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4.2 よくない噂

 エドセナは言う。小さな声だ。


「よくない噂を聞きました。『黒鳥の檻』の首魁が日本からこちらに戻ってきていると。おそらく、イルオール連邦のほうへ帰ったものと思います」


 フィズナーは拳で膝を叩く。


「俺はグラービを日本で仕留められなかった。奴がイルオール連邦に戻ったとなると、そちらに渡ったラルディリース様が危ない。ラルディリース様が、魔族と『黒鳥の檻』、両方を相手にすることになるじゃないか……!」


 たしかに、それがいかに無茶苦茶なことなのかは、リサでもわかる。リサだって、日本で『黒鳥の檻』を倒しきれなかった。幹部のひとりであるヴォコスを、ラミザが仕留めたくらいのものだ。


「はい。それもあり、オーリア帝国軍は再び、イルオール連邦への侵攻を決定しました。いま、各地から兵を集めています。皇帝陛下のご親征です」


 リサたち四人に、衝撃が走った。オーリア皇帝は本気だ。この地の安寧のために、全力の武力闘争を行おうとしている。


「その……。親征というのは?」


「皇帝陛下自ら出陣なさるということです。軍総司令、シデルーン侯爵が日本で急逝なされたと伺っております。そのためです」


 エドセナはそう説明したが、事実は違う。シデルーン総司令は殺されたのだ。ラミザに。


 そこへ、フィズナーが頭を下げる。口調は騎士のときのものに戻っている。


「お願いします。どうにか、私を皇帝陛下ご親征に加えて頂けるよう、お願いできないでしょうか」


 さすがに、これにはエドセナは時間を掛けて思案する。しかし、結局、肚を括ることにする。


「こう言っては失礼でしょうが、わたくしも、あなたがたと深い関係のある身。フィズナー様と魔族や『黒鳥の檻』、そしてラルディリース様との縁の強さを知る者です。……わかりました。ファーリアンダ家が陛下に掛け合いましょう」


「……感謝いたします」


 一連のやりとりを見て、リサは、ファーリアンダ侯爵家というのは、ものすごい権力があるのではないかと思った。それゆえ、ついでとばかりにもうひとつ依頼する。


「あの、エドセナさん。わたしからもお願いが。わたしは、ラミザ参謀部員に会いたいんです。それもお願いできないでしょうか?」


「ラミザ……? ああ、階級が上がって参謀官になられた、ラミザ・ヤン=シーヘル参謀官のことですね。……いいでしょう。取り次いでみることにします。ですが、あのかたは、いろいろといわくのあるかたです」


「あ、ありがとうございます」

 

 どうやらラミザは、帰国後昇進していたようだ。日本で上官を殺したというのに。そのことは証拠不十分とされたのかもしれない。だが、上官の生命を守れなかったという厳然たる事実は残るはずだ。


 おかしい。これでは、主客が転倒している。まるで、ラミザが主で、シデルーン総司令が随伴していたかのような……。


 ここまでくると、フィズナーが逆に心配そうな声をあげる。


「エドセナ嬢、大丈夫ですか? あなたはラルディリース様から次の皇后に推薦された身でしょう。皇室から返事はあったのでしょうか?」


 エドセナは首を横に振る。


「いいえ、まだ皇室は誰もお決めにはなっていません」


「でしたら、いろいろお願いごとをしすぎてはいませんか? 今回のことが次期皇后の選定に悪影響でもあったならば……!」


 どういうことだろう? リサは訝る。そして、どうやら自分は重要な前提を知らないのだと思いいたる。


「えっと、エドセナさん。もし危険な橋を渡ろうとしているのなら、教えて下さい。何があったんでしょうか? 本当に、お願いしても大丈夫なことだったんですか?」


 本気で心配するリサの顔を見て、エドセナはふっと微笑む。


「フィズナー様は、いつも素敵な仲間に囲まれておいでね。ああ、失礼をいたしました。すっかり気が動転して、皆様のお名前を伺うのが遅くなりました。いまさらですが、わたくしは、エドセナ・グム=ファーリアンダ。ファーリアンダ家の唯一の嫡子です」


 それから、フィズナーを除く三人が名乗っていく。


「わたしは逢川リサ。リサが名前です」


「ベルディグロウ・シハルト・エジェルミド。神域聖帝教会の神官騎士です」


「ノナ・ジルバ。秋津洲物産の会計担当です」


 名乗った全員に軽くお辞儀をしてから、エドセナはリサの方を向く。


「みなさま、ご挨拶が遅れまして申し訳ございませんでした。……それで、リサ、わたくしは以前、この国に『黒鳥の檻』を呼び込んだ張本人なのです。将来の国母の座が約束されていた、ラルディリース様を蹴落とすために」


「え……?」


「わたくしの罪はどうあっても滅ぼせない。ラルディリース様はそれが元で、お顔に傷を……いえ、右目を失ってしまいました」


「そんな、まさか、エドセナさんが?」


「はい。そしてこれはフィズナー様が日本に発ったあとのことですが、皇室から、ラルディリース様との縁談を破棄するという通告がありました。だというのに、あのかたは、わたくしを次の皇后候補に推薦なさったのです」


 顔に傷を負わされ、婚約を破棄されたラルディリース。だが、その元凶となったエドセナは、被害者本人からは許されたのだ。なのに、自分自身を許していない。それではふたりとも不幸ではないか。あんまりではないか。


 ここで、フィズナーが割り込む。


「皇室からの縁談破棄? そんな莫迦な。その前に、ラルディリース様が婚約辞退の書簡を送っていたはずだ。だというのに……」


「皇室は、その書簡を黙殺したのです。あくまでも、婚約を破棄したのは皇室の側からであると。面目を保ちたかったのでしょう」


「そんな……。莫迦な……」


 フィズナーは額を押さえる。


 エドセナは力ない微笑みをリサに向ける。


「だから、これは罪滅ぼしにならない罪滅ぼし。ぜひ、わたくしにやらせてください。もし、これが元で次期皇后に選ばれなかったとしても、それは報いとして受け入れます」


 なんということだろう。エドセナは、人生を賭けて、依頼を受けてくれたのだ。それにしても、国家権力というのは、個人が立ち向かうには、あまりにも強大であることを思い知らされる。


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