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1.2 帰国の理由

 そんなときに声が掛かる。懐かしいが、不快な声だ。


「やあ、逢川君。帰国していたそうじゃないか。すぐに連絡をくれないとは水くさいね」


「妙見大佐……」


 リサがそう言ったとき、トモシビはリサの陰に隠れる。


 妙見はいつも通りの粘っこい笑みを浮かべる。


「いまは中将でね。日本国宇宙軍と『総合治安部隊』の両方の管理監督をしているよ」


 妙見中将は背後に部下をたくさん連れている。だが、安喜少尉の姿はどこにも見当たらない。


「……なにかご用でしょうか?」


「どうした、つれないね。君が高校生のころ、『総合治安部隊』入隊のために後押ししたときには、あんなに意気投合していたじゃないか」


「昔の話はいいです。わたしはヴェーラ星辰軍も退官しましたので、こちらでのんびり過ごすことにしたんです」


「ふぅん、のんびりねえ。きみほどの者が……」


「いまのわたしは、もう軍隊とは縁が切れていますから」


「そうだろうと思ったよ。これをきみに渡しておく」


 妙見中将はリサにプラスチックのカードを渡す。それは身分証だった。『国防軍 総合治安部隊所属 階級(空欄) 入隊二〇〇二年』と書いてある。


「こんなものを……」


「こんなものというが、この日本で身分証なしでは暮らせないだろう。非居住者になったときに住民票だって消滅しているんだ。これは写真付きではないが、軍が保証する身分証。どこでも通用するよ」


 悔しいことに、これはいまのリサにとっては必要なものだった。アーケモス大陸やヴェーラ惑星世界に比べて、住民身分を得るのがなんと難しい国だろうと、リサは気が重くなる。


「一応、頂いておきます。ですが、国防軍の軍人として働く気はありませんよ。もう、わたしはどこの軍人でもないんです」


 妙見中将は笑う。


「いや結構、結構。これはわれわれからの感謝の気持ちとして受け取ってくれたまえ。誰だって、『神殺し』の逢川リサ君を強制できないからね」


「その二つ名は好きではありません」


「そうか、失礼。ああ、こちらの都合で、きみは国防軍を除隊にはなっていない。だから、魔界大戦以降、軍を離れていた二年間も銀行に給与が振り込まれているはずだ。出張手当付きでね」


 リサは更に驚く。ヴェーラ星辰軍での大尉待遇での俸給に比べると見劣りがするかもしれないが、入隊以降、四年間手つかずの銀行口座があるというのは、相当ありがたい話だ。


「それはどうも……。でも、いまのわたしは、銀行口座の通帳もハンコもないんですよ」


「それこそ、その国防軍の身分証を使いたまえ。銀行から軍に確認の電話が入るだろうから、こちらがきみの身分を証明する。新しいキャッシュカードがすぐに発行されるだろう。市役所もすぐに住民票を発行するだろう」


「それは、ありがとうございます」


 やはり悔しい。リサは当分、この国防軍の身分証を手放せないだろう。国防軍がリサを逃がすまいとしているのが透けて見える。


「いやいや、きみと私の仲じゃないかね」


 そんな親密になった憶えは、リサにはない。だが、妙見中将はこれからもリサを都合よく動かそうとしてくるだろう。ならば、こちらから利用するまでだ。


 リサはトモシビを示して言う。


「妙見中将。わたしはこの子を日本で育てます。この子の身分証も発行できますか?」


「その子が、この日本に帰ってきた理由かね」


「そうです」


「拾い子かね」


「お答えできません。ですが、血縁はあります」


「なるほど。名前はなんというのかね?」


「トモシビ。逢川トモシビです」


「漢字は? 生年月日は?」


「カタカナで結構です。二〇〇一年四月十三日生まれ。女の子です。本籍地は青京都。住所は四ツ葉市大泉の……」


「……ふむ。わかった。いまの情報で若い連中に身分証を発行させよう。追って届けさせる。住民登録がなければ幼稚園にも小学校にも行けない国だからね」


「面倒な国です」


「臨機応変。言葉はあるのに、この国のシステムはそれを嫌う。交渉やコネでどうにかなる外とはわけが違う。……きょうはもう遅いな。隊舎の仮眠室を使いたまえ。夕食も朝食も無論無料だ」


「ありがとうございます。そうさせてもらいます」


「うむ。では、また近いうちに食事でも」


「はい」


 ここで、きちんと「はい」と答えた自分に、リサは少し驚いた。妙に社会性を発揮したのだ。おそらく、高校生のリサなら、少しは憎まれ口を叩いただろう。だがいまは、トモシビの生活を守ることが優先だ。


 妙見中将は部下を連れてぞろぞろと去って行く。



 リサは両替所で多額の現金を受け取ったあと、カバンに仕舞い込んで、トモシビと廊下を歩いた。


 夕食がまだなのだ。リサは空腹だし、トモシビもお腹を空かせているだろう。だから、まずは食事だ。食堂へ向かおう。


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