7.7 戦場の少女の文化祭
「本ッ当に素晴らしかったわ!」
劇が終わって視聴覚教室から出たリサを迎えたのは、ラミザのその言葉だった。
リサはといえば、せんべい配りの労働とスポットライトの熱で汗だくになっている。あえて身体のラインが出るような上品なドレスを着ているせいで、布が身体に張り付いて気持ち悪い。早く着替えたくてしょうがなかった。
「女神役はリサにぴったりだと思っていたけれど、ここまでとは思わなかったわ。最高の配役だわ」
「あ、ありがとう……。でも、まあ、片付けと着替えがあるから、少し待って。あとで聞かせてもらうから。そうだ。夕方からはフォークダンスがあるから」
「フォークダンス?」
「うん。どこの国の踊りだかよくわからないのを、大きな火を囲んで、ふたりひと組で踊るんだ。校庭でやるはずだよ」
「じゃあそれ、わたし、リサと踊りたい」
「わかった。じゃあ、フォークダンスの時間に校庭で。時間と場所はパンフレットにあると思う。どこで配ってるかな」
リサがそう言うと、安喜少尉が笑って答える。
「ちゃんとここにあります」
「安喜少尉、拝見してもよろしいですか」
「もちろん」
ラミザは安喜少尉からパンフレットを受け取ると、フォークダンスに関する情報を探して読み始める。
++++++++++
日は落ちて、キャンプファイヤーに火が入れられた。校庭の真ん中が明るく照らされる。
夕方の遅い時間ということもあって、もう帰ってしまった参加者も多い。どちらかといえば、これは主催側の学生向けのイベントだ。
多くの学生たちが、音楽が始まるのをいまかいまかと待っている。その過半は男女のペアで、忙しい学業の合間を縫って交際を深めている者もいるのだなあと、リサは思う。
このフォークダンスはパートナーチェンジが生じないタイプのものだから、男女のペアが途中で別の人に代わってしまうことはない。この点は、彼氏彼女で参加している人たちには割と重要な点だ。
それはそうと、ラミザの姿が見えない。リサは周囲を見渡すが、まわりは制服の学生ばかり。たまにそうではない参加者もいる。だが、あの褐色の肌に銀髪の彼女の姿はない。
もう人々は輪になっている。
ベルディグロウやフィズナーは、一応付き合いで残ってくれているような状態だ。踊る気はなく、少し離れたところで座って見ている。
安喜少尉はノナのために、ペアを組んで輪に入っていた。高校生の輪に大人が入るのは恥ずかしげだが、ノナの日本体験のために安喜少尉が一肌脱いだという格好だ。
『それでは、これより、最後の出し物になります。フォークダンスです!』
文化祭実行委員のアナウンスが流れる。それからしばらくして、どこかの国の民謡が流れ出す。
「待たせてしまってごめんなさい!」
ラミザの声だ。リサが見ると、ラミザは走ってきたところだ。息切れしている。珍しい。よほど急いで来たのだろう。
「大丈夫。いま始まったところだから。輪に入ろう」
「ええ、始めましょう。踊り方は教えてね」
「うん。まず、両手を掴むの」
リサはラミザを連れて輪に入ると、両の手を掴む。ラミザはその手をまじまじと見つめている。
「左に一歩、右に一歩」
音楽に合わせて、リサがラミザに踊り方を教授する。この場合の左右は、ラミザから見た左右に直してある。
ラミザはリサの指示に合わせて動く。
「ここで手を放して、二回手拍子。反時計回りに一回転。同時に半歩右へ」
回転したときに、ラミザのフードが外れる。褐色の肌と銀髪が露わになるが、アーケモスから来た人間としても珍しい色の組み合わせなので、周りの目を引く。
「そこで、わたしがうしろからラミザの右肩を持つから、そこに右手を載せて。左手同士はこうやって繋いで。音楽に合わせて、ゆっくり三歩。左、右、左」
リサから見えるのは、ラミザの後頭部だ。キャンプファイヤーの赤い光が、ラミザの銀髪に反射して、不思議な感覚になる。幻惑状態に落ちそうだ。
だが、当のラミザは少し戸惑っているようだ。どのような表情をしているのか、ここからでは見えない。
「日本の踊りは結構触れあうのね。オーリアの踊りでは、こういうのはあまりないものだから」
「うーん、日本の踊りも、盆踊りとかは身体に触れないかなあ。ものによるよ」
