差している方向を見る。そろそろ目的地に着くようだ。
視線先には、他に類を見ないとても大きな街があった。
◇ ◇ ◇
街に着いた俺とフェアは、乗せてもらっていた馬車の人にお礼を言ってから街中へ向かった。
「うわぁ、広いのですー!」
フェアの言う通りこの街はとても広い。街全体が円状の形をとっており、真ん中に大きな時計塔がそびえている。この規模の街は見たことがない。
テンションが上がる気持ちは分かる。だがその前に――――。
「おい、フェア」
「はーいなのです」
腰にぶら下げた大きめの黒い巾着の口を開けて、フェアを呼ぶ。いつものことなので、フェアは文句一つ言わずに巾着の中に入った。
フェアの姿はかなり目立つため、人通りがあるところではこの巾着の中で待つように決めている。
来るときのようにフェアが姿を消しておくという手もあるが、昔それで一度はぐれてしまいかなり大変な思いをした。その反省を踏まえて、今はこの形をとっている。
「……少し早いが、昼飯にするか」
俺がここに来た理由は『学園』の入学式に参加するためだ。『学園』の入学式は昼過ぎから。まだ時間がある。小腹が空いてきた俺は、どこか食事処を探ことにした。
あてもなくうろうろと裏道を歩いていく。
フェアのこともあるため人が少ない店を探してみるが、なかなかいい店が見つからない。
最悪どこかでパンを買って食べることにすれば良いが……味気ないよな。
「や、止めてください!!」
細い道を抜けた所で若い女性の声がした。気になってそちらを見ると、同い歳ぐらいの銀髪の少女が、壁を背にした状態で三人の男に囲まれていた。
「その服装、お前『学園』の新入生だな」
「そ、そうですけど……それが何か……」
「おい、お前らコイツを運べ」
「ちょっと、や、止めてくだ――――」
そこまで見て俺は店の探索を再開することにした。
俺やフェアに危害が加わるなら介入するところだが、今回は問題なさそうだ。
面倒なことには首を突っ込む必要はない。
「……おい、何のつもりだ、フェア」
少し歩いた所でフェアが俺の前で身体を広げ、通せんぼしてきた。
いつの間に出てきたんだ……。
「リュウちゃん」
「なんだ」
「お願いがあるのです」
じっとこちらを見てくるフェア。
「フェア、巾着に戻れ」
「話を聞いてほしいのです!」
「………………」
嫌な予感がする。
「あの女の子を助けてほしいのです」
やっぱり。
「嫌だ」
「お願いなのです。リュウちゃん!」
フェアが真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。俺はじっとフェアの蒼い眼を見つめ返す。
互いに言葉を発しない時間が生まれた。
少しして、俺は溜め息を一つ吐いた。
「……今回だけだぞ」
「あ、ありがとうなのです。リュウちゃん! 」
俺はフェアのお願いを聞くことにした。
初めは断るつもりだった。あの少女がどうなろうと俺達には関係ないからだ。
フェアは近くの人の心の声を『聴く』ことができる。だから、俺が断ることは分かっていたはずだ。それにも関わらず、こうして俺に頼み込んできた。
こんなことはこれが初めで、少し興味が湧いた。それと、純粋にフェアの想いに根負けしてしまったところもあったりなかったりする。
「本当に今回だけだからな」
「はいなのです! あ、それとお願いついでになのですが、その……できればみんな怪我がないようにお願いできます、か?」
「……はぁ、分かったよ。約束する」
「ありがとうなのです!」
「いいから巾着に戻っておけ。じゃないと助けてやらんぞ」
軽く脅すとフェアはあたふたしながら巾着に戻った。
我ながらなかなか面倒なことを約束してしまったものだ。
「それじゃあ……って…………」
いざ少女を助けようとしたが、そこにはもう誰もいなかった。フェアと話している間に移動してしまったみたいだ。
はぁ……。
「……とりあえず探すか」
こうして俺、クサナギ・リュウヤの『学園』生活は面倒なことから始まった。
まだ入学してないけど。




