8.2 正義で争いは終わらない
出撃時刻まで手持ち無沙汰だったので、リサは隊舎の屋上へと出た。
そこには、思った通り、ザネリヤが煙草をふかしていた。紫煙に包まれて、遠くを見る姿。その遠くは、故郷のファゾス共和国を指すのだろうか。あるいは。
「ザン」
「リサ、来ると思ってたよ」
「なんで」
「そういう顔してた」
不本意だが、そういう顔をしていたのなら仕方がない。まるで心を読まれているかのようだが、顔に出ているのなら読むのはもっと簡単なはずだ。
「わたし、自分は何をやってるんだろうって思ってさ」
「何をいまさら」
「そうかな」
「高校生の身分で、戦いの世界に身を投じたのは自分じゃないか。最初、ずいぶん止められてたでしょ。でも自分からやると言って聞かなかった」
リサは苦笑いする。
「はは、そうだね……。悪い敵をやっつけるのが、自分の正義だと思ったから。でも、『人類救世魔法教』みたいなのはともかく、『黒鳥の檻』も『大和再興同友会』も大きな正義のために動いてる」
「そうだね。それに、『総合治安部隊』も、安喜少尉さえ知らないところで物事が動いてる」
「ザン、何が起こってるの? わたしは、きちんと正義をできてるのかな」
「はは、正義は『為す』ものじゃないよ。正義には『なる』んだ。敵を倒し、勝利を収める。この世に敵がいなくなれば、それがもう正義だ」
「いや、そんな正義、わたしは欲しくない」
ザネリヤは煙を吐く。
「だろうね。だから、アタシの国も、正義になるのをやめた。正義になるために、何かをするのを諦めてしまったのさ」
「……どういう話?」
「真っ当な争いは、正義と正義のぶつかり合いさ」
「でも、『人類救世魔法教』みたいに、真っ当じゃない集団も、争いを生んでる」
「もちろんさ。正義があろうとなかろうと、争いは生まれる。問題は、正義では争いは終わらないということだよ」
「正義で争いは終わらない……。どうしたら終わるの?」
「どうだろうねえ。アタシたちはずっと、それを考えてるのさ。結論は一度も出てない」
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チン、という古めかしい音がして、エレベーターが開く。
豊玉ビルの最上階。といっても高層ではなく、六階建てでしかない。
「何だお前らあ!」「出ていけやあ!」
あまりにも看板倒れの日本フレンドリー株式会社の受付だ。ここでは普段から、まともな業務などやっていないのだろう。だから、お客様は扱いはない。訪問者はそのまま敵と見なしている。
昨日、『宇宙革命運動社』とドンパチしたばかりなのだ。来訪者に過敏になっていたとしてもおかしくない。
軍のコートを着て、マフラーを巻いたリサがエレベーターを降りる。
さすがに若い女を撃つのはどうかと思ったのか、一瞬ためらいがあったが、チンピラたちが銃を抜き、発砲を始める。
瞬間。大剣を盾にしながら、ベルディグロウがエレベーターから飛び出し、リサを守る。そしてそのまま敵に向かって突撃する。
その背後に隠れるようにして機動的に動くのはフィズナーだ。ベルディグロウとフィズナーが同時にチンピラふたりを蹴り倒し、受付は制圧完了する。
「すごい速さですね」
岸辺が驚嘆しながら駆けつけ、日本刀を抜く。
リサは静かに、事務所の奥を見やって、左手に光の槍をつくり出す。そして、一回転。
銃を持って現れたばかりの新手のチンピラを、槍から射出された光弾で打ち倒す。もちろん、例によって、殺さない程度の加減はしてある。
「さあ、早く片付けよう。櫛田さんと依知川さんに会って、捕まえるんだ」
ベルディグロウを先頭に、リサたちはどんどん奥へと進んでいく。前から後ろから、銃や刃物を持った男たちが襲いかかってくる。
リサは敵の中に、チンピラ風の者から、スーツをきちんと着た者が混じっていることに気がついた。この差は、おそらく『大和再興同友会』内での序列によるものなのだろう。
空冥術士には銃はほとんど当たらない。それというのも、空冥術士は、この世の理から少しずれることで超常の力を引き出しているからだ。銃を持った敵に囲まれても、恐るるに足らない。
むしろ、刃物を持った敵のほうがやっかいだ。身体と敵の武器が重なっている時間が長いほど、空冥術士はダメージを受けやすくなる。
ベルディグロウの大剣は、攻撃力は抜群だが、人間相手には過剰な代物だった。まともに斬りつけては肉片に変えてしまう。今回のミッションは敵の殲滅ではない。そのようなことはしてはいけない。
なので、ベルディグロウの攻撃力は突破力として活用した。ソファーや観葉植物などの遮蔽物、さらにはドアまでも、大剣で破壊して吹き飛ばす。これは相手を恐れさせるには効果抜群だった。
そこへ、フィズナーが、リサに向かう銃弾などを弾きながら、敵に迫り、殴ったり蹴ったりして敵を倒していく。フィズナーの剣も、まともに使えば人を殺してしまう。そこで、空冥術で強化した身体での当て身を選択する。
リサの攻撃はもっぱら遠距離攻撃だ。ベルディグロウやフィズナーの間合いにまだ入っていない敵を討ち取っていく。リサの光の槍から打ち出される光弾は威力のコントロールが容易で、こういう状況でもっとも使いやすい。
同時に、リサは、ベルディグロウやフィズナーに向かう銃弾も光弾で撃ち落としていく。おそらく当たっても大したことはないのだろうが、問題は取り除いておくに限る。
リサが遠距離攻撃以外に、仲間を守る行動を取る余裕があることに、フィズナーは気がついた。広間の敵を制圧し終えると、フィズナーはリサのほうを見る。
「な、なに?」
「いや、自然にお前に背中を預けている自分に、少し驚いただけだ」
フィズナーはそう言い残し、先に進んだベルディグロウの後を追う。
リサも岸辺も、先行したふたりの後を追う。
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