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12.3 見知らぬ微笑み

 リサによる魔竜カルディアヴァニアスの誘導はうまく行っていた。


 魔竜カルディアヴァニアスは自分が罠にはめられているとは知らず、彗星砲の最大威力の射程圏内に誘導されつつある。


 魔竜はただ、遠くから目障りな攻撃をしてくるリサを追いながら、近接攻撃を仕掛けてくるベルディグロウとフィズナーを跳ね飛ばそうと、尻尾を振り回している。尻尾は空振りし、周辺の建物や道路標識などだけを破壊していく。


 このあたりだ!


 そう思ったリサは勢いよく後方に跳び、国防軍車両が運んできた彗星砲の後ろへと回る。


 彗星砲は魔竜カルディアヴァニアスに向けられている。リサの仕事は、彗星砲の後ろに付いている点火ポイントに星芒具のある左手を添え、『連繋言語』を起動し、火を点けることだ。


 これにより、彗星砲が起動すれば、砲口からビームが打ち出され、魔竜カルディアヴァニアスに痛打を見舞うことができるはずだ。


 しかし――。


「これは元々、俺たちの売り物だ。勝手に使わないでくれるか」


 リサは跳びすさる。彗星砲の上に誰かがいる。浅黒い肌、砂よけの外套――『黒鳥の檻』首魁、グラービ・グディニアールだ。


 グラービは空冥術を使い、剣で彗星砲上の巨大な宝石を破壊した。その宝石こそが彗星砲のコアだ。それを破壊されたということは、彗星砲はもう使えないということだ。


「お、お前――ッ!」


「ほう、日本の女は口が悪いと見えるな。だが、貴様はヴォコスが言うには、イルオール正統教会の要となりうる存在だということだ。祖国統一の旗印になるのなら、俺は貴様を利用する」


「誰が、お前なんかと!」


 リサは光の槍を回転させながら跳び上がり、彗星砲の上に載る。そして、グラービに突きかかる。しかし、かわされる。


 リサの槍とグラービの剣――激しい応酬が、破壊された彗星砲の上で行われる。



 その状況は、前衛のベルディグロウとフィズナーも気づいた。作戦の要の彗星砲が破壊され、後衛のリサがグラービと交戦している。


「旦那、ここは頼む」


 フィズナーはそう言い残して、ベルディグロウのみを前衛として残し、リサの援護のために後退した。


「さて、私ひとりで、この巨獣とどこまでやれるか」


 ベルディグロウはフィズナーとは逆に、大剣を抱えて魔竜へと斬り掛かる。


「ラミザ参謀部員は、いったいどこで何を……」


 走りながら、フィズナーはそう呟いた。



 グラービはただ斬り結ぶだけではなかった。彼はリサから距離をとると、他の幹部の名を呼ぶ。


「ヴォコス! ユラバ!」


 すると、リサに赤と黄色の竜――リリュティスとシューティスが襲いかかる。これらの竜は、人間の身長よりもまだ少し大きい程度の獰猛な爬虫類だ。紛れもなく、これはユラバ・ザルバリアールが仕掛けたものだ。


 リサは光の槍を回転させ、前方一点に集中するスタイルから、三六〇度あらゆる方向からの攻撃を受けられるスタイルへと切り替える。


 だが、脚が動かない。リサが足下を見てみると、砲身の上だというのに、脚が泥濘みにはまったようになっている。幻覚か、これは。


「リサ殿! 降参なさってください! 正統教会にはあなた様が必要なのです!」


 その声はヴォコス・スベリアールのものだと、リサは思った。だが、そちらを見ている暇がない。左右から襲いかかってくるリリュティスとシューティスへの対応に手を取られてしまうからだ。


 この状態ではグラービの相手をしてる余裕はないというのに――いや、だからこそ、彼は剣を手にリサのほうへと近づいてくる。


「『黒鳥の檻』と共に来てもらおうか。悪いようにはせん。わが祖国のために」


「嫌だね!」


 絶体絶命の状況にもかかわらず、リサははっきりと拒否した。時間稼ぎや命乞いなどする気もない。やるべきことをやり、するべきことをする。それが彼女の正義だ。


「ならば、ここで消えてもらおう!」


 グラービが剣を振り上げた。



 その瞬間、あまりにも一瞬の出来事だった。


 竜種であるリリュティスとシューティスは解体されていた。リサの足下のぬかるみも消えている。


 リサは拘束から解かれている。グラービとだって、まともに戦える。振り下ろされた剣を、光の槍で受け流すことにも成功した。


 しかし、いったい何が――。


「イルオール正統教会の犬。神官くずれ。下郎が、リサを欲しがったわね?」


 ラミザが、ヴォコスの襟首を掴み、逆手に持った剣を突きつけていた。ヴォコスは狼狽している。当然だ。一瞬の間に、理解のできない、死の間際にまで追い込まれていたのだから。


「ひっ、ディンスロヴァの巫女よ! お助けを! お助けを!」


 ヴォコスは、リサに助けを求める。届くような距離でもないのに、手を伸ばしてくる。目が、合ってしまった。


「リサは渡さない」


「あぐ」


 一瞬のうちに、ヴォコスは静かになった。それは無理からぬことだ。ラミザが彼の首を落としたのだから。


 ラミザはそのまま彗星砲のほうへと駆け、リサとグラービの間に立つ。そして、血に塗れた真っ赤な剣を、グラービへと向ける。


「ラミザ、さん……?」

 

 状況が読めなくなったことくらい、グラービはすぐに悟った。このオーリア帝国参謀部員はおかしい。シデルーン総司令の補佐だとたかを括り、調査を怠ったのが仇となった。


 グラービは部下の名を叫ぶ。


「ユラバ! 撤退するぞ!」


 しかし、返事はない。ユラバ・ザルバリアールは危険を察知し、とっくに逃走していたのだ。


 ラミザが無言でグラービに斬り掛かる。さすがにグラービはそれを受けるが、ジリジリと押されていく。


「こいつ――強い!」


「だからなんだというの?」


 ラミザの突きが、グラービの防御を突破する。彼は肩を負傷する。


「くそっ!」


 グラービは彗星砲から飛び降り、走って逃げようとする。だが、そこに待ち構えていたのはフィズナーだ。


「グラービ!」


「貴様、フィズナー!」


「今度こそ逃がさない!」


 フィズナーとグラービの斬り合いが始まる。グラービは片腕が使えない状態になっているが、元々彼の武器はスピード重視の片手剣だ。負傷したからと行って、少しも戦力が落ちるわけでもない。



「あの、ラミザ、さん?」


 リサはラミザの背に向かって声を掛けたが、ラミザは答えない。


 遠くには、ベルディグロウが進行を止めようとしている魔竜カルディアヴァニアスが暴れており、轟音とともに迫ってくる。ここまで、彼が負傷せずに戦い続けられているのは奇跡と言ってよい。


 だが、ラミザは、短く、ひと言言う。


「場にそぐわぬ」


 彼女は手に持った剣を、手首を使って一回転させると、砲身の上で一歩踏み込み、剣を投げた。


 するとそれは空冥力の光を帯び、そして――魔竜カルディアヴァニアスの角を折り、額に突き刺さった。三十メートルもある巨大な魔竜は、後ろ向きに倒れたのだった。


 一撃だ。


 ラミザはたった一撃で、国家を震撼させた魔竜カルディアヴァニアスを倒したのだ。


 ラミザは振り返ると、リサに対して微笑む。リサは、そんな微笑みは、これまで見たことがなかった。


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