7.6 女神喫茶、上演
『これより、生徒会による女神喫茶を上演いたします』
文化祭実行委員の言葉とともに拍手が巻き起こる。演じる場所である視聴覚教室は、意外にも満員御礼といった状況だ。
舞台の真ん中には姫が、裾の広がるスカート姿で座り込んで泣いている。スポットライトはそこに当たっている。もちろん、演技だ。だが、これだけでドキッとした男子生徒も多いことだろう。
「ああ、なんということでしょう。いかに小国とはいえ、大国のいいなりにならなければならないのですか」
視聴覚教室じゅうに、姫の声が響き渡る。その堂に入った演技ぶりに、あっという間に観客が引き込まれていく。
姫はおもむろに立ち上がり、両手を合わせ、握りしめる。
「神よ、力こそ正義なのですか。お教えください。愛は無力なのでしょうか」
そんな折に、出番のないリサは、クリームせんべいを配って歩いている。せんべいは女神のお恵みとして無料となっている。
ドレス姿でせんべいを配り歩いていて、自分はいったい何をしているのだろう? などと、リサ自身も思わないわけではなかった。
「せんべいひとつ、あと飲み物」
「はいはいー」
リサは小声の注文に応えて、声のしたほうへ小走りで駆けつける。声の主の近くに行ってわかったが、それはフィズナーだった。
「フィズ」
「とりあえず全員間に合ったからな」
見れば、フィズナー以外にも、ベルディグロウも、安喜少尉も、ラミザも並んで座っている。みんな、見に来てくれたのだ。
「じゃあおせんべい配っちゃうね。上演中は静かに食べてね」
「飲み物も」
「はいはい。ジュースがあるのでどうぞ」
「こんなの、食いながらでもないと見てられねえ」
フィズナーが苦々しげにそういったので、リサは少し不安になる。
「劇、なんか変だった?」
「いや、そうじゃない。……悪い。単に昔を思い出しただけだ」
「うん?」
劇は続いていく。
照明が広がり、舞台袖から悪い王子が登場するのだ。
「おお、姫よ。こんなところにいたか。所詮お前は政争の具。大人しくわがものとなってもらおうか」
「あなたは大国の王子。こんな暴挙は許されません。人の心をなんだと思っているのです!」
「わが一族の悲願を果たすときが来たのだ。百年前、そなたの国はわが国土を奪った。花が咲き乱れ、果実の実る豊かな大地をだ。われらはそれを許しはしなかった。百年、百年だ」
そこでふたたび、姫は観客のほうへと向き直り、一歩前へ出る。
「ああ、愛はやはり無力なのでしょうか。百年の憎しみの前には、霞むものなのでしょうか」
だが、悪い王子は姫を指さし、非難する。
「われらの憎しみを矮小化する権利は、そなたにはない。すべてはそなたの先祖が蒔いた種なのだ」
泣き崩れる姫。ふたたび照明が落ち、姫だけが舞台に浮かび上がる。悪い王子は一旦退場だ。
その間も、リサはクリームせんべいを配り歩いている。来場者の大半はこの女神があとで舞台に登場することを予見していて、一度は女神から食べ物をもらってみようと大人気だ。
リサにとっては、それは「大忙し」と表現すべきものだ。
姫のスポットライトのなかに、良い王子が現れる。
「おお、姫よ。なぜ泣いているのです」
「ああ旅のかた。わたしは結婚せねばなりません。わが国よりもずっと大きな国の悪い王子と。きっと拒めば、戦争にもなるでしょう」
「それは、なんたることか」
「これでは、あなたとの愛を続けることままなりません。わたしはこの愛のためには、姫の立場を捨てる覚悟。でも、悪い王子は姫であるわたしを欲するのです」
「姫よ、私がなんとかしてみせましょう。悪は必ず討ち滅ぼさねばならないのです」
「ああ、旅のかた。わたしには悪がわかりません。悪い王子の憎しみは、もともとわが国が蒔いた種が実ったもの」
「では、その憎しみは私が刈り取りましょう。私たちの愛がより大きな巨木となり、豊かな実をつけることを、知らしめるのです」
良い王子はそう言い残して、姫のもとを去る。姫は名残惜しそうに手を伸ばすが、その手は届かない。
このあたりまで来ると、リサのせんべい配りもかなり効率化されてきた。せんべいおくれと出てくる手に、的確に、即座にせんべいを渡す。謎の効率化技術が花開こうとしていた。
舞台上の王子と姫の愛が花開くより前に、リサのなんらかの能力が開花してしまいそうだ。
