番外編2.3 世界は待ってくれない
リサとラミザは教室へと到着した。教室は夕焼けの光に照らされて、真っ赤だった。だが、それももうじき紫へ、そして闇の色へと変わっていく兆候がある。
リサは教室の一番前の席に座る。そこが彼女のいつもの席だ。授業中、いくらでも教師に質問が出来るということで、彼女はそこ場所を気に入っている。
そうすると、当然、ラミザはリサの隣の席に座る。
これでは、まるで――。
「同級生みたいだね」
「そうね。なんだかわくわくしちゃうわ。授業も何も始まらないというのに」
「授業があると面白いだろうね。一緒に勉強して、あとでわからないことを教え合いっこして……」
リサが妄想を語る。ラミザはそれをうっとりと聞いている。
「一度でいいから、リサと同じ学校に通ってみたかったわ」
「そうだねえ」
リサもそれには同意だった。だが、それは可能なのではないか。留学生として、日本の大学に進学すれば、机を並べて勉強できるだろう。
「それができれば、いいんでしょうけど」
ラミザはもの悲しそうに、そう言った。そして、ひと言、付け加える。
――この世界は、それを待ってはくれないのよ。
++++++++++
日は沈み、外灯の明かりを頼りに、リサとラミザは逢川家へと歩いて戻る。
『総合治安部隊』の車を呼ぶには、逢川家から電話をする必要があるからだ。家は学校から徒歩圏なので、公衆電話などで小銭を使ってしまうのももったいない話だ。
しかし、ふたりは逢川の家の前にたむろしている五人の不良を見つける。
彼らは以前、リサが隣町で退治した連中だった。それが家の前で何をしているというのだろう。
リサは左手をコートのポケットに突っ込み、星芒具を半ばはめた状態で腕を引き抜く。そして、三連の留め具をさっと留めてしまう。
「ちょっと――」
だが、リサが話しかけるより前に、ラミザが風のように駆け出した。そして、たむろしている五人の不良たちの輪の中に、一瞬にして入り込む。
まさに「輪の中に」だ。危険を顧みない行為だと思われたが、リサには、そこが不良全員に対する攻撃の最適ポイントなのだと理解した。
「あなたたち、何をしているのかしら」
ラミザの声が響く。
それで、不良たちが驚き、腰を抜かす。中には、本当に尻餅をついて、後ろ向きに少しでも距離を取ろうとする者までいる。
「おお、おお、俺たち、ご迷惑を謝罪したくて」
不良のひとりが震えながらそう言った。それを皮切りに、他の不良たちも、そうだ、そうなんですと同調する。
「仕返しなんかに来たんじゃないんです。しても無駄じゃないですか。俺たちなんかじゃ、あなたには、いえ、あなた様には――」
「わたしがどうしたの?」
言葉は柔らかいものだったが、語の圧は恐ろしいものだった。恐慌に息ができなくなり、文字通り、動きたくてもその場から動けなくなるものまで出た。泡を吹いて気絶する者さえも。
「あ、あなた様が――」
紅玉色の瞳を闇の中で輝かせ、ラミザは微笑む。そして、指を一本立て、口の前に添える。
「わたしは、あなたたちと関係ない」
「は、はい! 関係ないですぅ! 喋ってもないですぅ!」
「じゃあ、帰ってもらってもいいかしら」
「お、お邪魔しましたぁ!」
五人の不良たちは、何度も転げそうになりながら逃げていく。
いったい何があったのだろう。リサは考えを巡らしたが、明るい回答にはなりそうもない。
それはそうと、左手に装着した星芒具を使わずに済んだのはよいことだ。
「ラミザさん」
リサが声を掛けると、ラミザは頬を緩ませて彼女のほうを見る。
「リサ、日本の学生生活って、一種独特なのね」
それはちょっと違うんだけどなあ。などと、リサは思ったが、マンガによれば、日夜、不良との抗争に明け暮れている高校生もいるということだし、あながち大間違いではないのかもしれない。
だが、リサは、
「これは普通ではないからね」
一応、ひと言だけ、述べておくことにした。
++++++++++
『総合治安部隊』に電話をして数十分で、迎えの車が来た。
ラミザはその後部座席のドアを開けると、リサに礼を言う。
「ありがとう、リサ。あなたの街を、日本を知れて、とてもよかったわ。あなたと出歩けてよかった」
「喜んでもらえると、こちらもあちこち連れて行った甲斐があるよ」
リサがそう答えた。すると、ラミザは車に乗り込むのではなく、突然、リサに急接近し、彼女の胸元に額を押しつける。フードが脱げていて、美しい銀髪が外灯の明かりを照り返している。
急な出来事に、リサは身動きがとれなかった。これはなんだろう。アーケモス式のあいさつか? そんな話は聞いたことがないが。
「リサ、あなたは運命の射手。あなたの弓矢は事故ではない。あなたに比肩するためなら、わたしは星々の海だって越えていける。人と神の境界だって――」
越えていける。
「ラミザさん?」
リサから離れると、今度こそ、ラミザは笑顔で、「またね」と言って車に乗り込んだ。
『総合治安部隊』の灰色のセダンのリヤウィンドウを見つめながら、リサはラミザを見送る。
別れ際、ラミザは何を伝えようとしたのだろう。
その答えをリサが理解し、確信するのは、ずっと先の話だ。




