12.5 剣舞奉納
リサとラミザの一騎討ちが始まった。
とはいえ、ラミザは武器を持っていない。先ほど、魔竜カルディアヴァニアスの額に投げつけてしまったから、剣はもうない。
リサは光の槍を回転させながら、ラミザに斬り掛かり、突きかかる。
そのすべてを、ラミザは捌き、受け流す。
剣などの形状をした増幅器なしの空冥術士が、ここまで立ち回れるなど、リサの理解を超えている。
ラミザは現在、空冥術による身体強化と、少しばかりの空冥力の盾しか使用していない。
「まだまだね、リサ」
「なにが!?」
挑発されたと思い、リサは踏み込み、槍を突き込む。しかし、それはいとも簡単に、舞うように宙返りするラミザに回避される。
「魔界の竜ハルゴジェや海獣タレアと戦ったときほどのキレがないわ」
「うるさい!」
口元を隠したマフラーが舞い上がり、トレンチコートの隙間から制服と太腿が露わになる。
リサは光の槍を回転させながら光弾を撃ち出す。これは囮だ。本来遠距離攻撃で使うものを近距離で見せて、予測される回避方向に本命の攻撃を打ち込む――。
しかし、そんなものはラミザにはお見通しだった。いともあっさりと、光弾を破壊され、逆に突きや蹴りを打ち込まれる。リサはそれをのけぞって回避するので精一杯だ。
「リサ、やはりあなたの力は、月の満ち欠けと関係しているようね」
「月――?」
「別名『デア』とも呼ばれる、アーケモスの月。あなたの力は、あの衛星と何か関係があるのかしら。興味深いわ」
「だからっ!?」
リサの横薙ぎを、ラミザは空冥力の盾で受け止める。傍目には、素手で受け止めているように見える、異様な光景だ。
「ふふ、少しずつよくなってきたわ」
「そう」
「でも、いまは満月でもなければ、夜でもない。半月でも上がってくれれば、いい勝負になるかしら」
「いま、なってないとでも?」
「ふふ」
ラミザは笑いながら、リサの突きをかわす。
「当たると思ったでしょう。いま、あなたは『未来視』を使っているはずだものね」
「この……っ!」
「でも、月の加護がないと『未来視』も満足に発現できない。まさに、『月の夜の狂戦士』ね。でも、わたしと、夜まで踊れるかしら」
悔しいが、ラミザの言う通りだ。リサは『未来視』の力を発現させようとしている。海獣タレアと戦ったときのように。しかし、先読みが上手くいっていない。これだと思った攻撃を、何度もラミザにかわされてしまっている。
「なにやってんだっ!」
フィズナーが跳び込んできて、ラミザに斬り掛かる。
同時に、ベルディグロウも大剣で斬り掛かる。
しかし、ラミザは彼らのほうを見もせずに、フィズナーとベルディグロウの攻撃を同時に受け流す。ふたりとも、狙ったところに剣を振り下ろせなかった感覚だ。
「邪魔しないで。わたしは、リサと踊っているのよ」
「そんな物騒な踊りがあるか!」
「そんなに物騒かしら、これ。でも、ああ――そうね」
ラミザは脚に空冥力を込めて跳び上がると、後方へと大きく飛んだ。宙返りをしながら。かぶっていたフードが脱げ、美しい銀髪が露わになる。
そして彼女は、倒れた魔竜カルディアヴァニアスの巨体の上にのると、その額から自分の剣を引き抜いた。
ラミザは黒竜の身体の上で高々と剣を掲げ、宣言する。
「わが貴き人よ、われをして、剣舞を奉納せさしめよ」
彼女はふたたび黒竜から飛び降りてくると、真っ直ぐにリサに打って掛かる。
だが当然、ベルディグロウとフィズナーが護りに入る。
「つまらないわ」
ラミザが剣で打ち据えるたびに、フィズナーは衝撃でのけぞる羽目になる。重量級のベルディグロウでさえ、一撃ごとに両足が地面から浮いている。
何という強さだろう。一対三だ。一対三だというのに、まるで歯が立たない。
リサには、ラミザが腕を振り上げるのが視えた。だから、腕を振り上げる瞬間を狙って、槍で突きに行く。しかし、見えたものと異なる動きで捌かれてしまう。
捌いたあと、横に回転するラミザ。その背中向けの瞬間を狙い、リサは再度突き掛かる。しかし、気づけば、ラミザは光の槍を弾いていて、リサの間合いの中に大きく踏み込んでいる。
「いいわ、リサ。月もないのに、少しずつ能力を解放してきてる」
ラミザは近づくだけ近づいて、リサに対して攻撃せずに下がる。今回の踏み込みは明確にラミザの勝ちだった。本来だったら、リサは首を落とされていただろう。
「くっ……!」
リサは数えていた。自分が何度死んだのかを。本来なら何度、首が落ちていたのかを。
圧倒的な実力差だ。
リサが呆然としている間に、ラミザは、フィズナーやベルディグロウと斬り結んでいた。しかし、どう見てもラミザが圧倒している。誰も彼女には歯が立たない。
「わたし、リサ以外とは遊ぶ気はないのよ」
ラミザはそう言い捨てると、フィズナーの剣を叩き折り、そしてベルディグロウの大剣をくの字に曲げた。
武器を破壊したからさっさと出て行って頂戴、というわけだ。
どこまでいっても、ラミザは本気ではない。彼女は、フィズナーやベルディグロウをいつでも殺せるが、リサが悲しむから殺していない。
たったそれだけのことにすぎない。
リサはふたたび、光の槍で光弾を撃ち出しながら、ラミザに縦薙ぎの攻撃を浴びせる。
「当たる」という『未来視』の予想と、「当たらない」という現実のズレにも、少しずつ慣れてきた。
ラミザは嬉しそうに、何度も武器を打ち合わせる。
猛烈な違和感に吐き気がする。予測と実態との乖離に目眩がする。本来なら眠っている『未来視』の能力の発動に、酷い頭痛がする。
これだけのものを重ねて、重ねて、重ねて、重ねて、重ねて――。
それでもなお、ラミザのほうがずっと強い。
ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオ!
意識も絶え絶えのリサが見ると、魔竜カルディアヴァニアスが立ち上がろうとしていた。角は折れ、致命傷を負っているはずだというのに、なお立ち上がるのか。
ああ、ああいうのに邪魔されるのがいやなのよ。
ラミザがそう言った気がした。だが、もはや、リサには声が遠く聞こえる。肉体の感覚さえ怪しい。
いまの彼女は、状況に応じて適切な攻撃を繰り出すことに意識を集中しすぎて、逢川リサという人格をどこかに置き去りにした何かだ。
あら、リサが仕留めてくれるの? それは助かるけれど。
声がするが、身体が勝手に動く。
光の槍が消える。そのかわりに、リサは左腕を前にぐいと突き出す。
「天弓、ヴィ、ヴィ、……ヴィ、ロ――」
リサの左手に、光の弓が現れる。右手には光の矢が。
なんて素晴らしいの、月の加護がなく、武器の名前も不確かなのに、それを呼び出せてしまうなんて――。
リサは弓につがえた矢を手放す。
弓矢から、空から、そして大地から沸き起こるような浄化の光によって、魔竜カルディアヴァニアスが呑み込まれていく。
断末魔の悲鳴。
光が収まった頃には、魔竜カルディアヴァニアスの姿は消えていた。
リサは両膝を地面につく。限界をとうに超えている。魔竜は倒した。だけど、ラミザには勝てなかった。
「もう、あとは、勝った人の好きにしてください――」
リサの意識は、そこで暗転した。