しかし、ずっとこうもしていられない。物語は佳境へと向かっている。リサも出番に備えて、舞台袖に向かわなければならない。
背景のセットが入れ替えられ、壮麗な結婚式会場のペイントが現れる。
物語は姫と悪い王子の婚礼の日へと移る。
うつむきながら舞台中央へ歩いてくる姫に、従者がこれまた悲しそうに付き添っている。ノナは黒いドレスを着ている。その色合いが、悲しみを表現するのにまた打って付けだった。
「ああ、おいたわしや、姫様。愛するかたがありながら、これはあまりにも酷すぎます」
そう言って両手で顔を覆う従者。振り返り、姫は彼女を抱きしめる。
「もうよいのです。あなたはよく尽くしてくれました」
「姫様!」
ふたりが慰め合っているところへ、堂々たる威風で悪い王子が再度登場する。照明はまた広がり、舞台全体が見渡せるようになる。
「姫よ、よくぞ参った。歓迎するぞ。わが国の繁栄と、お前の国の滅びはこれで決まったも同然。この私に終生の隷属を誓うがよい」
だが、そこで良い王子が逆の舞台袖から登場する。
「貴婦人に向かって、隷属とはずいぶんと品のない」
「なんだお前は」
「私は海を渡ったずっと向こう。あの超大国の王子である。ゆえあって、旅人に身をやつし、この国を旅していた者だ」
良い王子のこの台詞に、姫も従者も両手で口元を覆い、驚いているポーズをする。
だが、悪い王子はそれでは退かない。
「なにい。あの超大国の王子がこんなところにいるものか。痴れ者め。成敗してくれる」
悪い王子も良い王子も同時に抜剣する。もちろん、剣は段ボール紙で作った模造品だ。
「決闘ということだな。受けて立とう。私が勝てば、姫の身柄はいただこう」
「何をこしゃくな。旅人風情が」
両王子の決闘が始まり、良い王子が優勢かのような展開となる。しかし、悪い王子が舞台上の敷きものを引っ張ることで良い王子が転び、剣を取り落とす。
形勢逆転である。悪い王子は剣を手に良い王子へと迫る。
「これで私の勝ちだ、旅人よ。いずれ海の向こうの超大国も、私が滅ぼして見せよう」
悪い王子が剣を振り下ろそうというとき、姫が転んでいる良い王子の前に立ち、彼をかばう。
「わたしは愛に殉じます。わたしがこの場でしなければならないことは、ただ一点。信じることです。愛を」
「戯れ言を、では貴様もまとめて剣のサビになるがよい」
悪い王子に狙われる姫。万事休すか。
そこで、舞台袖からリサが台詞を述べる。
「おお、迷える王子と姫よ、そなたらの声を聞きました」
「ああ、あなたは!」
「女神様!」
女神の登場とともに、彼女に強い照明が当たる。それと同時に、観客席から拍手が起こる。「いよっ、女神様!」「待ってました!」などのかけ声までが発生している。
これもクリームせんべいを配り歩いたおかげだ。
照れくさくなった女神は頭を少し掻き、観客席に向かって軽くお辞儀をしてから、台詞を続ける。
「おお、選ばれし者たちよ。福音を授けましょう。汝らの行く道に幸運あれ!」
すると、良い王子が立ち上がる。
「こ、この力は。これは、忘れられていた、わが一族の技」
「なにい、掛かってこい!」
そう言って振りかぶった悪い王子の剣を、良い王子はいとも簡単に弾き飛ばしてしまう。
剣を失い、丸腰になった悪い王子は恐れおののき、捨て台詞を吐いて退場する。
「こうなったら、姫の国に攻め込んでやる!」
だが、良い王子が剣を収めながら、それに応じる。
「そうなれば、わが国が黙ってはいまい。次に会うのが、戦場でないことを祈るぞ」
そうして、良い王子は姫の手を取り、舞台の逆の袖へと歩いて行く。もちろん、それまでそこで控えていた従者も同じくだ。三人は笑顔で、幸せそうに袖へと消えていく。
最後、女神が舞台の中央へ出て、言葉を述べる。照明はスポットライトに変わっている。
「憎しみ、軽蔑、さまざまな負の感情がこの世にはあります。それと同じように、愛、友情、勇気、信念など、たくさんの美しい感情や思いがあります。ああ、わたしは願います。これらの感情が、悲しみを滅ぼすことを!」
そうして暗転。
拍手が巻き起こる。
ふたたび明かりがついたときには、演者全員が舞台に出てきていて、全員で手をつないでいた。
割れんばかりの拍手の中、生徒会メンバー五人は一礼して、この劇は成功裏に幕を下ろしたのだった。
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