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番外編1.3 とても素敵だわ

 リサはまた、次のシーンを思い出す。


 リサが『総合治安部隊』のロビーのソファーに掛けていると、廊下の向こうからラミザノーラが歩いて来たのだ。彼女はシデルーン総司令の部下のはずだが、いまは上司とは別行動をしているようだ。


 ラミザノーラの表情がゆるく、微笑んでいるようなのを見て、リサは不思議に思う。彼女はそんなリサを見返して、こくりとうなずく。彼女は「いいかしら?」ときいてから、リサの隣に座った。


 ラミザノーラの纏う不思議な大人びた雰囲気に、リサはドキドキしてしまう。年齢はさほど変わらないはずなのに。


「シデルーン総司令官の日本滞在が延長となりました。理由は、オーリア帝国と敵対するイルオール連邦のテロ組織が、日本に潜伏していることが明らかになったからです」


 ラミザノーラはそう言った。


 リサはうなずく。そういうことか、と納得する。ラミザノーラの首肯は、ここに長居することになる――つまり、リサと会うこともまだまだある――ということを言いたかったらしい。


 しかし、話はそれにとどまらなかった。


「今後、イルオール連邦のテロ組織に対する作戦の際は、わたしも出撃していいことになりました。だから……、よろしくね」


 前回の山手ダイヤモンドタワービルの作戦のときは、ラミザノーラは協力を申し出たものの、上司であるシデルーン総司令に却下されていた。「こんどは一緒に出られる」。彼女はそれを伝えるために来たのだ。


 しかし、ラミザノーラはあくまでも参謀だ。普通なら、参謀は前線に出ないはずだ。いったいどういうことだろう。


「一緒に行動できるのが楽しみだわ。あなたの戦闘の録画を観たの。……想像以上に圧倒的だったわ」


 ラミザノーラはフードをかぶっているが、そこから流れ出るような美しい銀髪を、彼女は掻き上げる。彼女の艶髪が明るく美しいほどに、強いコントラストを放つのは、彼女のすべらかな褐色の肌だ。


 リサはラミザノーラの所作に心を奪われ、呆然とすると同時に、ある疑問が湧いてきた。そして、つばを飲み込み、恐る恐る尋ねる。


「あの、ラミザノーラさんは、もしかして、イルオール連邦の人間なんじゃないんですか?」


 その問いかけに、ラミザノーラは少しも表情を崩さなかった。


 アーケモス大陸において、オーリア帝国とイルオール連邦は戦争状態にある。リサが訪ねたのは「あなたは敵国の人間ではありませんか?」という内容に等しい。ひどく不躾ととられてもおかしくないだろう。


「どうして?」


 ラミザノーラは微笑んだままだった。


「えっと、肌の色です。わたしたちが見た、イルオール地下組織『黒鳥の檻』のユラバ・ザルバリアールは褐色の肌でした。でも、オーリアの人はみんな白い肌で……」


「そう」


 リサの言葉を聞いてもなお、ラミザノーラは微笑みを崩さなかった。ただ、意味ありげに、右頬の切り傷の痕をそっと撫でる。


「わたしも、ずっと、自分の肌の色がなぜこんななのか、疑問に思っていたときがありました。醜いでしょう?」


「醜いなんてそんな。わたし、ラミザノーラさんの肌も髪も、憧れです。そんなにお美しくて、その……」


 それ以上は、リサには言えなかった。慌てて取り繕っているようにしか見えないだろうと、気づいたからだ。


 しかし、ラミザノーラの反応は、驚くでも、怒るでもなく、ただ優しく微笑み続けるばかりだった。


「ありがとう。リサ」


「え」


「そもそも、こんなに長く仕事以外の話をするのは初めてなの。それに、なにかを褒めてもらえるのも、とても稀なことだから……」


「そんな……。ラミザノーラさんほどの方が……」


「リサ、あなたの言う通り、褐色の肌は敵国の証なの。わたしの顔を見て、わたしから距離を取りたいと思う人は多いの。わたしがここにいられるのは、皇帝陛下が取り立ててくださったからよ」


 皇帝――オーリア帝国皇帝。リサにはどんな人物だか見当もつかなかったが、彼が公正な人間だったらしいことには感謝したいと思った。


 ふいに、ラミザノーラの両手がリサの方へと伸びる。一瞬どきりとしたが、リサが何かをするよりも前に、ラミザノーラの両手がリサの頬を捕まえていた。


「あ、あの……」


 リサには、それだけ言うので精一杯だった。

 

 一方のラミザノーラは、まじまじと、リサの顔を隅々までよく見ようとしている。


「白くて汚れのない肌」


「毎朝、水で顔を洗ってるだけです」


「明るい栗色の髪」


「生まれつき色素が薄いんです」


「深い緑色の瞳」


「……えっと」


「あなただって、とても素敵だわ」


 リサは自分の頬が紅潮してくるのを感じる。考えれば考えるほど、妙なシチュエーションだ。自分から見て雲の上の存在のような人に、こんなに肌に触れられて、あまつさえ「素敵だ」などと言われるなんて。


