9.6 KAIJU
不意に、ラジオから流れていた音楽が途切れ、臨時ニュースに切り替わる。音楽番組が途中で打ち切られたのだ。
『緊急速報をお伝えします。竜です、黒い竜が南青山に出現しました! いえ、はい、高さは建物の五階程度。怪獣、怪獣です!』
眠っていた者、世間話に興じていた者、仲間の誰もが、そのラジオ放送に反応する。
『怪獣には角があります。角が光って、ああ、退がってください! 熱線? ビームのようなものが周辺のビルを破壊しています! 崩れていく建物も――いえ、黒い竜自体はまったく動いていません』
ラジオ放送から聞こえてくるのは、現場状況を伝えようと必死になっているアナウンサーと、その背景音としての恐慌の声だ。
「なんだ、いったい」
フィズナーがそう言った。それは、誰もが思っていることだった。だが、そう言ったところでなにもわからない。
リサが見ると、安喜少尉は車載無線で『総合治安部隊』と連絡を取り合っていた。ハンドルを握る安喜少尉は後方に座る仲間たちに情報を伝える。
「南青山が『人類救世魔法教』の本部だったようですが、『黒鳥の檻』から購入した『決して喚び出してはいけないマモノ』とやらを召喚したようです。その際、『魔法教』幹部・雨村は死亡したとのこと」
「え?」「は?」
仲間たちから上がるのは驚きの声ばかりだ。
「状況はまだはっきりしません。さすがにこの事態ですから、国防軍が動いて包囲を開始したようです。私たちは市ヶ谷に帰るところですから、遠巻きに車から様子が見えるはずです」
高速道路を下りると、もうすでに至るところに通行止めが発生していた。安喜少尉の運転するマイクロバスは、通行止めを回避しつつも、できる限り現場に近い道を選ぶ。
すると、南青山付近を通過した際に、熱線で破壊されたビルと、そこから覗く、黒い巨大な竜の姿が確認できた。禍々しく威容を放つ角を備えており、そこに稲妻のような光が走っている。
ラミザが黒竜を見てつぶやく。
「魔界の竜ハルゴジェ、海獣タレアときて、それ以上の伝説の古代魔獣で、あの外見に合致する竜は、魔竜カルディアヴァニアスしかない」
「魔竜、カルディアヴァニアス……」
リサは町を破壊する巨大な竜が道路上に鎮座し、それを軍隊が取り囲んでいるという、異様な光景を見て、それ以上何も言えなくなった。
「うかつに攻撃するのは逆効果です。安喜少尉、国防軍に手出しをしないように伝えてください。召喚主が死んだのなら、いずれ弱体化するはず」
ラミザがそう言うので、安喜少尉は了解して、車載無線で本部へそのまま伝達する。それが本当なら、魔竜カルディアヴァニアスはここで大人しくしていてくれるはずだ。
ラジオが更なる情報を伝えてくる。
『カルト宗教、「人類救世魔法教」からの声明がありました。あの黒い竜は、「人類救世魔法教」による魔法なのだということです。教祖を名乗る赤麦という人物からの録音が届いております』
そこからは、教祖・赤麦の録音音声へと切り替わる。
『愚かな日本国民よ! わが魔法の力を見たか! 魔法の力こそ未来の力! わが人類救世魔法教を国教化せよ! 国教化せよ! 国教化せよ!』
『……えー、大変お聞き苦しいものを放送いたしまして、申しわけございません。同時に、警察発表があり、本件にはアーケモスのイルオール連邦のテロ組織「黒鳥の檻」が絡んでいるとのことです』
「そうだろうな」
ベルディグロウが静かに言った。それも予見できることだろう。『人類救世魔法教』が自らそんな強力な魔獣を召喚できるはずがない。背後に『空冥術』に長け、かつ、魔獣の取り扱いに詳しい者がいるはずだ。
ユラバ・ザルバリアール、もしくは、ヴォコス・スベリアール。彼らは魔獣をつくりだしたり、魔界から買い受けたりすることができるようだった。彼らが関係しているのは間違いない。
『新しい情報です。国防軍、妙見中佐からの中継が入ります』
このラジオ放送には一同がざわつく。特に、『総合治安部隊』にとっては直接の上司だからだ。
『国防軍中佐、妙見と申します。現在、本件には国防軍が総力を挙げて取り組んでおります。幸い、刺激を与えなければ攻撃して来ず、また時間経過とともに弱体化するようです。さらに、万が一の場合の保険もありますので、ご安心ください』
万が一の保険とは、すなわち『総合治安部隊』のことだろう。
『人類救世魔法教』、『黒鳥の檻』、魔獣、そして、それに対抗しうる何か……。すべてが明るみに出てしまった。
「これから、どうすればいいんだろう」
リサはそうつぶやき、それから、自分がそうつぶやいたことに驚いた。
空冥術を使い、光の槍で戦う。それだけだ。
いつもならそのことだけを考えていたはずだ。だというのに、いまの彼女は、魔竜以外の猛獣のことも、同時に気がかりでならない。
心がざわつく。これはいったい、なんだろう。




