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6.3 愛され方がわからない

 リサは雑踏を眺めていた。


 相も変わらず、リサの衣服はヴェーラ星辰軍の赤い礼服で、自分用の赤いマフラーを巻いたままだ。


 この格好で、彼女はカフェにいる。ここは彼女の記憶にある場所。日本の青京都四ツ葉市の小さなオープンカフェだ。


 こんな場所で、なおさら小さなテーブルを挟んで、リサの向かいにはミオヴォーナが座っている。ミオヴォーナは飾り気のないロングスカートのワンピースを着ていて、日本の雰囲気に馴染んでいる。


 リサとミオヴォーナという、よく似た顔がふたり並んでいると、周りは双子だと思うかも知れない。だが、誰も彼女らのことをじっくり見たりはしなかった。


 どうせここは、リサがミオヴォーナと会話するためだけにつくられた、幕間の場所に過ぎないのだから。



 ミオヴォーナはリサに語る。


「ああして、エグアリシアは再びディンスロヴァとなった。フォス・ウィン=ディンスロヴァを殺したのだから」


「……そうだね」


「しかも、エグアリシアはやはり、おかしくなっていた。自分こそがヴェイルーガだと名乗り始めた」


「だから、後世の伝説には、エグアリシアの名前はなく、ヴェイルーガ=ディンスロヴァとして語り継がれたのか……」


 リサの辿り着いた答えに、ミオヴォーナはうなずく。


「ええ。さらに、エグアリシアは自分を愛させるために、わたしに似た女神を創造した。それが、女神レムヴェリア」


「だから、わたしが『旧き女神の二重存在』とされたとき、ヴェイルーガの妹か妻かわからないという事態になったのか」


 いまとなっては理解ができる。エグアリシアは途方もなく強い。この宇宙で、星辰界で、彼女に勝てる者などいないくらいに。


 だというのに、彼女の世界は極めて小さい。彼女の世界の登場人物は、彼女が『泥』から生まれたときに周囲にいた人物たち――それだけだ。


 だから、愛し愛されるということが彼女の中で問題となったとき、愛を求めた相手は、ごく狭い範囲の相手に限られたのだ。その結果がこれだ。


 ミオヴォーナはうつむく。


「本当のことを言うと、わたしには、正しい答えがわからなかった」


「正しい……」


 愛に正しさなどあるのだろうか。しかし、正しさに固執するところは、ミオヴォーナはリサとよく似ている。正しさによって破滅を招くところさえも。


「わたしには、愛を与えて欲しいという、言葉の重さが怖かった」


「わかるよ」


「わたしたちは――いえ、少なくとも、わたしは、ある時から人間を護るための機関となったの。ヴェイルーガは、どれだけ切り刻まれても平気な盾となった。そしてわたしは、命省みず敵を討つ槍となった」


「ああ――」


 それは、かつてリサが目指した理想だった。正義の体現者。人々を護る影の英雄。しかし、それはシステムだ。公平無私であるほど、自分自身の生命を軽視し、人々の生命にも優劣を付けなくなる。


 優劣を付けない――これは一見、いいことのように思える。だから、かつてのリサはそれを信じて疑わなかった。だが、これは、特別な誰かをつくらないということだ。


 そして、そのことは、自分を特別だと思ってくれている人を、失望させることに繋がる。その他大勢のひとりなのだというメッセージを叩きつけることになる。


 リサは、たくさんの好意的な人たちを特別扱いせずに失望させてきた。不安にさせてきた。その最たるものが鏡華であり、ラミザだろう。


 そんなふたりと一緒にいたこの街を背景にミオヴォーナと語り合っているのは、何かしら意味があることなのだろう。


 ミオヴォーナの告白は続く。


「本当のことを言うと、わたしには、愛がわからなかった」


「うん」


「愛があったのか、なかったのか。そう問われれば、あったと思う。あったのだと信じたい」


「うん」


 愛する心のつかみ所のなさは、リサも経験している。だから、ミオヴォーナの言っていることはよく理解できる。


「わたしは、ヴェイルーガが可哀相でならなかった。正義感の強い姉が、使命を与えられて、どこまでも突き進んで傷ついていくのが、哀れで。そう、哀れで……」


「……わかる気がする」


「そのうち、自分も役に立つことがわかったの。自分の人生と生命を差し出すことで、ヴェイルーガの助けになれることがわかったの。多くの人々の代わりに戦うことができるとわかったの」


「うん」


「そうしたら――」


 そこでミオヴォーナは息を詰まらせる。もう一度、「そうしたら」と言い始めようとするが、涙が溢れてきて、言葉を塞いでしまう。


「うん。聞いてるよ」


 リサはそう言い、ただ椅子に座ってミオヴォーナのそばにいた。


 ややあって、ミオヴォーナは声を絞り出す。


「いつの間にか、愛され方がわからなくなっちゃった。わたしたちは神を討つ武器になったの。民を愛することはあっても、民に愛されたいと願う気持ちは捨ててしまったの。だから――」


「うん」


「エグアリシアに、『愛されたい』と言われたとき、どうしたらいいのかわからなくなったの。愛される感覚が欠落していることに気づいたのは、わたしのほうも同じだったの」


 リサは無言でうなずく。


 ミオヴォーナは両手で顔を覆って号泣する。そして、懺悔の言葉を口にする。


 ごめんなさい、エグアリシア――。



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