 「素敵だ」なんて。


 そんな言葉、リサはこれまでの人生で誰にも言われたことはなかった。そんな言葉が、自分に向かって投げかけられるなんて思いもよらなかった。


 ラミザノーラはリサの動揺を感じ取ったのか、両手を離して、居住まいを正した。ソファーにきちりと座り直す。


 リサはといえば、あまりのことに自分がソファーから転げ落ちそうになっているのに気づき、這い上がるように座り直した。


「わたしの上司は反対のようだったけど」


 ラミザノーラはそう言った。リサの頭は混乱していて、彼女が何の話をしているのか、一瞬わからなかった。なので、黙って続きを聞く。


「『総合治安部隊』はふたつ返事で了承してくれました。日本側としては、オーリア帝国人の戦闘データは少しでも多いほうがいいんですって」


 ここでようやく、ラミザノーラの話が、次の作戦の話に戻ったのだと、リサには理解できた。


「そ、そうなんだ……」


 変な回答しかできないリサを見て、ラミザノーラは一瞬不思議そうな顔をし、それからまた微笑む。


 この人はずるい、とリサは思った。


+++++++++++


 『総合治安部隊』でのミーティングの後、リサはザネリヤを捕まえて話を聞いた。ザネリヤは和光市の空冥術研究所に招聘された学者だが、リサはまさか、市ヶ谷の『総合治安部隊』の仕事にまで噛んでいるとは知らなかったからだ。


 『総合治安部隊』隊舎の屋上で、ザネリヤはタバコを吹かす。


「こういう薬物は、アタシのいたファゾスでは禁止されていたからね。これのために日本に来たと言っても過言じゃないよ」


「ザン……」


「おかげで当分、祖国には帰れそうもないけどね」


 ザネリヤはそう言って笑った。愛想笑いだ。話している内容も、本心なのか冗談なのか、まるでわからない。


 リサが口を開く。


「日本人向けの星芒具の開発に関わってたんだって? だから、わたしも星芒具を使えるのかな? わたしの星芒具をメンテナンスしていたのはザンだから……」


 ザネリヤは首を横に振る。


「リサの使っている星芒具は、正真正銘、アーケモスの星芒具だよ。なにもいじってなんかいない。だから、リサの才能が高く評価されているんだ」


 なにもいじってなんかいない――。それはリサにとって、自分の能力の高さを示すものであり、少し誇らしく、いっぽうで空恐ろしいことでもあった。


「日本人向けの星芒具なんてもの、本当に完成するかどうかわからないよ。確かに、それができれば、いまよりももっと多くの日本人空冥術士をつくれるだろう。それこそ、軍隊を編成できるくらいに。……でも、遠い未来の話さ」


 ザネリヤはまた、口から薄い紫色の煙を吐いた。その姿は、この件の当事者であるのに、どこか他人事のように見える。


「『総合治安部隊』は……、秋津洲財閥は、日本人の空冥術士をたくさん作って、何をする気なのかな」


「それは守秘義務があるから言えないよ。でも結末は不可避なことさ。空冥術士が大量につくれようと、そうでなかろうとね」


 ザネリヤは何か重要なことを知っていて、隠している。リサにはそれがわかった。だが、深追いはできないと悟り、追及はやめた。


 深いため息をつく。


 ザネリヤはタバコの火を携帯灰皿で消す。


「それよりも、『ラミザノーラ参謀部員』。あれには注意したほうがいいよ」


「……どういうこと? ラミザノーラさんは素敵な人に見えるけど」


「素敵、ねえ。リサにはそんなふうに見えるのかい」


 ザネリヤは半ば呆れたような表情でリサを見る。そうは言っても、リサには全く思い当たるところがない。若くして軍の中枢――参謀部にまで入り込んだ、賢くて美しい人。それがリサの中のラミザノーラだ。


「ぶっちゃけて言うと、あんな曲者はふたりといないよ。シデルーン侯爵・総司令に随伴してきているなんて形式ばかりもいいとこだ。実際的な情報収集と判断を行なっているのは、『参謀』という肩書でそばに立っているラミザノーラのほうさ」


「いやいや、そんな……」


 聡明な人だとはリサも思っていたが、まさか総司令の頭を飛び越えるような存在ではないだろう。


「だいいち、若いし……」


 そう言いつつも、いまのいままで、「若いのに立派だ」と心の中で称賛していたくせに、若さを理由に何かを否定しているのは変だと、リサは思った。


「だからなおさら怖いんだよ。アタシならあまり関わり合いたくはないね」


「そんな……」


「もちろん、これから共同作戦もあるだろうから、表立って雰囲気を悪くすることはないよ。でもね、くれぐれも気をつけて」


「うーん……」


 リサにはやはり、ザネリヤの忠告は受け入れられなかった。それにしても、忠告というにはあまりにも唐突だ。


 あのラミザノーラさんにいったい何があるというのだろうか。


++++++++++


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