第一話-They are the remainder in ten persons' candidate.【アルストロメリアの花束を】
第一話-They are the remainder in ten persons' candidate.
【アルストロメリアの花束を】
「…うっそだぁ」
みさきは、ぐったりとクラス表の前でうなだれた。他にも生徒が数人居て喜びの声や残念そうな声、はたまた叫び声も聞こえる。まだ発表されて間のない早い時間だ。普段ならみさきも寝ている時間帯だ。
こんなところに居ても仕方が無い。
みさきはずり落ちていた紺色の鞄をかけなおして新しい教室へと駆け出した。
ガラッ
「おはようっ」
「はよ、みさき。」
「なんだ、恋いたの」
「なんだとはなんだ、おい。」
「はいはい。」
みさきの肩を通りすぎた黒髪とは違って、恋は地毛の茶髪を短く切ってある。髪型や低めの声それに男らしい態度で男子に間違えられるが、女の子である。しかも見た目を裏切らない運動神経の持ち主である。
「ところでみさき。」
「うーん何。」
「今何時だ」
「それぐらい自分で見なよ」
なんでこんなのと親友なのだろう。
みさきは頭を押さえる、同時にため息。最初は小学校一年、二年とクラスが同じなだけだった。三年から腐れ縁を感じてそれまで挨拶程度だった仲がお互いの家に遊びに行くまでになった。
それから、四、五、六年そして中学一年とずっと一緒のクラスである。正直、先生に訴えようかと思った。そのとき、扉の開く音がした。みさきと恋がその扉を見る。
「みさきさん」
「あ、委員長。」
委員長とみさきが呼んだ人物がいた。黒くて長いウエーブのかかった髪と同じ黒の瞳。白い肌と銀のフレームの眼鏡、ピンクに色づく唇。さらに、鈴の様な声。それら全てがまるで人形のように整った形でその少女についていた。
「私はもうみさきさんと同じクラスの委員長じゃないわ」
「ごめんね、委員長の印象が強くて…でもまたやるのでしょ。」
「立候補者が居なければね、はい。」
「何、」
みさきが出した手の中に落とされたのはパールピンクの携帯だった。
みさきは急いでそれを鞄にしまう。携帯が禁止な訳ではないが、恋にイタズラでもされたら大変だからである。
「驚いたー…ありがとう、羽乙女ちゃん。」
「お礼なんて言わなくて良いわよ、見つけたのは私じゃないもの。」
「え。」
「公園に落ちていたって言っていたわ、織輪君が。」
みさきは記憶の糸をたどって織輪を思い出す。黒い髪を短く切った体格のいい、運動神経のよさそうな人物だ。
そういえば去年のクラスメートだった。思い出して、謝りたくなった。すっかり忘れていた。
「ありがとうって伝えておくわ。」
そう言って羽乙女はクラスに戻ってゆく。その後姿を眺めながらみさきは羽乙女と出会った時のことを不意に思い出した。
たしか、小学校の五年生と頃だった。隣のクラスの転校生として羽乙女はみさきと恋の通う学校にやってきた。『人形』のように可愛い転校生としか認識していなかったみさきが羽乙女とかかわりを持ったのは、転校してから間のなかった頃だった。
そのときも携帯を落としたみさきは図書室で携帯を探していた。親が共働きで中々家に帰ってこないため持たされたピンクパールの携帯電話。見つからなくて日も暮れて、泣きたいような気分になったときだった。図書室の扉が突然ガラッと開いてそこに居たのは、
聞いたのは、
『みさきさん』
鈴の鳴るような羽乙女の声だった。
唖然とするみさきに羽乙女はすたすたと近づいて、座り込んでいるみさきと視線を絡ませて手を出した。
『落ちていたのを偶然拾ったの。貴方のでしょう。』
近くの人が教えてくれたわ。そう続けて言って肩をすくめる。そんな細やかな動作さえもが夕日に照らされてオレンジ色になって、人形に命が吹き込まれてゆくようで、本当に綺麗な人間なんだ。と思った。
その決定打は羽乙女が見せた笑顔だった。
『もうなくさないようにね。』
とても、人間らしく羽乙女は笑った。人形なんて嘘だと思った。どこかが、帰りの遅い親が見せる柔らかい微笑と似ていると思った。
それが、羽乙女とみさきの出会いだった。
(そのあと、すぐに恋とも打ち解けたなぁ。)
「何ボーっとしてんの?」
「…何でもない。」
昔の記憶に浸っていたら、恋が変な顔で問う。みさきは笑顔で何でもないといった。
「そういえば、転校生がいるんだな。」
「へ?」
「…ちゃんとクラス表見た?」
「ああ、そういえば。」
クラス表の一番下に見慣れない名前があった。そんな大きな学校ではないので、見知らぬ名前と言うのは、珍しい。
「転校生だったんだー。」
恋があきれた目で見てきたので、みさきはその頭を生徒手帳で叩いた。
ガラッ
新しいクラスメート達の目が教室のドアに集まる。其処に居たのはどうやら転校生らしかった。
黒い髪と瞳の男の子。濡れた黒い傘のような髪は男の子らしい長さで切られていて、瞳はテディベアの目のように真っ黒だった。肌は白くて、滑らかそうに見えた。そして、唇は紅を塗ったように赤く、白い肌に良く生えた。
「日本人形が男の子になったみたい…」
「ああ。」
恋も美しい転校生から視線を外せなかった様で、上ずった声で相槌をうった。
その後、転校生の後ろから新しい担任の先生が来て、転校生の名前が『尾崎 守斗』というと伝えられた。ホームルームが終わると、みさきは転校生に学校の案内をするように頼まれた。正確には恋もだったのだが。
「はじめまして、私は白林みさき。」
「あたしは三日月恋。」
「僕は尾崎守斗です。」
はにかむように守斗は笑った。つられたように恋も、みさきも笑った。
―― アルストロメリアの花束を貴方にあげましょうか。
花言葉はたくさんありますが、
ここでは、『幸福な日々』と言うのが一番お似合いですよ。 ――