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4.4 見えるというの? 彼女には

 『総合治安部隊』の隊舎では、各所から寄せられる情報をもとに、安喜少尉が状況判断を行っていた。


 妙見中佐はそばに座って彼女を見ているものの、細かい指示はまったく出さない。あくまでも、彼女の指揮力を見定めるためにそこにいるといった様子だ。


 澄河御影も同じくだった。『彼は総合治安部隊』にとってはパトロンだが、細かいコメントは一切口にしない。ただ、安喜少尉が見ている情報を彼も参照できる、それだけだ。


 オーリア帝国のふたり――シデルーン軍総司令とラミザノーラ参謀部員は、当初のスケジュールに沿って、ほかの政府系施設の視察へと行ってしまってここにはいない。


 ほかに残っているのは、鏡華とノナだけだった。肌寒い隊舎内でブランケットを肩にかぶったままの鏡華と、落ち着かずにオドオドとしているノナは、一番物腰の柔らかい安喜少尉のそばになんとなく座っていた。


 けれども、一方の安喜少尉は忙しかった。山手ダイヤモンドタワービルの周辺から集められる情報をもとに、内部の状況を推測しなければならない。


 もし推測が誤っていたなら、突入した四人に多大な負荷を与えかねない。あるいは、取り返しのつかない事態を招きかねない。



「あら、リサたちだわ」


 テレビ画面に映し出された山手ダイヤモンドタワービルの映像を見ながら、鏡華はそう言った。たしかに、リサをはじめとした突入した四人が、エレベーターに乗り込むところがカメラに捉えられていた。


 エレベーターの外側はガラス張りで、それゆえ、ビルの外からエレベーターの中を見ることができる。


 安喜少尉はその映像を見ながら説明する。


「これは、道路を挟んだ向かいのビルから撮影している映像ですね。どうやら無事、十七階ロビーを切り抜けたようです」


 ほっと胸を撫で下ろすような安喜少尉。安堵する気持ちは鏡華もノナも同じだった。ここから先が本番とはいえ、ここまで無事に来てくれたのはありがたい。


「あら?」


 ノナは、ブラウン管ディスプレイに映し出されるリサが少し動いたことに気がついて声をあげた。


「どうしたの?」


「いえ、リサがこちらに向かってなにかをしているような……」


「なにかって?」


 安喜少尉が画面を覗き込むと、荒い解像度の画面からは読み取るのに苦労したが、リサはエレベーターの外側、映像の撮影者に向かって手を振っているのだった。


「え……、でも……」


 ノナは口を押さえる。鏡華は事実に気がついて、声も出なかった。


 安喜少尉がたじろぐ。


「そんな。向かいのビルまでは結構な距離があるのよ。どこで撮影しているかも伝えていないのに、見えるというの? 彼女には――」


+++++++++++


 リサがエレベーターの中から外へ向かって手を振っていると、淡路にはその意味がわからず、露骨に溜息をついていたが、岸辺のほうは友好的に質問をしてきた。


「逢川さん、いったい何を?」


「いえ、安喜少尉に無事ですって伝えてるんです」


「?」


 リサの説明では岸辺には伝わらなかったようだ。岸辺は首をかしげ、それきりだった。エレベーターがもうすぐ目的階に止まるからというのもある。


 エレベーターが止まり、ドアが開かれた。


 そこは屋上階のひとつ下――最上階、二十五階だ。屋上へは、この先に進んだところにある階段を上って行くことになる。


「うっ……」


「なんだ、これ……」


 淡路と岸辺が口元を抑える。


 瘴気の濃さが尋常ではないことは、リサにもすぐにわかった。この先で行われている儀式が相当に危険なものであるらしいことも。


 そして、この血糊の量だ。ここには大量の魔獣が配置されてた形跡がある。形跡があるというのも変な表現だろう。……魔獣たちは文字通り残骸となって、床に散らばり、紫色の血が床に天井にまき散らされ、こびりついていた。


 静かに、ベルディグロウが落ち着いた口調で話す。


「……問題ない。魔獣は『空冥力』の歪みによって生まれるものだ。時が経てばこれも消える」


「消えると言ったって……」


 淡路は生唾を飲み込んだ。


 一方、リサはこんな状況でも落ち着いている自分が不思議だった。大の大人が動揺するような状況で、自分の頭がきちんと動いていることを確認できる。

 

 リサは声を低くする。


「進みましょう。でも、気をつけて。ここにいた魔獣は、明らかに十七階の魔獣よりも多いし大きい。ここで激しい戦いを行っていた人間がいたんです」


「お、おう……」


「その人間は、見たところ、ここに倒れてはいない。ここを切り抜けて先に進んだんです。相当な強さです」


「そ、そうだな……」


 淡路には、リサの分析にそう答えるだけで精一杯だった。これだけの魔獣、これだけの凄惨なありさま。何もかもが、元・国防軍陸戦隊所属の彼にとってさえ初めてだったのだから。


 四人はまだ乾いていない血の絨毯の上を歩き、先へと進むことにした。もとより、後退は選択肢にない。


 こんな状況でも、淡路には正規の軍人としての意地があった。淡路、岸辺が前を歩き、リサとベルディグロウはそのあとに続く形となった。


 歩きながら、ベルディグロウはリサに話しかける。


「……戦いの経験がないというのは本当なのか?」


 ベルディグロウにとっては、リサがここまで的確に動き、事態に動じず、敵が襲来すれば次々に倒していくので、素人とは思えなかったのだ。


「まあ、多少は。でも、ここまでの本物のミッションは初めてです。それがなにか?」


「……いや、なんでもない。だが、私と組むなら私が前衛で、あなたが後衛がいいだろう。理由は……、言わなくてもわかるか」


「はい。お互いのスタイルを鑑みると、それがベストだと思います」


「……さすがだ。本当に素人なのか?」


「ははは……」


 そんな会話をしているときに、ズシン、という衝撃とともに、ビルが大きく揺れた。


 揺れは下からではない。上からだ。屋上で何かが行われたらしい。


「早く行こう」


 淡路がそう言って、残りの三人全員がうなずいた。


 四人は、屋上へと続く階段に向かって、瘴気の中をひた走る。


+++++++++++


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