7.1 約束の文化祭、予期せぬ遭遇
相変わらず、リサの夜の散歩は続いている。
深夜間際の電車に乗り、空冥力の残滓やゆがみがありそうなところに当たりをつけ、そこへ向かう。
リサは、夜に出歩くときは、トレードマークのリムフレームのメガネを外している。メガネは日常に溶け込むための、いわば仮装だ。いまは要らない。
先日の勧誘祭り――『黒鳥の檻』から、『大和再興同友会』から、果ては『人類救世魔法教』から勧誘を受けたときに、安喜少尉はリサにエスピーをつけることもあると言っていた。
確かに、エスピーがついているときもある。しかし、完全にエスピーを巻いてしまった場合もある。なぜそれがわかるかというと、遠見の能力によるものだ。
リサが高いところに登って空冥術を行使すると、街全体がおぼろけに見渡せるようになってきた。そうしたときに、「あ、今夜はエスピーがついている」「今夜はいないみたいだ」など、ハッキリわかるようになってしまった。
今夜などは、エスピーの移動速度を完全に上回ってしまった例だ。援護は得られない。
隣町で下車すると、数ブロック先のコンビニ前で何やら騒がしい声が聞こえる。どうやら、数名の不良が誰かに絡んでいるらしい。
リサは学生カバンを電柱の陰に隠すと、そこから星芒具を取り出し、左手に装着する。仕上げに、三カ所のベルトを締め上げれば完成だ。こうして空冥術の準備ができれば、あとはマフラーを巻き直し、口元を隠す。
軽やかに脚が走り出し、ウェーブの掛かった髪がひるがえる。
空に輝く半月。
空冥術を身体中に浸透させると、まるで、身体のほうがどう動けばいいのか、脳に教えてくれるかのようだ。
「やめなさい!」
リサが啖呵を切った。
不良たちはコンビニ前の駐車場で、高校生くらいの男子生徒を囲んで立っていた。ターゲットにされた男子生徒だけが地面に尻餅をついているところを見ると、殴られるか蹴られるかしたのだろう。
「なんだあ、お前」
「女かよ。変なやつだな」
「変で結構」リサは言いきる。「そんな人数で囲まないと何もできない連中に言われても光栄なだけだわ」
「なにい」
「やっちまえ!」
不良の数は五人。そのうち、ふたりがリサに襲いかかる。
しかし、リサはさすがの体捌きで、ひとり目の突進をかわす。ふたり目は殴りかかってきたので、光の槍を出現させ、可能な限り出力を押さえて、腹に打ち込んだ。
「な!」
驚いたひとり目が背後からリサを襲おうとしたが、彼女は振り返ることもなく光の槍の柄で彼の脳天を叩いた。
リサに襲いかかったふたりの男が同時に倒れる。
わずか数秒の出来事だ。残った三人の不良たちは恐れおののく他はなかった。三人がかりでいけば勝てるか? いやそんなわけはないだろう。
「おい、ずらかるぞ!」
「このあたりにしといてやる!」
「憶えてやがれよ!」
コテコテの逃げ台詞を聞きながら、リサは光の槍を肩に担ぐ。
「やれやれ……。このへんもここまで治安が悪くなったとは。悲しい限りだ」
だが、こうしてもいられない。被害者生徒の様子を見なければいけない。もし怪我が深刻そうなら救急車の手配くらいはしてあげなければ。
リサは尻餅をついたまま動けない男子学生のほうへ駆け寄る。どうも彼は放心してしまっているようだ。きっと暴力は受けたのだろうが、その影響はさほどでもなさそうだ。
「大丈夫ですか?」
うかつだった。ここはコンビニ前の駐車場。コンビニ店内からの明かりによって、リサの顔がハッキリと見えてしまう。たとえ、マフラーで口から下を隠していたとしても、知り合いであれば、誰だかすぐに判ってしまう――。
「逢川……?」
「え、て、寺沢くん!?」
不良たちに囲まれていた被害者生徒は、四ツ葉高校の三年生、生徒会メンバー、副会長の寺沢豊継だった。
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「……格好の悪いところを見られてしまったな」
