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第三話-The girl who understood gains a knife.【ⅩⅦが逆位置に固定された】

第三話-The girl who understood gains a knife.

【ⅩⅦが逆位置に固定された】



 凄まじい痛みに、みさきの視界は暗黒に包まれた。意識を飛ばして、その場に倒れた。ブレザーの制服の下の白いシャツは、きっと血で真っ赤に染まっているだろう。

 少年はただ、その光景を眺めていた。ただ、何もせずに眺めているだけだった。


「…」


 その瞳は何も映さない、曇りきったガラスの様になっていた。しかし、そのガラスを割ったその先に、灼熱の炎が燃えていた。其れはとても紅かった。




「…ん。」


 目が覚めた。真っ先に視界に入ったのは自分の部屋の天井だった。次に視界に入ったのは、うつ伏せる母の頭だった。どうして自分のベッドにうつ伏せているのだろう。いや、何故私はベッドの上に(・・・・・・)いるのだろう。

 混乱し、さらに寝起きの様な状態の頭はまるで使い物にならず、ただ母の頭を眺めていた。突然、もぞり、と母が動いた。頭を上げて、母と視線が絡んだ。


「みさき、起きたのね!母さんよ、分かる?」

「うん。分かるけど…」

「よかった…玄関で血まみれで倒れていて、吃驚したのよ。救急車は出られないって言うし…」


玄関で(・・・)、血まみれで倒れていた。

ああ、思い出してしまった。みさきは動きの鈍かった脳が覚醒して行くのを感じた。


「でも、誰が包帯を巻いてくれたのかしらねぇ…それよりも、お父さんにも電話しておくわね。あの人も心配していたのよ?」


 そう言って、母はみさきの部屋を出て行った。訪れた静寂はただ痛かった。


 ふと、みさきは自分が制服のままだったという事に気が付いて、着替えようと思いながらベッドから起き上がった。あの、燃える様な痛みは嘘だったように消えていて、逆に違和感があった。シャツのボタンを外していると、そこにあったのはみさきの一般的な肌色ではなく、真っ白な包帯だった。


 誰が包帯を巻いてくれたのかしらねぇ


 母が言っていたのはこれのことだったのだ。

みさきは巻かれた包帯を見る。鎖骨よりも五センチメートルほど下から、尾骶骨の少し上まで、背中全体を隠すように巻かれていた。きつくなく、少し緩いぐらいで、とても丁寧に、綺麗に巻かれていて、驚く。

まあ、いつまでも眺めているのもどうかと思い、包帯の所為で少し動きにくい体で私服に着替える。


「あれ?」


 黄色のTシャツと白いスカート、ピンクのパーカーを着てから、ぐるりと部屋を見渡すと、机の上に見慣れない何かが置いてあった。其れは銀色で、細長い、


「あの時の、」


 ナイフだった。


「君が選んだその未来が、君が選んだその時に始まった。もう、始まってしまっている。」


 少年の声が、確かに後ろの扉の方から聞こえた。


「何者なの!」


 みさきはあまりの恐怖に振り返れなかった。机に向かったまま、ナイフを手に取らずに叫んだ。しかし、あの時の少年は質問に淡々と答える。


「僕は『真実を執行する者(アクマ)』。与えられた固有名詞は『(さとし)』。」


 アクマ、怜、少年はそう名乗った。


神の候補生(エンジェル)に対し、運命―すなわち真実を執行するのが役目。」


 少年―怜は扉の前に立ったまま動かない。最もみさきは怜のほうを向いていないので、そんなことは分からない。ただ、声のする方向は変わらないので、動いていないとしか思っていなかった。立っているか座っているかなど分からなかった。


「一体何なの、それ。意味が分からないのだけど。」

「其れを伝えに来た。」


 再び、みさきはぞっとするような恐怖に陥った。未知の境域に足を入れる際に、ごく自然に人間が体験する恐怖だった。だが、この全てが科学によって成り立つような世界で、未知のものに出会い、恐怖することなど殆どないに等しい、つまり、みさきにとってこの『恐怖』さえも未知のものだった。底知れぬ恐怖がみさきを襲った。

 怜はそんなみさきの様子など、まるで気にしない様子で話を続けていた。


「白林みさきの運命を伝えに来た。」


透き通るボーイソプラノが静寂に響いた。




 まず、神が世界を創造した。世界を命で潤し、太陽で輝かせた。幾つもの年月が過ぎ、いつしか世界は意思を持った。それは「生きたい」という、ごく単純なものだった。世界は神という母の腕ですくすくと成長し、神は老いて、衰弱した。世界は巨大なものとなったが、神に頼って育った為、細かいことを考える為の組織が育たなかった。世界とは元々神が存在しないと死滅するものだった。なので、世界は「生きたい」という意思の下、新たに神を作り出すことにした。そして、世界で生きる生命体の中で一〇つ、世界を無事に生きさせることの出来る存在を、老いた神に選ばせた。

それが、神の候補生(エンジェル)


「白林みさきはそれに選ばれた。ただ、選択肢は与えられていた。其れは世界の作った規則(ルール)だ。もし、ナイフを握らなかった場合、候補から外されることになっていた。」

「…そんな、」


 みさきの言葉に耳を傾けずに、少年は語り続ける。


 神の候補生たちは世界の作った規則、それは言い換えれば運命というものよって縛られた。

一、選ばれる神の候補生は一〇つ。

二、神の候補生にはそれぞれにナイフが与えられる。

三、神の候補生から神になれるのは一つ。

四、数え年一五になるまでに神が一つにならなかった場合、全ての神の候補生が消える。

五、世界の意思にそぐわない行動を取った神の候補生は消える。

 そして、それらを執行する役目を担うのが真実を執行する者(アクマ)と定めた。


「…」


 さっぱり意味が分からなかった。


「白林みさきの背中に傷が刻まれた。その傷が四対と一つの翼となったとき、最後の傷を世界が刻む。そして白林みさき、つまり神の候補生(エンジェル)は神となる。」

「背中…」


 みさきはゆっくりとした動作で背中に手を当てた。一つ、二つと、指先や手のひらに傷の凹凸が伝わった。


「すでに、六つ消されている。」

「え、」


 消されていると、怜は言った。それに反応してみさきはとうとう後ろに勢い良く振り向いた。

 あの時と変わらない、皺一つない白いローブを纏い、金色の髪と青い瞳を白い肌と一緒に持つ美しい少年。つまり怜は青い瞳で確かにみさきを射抜きながらも、何も写してはいなかった。少なくとも、みさきはそう感じた。


「消されているってどういうことなの。」


 みさきは震えながらも、ほのかに怒りを含ませた声で言った。

 怜は一回瞬きをして、再びみさきを見た。そして言った。




「殺されたということだ。」



 神の候補者(エンジェル)か、真実を執行する者(アクマ)によって。






――ⅩⅦとはタロットの大アルカナⅩⅦのことですよ。


   正位置では、希望やひらめきなどの意味を持つのですが


   逆位置なので『失望』などの意味を持ちますね     ――


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