番外編2.1 いつかの思い出に: 異世界人と商店街
暦は十三月半ばを少し過ぎたところだ。
その日は日曜日だったが、ノナもザネリヤも用事があるということで、逢川家に遊びに来たりはしていなかった。
リサのほうもふたりを訪ねることもなく、リビングのこたつで黙々と、大学受験勉強用の参考書を解いている。
そんなときだった、玄関のチャイムが鳴ったのは。
誰かが来る予定はなかったはずだ。リサはこたつから出ると、ゆっくりと立ち上がり、玄関へと向かった。
もう一度チャイムが鳴らされる。
「はーい」
声で反応でもしないと、延々チャイムを押されそうな勢いだ。
リサがドアを開けると、そこにいたのは、ラミザだった。彼女はいつもと変わらない軍装の上に、いつも通りのフード付きのコートを着ている。だが、リサが来たと見るや、フードを脱ぐ。
美しい鼻筋を伴った褐色の肌と、流れるような銀色の髪が露わになる。
「ラミザさん」
「リサの家がここにあると聞いて、市ヶ谷から来ちゃったわ。『総合治安部隊』の車と運転手を借りたの」
なんとも大胆な公権力の使い方だ。確かに、ラミザは外国の要人だから、それくらいのことは朝飯前ではある。だが、実際にそういうことをするとなると、それは別問題だ。
「いったい、何があったんですか?」
ラミザは首を横に振る。
「いいえ。休暇が取れたから来たのよ。わたし、もっと日本のことを知っておきたいの。手伝ってくれないかしら」
「手伝うって……。社会科の教科書で教えることはできると思うよ。ちょうど試験勉強していたし」
「そうじゃないの。街を案内してほしいの。この四ツ葉市は典型的な郊外と聞いたの。だから、一緒に歩いていろいろ教えてくれないかしらと思って」
なんて強引な人だろう。リサは思った。だが、強引は割と最初から見えていたことだとも思う。ここで断ることもできるが、せっかく来てくれたのだ。
頼ってくれたのだから案内しないわけにもいかない。
「わかった。ちょっと待ってて。上着を着てくるから」
「ええ。でも、お部屋まで一緒に上がるのは……ダメかしら?」
「すぐ済むから。上着と財布を取ってくるだけだよ」
「そうね、まだ、そういう関係には早いものね……」
ラミザが少し笑みを湛えながら、恥ずかしげにしているのが、リサにはまるでわからない。リサは言葉通り、すぐに二階に上がり、上着を取ってくることにした。
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リサは、マフラーをアスコットタイ風に巻きながら歩き始める。星芒具は念のため、コートのポケットに仕舞ってある。
「ラミザさん、車で来たんだよね。じゃあ、まずは商店街に行こうか」
それを聞いたラミザが嬉しげに、両手を合わせる。
「商店街! 行ってみたかったのよ。わが国の街区にも商店の集まるところがあるけれど、日本のそれを見てみたかったのよ」
ふたりが数分間歩くと、ようやく商店街に入る。日曜日の商店街は賑わっていて、どの店も活気がある。……完全に廃業してシャッターを下ろしてしまっている店も散見されるが。
「どの店に行ってみたい?」
「すごいわ。本当に何でもあるのね。ちょっとした家具もあるし、履き物?もあるのね。脈絡がなさそうですごいわ」
履き物ということばに「?」が付いたのは、ラミザが見たのが一般的な靴屋ではなく、草履屋だったからだ。事実、年中冬の現代日本で草履を必要とするシーンはあまりない。リサは、よく営業しているものだと感心する。
「ドーナツの店もあるよ、とんかつの店も。……そういえば、ラミザさんって、お腹空いてたりする? 食べ物系かそれ以外か考えたい」
「お腹の具合は、……そうね、軽く食べたいくらいかしら」
「じゃあ、まず猫カフェにでも行ってみる?」
「猫カフェ? ええと、日本人はネコをお茶に浸して食べるのかしら?」
なぜそうなる。……と、言いたいところだが、何も知らない人が聞けばそういう発想になってもおかしくはないと、リサは思い直す。
「そうじゃなくてね。放し飼いのネコと触れあえる場所だよ。飲み物と軽い食べ物はあったはず」
「うーん。ネコは嫌いじゃないけれど。食べながらネコを触る発想がわからないわ」
「ネコと触れあうのがメインだからね。カフェはオマケみたいなもの」
「……日本文化は難しすぎるわ。本国では、貴族たちが美しい侍女たちにお酌をさせるのを好んでいたのを見たことはあるけれど、ネコはお酌もしてくれないもの」
「まあ、ネコはとくに、人間のほうがご機嫌をとらないといけない生き物だから……」
「ますますわからない……」
リサとラミザが会話しながら歩いて行くと、甘い匂いがしてきた。クレープ屋だ。
「じゃあ、クレープなんてどう?」
「クレープ? ああ、ここにできあがりが展示してあるのね」
ラミザは屈み、クレープの食品サンプルを眺める。
「たしかに、できあがりではあるけど……」
「甘くて美味しそうな匂いもするし、わたし、ここでひとつ買ってみるわ」
「わかった。じゃあわたしも」
リサとラミザがめいめい注文すると、クレープ屋の店主が生地を焼き始める。その見事な手さばきに、ラミザは感心する。
「すごいわ。日本ではどんな場所にも職人がいるのね。でも、どうしてそこに並べてある完成品をくれないのかしら」
「ラミザさん、それはプラスチックでできた食品サンプルだからね」
「模型なの? これ」
ふたりが会話をしている間に、魔法のようにクレープが形作られていく。あっという間に完成し、リサが小銭を支払って、ふたりともが受け取った。
ふたりは商店街そばの公園で、ベンチに座ってクレープを食べる。
リサが買ったのは、ストロベリークリームチョコレートクレープだ。まさに、定番の具材を詰め込んだという感じの代物だ。
対するラミザが買ったのは、抹茶白玉あんみつクレープ。本人がそれを所望したからだが、初心者にはハードルが高そうだ。
「いただきます」
リサは紙袋に入ったクレープにかじりつく。まさに、思った通りの味。ストロベリーとクリームとチョコレートだ。間違いない。
「えっと、いただきます」
ラミザもまた、リサの真似をしてクレープにかじりつく。一回咀嚼するまでは真顔だったが、噛んでいるうちに目を輝かせてくる。
「おいしい?」
「おいしいわ、これ。緑色のが抹茶というの? 少し渋いけどとても甘いわ。わたし、抹茶好きかも。この、白玉というのの食感もとてもいい」
「満足いただけてなにより」
クレープの買い食いはラミザにヒットしたようだ。リサは安堵しつつ、嬉しくなってしまう。さて、次はどこへ連れて行こうか。
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