寺沢はそう言いながら、左手の中指で黒縁メガネを持ち上げる。
そうだ、リサは彼のこんなクールの仕草がずっと好きだった。
ふたりは、ずっとコンビニ前にいて不良たちが仲間を連れて戻ってきてもいけないので、近く公園に移動して、自販機で買ってきたジュースとコーヒーを飲んでいた。
「怪我とかはなさそう?」
「ああ。少し小突かれた程度だ。逢川が入ってくれたおかげで助かった」
「いやあ、あの通り、あいつら弱かったですし? わたしがいなくても、なんとかなってたんじゃないでしょうか?」
リサはすっとぼけて見せた。あまり、自分の力で寺沢を助けたということを強調するのもばつが悪い。何をおいても、仄かに好意の感情を持っている相手を傷つけたくはないと思った。
「そんなことはない。あいつらのリーダー格は中学のときの同じクラスで……。まあ、昔から目の敵にされてる」
「通りで、うちの学校の制服じゃないとは思った」
「揚坂高校に行ったよ、あいつらは」
「あらま」
揚坂高校といえば、四ツ葉市内でも荒れていると評判の学校だ。たしかに、進学校の四ツ葉高校の学生があんな姑息な真似をするとは思えない。
「予備校帰りにたまたま出くわしたところで因縁をつけられて……、それであのザマだ。逢川こそ、なんでこんな時間にこんなところに。それにその格好……」
「あはは……」
乾いた笑い声。いまのリサはジャージにトレンチコート、口元を隠すようなマフラー。いつものメガネはない。通学カバンは回収してきたので右肩から掛けているが、念のため星芒具は左腕に装着したままだ。
まあ、知り合いがこんな格好をしていると、どう見ても怪しいだろうな、とリサは思う。
「あの光の槍、あれは何だ?」
「あれは……。うん、寺沢くんだから説明するけど、秘密にしててね」
「ああ」
「これはしばらく前にわたしが授かった力。わたしはこの力を使って、夜ごと悪漢退治をしているというわけ」
「そんなことは……。警察に任せておけばいいだろう」
「それもそうなんだけどね。たまに、同じ力を使う悪人にあたるときがあってね、それは警察だと難しいから、わたしの出番」
「それでも、市民を守るのは警察とか、軍隊の仕事だろう」
リサは笑うしかない。
「へへ……。わたし、その軍人なんだ。一応」
さすがに、寺沢は驚いた顔をする。
「それ、生徒会や学校には、他に知ってるやつはいるのか?」
「鏡華とノナはね。行きがかり上、九月ごろには。でも、それ以外の人は誰も知らない。うちの親だって」
はー、と寺沢は溜息をつく。
「そうか、どうも女子三人が仲が良くなったと思ったら、そういう秘密が……。会長、俺を信用せず、教えてくれなかったのか」
後半が小声になったため、うまく聞き取れなかったリサは聞き返す。
「え? 鏡華が何?」
「いや、なんでもない。だが、気をつけろよ。見たところ、その力は相当に強そうだが、不意打ちなんかもあるんだろうからな。女子が夜中出歩くのは感心しない。しかも自ら危険に首を突っ込むなんて」
寺沢にそう言われると、リサの頬が緩む。
「そ、そうだよね。危ないよね。気をつけるね」
「ああ。じゃあ、俺は家近いからこれで。逢川も、きょうはもう気をつけて帰れよ」
「うん、わかった。そうするね」
寺沢がさっと手を振って帰るのを、手を振り返して見送るリサ。
リサは思う。不良に目をつけられている寺沢くんは心配だけど、うまく助けられてよかった。彼の言うとおり、きょうはもう家に帰ろう。きょうはいい日だ。
若干の浮かれ気分で、駅へと向かうリサ。ふと、自分が口元をマフラーで隠した戦闘スタイルであることに気づき、慌ててマフラーを巻き直したり、星芒具を取り外したりするのだった。
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