「日本には色々あるのね」
「はい、今度はさっきと逆回転。手拍子二回。また両手を繋いで、左に一歩、右に一歩――」
リサはそうやってラミザに教え続ける。
周りを見ると、ノナも戸惑いながら、安喜少尉に教わっているようだ。ノナはときどきタイミングを外しているが、楽しそうにしている。安喜少尉もまた、純粋にダンスを楽しんでいる。この落ち着いた私服の女性が軍人だと、誰が信じようか。
もっと遠くを見ると、鏡華がいた。ペアの相手は寺沢だ。その様子を見て、リサは複雑な心境になる。鏡華と寺沢。姫と王子。寺沢のことは、リサは前々からちょっといいなと思っていた。だから、ふたりがペアなのは心に何かが刺さる思いがする。
いや、別に、ふたりが付き合ってるとか、そういう話は聞いたことないし。
リサは湧き上がってくる黒い気持ちを追い出そうと努める。
「リサ。これ、とても楽しいわ」
そう言われて、リサははっと目の前のラミザを見る。ラミザは、これまで見たことがないような、輝くような笑顔で、まっすぐにリサを見ていた。
銀髪も、褐色の肌も、整った顔も、すべてがキャンプファイヤーに照らされて、暖かく輝いている。頬の傷さえ、なにかのアクセントのようだ。
「うん。よかった」
「憶えてしまえば簡単ね。動作の種類は六通り。最後のひとつが二回に一回、違うものに差し替わるだけ」
「うん」
「単純な反復動作なのに、一緒にやると、とても芸術的になるのね」
「うん。それがこれだけの人数になって、周りながらだからね。ふたりだけじゃない。みんなでつくってるんだよ」
「火と踊り。とても原始的とさえ思えるのに、極めて洗練されているわ。まるで万華鏡のよう」
「そんなに喜んでくれるなんて、こっちまで嬉しい」
そうだ、嬉しい。遠く海の向こうの国からやって来た軍人。軍務に追われる歳の変わらない少女が、こうして歳相応にはしゃいでいるのは、とてもいいことなのだろう。
リサは、ラミザが幸せそうに踊っていることで、満足だった。
++++++++++
文化祭の翌日。
学校は休みだ。遅く起きてきたリサは、目をこすりながら二階から階段を下りる。
電話が鳴っている。
だが、母親がそれを取る気配はない。母親はもう出掛けているのだろう。
リサが受話器を取ると、電話の相手は安喜少尉だった。
『国防軍の安喜と申します』
「安喜さん? どうしたの、こんな時間に」
『ああ、逢川さん。四ツ葉高校付近で不審な動きがあったので、情報共有だけでもしておこうと思って』
「……なにか危険な話?」
『危険と言えるかどうかまだわからないけど、警察のほうから情報が上がって来たんです。どうやら、四ツ葉高校の文化祭には、揚坂高校の不良が混じっていたそうなんだけれど――』
「やっぱりですか」
『でも全員、校外で気を失って倒れていたんです。五人全員、別の場所に』
「え?」
『意識はもう回復していて、病院で問診を受けたのだそうだけれども、誰も何も憶えていないんですって』
「それって、どういう……」
『何者かに襲撃されたはずだけれど、その何者かを憶えていない――。憶えていないとは本人たちの言。でも、まだ確証はないけれど、わたしは「視界外からの一撃」と見ています』
「そんな芸当ができるなんて――いや、でも、空冥術士じゃなくてもそれくらいのことは……」
『なんにせよ、なにも手掛かりを残さずにそこまでのことをするのは気になります。危険があるかもしれませんので、しばらくまた用心してください』
安喜少尉はそう言うが、リサには思い当たることがあった。文化祭でときどき姿をくらますラミザ。フォークダンスにも遅れて走ってくるなんて、らしくないことをするラミザ。
そういえば、ラミザは、「不良が文化祭を荒らすかもしれない」という寺沢の話を聞いていた。
もし、考えていることが正しいとすると――。
『逢川さん?』
「は、はい。気をつけます。用心します」
『では、要件はこれで。また市ヶ谷で会いましょう』
「あ、はい。またよろしくお願いします」
リサは受話器を置いた。
これは想像に過ぎない。でも、そう考えると、辻褄が合ってしまう。
ラミザは人知れず、文化祭の治安を守るために、他校の不良を見つけるごとに、秘密裏に始末していたのかもしれないのだ。




