9.3 黄泉の向こう側
リサは気づくと、瓦礫の街にいた。
建造物が破壊し尽くされているが、この建築様式はよく知っている。
ここは日本だ。
何者かに破壊し尽くされた日本だ。
リサのまわりには誰もいない――ただひとりを除いては。
「またここへ戻って来たんだね」
瓦礫の上に、黒髪の女性が立っている。上は白いブラウスを着て、下は黒いスカートだ。
見覚えがある女性だ。以前見たときは、上下合わせのスーツだったけれど。
「ここは――?」
「ここは黄泉の国の向こう側。どんな神々でも越えられない空隙の向こう側。どんな神々でも知らない方法でしか来られない場所」
リサとまったく同じ声。ひとり問答をしているようにさえ感じる。なのに、返ってくる言葉はリサの経験からは出て来ないものばかりだ。
「それって……」
「つまり、わたしたちにとっての現実。そっちの現実がそっちの現実であるのと同じようにね」
白いブラウスの女性は、リサのほうに向き直って微笑んだ。
「パラレルワールド?」
「違うかな。似て非なる別の世界。ここは造物主も違えば、成立の経緯も違う。わたしとあなたが同じ名前をもって、どこか似ているのは別の理由」
「じゃあ、お姉さんも逢川リサで――」
「そう、あなたが逢川リサであるのと同じにね」
「ここまで同じなのに、別の世界?」
「そう。さっきも言ったとおり、世界の果てのそのまた果ての。向こう側の裏側の。……そちらの神々もこちらは認識していないし、こちらの神々もそちらを認識していないのだから」
リサには、逆光の中に立つ白いブラウスの女性の、緑の瞳が輝いているように見える。神々しい。よもや、彼女もまた神性をもっているのではないかと思うほどに。
「それって――」
「この現象を言葉で説明するのは難しいのよ。前回、あなたがこちらに来れたのは偶然。でも、今回は必然」
「必然?」
「さっきも言ったでしょう? いまの逢川リサは、黄泉の国を何度も超えるだけの条件を満たした」
ああ、お姉さんの言うとおりだと、リサは思った。自分は何度も死んだのだ。自分自身の手によって何度も殺されたのだ。
だからここへ来ることができた。
リサは白いブラウスの女性に問う。
「いったい、ここはどうしてしまったんですか?」
「宇宙人の襲撃があったのよ。それに、それを退けるために各国が武器を使いまくって、揚げ句の果てに宇宙戦争と世界大戦の同時並行。人々は行き場を失って、略奪と斃死の連鎖」
「そんな……」
「渇水、飢餓、疑心暗鬼、強盗殺人、毒殺、暗殺、謀反、虐殺、もうなんでもありよ、こっちは。ミサイルもレーザー兵器も敵性巨大生物も、全部わたしたちの日常」
「そんな……だって、日本が……」
「そう言うあなたはどうなの? 見たところ、軍服のようだけれど。日本のものではなさそうね」
「わたしは、その、ヴェーラの……」
「ヴェーラって?」
「えっと、宇宙人の軍隊で働いています。いまは。日本が宇宙人の同盟に入っているので」
「そっちの世界では日本はどうなの?」
「平和……だと思います。何年か帰ってないですけど。宇宙人とは同盟関係ですし、宇宙人は別の宇宙人との戦争に忙しいので」
白いブラウスの女性は面白げに笑う。
「ははは、そっか。こっちとそっちじゃあ、そんなに違うんだ」
「でも、わたしたちは同じ力をもっている。光の槍も――」
そんなふうに言うリサに、白いブラウスの女性は挑みかかるように言い返す。
「でも、持っている能力は違うでしょう? あなたの権能は『遠見』と『未来視』と……あら、随分、そろえたわね」
能力を正確に言い当てられ、リサは逆に白いブラウスの女性の能力を覗き見ようとする。
「『空■転■』、『■限■生』、それに……あれ? なんだかすごくないですか? いったいどうしてこんな権能を――」
「それはお互い様。わたしたちは、目の前の過酷な状況に、創意工夫で立ち向かうしかなかった。それは同じでしょう?」
「そう……かな」
それはなんとも言えない。リサの能力の大半はミオヴォーナから引き継いだものだ。この白いブラウスの女性がどういった経緯で神に匹敵する権能を多数保有しているのか、知らなければ答えようがない。
白いブラウスの女性はリサに言う。
「でも、これだけ大きく違ってきた。わたしたちの人生は途中までよく似たものだったけれど。ここまで来ると十分に違うものになった」
「それは確かに」
リサがそう答えたとき、突如、白いブラウスの女性の立つ瓦礫の向こうに巨大なナマズが落下してきた。海の向こうだろうか。
強烈な地震。崩れ去る建物群。
十分遠いはずなのに、遠近感覚が狂うような巨大生物の落下だ。ものすごい衝撃がやってくる。
そんな莫迦なと、リサは思った。『未来視』を作動させているはずなのに、こんな大きな出来事が予見できなかったなんてありえない。
白いブラウスの女性は星芒具をはめた左手で空を横に切り、光の槍を出現させる。
「さあ、わたしの出番ね」
リサは叫ばずにはいられない。
「無茶だ! 『星の悪魔ミンソレスオー』は、ヴェーラ星辰軍の艦隊でさえまともに傷を付けられていないのに!」
だが、白いブラウスの女性は首をかしげる。
「そのことと、いまからわたしが戦うことに、なんの関係があるの?」
「それは……」
「リサ、わたしはね、わたしの中の嘘を抱えて生きてる。きっと、これからもそうして生きて、最後に死ぬ」
「お姉さん……」
「でもね、あなたはそうできないのよ。もう、それが許されていない。あなたの人生は、もう嘘が許されるところを外れてしまった」
「嘘……を」
リサは喉の奥が締め付けられる思いがした。自分は自分に嘘ばかりついてきた。そうして、自分自身をその嘘の被害者にしてしまった。自分は加害者だ。
罰されなければならない。
そう思い、罰された。そして、罪は消えたか。
――答えは否だ。
「だから、立ち向かって、救い出すのよ。自分を」
白いブラウスの女性は瓦礫の山を跳び立つ。
遠くから『星の悪魔』の咆哮が聞こえる。
リサは決心した。この世界の逢川リサが一歩も引かずに戦い続けているというのなら、自分だって投げ出すわけにはいかないはずだ。
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