12.4 厭わしき者(ペルソナ・ノン・グラータ)
ラミザはリサの前にひざまづく。そして、リサの右手を取ると、手の甲を自らの額に付ける。
「これは、ラミザ・ヤン=シーヘルの名において行われる、神聖なる申し出である」
何が起こっているのか、リサにはまるでわからない。
ラミザの言葉が続いていく。
「わたくし、ラミザ・ヤン=シーヘルは、逢川リサのものとなることを契約する。同時に、逢川リサは、ラミザ・ヤン=シーヘルのものとなることを契約するよう請願する」
リサには何も答えられない。
わたしはあなたのものになるから、あなたはわたしのものになれ、ということか。
「はい」と答えるのは恐怖だ。だが、「いいえ」と答えるのはそれ以上の恐怖だ。リサの中の正義感が、拒否せよと言っている。しかし、もっと深いところの本能が、抵抗は無意味だと叫んでいる。
『総合治安部隊』のミニバンが到着し、岸辺、天庵に続いて、安喜少尉が下りてくる。
「映像で確認したのですが、黒竜は倒しきったと見ていいんですか?」
安喜少尉のその問いに対し、ラミザはこう答える。
「ええ、遠隔攻撃ができる唯一の空冥術士、リサが倒しきりました。彗星砲が破壊された中で、逆境をものともせず、です」
「ラミザさん、それは――」
嘘だ。
魔竜カルディアヴァニアスを倒したのは、ラミザだ。だというのに、彼女はその手柄をリサのものにしようとしている。
「ですから、リサはオーリア帝国へ連れて行きます。日本での任務は終わったでしょう」
そこでリサは、ぎゅっと、肩を抱かれる。まるでラミザは、彼女を自分のものであると主張するかのようだ。
訝しげにその様子を見ていた安喜少尉は、腰から拳銃を抜き、彗星砲上のラミザに向ける。
「ラミザ・ヤン=シーヘル、オーリア帝国軍参謀部員。あなたを逮捕します」
心外だとばかりに、ラミザは冷たく笑う。
「あら、わたしには外交特権がありますから」
「ペルソナ・ノン・グラータを発動します。現時刻を以て、ラミザ・ヤン=シーヘルの外交特権は取り消しとなります。逢川リサは日本人であり、その誘拐宣言は看過できません」
「できるの? わたしたちの神聖な関係を邪魔することが」
ラミザは笑った。
安喜少尉は拳銃を両手で持ち、発砲した。しかし、空冥術士には実弾は当たらない。
「あら、肩を狙ったのね。この期に及んで。なんてお人好し」
笑うラミザとは対照的に、安喜少尉は苦虫を噛みつぶしたような表情をしている。
見かねた天庵が彗星砲をよじ登ってくる。
「拙僧も空冥術士のはしくれ。丸腰相手に気は引けるが、お覚悟召されよ!」
「天庵さん!」
リサの制止の声も空しく、天庵は錫杖でラミザに殴りかかる。しかし、ラミザは錫杖を素手で捌くと、彼の頭を掴んで投げ飛ばしたのだった。
「大丈夫、日本人は殺しはしないわ。それは、リサが悲しむもの」
宣言するラミザ。気絶し、地面に転がっている天庵。そして、天庵に続くつもりだったのに、身がすくんで動けなくなってしまった岸辺。
ラミザは高いところ――彗星砲の上から、安喜少尉に言う。
「安喜優子少尉、あなたは言いました。わたしは『厭わしき者』(ペルソナ・ノン・グラータ)であると。結構。わたしは本国でも厭われていました。軍でも厭われていました。宮中でも厭われていました。国家というものは、わたしには小さい。わかりますか?」
安喜少尉は答えない。答えられない。ここまで社会から外れた者、かつ、国家など矮小と言い切ってしまえるほど有能な者に対して、返す言葉が見つからない。
「ラミザ、さん」
リサの呼びかけに、ラミザはようやく応じる。
「わたしの先ほどの請願に、答えてくれますか?」
――わたしはあなたのものになるから、あなたはわたしのものになれ。
「その前に……、答えて欲しい」
「なにかしら」
「シデルーン総司令を殺した?」
「ええ」
驚くほどあっさりと、ラミザは肯定した。上司殺し――いや、国家的要人殺しだ。それを、まるで、「朝ご飯食べた?」という日常の質問に答えるような軽さで、答えたのだ。
ラミザ・ヤン=シーヘル参謀部員は、バールスト・ファルブ・シデルーン総司令を殺害し、海に捨てた。
「どうして?」
「わたしには、この日本でまだやることがあったのに、オーリア帝国に帰らせようとするのだもの。わたしの邪魔をするの」
「怨恨じゃ、ない……?」
「言ったでしょう。わたしはあなたに可能性の先を見せたい。そのためには、まず日本で活躍してもらわないといけなかったのよ」
「そんな理由で……」
「そんな理由? 理由の正当性を決めるのは、わたしだわ。いえ、いずれ、世界だってこれが正しいことを証明してくれる」
リサは、ラミザから距離を取り、左手に光の槍をつくりだす。
「いいや、そんな行為は、わたしの正義に反する」
ラミザはくすくすと笑う。
「ああ、素晴らしい人。わたしの救い主。でもね、いまのあなたは何者でもないのよ」
「な……?」
「誤解があったようね。わたしは、あなたの未来に恋い焦がれているの。あなたはまだ、英雄でもない、選ばれし者でもない。いずれそうなるにしても、まだ、あなたは空っぽなの」
「空っぽ、だって……!?」
誰にも負けない力を身につけ、正義を執行してきた。ありとあらゆる組織や人から引き合いがあり、将来を嘱望されている。それなのに?
「『正義』ね。素晴らしい言葉だわ。正義とは、愚か者が最後にすがる拠り所よ。家族に捨てられ、自信もないあなただから、敵を必要として、敵に裁きを与えることを無上の喜びとしていた」
「正義のために尽力したのではなく……、わたしが、正義を悪用していたと?」
「そう。あなたは何者でもないことを埋め合わせる必要があった。リサ、わたしはね、そんなあなたを救いたいの。育てたいの。飾りたいの。きっと素晴らしい、可能性の先を見ることができるわ」
リサは光の槍を構える。
「ラミザ、あなたはいったい、どうしてそんなことを」
褐色の肌の、流れるような銀髪の、紅玉のような輝く瞳の、鼻筋の通った美しい女の姿をしたそれは、笑顔で、リサの問いにこう答える。
「愛しているからよ」




